女の子になんてなりたくない?

我破破

第1話 それゆけ恋愛受験大作戦‼

 ボクの名前は桜田憧太。今年から高槻北高校の高校生だ。


 何故こんな品の無いギャグ漫画の冒頭のような台詞を思い浮かべてしまったのかというと、要するに浮かれていたのである。それは、かなりの難関校に無事合格出来た嬉しさの為だ。少々無理して背伸び受験で入れた高校なので、感動もひとしおである。去年の受験勉強の苦労も洗われるようだ。おかげで浮かれすぎて、教室で自己紹介やガイダンスをしている先生の声すら耳に入って来ない。


 しかし、本当の理由は他にあった。正直言ってボクは、高校のレベルなんてそこそこ普通であれば何でもいいのである。それなのにわざわざこの難関校を志願した訳は、噂のあの娘がこの高校を進路希望にしているという情報を伝え聞いたからである。


 あの娘とは、桃井(ももい)香織(かおる)さんの事だ。ボクがちょうど5ヶ月と17日前の中三の頃に一目惚れしてしまった人である。本格的に寒くなりだしてきた11月の街中で、ボクはまるで桃の花のような可愛らしさを持つ彼女を見つけた。そのクセっ毛のあるミディアムロングヘアの髪はまるで桃の花のようで、笑っているその顔はまるで桃の花が揺れるようだった。気のせいか、桃の花の香りまでしている。桃の花桃の花って言い過ぎかと思われるかもしれないが、事実そう感じてしまったのだからしょうがない。名は体を表すとはこの事だ。


 制服からして他校の中学生とは分かったが、その他の素性はその場では分からなかった。当然、その時は話しかけるきっかけも勇気もある筈もなく、悶々とする日々を送る以外になかったのだった。


 だが、その事を友達に相談しているうちに、友達の友達の友達に彼女を知っているという人が現れ、ボクは彼女の名前や彼氏の有無や成績や進路希望などを知る事に成功する。しかし、いかんせん友達の友達の友達である為、仲介してくれ等の頼みごともしづらく、本人もそれほど仲がいい関係でもないらしいのでこのルートは早々に頓挫してしまったのだった。


 結局、手段の無かったボクは、桃井さんと同じ高校に意地でも受かるという策しか思いつかず、受験勉強に明け暮れる事にしたのだった。どのみち、中三の受験プレッシャーでうすら寒いこの季節では、いきなり告白しても上手くはいかなかっただろう。皆それどころではない。受験とともに別れるなんて事もよく聞く話である。


 こうしてボクの苛烈極まる受験勉強は始まった。万が一にも落ちたりしないよう、絶対に北高へ合格する為だ。成績優秀な桃井さんは確実に合格すると予想出来たが、それまでボクは普通でいいやと思って妥協していた為、11月の時点からワンランク上の高校を目指す為には並々ならぬ努力を要した。寝る間も惜しんで毎日15時間以上は勉強したし、一日中英単語とかを反復し過ぎて、廃人同然のゲシュタルト崩壊を起こしていたけれど、受験当日は気合いと根性と執念でどうにかした。


 その血のにじむような努力の甲斐もあってか、どうにかこうにかボクは、こうしてめでたく桜咲く季節を迎える事が出来たのである。


 いや、むしろ予定以上だ。まさか、桃井さんと同じクラスにまで入れるなんて……。神社を18か所も回った成果なのかのもしれない。おかげでボクはさっきから、斜め前の方の席に座っている桃井さんの方に視線が釘付けである。ドキドキして変なニヤケ顔にならないように必死で無表情を取り繕うが、今他人に顔を見られれば顔が赤くなっているのに気付かれるのは必至であった。


「一年生の教科書セットを配るぞー、少々重いが、各自家にちゃんと持ち帰ってチェックするようになー。名前入れも忘れずに!」


 その言葉を聞いて、ようやく教師の方へと視線を向ける。何故ならば、このイベントがボクの予定の第二段階として待ち望んでいたものだからである。


「ええ~っ、ちょっとぉ~……」


「センセ~、多くない~?」


 生徒たちからは、少しどよめきの声が聞こえる。これこそがボクの予定の第二段階である。これはこの学校における通過儀礼のようなものだった。この高校は、初日のガイダンスで馬鹿みたいにたくさん教科書を配る高校として、卒業生の間では有名なのである。この事を事前にOBから調査していたボクは、この情報に目を付けた。だが、何もボクだって教科書の内容なんぞに興味あるワケじゃない。注目すべきはその重量である。確かにこの重量は持ち運べない程の量では無いが、女子の力となると後々キツくなってくる程度の量だった。ビニール袋パンパンに詰められた教科書は視覚的にも生徒たちの心を折る。しかもその重量の大半は便覧や資料集などの普段はあまり持ち運ばない教科書だから生徒たちの不平もひとしおだ。しかし、ボクにとっては救いの女神そのものである。加えて、まだ駐輪場シールが配られる前だから、初日は自転車通学の可能性も無い。


「ちょっと多いよね~」


「ね~」


 予想通り、桃井さんとその女友達も困惑してる様子が見えた。だが、声をかけるべきはこのタイミングではない。もうちょっと後だ。二人が下校するタイミングを見計らって、遠くからこっそりと後を尾ける。申し訳ない気もしたが、他にきっかけを作る方法が思いつかないし、この一瞬にボクの半年間の努力がかかっているのである。このくらいは許してほしい。


「じゃあねーサキ、また明日ー」


「バイバーイ」


 桃井さんが交差点で女友達と別れるのを見届けた後、ボクは早歩きで不自然じゃないように桃井さんへと距離を詰める。少し逡巡した後、ボクはついに勇気を振り絞って桃井さんへと声をかけた。


「大丈夫かい? そこの君」


「え?」


「女の子の力じゃ、その荷物は少し重いでしょ? よければボクが、途中まででも持ってあげよう」


 ガチガチの緊張とテンパりとキョドりが表に出ないように、せいいっぱいの笑顔で彼女へと話しかける。この時の為だけに、この台詞は何百回と練習してきたのである。自分で言うのも何だが、顔に関してもそれほど自信がない訳ではなかった。


「そっ、そんな……。いいですよそんなの……!」


 慌てて手を振って遠慮しようとする桃井さんだったが、一瞬見せた迷いに僕は勝機を見い出す。予想通り、やはり腕が疲れてくる頃合いだったらしい。


「大丈夫大丈夫。男の力ならこんなの軽いって! 任せてくれよ!」


 そう言ってボクは自分の分の教科書をフンと持ち上げてみせる。実を言うとボクの身体も筋肉質ではなく、どちらかというと華奢な身体なので、女子の筋力と大差は無かったりするのだが、そこはやせ我慢で、バテバテになりながらも押し通した。こりゃ、明日は確実に筋肉痛だな。


「じゃあ、替わりにボクの軽い鞄持ってくれればそれでいいから! 作業分担ってやつだよ」


 他人に荷物を預けて手ぶらではどこか居心地が悪くとも、自分も何か荷物を持っているのならば、その瞬間にそれは共同作業となって、心理的ハードルを下げる効果があるのだ。


「は、はぁ……」


 ついに彼女に押し勝ったボクは、二つ目の教科書セット袋を手にする。当然、教科書セット×2なので、その重量に身体中が悲鳴を上げるが、またやせ我慢してそんな態度はおくびにも出さない。


「……なんか、申し訳ないというか……」


「いいっていいって! どうせ同じ一年生でしょ? あと敬語もいらないよ。ボクの名前は桜田(さくらだ)憧(しょう)太(た)! 君の名前は?」


 もうとっくに知っている事ではあったが、こう言っておかないと不自然になってしまう。


「桃井(ももい)香織(かおる)。香る織姫と書いて香織よ。よろしくね」


「こちらこそよろしく!」






 その後も、歩きながら10分ほど天気や始業式の事などの会話は続いた。何気ない会話ではあったが、ボクにとっては憧れ続けた至福の時であった。


 「そういや、桜田くんって後ろの窓際の方に座ってた人よね? まさか、帰り道まで一緒だったとは……」


「もう憶えててくれてたんだ、桃井さん……」


 まだ初日なのに、クラスメイトの顔を憶えてくれている事にボクは内心嬉しすぎて感極まってしまう。少なくとも、ボクの顔は見ていてくれていたという事である。帰り道の方に関しては、実は全然逆方向なので若干心が痛んだが……。


 しかし、続く彼女の言葉で、ボクは多大なるショックを受ける事になった。


「うん、可愛い顔してるなーって見てたわ。『女の子』みたいで❤」


「ボクが女の子みたいですとぉおおっ!?」


 でも確かに、それは以前からボクが周りからちょくちょく言われる言葉でもあった。髪は伸びてるし、自分でも童顔な方だと思う。しかし、それでも大好きな女の子から直接それを言われてしまうのは、どこか堪えるものがあった。


 いやいやいや、悪い意味とは限るまい……。


 むしろ、美形という事も……。


 どうにか思い直して体勢を整え直すボクだったが、気付けばもう彼女の自宅近くへと迫っていたらしく。それに気付いた桃井さんは、そろそろ別れを切り出そうとする。


「あっ、もう家の近くだわ! 荷物はこの辺で大丈夫よ」


「えっ、もう!? せめてもう少し……」


 そこまで言いかけて、ボクは続く言葉をグッと飲み込む。彼女と一緒にいる時間がずっとずっと続けばいいなとどうしても思ってしまうが、まだ出会ったばかりでしつこいのはいけない。ボクは渋々と彼女に荷物を交換する。


「今日はありがとう。本当に助かったわ。いいクラスメイトに出会えて良かった……」


 そうして彼女は踵を返して立ち去る瞬間に、天使のようなウインクを残していく。


「また明日ね、桜田くん❤ 学校で会いましょう―――」


 どっきゅん。


 それだけでもう、ボクは雷に打たれたような衝撃を脳天に受ける。その後は、表情を取り繕うのも忘れて、ただただ彼女が去ってゆく背中をいつまでも見つめ続ける事しか出来なかった――――。

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