第9話 「どっかの馬の骨」との結婚

「『精霊魔力障壁(スピリット・ウォール)』―――――最大展開!!!!」


 タマは前方へとありったけの精霊魔力を放出して作ったシールドで耐えようとする。


「ぐぅうううううううううっっ!!!!!」


 しかし、明らかに力の差は歴然としていた。タマは懸命に踏ん張るが、シールドはみるみるうちに崩れてゆく。


「くっ! このエネルギー障壁も永くは保たないっ! 憧太クン、どうか早く逃げてぇっ!」


 タマは必死に叫ぶが、ボクの意識はどんどん遠のいてゆく。もう声も遠くにしか聞こえない。それどころか、男だった頃の人生を振り返って、走馬燈のようなものまで見えてくる。


 どうしてこんな事になったんだろう……。将来は学校を出て就職して結婚して、男の普通の人生を歩む筈だったのに……。こんな馬鹿げた現実、予定に無い、予測なんてできる訳が無い……。


 いっつもボクはそうだ……。調子に乗って予定はたくさん立てるけれど、そんなのホントはただ臆病なだけだ……。予定外の事態に遭遇すると、簡単につまづいてしまう。昨日までは上手くいったと思ったのに、結局こんな事になってしまった……。


 どうやら、ボクは負けるみたいだ……。ごめん、桃井さん……。


 結局、桃井さんには告白できなかったなぁ……。ボクが……、ボクが不甲斐無いせいで……。


 このままボクは女として生きる道しか無いらしい……。恋人は……もう無理でも、桃井さんは友達としてボクを受け入れてくれるだろうか……?


 なに、女の人生だって悪くないさ……。桃井さんとは友達のまま、一緒に遊んで女子会したりして明るく暮らせばいい……。


 やがては、二人とも別々の人と結婚して……。


 しかし、そこまで思考が及んだ時にふと気付く。それは、ある重大な見落としだった。


 確かにボクは桃井さんが幸せになればいいと思う。けど……、けど……残されたボクはどうなる……?


 一生独身のままなのか……? でももし、結婚するとしても、この身体では相手は男という事に……。


 その通りだった。一般的な状況で言えば、このままの身体で結婚しようと思ったら、男と結婚する事になってしまうのである。かと言って、ボクはレズビアンを桃井さんに押し付けるような真似もしたくない。なによりボクは、男だった頃にはあったブツを惜しみ続ける人生なんて送りたくはなかった。


 そこまで考えた時、自分の脳裏に次々と浮かんだのは、このままいった場合の将来の想像図の数々だった。


 学校を卒業してOLになる自分。適齢期になった頃、どっかの馬の骨に捕まってしまい、結婚式を挙げる自分。そして新婚初夜、どっかの馬の骨とベットインする自分の姿。


〈自分〉「ついに新婚初夜だね、〈どっかの馬の骨〉くん❤」


〈どっかの馬の骨〉「ああそうだな、憧子ちゃん❤」


〈自分〉「来て……、〈どっかの馬の骨〉くん……❤」


〈どっかの馬の骨〉「ああ、憧子ちゃん。一緒に俺たちの子供を作ろうじゃないか――――❤」


 そうして、どっかの馬の骨のブツを挿入される自分。あんあんっと喘ぐ自分。子作りする自分。


 普通の女の人生ならば、どれも自然な夫婦の営みだろう。だが、元男であるボクにとっては、そのどれもが耐えがたい悪夢だった。男の記憶を持ったまま、男を好きになるなんてとても出来そうにない。こちとら、まだ女を知った事の無い童貞なのに、こんな仕打ちはあんまりだ。


「そっ……、そんなの嫌だ……!」


 そんな『予定』なんて糞喰らえだ――――。


 気が付けば、ボクの身体はバキバキと動き出していた。腕の痛みも、出血も忘れて立ち上がる。


「まだ、童貞のまま――――男を捨てるなんて出来るかぁああああああああああぁあああ――――――っっっ!!!!!」


 全身が眩いピンク色の光に包まれる。その光は、まるでこの世全ての生命を照らすような、柔らかく暖かな光だった。光は次第に右腕の傷口部分へと集まって、新たな手を形作ってゆく。力が有り余るほどに溢れだすのを感じた。


「なッ、なんだァ!? あの光!?」


 こっちの神々しいまでの光の輝きを見て、焦った菖蒲(あやめ)拓海(たくみ)は『瀑布放射』(カスケード・ラジエーション)を最大出力へと引き上げる。ついにタマのシールドは粉々に砕け、強大な青い光線がボクらの眼前へと迫る。


「憧太クンっ!!!」


 タマがこちらを振り返る声がしたが、ボクの心は自分でも驚く程に澄んでいた。もう何も迷いは無い。力の使い方は、全てこの右手が教えてくれる―――。


「『勃興(ライジング)』―――――」


 手をかざすと、巨大な銃が出現した。口径1メートルはあろうかという超絶体躯の銃である。銃というよりはもはや大砲だった。砲身を支える脚立に、複雑怪奇なパイプやらコードが配線された銃身。恐ろしく凶悪な見た目をした武器だったが、ボクはもう戸惑いはしなかった。ボクはまるで、遥か昔からその銃を手懐けていたかのように、躊躇なく引き金を引く。


「―――――――――『精・射・弾』(スピリット・バレル・ショット)ォおおおおおぉおおお――――っっ!!!!!!」


 それは膨大なまでの力の濁流だった。凄まじい薄紅色の閃光が『瀑布放射』(カスケード・ラジエーション)を切り裂いて弾き、呑み込んでゆく。


「こッ、こんなぁッ……!? こんな新人にィ、何故これ程の力がぁあああああああッ!?」


 サーベルは砕け散り、菖蒲(あやめ)拓海(たくみ)の身体は『精・射・弾』(スピリット・バレル・ショット)に貫かれて粉微塵となり、輻射圧とともに吹き飛ぶ。『精・射・弾』(スピリット・バレル・ショット)はそのまま地平線の彼方へと飛んでゆき、遥か上空で花火のように炸裂する。後には何も残らなかった。その場に立っていたのはボクやタマと、散乱したコンテナだけである。


「『精力』とは、人を思う心の強さ……。やはり、憧太クンを見つけたミーの目に狂いは無かったみょんっ……!」


 ボクは菖蒲(あやめ)拓海(たくみ)の消え去った跡を見つめながら、タマの言うその略称だけは定着させまいと心に誓うのだった……。

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