死神の教室

猫目 綾人

死神の教室

□中塚 勇一


何もない机を見ながら勇一は、彼女のことを考えていた。勇一の彼女である奈々子は三ヶ月前に死んだ。

死因はビルからの転落死、屋上には彼女の脱いだ靴があり自殺であるとされた。

しかし勇一には彼女がなぜ自殺したのかわからなかった。

彼女が死ぬ一日前の事を思い出す。勇一は彼女から誕生日プレゼントを貰った。

彼女は漫画を描いている勇一のためにペンを渡し、「お返しは三割増しでね」といつもの明るい笑顔で言った、その笑顔を思い出すたびに勇一はなぜ彼女が死んでしまったのかと考え続けた。

しかし、いくら考えても答えが出ることはなく、時間だけが経過していった。

「おはよう」

美沙子に挨拶され、勇一は現実に意識を戻す。

「,,,おはよう」

勇一も挨拶を返すが、それ以上の会話はなく美沙子は自分の席へ座ると鞄の中から教科書類を出し朝の準備を始めた。

美沙子は奈々子の親友で、奈々子が生きていた頃は3人で遊ぶことも多かったが、奈々子が死んでからは挨拶以外は会話しなくなった。

話さなくなったのは他の生徒も同じで、勇一は、奈々子が死んだことがまるでなかったかのように振る舞うクラスメイト達と今まで通り話すことが出来なくなった。

そして今もクラスメイト達は、彼女がもとから居なかったかのようにいつも通り楽しそうに話し、楽しそうに騒いでいた。

そんなクラスの様子を観察しているとホームルームが始まる五分前のチャイムが鳴った。生徒達は席に着き始め、勇一も準備を始めた。

すると教室の扉が開き人が入って来た。

しかし、入って来たのは先生ではなく、誰かわからない背の高い男だった。


男は教卓の後ろに立つと「さて」といい胸ポケットの中に手を入れ、何かを操作する。するとガチャッという教室の扉が閉まる音がした。クラスメイトも状況が理解できておらず、ざわざわとした話し声が教室内を包む。

すると男は静かに、しかしはっきりと聞こえる声で話し始めた。

「お前達は、今から自殺する」

何を言っているんだ。

「あなた誰ですか!」

一人の女子生徒が不安の混じった荒い声で聞いた。

「俺は人を自殺させることを生業としているものだ。」

男の発言に教室がざわつき、先生呼びに行った方がいいんじゃないという会話が飛び交う。

そして扉の近くに立っていた山中君が、勢いよく扉を開けようとした。しかし

ガチャ、ガチャ

何度開けようとしても扉は閉まったままだ。

「この教室の扉には、少し細工をした。俺の持っているこのスイッチを押さなければ出ることは出来ない。そして携帯の電波も妨害した、外と連絡を取ることは出来ない」

そう、男が話している内に男子の何人かが椅子に手をかけた。

「この、教室には爆弾も仕掛けた。妙なことは考えるな」

椅子に手をかけていた男子が手を離す。

教室内のざわつきが、更に大きくなりいつもクラスで騒いでいる男子や女子も完全に萎縮してしまっていた。

確かに爆発があるんじゃ、下手に動くことは出来ない。

そして勇一はそこである疑問に気付く。

「先生は?」

勇一が疑問に思ったのと同時にクラスの誰かが口に出した。

「窓をみろ」

クラスのみんなが後ろに振り向く。

カチッ

スイッチを押したような音がしたと同時に上から黒い影が窓の外を落ちていった。

ドシャッという鈍い音が響く。

他の生徒と共に勇一が恐る恐る窓から下を見ると、地面に叩きつけられた先生の姿があった。

先生の首にはロープが結んであって、頭からとんでもない量の血が溢れだし地面を染めていた。

「「キャッーーーー!!!?」」

クラスメイト達が悲鳴を上げる。

「先生をこ、殺したのか?」

「俺が殺したのではない。あいつが死んだんだ、自分から首を吊ってな。俺は落としただけだ」

確かに先生の首には、ロープが結んであった。

でも、

「先生はこの前結婚したばかりだったんだ、自分から死ぬわけがない!」

そう、先生は先月に結婚したばかりで自殺とは考えにくい。

「本当にそうか?」

男がまた話し出す。

「本当に結婚したばかりだといって自殺しないのか?」

男はただ淡々と話しているだけだ。

だがその男の声を聞いていると、とても不思議な気持ちになった。

「俺は奴に自殺するように言った。奴は最初は何を言っているんだ、俺は先月結婚したばかりだ死にたくなんかない。そう言っていた、だから俺は奴に聞いた。お前の人生に意味はあるのかと。そしてそれを聞き続けるうち、奴は自分から首を吊った。」

そして、男は山中君を指差した。

「お前の人生に意味はあるのか?」

男が聞く。

「俺はそんなんで自殺なんかしねぇぞ」

「おっ俺は将来自動車整備士になるっていう夢があるんだ。俺はその夢に向かって努力してる自殺なんかしない」

「本当にそうか?」

男が話し出す。

「お前は本当に夢を持っているのか?」

「こっこれが俺の夢だ」

再び男が話し出す。

「お前は本当に夢を持っているのか?」

男の声はまるで直接脳に響いているかのようだった。

そして男が話し出すたびに、まるで肩に何かがのしかかってくるような、不思議な感覚に苛まれた。

その空気に呑まれたのか、話し掛けられていた山中君の返事には全く覇気が無くなっていた。


「夢を持つということは、自分を騙すということだ。人生には目的も価値もない。ただ生きて時間を浪費しているだけだ。そして、自分自信を騙していることに気が付いた時、人は死にたがる。あの教師のようにな」

「おっ俺は自分を騙してなんかいない」


「なら、なぜそんなに動揺している」

山中君の手は、震えていた。

「じゃあ、俺はどうすればいいんだ」


「飛び降りればいい」


「飛び降りてどうなるっていうんだ」


「少なくとも、もう悩むことも苦しむことも無い」


「・・・」

山中君は後ろに振り向くと、少しずつ進んでいき、窓の前に立った。

ここは四階、落ちれば死ぬだろう。

なのに、なぜだろう。

山中君の手の震えは、無くなっていた。

そして山中君は、飛んだ。


ドシャッという音が響き、教室は静まり返った。

「お前の人生に意味はあるのか?」

男は次に別の男子生徒を指差した。

そして、その男子生徒も飛んだ。

ドシャッ

次に女子生徒が飛んだ。

ドシャッ

その次も、その次も、

ドシャッ ドシャッ ドシャッ ドシャッ ドシャッ

ドシャッ ドシャッ ドシャッ ドシャッ ドシャッ

ドシャッ ドシャッ ドシャッ ドシャッ ドシャッ

ドシャッ ドシャッ ドシャッ ドシャッ ドシャッ

ドシャッ ドシャッ ドシャッ ドシャッ ドシャッ

ドシャッ ドシャッ ドシャッ ドシャッ ドシャッ

ドシャッ ドシャッ ドシャッ ドシャッ ドシャッ


教室に残ったのは、勇一と美沙子だけだった。


そして男は、美沙子に指を差した。

「お前の人生に意味はあるのか?」

美沙子も窓に一歩一歩進んでいく。

「落ち着けって!」

勇一が声をかけても美沙子の足は止まらない。

「私の人生に意味なんて無い。奈々子もいないこの世界に」

よせ、やめろ。

「早く、行かないと、早く奈々子の所へ」

美沙子は飛んだ。

ドシャッ

美沙子の消える音が鳴り響く。


「あぁっ、あっ、っ」

勇一は、一体なんの感情なのかも分からず、涙を流した。


そして男が勇一を指差した。

「お前の人生に意味はあるのか?」

そう言われた途端、勇一の周りは男以外黒い靄に覆われた。

男以外を見ることが出来ない。

見てはいけないと思ったが、視線が男の瞳に吸い込まれる。男の瞳はまるで薄暗い洞窟のようで、見るほどに奥へ奥へと引きずり込まれる。

「人は誰もが死にたがっている、それはお前も同じだ」

男にそう言われると、何故か死ななければならないと思えてきた。

ただ生きてただけの俺の人生に意味なんか無い。

勇一は窓に向かって歩き始めた。

少しずつ、一歩一歩。

そして窓に手をかけた。


死のう。


勇一が飛び降りようとしたその時、風に吹かれたカーテンが勇一の前を遮り、勇一は、後ろに倒れた。

その拍子に、奈々子から貰ったペンが、ポケットからこぼれ落ちた。

それを見た勇一は、奈々子との会話を思い出した。


─── ─── ───


「ねぇ、どうして漫画辞めるの?」

勇一は、一時期漫画を描くのを辞めようと思っていた。

「俺には漫画を描く才能なんてない、こんな無駄なことをするより受験に向けて勉強した方がましだよ」

勇一は描き続ける内に、才能の無い自分が漫画を描くなんて無意味だと感じるようになってしまっていた。

「無意味なんかじゃないよ」

奈々子は、勇一に向かって話し出した。

「確かに勇一は、プロになるのは難しいのかもしれない。もしかしたらなれないのかもしれないでも、勇一が漫画を描くのは無駄なんかじゃないよ」

「何でそういえる」

「だって私、勇一の漫画大好きだもん」

奈々子は、笑顔でそう言った。

「私は、勇一と勇一の漫画にめちゃめちゃ影響受けてるから。きっと他にも勇一から影響を受けてる人がいるから。だから、忘れないで。勇一も勇一の漫画も無意味なんかじゃないよ」

「たく、何を根拠にそんな恥ずかしいこと言ってんだよ。でもまぁ、もうちょっと続けようかな、漫画」


─── ─── ───


「そうだ、無駄なんかじゃねぇ。無意味なんかじゃねぇ。俺の人生も、奈々子の人生も、人は生きることで、誰かに影響を与えてるんだ。」

勇一は、男に向かって一歩一歩進んで行く。

洞窟を抜け、靄が晴れる。









□謎の男


自分に向かって歩く勇一を見て、男は三ヶ月前のことを思い出した。

その日、男は自殺させて欲しい人がいるという依頼を受けて、ビルの屋上に向かっていた。

ビルの屋上に行くと一人の少女が立っていた。

「お前が依頼主か?」

「そうよ」

「名前は?」

「岡島 奈々子よ」

「で、誰を自殺させればいい?」

すると奈々子は、笑顔でこう答えた。

「私、私を自殺させて欲しいの」

その発言に男も少し驚いた。

「それなら俺は必要ないだろう」

「だって一人だと死ねないんだもの。あなたならどんな人でも自殺させるって聞いたから」

「別に自殺させた訳じゃない。俺と話した奴が勝手に死んでいっただけだ。」

「それ、意味同じじゃない?」

奈々子は、何がおかしかったのか、微笑みながら言った。

「何人ぐらいやったの」

「詳しくは、覚えていないがざっと五十人以上はいただろう」

目の前の男が、五十人以上もの人を自殺させたと聞いたのにも関わらず、奈々子は、まだ笑っていた。

「そんなにやったなら、私一人を自殺させても変わらないよね。お願い、やって」

「はぁ、こんな変な依頼は初めてだ。早く済ませよう。前にゆっくり進め」

男がそういうと奈々子はゆっくりと前に歩いた。

「なんか不思議。あなたに話しかけられると死のうっていう気持ちになれるよ」

そして、あと一歩で飛び降りる所まで行くと奈々子は、男にまた話しかけた。

「ねぇ、最後に聞いていい?」

「なんだ?」

「どうして、こんな仕事してるの?」

「・・・」

男は答えない。

「私、当ててあげようか?あなた自分の力でも自殺しない人を探してるんじゃない?」

「・・・そうなのかもしれないな」

男がそう答えると奈々子は、小さな声で呟いた。

「中塚 勇一」

「誰だそれは」

「私の彼氏なの、勇一は、あなたが今まで会って来た人とは多分違う」

「何がだ?」

「勇一は、強いの。私と違って」

そう言った、奈々子の笑顔は今までと少し違っていた。


「じゃあ、そろそろ行こうかな」

奈々子は、飛んだ。

最後まで、笑顔のままで。


─── ─── ───



「なるほどな」


男の前には、自殺の呪縛から解き放たれ、自分に向かって涙目になりながら言葉を発している勇一の姿があった。

「人の人生は、無駄でも無意味でもねぇ。奈々子の人生は、俺に大きな影響を与えてくれた決して無駄な人生なんかじゃない。それを証明するためにも俺はここで死ぬ訳にはいかないんだ!!」

なるほど、確かに強いな、他の奴とは違う。

「わかった、俺の負けだ」

「えっ?」

「この教室から早く出ろ」

男は扉のロックを解除した。

「ほっ本当になにもしないのか?」

「俺の仕事は、自殺させることだ。自殺しない奴はどうしようも出来ない。早く行け」

勇一は、教室を出た。


初めて仕事をやり損ねたというのに、何故だろう。

いい気分だ、実に。

これが人が与え合う影響というやつか。

男は、不思議と微笑んだ。

「確かに、無意味じゃないのかもな」


そして男は、爆発のスイッチを押した。

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