よもつへぐい

@itoutyuya

プロローグ

 今から考えてみれば妹が亡くなってからぼくらの家族はどこかおかしくなっていた。父も母もぼくを責めないだけで本当はぼくが妹を殺したと思っているに違いなかった。ぼく自身今でも悔やんでいるのだからそれはそれで仕方のないことだ。

 夜、布団に入ると何故か泣きたくなった。悲しいわけではないし涙が出るわけでもない。ただ訳もなく泣きたくて誰かの胸に抱かれてさめざめと泣きたいと思う。そうすれば安らかに眠れそうに思う。その胸は母でないことは確かだった。あの日母はぼくを強く抱きしめたけれど、そしてぼくのせいじゃないと言ったけれど、ぼくを許していないことはわかったし母の胸でいくら懺悔したって許されることではないと知っていた。ぼくはいったい誰の胸で泣きたいのだろう? 気づくと何故かぼくは妹の胸でさめざめと泣いている。それは余りにも身勝手な空想だと思う。妹は苦しんで苦しんで死んだのだし、ぼくが殺したのだ。ぼくは許されてはならない。薄められた苦しみを食みながら眠りに落ちるしかないと思う。

 やまない雨はないと他人ひとは言う。確かに雨はいつかやむ。そして穏やかな日差しがぼくらを包む。けれど雨はまた降ってくる。咀嚼できない悲嘆は何度でも飲み込むしかないのかもしれない。牛の反芻のように消化されるまで。

 ぼくは高二の冬に再会した間宮先生の最後の言葉をよく思い出す。


 そんなときわたしは心の井戸に降りていく。そして枯れ葉や小石や粘っこい泥をいっしんに取り除いていく。掘り続けているとやがて泉が湧いてくる。最初は少し濁っている。けれどそのうち澄んでくる。そして汲めば汲むほど泉はこんこんと湧いてくる。その泉は君の泉ともつながっている。地下水脈を通じて繋がっている。その泉は忘却の河の水ではないから苦しみや悲しみを忘れられるわけではない。どんな味がするかも飲んだものしかわからない。この水を掌に受け留めるとき君ばかりでなくいろんな人の哀しみや祈りが満ちてくる。


 ぼくはまだ爪の間を泥濘で汚すだけで澄んだ水脈にまで達していないのかもしれない。

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