第二章
二学期が終わろうとしていた雨の日だった。国語の間宮先生が突然ぼくを呼び止めた。先生は少し吃もりながらいっしょに帰らないかって誘った。長身の先生の雨傘から雨垂れがぼくの傘へと伝い流れてきた。先生は時折ぼくを振り返り何か言ったけれどぼくは先生の傘から不規則に落ちてくる雨音に聴き入っていてほとんど聴き取れなかった。ぼくはあの時なんて答えただろう? 先生は歯を見せて笑っていた気がする。
先生の部屋は色褪せたクリーム色のアパートの二階の突き当たりにあった。今でもはっきりと憶えている。あのときの戸惑い。我が家の乱雑な部屋の風景とはまるで違っていた。家具も食器も夥しい書籍も不自然なほどに整然と並び息苦しいほどだった。TVでたまに目にする生活感が全く感じられない嘘の部屋。あの部屋にどこか似ていた。
先生は薬缶をガスコンロにかけるとコーヒーでいいかいと聞いて、ぼくが頷くと食器棚から手回し式のコーヒーミルを取り出し湯が沸くまでに豆を挽いた。ガリガリと初めて聴くいい音がして香ばしい匂いが立ち上がってきた。先生はドリッパーの内側に紙フィルターを被せ挽き立ての豆にゆっくり湯を注いだ。蟹が吹き出す泡のようにコーヒーの粉は膨らんで強い香りがぼくらを包んだ。
キ、キッ、君は神話が好きみたいだね。作文にギリシャ神話やアーサー王物語、ローランの歌まで出てきたのにはさすがに驚いた。でも日本にもすばらしい神話がある。古事記は読んだことあるかいって先生は訊いた。
ぼくは返答に困って俯いたまま黙っていた。古事記は出だしの所で躓いて読んでいなかった。長ったらしい神々の名が次から次へと現れて。
最近古事記を読み返していて、今度勉強会を開こうかと考えているんだ。一緒に勉強しないかって間宮先生が真正面からぼくを凝視めた。長身の先生が少し傾いだ棒杭みたいに眼鏡越しにぎこちなく笑っていた。
聖剣は何もエクスカリバーやデュランダルばかりじゃない。
草薙の剣は知っているだろ? 三種の神器の一つ。ヤマトタケルを野火攻めから救ったあの名刀はハヤスサノオがヤマタノオロチを退治したとき尾の中にあって、
知ってた? って先生は得意そうに続けた。
ぼくは先生の勉強会に参加することになった。先生が担任をしていたB組の裕太君や駿介君も一緒だった。放課後の勉強会の時先生は不思議と吃らなかった。ぼくはそれが嬉しかった。先生は決してぼくが巻き起こした事件について触れなかった。
この世界に天地が初めて現れたときはこの国は浮いている脂のようで、海月みたいに漂っていたんだ。これらを成した神々は
その後に現れたイザナキ、イザナミの神に天つ神々は
其の島に
ぼくが一人の時、間宮先生は訊いた。
君はイザナキとイザナミを兄妹だと勘違いしていただろ? イザナミのことは妹と書かれているし、名前もイザナキとイザナミの一字違いだったから。君は恋人や妻のことを親しんで古くは
あのときは裕太君たちもいたから神託によれば、女性の方から先に告白したのが良くなかったと説明した。君は本当は、ギリシャ神話のオイディプス王のことを訊きたかったのだろ? この二柱の神は兄妹だったから、国土を次々と生み殖やすために罰を受けたのではないかと。
彼らが兄妹だと仮定するのは確かに興味深い。けれどそうでなくてもあの初々しさは感動的だろ?
天の御柱でイザナキと廻り逢ったときイザナミは思わず「あなにやし、えをとこを」って言い、イザナキは「あなにやし、えをとめを」と応えた。なんて素敵な響きだろう。そう思わないかい?
イザナキもイザナミもまさか着衣なしで地上に天降ったわけではなかった。それならどうしてイザナミは自分の体が一処欠けているとわかったか、そうしてイザナキは自分に余分なところがあるって。
いや、ふたりが降り立ったときこの国は生まれたばかりの島だったから生まれたばかりの姿の方が相応しいかもしれない。初々しくふたりは見つめあい互いに確かめ合った。
君には刺激的過ぎたかな? って先生は笑った。
ぼくはすぐに古事記に惹き込まれたわけではなかった。最初の頃はただ先生のそばにいて話を聴いていたかっただけだと思う。クラスでぼくだけが先生の本当の声を知っている。それだけで嬉しかった。どうして先生は授業のときに吃るのだろう。誰かがクスクス笑ったりすると、目が泳いで自信なさげでぼくの方まで息苦しくなった。ぼくに話すときみたいに喋ればいいのに。先生の中で何が災いしているのだろう。
先生は古事記を語るとき思いが言葉に追いつかないほど早口になってときどき一瞬言葉に詰まった。ぼくは固唾をのんで次の言葉を待った。途切れてしまった沈黙と、突然溢れ出てくる言葉との落差にぼくは魅了された。先生は決して吃りなんかじゃない。クラスの連中がひそひそ声で揶揄したりして先生の言葉を受け取ろうとしないだけだ。
でもどうして先生は古事記にこだわるのだろう。ギリシャ神話や北欧神話の方がもっと素敵なのにとも思っていた。イザナミが身罷ったときのイザナキの描写を読むまでは。
それは妹が逝ったときのぼくと似ていた。ぼくもあの日布団の中で笊の活きエビのように身悶えて泣いたのだ。
先生は語った。
イザナミが火の神を産んだとき
そのとき流れた血や、頭、胸などが次々と神に成ったと続けて黄泉の国の物語が始まった。
先生は続けた。
イザナキはイザナミを迎えに黄泉国まで出向いたけれどイザナミとの約束を破ったために連れ戻すことはできなかった。鶴の恩返しみたいに見てはならないものを見てしまったから。
世界中にタブーを破ったために望みが叶えられなかった神話や昔話が数多くある。例えば旧約聖書の神の怒りで焼き滅ぼされた堕落と頽廃の都市、ソドムとゴモラのような。
神は善良なロトの家族だけは救おうとしてソドムから脱出するよう勧告した。そのとき決して振り返ってはならないと言い添えて。けれどロトの妻だけが振り返った。そして彼女は塩の柱になった。
聖書の神は残酷だ。ソドムとゴモラの民はみな情け容赦なく炎と硫黄で焼き殺された。そしてロトの妻は死海の麓で振り返ったために塩の柱にされた。
わたしは日本の神話が好きだ。古事記には微笑ましいところがある。約束を守らず逃げ帰ったイザナキに怒ってイザナミが追わせたのはヤマンバみたいな醜女だったし、イザナキも機転を利かせて次々と醜女の手から逃げた。まず、髪を結っていたカズラを投げ捨てるとヤマブドウの実がなり、これを醜女が拾い食いしているすきに逃げ、なおも追いかけてきたので櫛の歯を折って投げ捨てるとタケノコが生え、これを引き抜いて醜女が食べている間にまた逃げて……。
先生はイザナキがいかに巧みに黄泉醜女や黄泉軍たちの追撃を退けたかを話し続けていた。
ぼくは待ちきれずに先生を遮って訊いた。
どうしてイザナミはヨモツシコメなんかに追わせたのですか?
先生は意外な顔をしてぼくを凝視めた。
イザナミを迎えに黄泉国に出向いたときイザナキに言っただろ? あなたが早く来てくれなかったから、黄泉の食事を口にしてしまったって。けれど愛しいあなたが来てくれたから帰ろうと思う。しばらく黄泉神と相談したいからわたしを視ないでって。
しかしイザナキは待ちきれずに櫛の歯を折って火を灯して這入り、イザナミの体中に蛆がたかりそこに雷神たちが化成しているのを視て恐れて逃げた。
憤って追わせたイザナミの無念、哀しみがわからないかな。
ぼくが聞きたいのはそういうことではないんです。イザナミだって大きな間違いを犯しました。イザナキは覗きたくて覗いたわけではなかった。イザナキはきっと待ちきれずに、ふたりして黄泉神を説得しようと這入って行った。けれど腐乱したイザナミを見て動顛して逃げた。どうしてそれがイザナミを裏切ったことになるのでしょう。
イザナミは最初から自分で追っていくべきだったんです。そうしていたらイザナキは逃げなかった。逃げ切れるはずはないんです。ヨモツシコメや化成した雷神、黄泉軍に追わせたイザナミが悪い。
先生は声を立てずにしばらく笑っていた。ぼくには泣いているようにも見えた。
イザナキは視てはいけないものを視てしまった。
女は死んでも女だから。
次の日先生は鞄から本を取り出しぼくに手渡した。宮沢賢治を読んだことあるかい? って訊きながら。
ぼくは生意気な表情をしたのだろうか? 先生は笑いながら童話は読まないって顔だなって言ったけれどぼくが受け取るまで手を放さなかった。
今度うちの学校も読書感想文コンクールに参加することになった。君も推薦しておくから来週までに感想文を書いてきなさいって先生は言った。
課題図書の一つが宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」でぼくが気に入るに違いないって先生は思っていた。ぼくはまだ不満な顔をしていたのだろうか? 先生は困ったように頭を掻きながら語り出した。
主人公の両親には事情があって彼は印刷所で活字拾いのアルバイトをしている。今ではワープロが常識だが昔は一字一字はんこみたいな活字を探して組んで印刷していた。アルバイトなんて呼び方も相応しくないかな。多くの国で今でも子供達は家族のために働いているから。
主人公は仕事を済ませたあと病弱なお母さんのために牛乳をもらいに行く。その帰り道、登った丘の頂に天気輪の柱が立っている。銀河ステーションのプラットホームの標識みたいな。
気づくと主人公は銀河鉄道の列車に乗っていて親友のカムパネルラと再会し、銀河を巡る旅をする。そして長く暗い孤独の闇から抜け出すんだ。
さっき言った天気輪の柱。あの柱は太陽柱のことだとわたしは考えている。
太陽柱? ってぼくは訊いた。
気象条件によって太陽が地平線に没する瞬間、天上に向かって一直線に黄金の柱が立つ。天上から御柱が地上へ降ろされたように。君も見たことがないかい?
学生時代、恋人と東北を巡る旅をした。そのとき初めてこれが太陽柱かというような太い光の柱を見た。山の頂きから天まで届く勢いがあって驚嘆した。そしてイザナキとイザナミが御柱と見立て、廻り逢ったのはこの太陽柱じゃないかなって思った。イザナミが思わず「あなにやしえをとこを」って言ったのは。
そう言って先生は慈しむように本の背表紙を触りぼくの胸に強く押し当てた。
賢治もたぶん、丘の上から祈りのように伸びた太陽柱を見たに違いない。
カムパネルラ、彼は亡くなった賢治の妹がモデルだとも言われているんだ。
ロマンチックだと思わないかい?
けれどぼくは先生の期待を裏切った。ぼくは約束の日に感想文を提出できなかった。
妹も溺死したのだ。カムパネルラのように。
本を返すときぼくはみんなの前で強がって、ロマンチックな物語だなんて信じられないって言って先生の目を盗み見た。
先生は見るみる赤面し小刻みに震えだした。押されたぼくの背中が黒板にぶつかり黒板消しが落ちて白墨の粉が舞い上がった。
キ、キッ、キミハホントハヨンデナイノダロ!
ぼくは何も弁明できなくなった。眼鏡越しの先生の瞳が激しく揺れていた。
その日以来間宮先生の姿を察知するとぼくは、踵を返すか同級生の間に紛れて背を向けた。階段や廊下の角を曲がるのが怖かった。長身の間宮先生が不意に現れそうで。
ぼくは中学校を卒業するまでのおよそ一年余り間宮先生と目を合わせることはなかった。先生の授業の前になると急にお腹が痛くなってトイレに駆け込んだ。ひどい下痢でやっとズボンを上げて立ち上がってもまた痛くなって便器にしゃがみ込んだりした。そんなときはもう授業が始まっていたから保健室のドアをたたいた。養護教諭のあかね先生はいつも笑顔でときどきカモミール味のハーブキャンディーをくれた。
最初に保健室に駆け込んだ日は熱を測られ、ステンレスのへらで舌を押さえられて懐中電灯で喉の奥を照らされた。へらは苦い味がした。先生は生徒名簿を本棚から抜き取り、ぼくの目を反らさずに問診票に症状を細かく書き込んでいった。仮病を疑われるのが嫌でぼくは事細かく訴えた。
病院で診てもらったことはあるの? って先生が訊いたから、いつもすぐ治るから大丈夫ですって答えた。一度病院でちゃんと診てもらわなきゃだめじゃないって言って先生は誰かに電話した。お母さんにも連絡しようか? って訊いたのでぼくは冷や汗が出てきた。もう痛くないから教室に戻りますって立ち上がったとき、あかね先生がハンカチーフでぼくの額の汗を拭ってくれた。じゃ行きましょうと言って。
先生の車は普通の白いセダンだった。ぼくはピンクか黄色を予想していたから意外だった。車内は花なのか香水なのか何かいい匂いがした。
クラスの仲間とはうまくいっている? って先生が訊いた。詰問という感じではなく甥か誰かに話すみたいに。ぼくは多分って答えた。
何か部活やっているの? ってまた訊かれたので一瞬迷って今は何もと答えた。それから少し沈黙が続いて、何か音楽かけようか? って先生が訊いたので頷くと聴いたことのない洋楽が流れてきた。たぶん先生が好きなラブソングに違いなかった。
ぼくは病院が近づいて来るにつれ、どうしようって思った。さっきまで痛んでいたお腹が今はほとんど痛くなかった。何処も悪くないと言われたらどうしよう。ぼくは嘘つきになってしまう。
病院に着いたとき診察を待っている患者は五名ほどで老人ばかりだった。ぼくは誰も顔見知りがいなくて良かったって思った。お婆さん二人が突然雑談をやめぼくとあかね先生を凝視めたから。
診察室に通されると、初老の少し小太りの医師があかね先生とぼくを交互に見てどうした? って訊いた。あかね先生は問診票を渡しぼくに聞こえないように何か医師と立ち話をした。医師はぼくをちらっと見てあかね先生に頷いた。
ぼくは制服を脱いで白いビニールカバーで覆われたベットに横になるように言われ、両膝を立てて楽にしてと言われた。医師はぼくのシャツをたくし上げおなかを触診しながら、所々指で強く押してここは痛くない? って訊いた。ぼくはその都度、少しとか、そこ痛いですって答えた。医師の手は温かかった。
それからベッドに座るように言われて、上を脱いでと言われたのでカッターシャツを脱いだ。重ねてシャツも脱いでって言われたのでぼくは少し驚いて医師とあかね先生を交互に見た。あかね先生がぼくの視線を避けた。ぼくは疑われているのかもしれない。いじめや体罰を。お父さんと間宮先生の顔が目に浮かんだ。あかね先生は担任教師からぼくの作文の内容や、間宮先生に怒鳴られ黒板に押しつけられたことを知らされているのかもしれない。
帰りの車の中でぼくはあかね先生に小声で尋ねた。ぼくは何処が悪かったんでしょう? って。先生は少し言葉を探していたが、君は意外とナイーブなのねって微笑んだ。医師は神経性の胃腸炎だろうと言ったそうだ。あかね先生が胃腸炎で良かったって、もう一度笑った。
今日はありがとうございましたってぼくは深くお辞儀した。本当に嬉しかったから。先生はちゃんと眠れている? って訊いた。少しは運動しなくちゃ駄目よって。
ぼくは国語の授業の前に病院でもらった薬を飲んだ。たいがいはそれでやり過ごせた。廊下でたまにあかね先生とすれ違うとき先生はウインクした。というか片目を上手く閉じられなかったので目にゴミが入ったみたに。ひょっとしたら皆にわからないようにわざとそうしたのかもしれない。ぼくも微妙に真似て笑った。
中学校を卒業してから人混みの中で不意にあかね先生や間宮先生のことを思い出した。たぶんあかね先生の匂いや、間宮先生の声を何かが連想させたのだと思う。その度ぼくは不思議な懐かしさと幸福感に包まれた。ほろ苦い悔恨とともに。
ぼくは卒業する前に間宮先生に謝るべきだったのだろうか? 間宮先生はぼくを呼び止めることはなかった。ぼくがずっと逃げていたのだから仕方ないけれど、ぼくは怯えながら待っていたのかもしれない。
高校に入学してぼくは図書館で宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」を読み直した。新修宮沢賢治全集が底本となった普及版だったと思う。何故かその本では主人公がカムパネルラの死を知るのは終わり間近の夢から目覚めた後だった。間宮先生から渡された本がこの普及版だったならぼくはたぶん最後まで読み切り感想文を書いていたに違いなかった。けれど先生から渡された本では母の牛乳をもらいに行った帰り道、橋の袂で人だかりがしていて船から落ちた同級生を助けようとしてカムパネルラが溺死したことを知るのだ。カムパネルラは壊れた
先生から渡された本は普及版に改訂される前の初期の稿の版に違いなかった。どうして先生はぼくに銀河鉄道の夜を読ませたかったのだろう? それも黄ばんだブックカバーに覆われた旧字体の本を。
カムパネルラは銀河鉄道の夜の登場人物でぼくが一番嫌いなやつ、ザネリの身代わりになって死んだ。ぼくは先生に責められている気がした。おまえはカムパネルラにはなれなかったと。もちろん先生がそんなことを言う人じゃないことはわかっていた。けれどぼくはザネリ以下の人間かもしれないって思った。ぼくは妹を助けられなかったし、カムパネルラのように身代わりになることも出来なかった。
カムパネルラ、その名の由来はイタリア語のカンパネッラ、小さな鐘のことだった。賢治にとってはたぶん弔鐘のことだって思った。
ぼくは間宮先生の声と部屋を思い浮かべた。無機質なあの何かが欠けた部屋、そして夥しい書籍群。先生から貰った古事記をぼくは何処に仕舞い込んだのだろう。
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