第4話 あぁ、ボクの嫁です

 サークル室内でジジ抜き中。今日は珍しく会長も竜巻さんも一緒だ。この二人は動画編集作業などでサークル室にいないことが多い。しかもなぜか二人一緒にいることが多い。聞いた話だと付き合っている、ということはないそうだが、それを本人たちから聞いたことはない。あくまで島田兄妹からの情報である。

「おっ、上がりだ」

 まくりがペアを揃えて手札を捨てる。残りは俺と会長、うちさんと竜巻さんの四人だ。ちなみに一抜けはすなおだったが、彼女はゲームというゲームでほぼ一抜けをする。

「いやぁ、今日の罰ゲームは腕立て20回だっけ」

「腕立てとスクワットです。ジョーカーの札の数字かける20回という鬼設定です」

 俺の手札から一枚とる会長こと新藤季莉也。3年。部屋の中にいてもニット帽を常にかぶっていて、深くかぶっているため目元が隠れている。時々は見えるが目元は糸のように細い。言葉遣いは割と丁寧で、サークル以外では女性と歩いている姿もたまに見かけることがある。しかし大半が竜巻さんと一緒なのは先にも述べた通りで、本当にニコイチといった感じだ。会長は揃ったペアの手札を捨て、残りは2枚である。まだ4人いるから、次に取られても上がれる確率は低い。

「ちょっと罰ゲーム厳しいな。夜にちょっと用事があるから体力使いたくないんだよね」

「何なら変更します?負けた人は暴露話をジョーカーの数だけ……なんてのは?」

まくりが笑いながら声をかける。

「いいね、僕はそうさせて貰うよ」

「……俺はスクワットでいい」

暴露話なんて冗談じゃない。キングがジョーカーだったら翌日から外を歩けなくなる。それでなくても自分から話せる内容なんて、精々月一で路地裏の隠れ名店『喫茶店カッコウ』の超巨大ジャンボパフェを隠れて食べてる事くらいだ。

「……あがり」

竜巻さんが手札を揃えてあがる。うちの手札は2枚、俺は4枚、会長が1枚で、次はうちのを俺が取る番だ。

「揃った」

引いて、残り3枚。その内の1枚を会長が引く。揃わず。ウチが会長から引くと、見事に揃えてあがる。

「手札の内容見てたら何となくだけどわかったね。どうやらジジはダイヤの3のようだ」

「さすがに60回の腕立てとスクワットは厳しいので勝たせてもらいます」

結果、執念の5回目にして俺が先にあがることができた。

「負けました。やれやれ」

「さぁ会長!罰ゲーム罰ゲーム!」

うちが囃し立てる。会長は顎に手を当てて考えている。会長の暴露話か、あんまりこの人のこと知らないし、興味はある。

「考えてみたけど、あんまり思いつかないな。普段、隠し事とかしてないと思うんだけど」

「じゃあ、俺たちからの質問に答えてもらいましょうか」

ニヤリと邪悪な笑みを浮かべた2人を、俺は見逃さなかった。会長は様子を見ていたようだが、

「いいですよ、何でも」

と、笑顔で返した。

「ほっほーう。では俺から。ズバリ、会長の経験人数は!」

……こいつは何を聞いているんだ。気にならない訳ではないが、それを何のためらいもなく聞くコイツ、頭おかしいんじゃねぇか?後ろで直生が顔を赤くして口覆ってるし、うちも少し頰が赤く見えるな。竜巻さんは……顔を背けてよくわからない。

「9人ですよ」

……微妙にリアルな数字を言っている辺り、本当っぽい気がする。確かにサークル外で見るときには違う女性と一緒にいる事も……

「じゃさ、ちゃんとした彼女って居るんですか?」

と、うちが少し顔を赤くしたままで聞いてくる。直生は先程と同じ様子だ。

「彼女は居ないですね」

と、即答する。それを聞いて、視線が竜巻さんに向いた。無意識に、他のメンバーもチラリと見てしまったようだ。竜巻さんは面白くなさそうに、いや、いつもと変わらない無表情でいる。

「あ、あのっ……」

と、2人の奥から直生が手を挙げた。

「ま、真実さんとの関係って……付き合ってたりとか……」

多分、皆んなが知りたいけどタブーと思われてた事を、まさかの直生が聞く。うちが生唾を飲み込んだ音が聞こえるほど一瞬の静寂が部屋を包んだ。

「彼女じゃないですよ?」

と、平然と言ってのける会長。

「えっと」

「真実は嫁ですから」

「えっ?」

呆然と、自然にみんなの口から出た。

「ん?」

あれ?なんかやっちゃいました?俺。みたいなノリで疑問符付きで顎に手を当てる会長。一方で、焦る様に雑誌で顔を隠す竜巻さん。それ逆、逆ですよ。

「ちょ、ちょーっと待ってください!えっ、えっ!?結婚してたんですかっ!?」

「で、でもっ!竜巻って苗字ですよね?!」

「夫婦別姓って知ってる?」

「いつ結婚してたんですかっ?!」

矢継ぎ早に島田兄妹が質問する。が、会長は口元に指を当てる。

「暴露話は3つまで、ですよね」

と、会長は悪戯に笑った。もちろん、それだけでは納得のいかないのがこの兄妹なわけで、何とか聞き出そうとあれやこれやと質問を続けるが、会長は薄ら笑いを浮かべて取り出したノートパソコンで編集を始めていた。そして聞いていないことが分かると、その矛先は顔を隠している竜巻さんへと移った。いつのまにか、背いていた体制を整え、先程の雑誌が元の向きに戻っていたが、読むために戻したわけではないだろう。

「真実さん、隠さなくていいからちょっとだけ教えて下さい。あれ、本当なんですか?」

横から耳元で囁くように言っているが、目に光がないぞ、直生。お前、確かそんなキャラじゃないだろ。大体、そんな事言っても元々お喋りじゃない2人なんだから多分それ以上話そうとはせんぞ。

「おいお前ら、別にいいじゃないか。俺らには関係ないんだから…」

「えっと……その……」

俺が制止しようとした矢先、竜巻さんが何かを言いかけた。そして、雑誌を裏返す。

「テッテレー」

雑誌には白紙に大きくそのように書かれた紙が貼られていた。

「ドッキリ、大成功ですね」

面白そうに会長は笑みを浮かべてこちらを見ていた。


「結局、会長と真実ちゃんの関係って何なんだろねー」

ファミレスでストローを咥えてうちが言う。今は大学を出ての帰り道。うちさんと直生と一緒に立ち寄ったファミレスでレポートをまとめている。あの後、会長は編集作業と言って部屋に残った。竜巻さんと共に。まくりは用事があると言ってそのまま別れることになった。

「でもビックリしたね、結婚してたらどうしようかと」

「え?どうしようって、何が?」

「えっ?あぁ、ほら、お祝いとか、色々しないといけないかなーって」

あははと誤魔化す直生に、テーブルに肘をついてうちさんは白けた目を向ける。

「直生ちゃん、もしかして〜?」

「……うぅ、今月ピンチなんです」

涙を浮かべて、財布の中を見る直生。マジでお祝いで焦ってたのか…

「学生結婚はよく考えてしないと大変だろう。その辺り、あの会長のことだから考えてないわけないだろう」

「まぁ、ゆあつべの登録者には少なからず真実ちゃんファンもいるからその辺りはちゃんとするだろうし、今回の動画タイトルは『会長と竜巻が結婚してみた!?』辺りになるだろうね」

その話の流れからすればプチ炎上しそうな気がする。

「でも、会長との関係はちゃんと確認しときしたいなぁ」

「その内教えてくれるよ。だから今は触らないようにしとこうね」

まぁ、荒立てる必要がないのだから、触れないでおくのがいいだろう。気にならないわけではないが、つついて空気が悪くなるのも嫌だしな。

「ところでうちさん、レポート間に合うのか?」

「大丈夫。兄貴に半分やらせるから」

いいように使われる兄貴だ。心の中で合掌してやった。


「……ねぇ」

雑誌をテーブルに置いて読みながら、聞こえるか聞こえないかくらいの声で竜巻が声をかける。部屋には会長と2人きりだ。

「何です?」

編集作業中で手が離せないのか、視線はそのままに聞き返す。竜巻の視線も雑誌を見たままだ。

「……あのドッキリはいただけない」

「あぁ、咄嗟に思いついたので、ネタバラシはもう少ししてからと思ってましたが、いい感じでしてくれてありがとうござます」

咄嗟に思いついたにしては連携が取れたと、竜巻も少し心の中でガッツポーズをした。しかし、内容についてはいただけない。

「……1つ目は、ホント?」

「本当です。まぁ、今まで将棋で対戦した相手の人数なんですけどね」

「……動画、ちゃんとテロップを付ける」

何の経験人数とは聞かれなかったからね、と舌を出して笑う会長に、表情を変えないまま竜巻は続ける。

「……3つ目は、嘘だったから、無効」

「そうですねぇ、何か暴露話して欲しいですか?」

竜巻の視線は雑誌、会長は編集作業、パチパチとキーボードを叩く音、チコチコと時計の秒針が回る無機質な音だけが部屋で響く。

「……いい。今度にとっとく」

「ふふっ、狡いなぁ」

苦笑しながら編集を終えてパソコンを閉じる。

「じゃあ真実、帰ろうか」

立ち上がり、鞄にノートパソコンを仕舞う彼の後ろ姿を見て、無表情を作っていた顔が綻ぶ。思い出した、あの言葉を思い出して。振り返った彼が見た彼女は、いつになく嬉しそうな表情をしていた。

「今日はいつもより激しい夜になりそうだ」

「……3回戦まで、よろしく」

「ははは……お手柔らかに……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

毎日が四月馬鹿! しろくじら @amesirokujira

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る