猛毒

私たちの世界は、ある植物に侵されていた。

微小な種子を散布し、人の体内に入り込み、人を苗床として生きる新種の植物。

人がそれに気がつく頃には、既に大半の人に入り込んでいた。


「かすみー、こっちこっち。」

電柱に寄りかかっている人に巻き付きながら花を咲かす植物。

「あー、うん。」

返事はしたものの、目が離せなかった。

「何見てるの?って、、うわぁ。」

エリはいかにも汚いものを見たような声を上げる。

「いつから居たんだろうね」

「さぁー。ね、もう行こうよ。」

「うん。」

ワクチンを打たれた私たちは、発芽はしない。あちこちで発芽する人達を見てきたせいで、このように人が転がってることが当たり前のようになっていた。


まるで、引かれて死んだ犬を見たかのように嫌がるエリを見て、それが普通の反応なのだと思った。


羨ましい、なんて。


学校からの帰り道に友達と寄り道をして帰るいつもの日常。

話をして、笑い、じゃあまたねと言って別れる日々。

何も悪いことはない、幸せな日常なのに、いつも何か満たされないかのように私の心はふわふわしてるのだ。


友達が、クラスメイトが

将来何になりたいとか、そんな話を聞く度に酷く心が痛くなる。

聞きたくない、聞きたくない。


エリと別れたあと、居てもたってもいられず

さっきの電柱まで走って戻った。


人通りはない。もう夕暮れ時の薄暗いビルの谷間。


さっきの人はまだ片付けられておらず、

思わずほっとした。


近づくと、葉っぱから埋もれた顔から、老人だと気がついた。

なんて穏やかな顔だろう。

もう死んでいるはずなのに、眠っているかのように血色が良い気がする。


羨ましい。羨ましい。


老人の顔に触れた。

冷たかったが、やはり死んだとは思えない。


人の声が遠くから聞こえて、思わず走って逃げた。


走りながら考える。

何故、私は、老人に触れたのか。

何故、あんなにも目が離せないのか。


触れた自分の手を、唇で触れた。



「かすみー、大丈夫??」


「え、何が?」


「なーんかいつにも増してぼーっとしてると言うか。顔色も悪いし。」


「そーー、かなぁ?」


授業が始まった。

いつものようにぼやぼやと眠くなる先生の話が始まるが、私はそれどころではなかった。


行きたい、行きたい。

今すぐどこかへ。


感じたことの無い衝動と高揚感。

体の中に冷たいものが流れ染みわたっていく。


ふと右手を見ると青々とした葉が1つ皮膚を突き破って発芽していた。


あ、私。感染したんだ。


「ふふっ」


居てもたってもいられず、教室を飛び出した。


「かすみ!?」

えりの声が聞こえた。


軽い。軽い。

体が喜んでいる。

冷たい感覚が胸から脚、首から頭まで広がっていく。


たどり着いたのは廃墟。かつて集合住宅だった場所。

いつもいつも、1人の時はここに来た、私が恋焦がれていた場所。


立ち入り禁止の扉の隙間から、中に入る。


いつの間にか腕まで葉が茂っていた。


綺麗だった。自分が、汚いものから綺麗なものへと変化していく感覚。



適当な部屋に入ると、中には木の根が入り込み、コンクリートを突き破っていた。


床に座り込んだ。

脚にも根と葉が出てくる。


首にも、顔にも。



平凡な生活に平凡な人生。

平凡な私が大嫌いだった。

人間は汚い。汚い人間が、唯一綺麗になれる瞬間が今だと思う。


植物となりその命を違う生き物へと譲渡する。


私は、今やっと、自分を愛することが出来た。


意識が遠のく。

猛毒が回っていく。体が心地いい。


枝や根が体に巻き付き、葉を付ける。


私はやっと、私になれた。



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短編集 @Midoriha

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