第8話 邂逅

「非常に申し上げにくいのですが、このまま意識が回復しない可能性が高いです」

「そ、そんな……」


 病院の別室では重苦しい空気が漂っていた。

 しかし、その静寂を切り裂くように、1人の看護師が廊下を走って、医師を呼びに来た。


「せ、先生! キョウカさんが、目を覚ましました!」

「なんだって?」


          *


 なんだろう、ここ。

 すごく寂しくて冷たい……。


 多分、病院じゃないよね。


 もしかして、わたし。死んじゃったのかな?

 まだ、色んなことしたかったのに。


 でも、受け入れるしかないよね。

 それは小学生の時から覚悟はしてたし。


 だからこそ、後悔しないような生き方をしたつもりだもん。


 ……でも、やっぱり、また会いたかったなあ。

 キョウカは胸に手を当てて、少しの間、目をつぶっていた——。


 ママ、パパ。わたしのことを愛してくれて、本当にありがとう。


 色々喧嘩したけど、わたしのことを本気で想ってくれてるからこそなんだもんね。


 キョウカの姿は徐々に薄くなっていく。


 もうこの姿を保っていられないのかな。

 わたしはまた生まれ変わっても、わたしでいたいなあ。


「まだだ、まだ待ってくれ!」

「え? 誰?」


 真っ白い空間にぼんやりとしたモヤみたいなものが、わたしの目の前に現れた。


「あ、あーちん……?」

「まだ、お前に話せていなかったことがあるんだ」

「まだ……話せてなかった、ことって?」


「もし、今日で世界が滅びるとしたら何をしたいかって話」


「ああ、その話……。本当のことを言うと、答えを知りたかった訳じゃないんだ。ごめん」


「わたしはただ、あーちんと話したいから、適当な話題を振っただけだよ」


「それでも、いい」


「今日で世界が滅びるとしたら、大好きなキョウカとたくさん話して笑い合っていたい」


「……え?」


「それが、僕の答えだ……」

「あ、あーちん! 待ってよ! ねえ!」


 じゃあな、という言葉を残して、あーちんの声は、どんどん遠くなって消えた。


 わたしも……わたしも好きなんだって。

 伝えたかったのに。


 あれ? なんかぽかぽかしてきて、暖かい。これって?


 キョウカの身体は光を帯びてゆき、その空間全体を照らし始めた。

 ま、眩しい——。


          *


「……ウカ! キョウカ! 返事をして! キョウカ!」

 ベットに横たわっているキョウカは、薄く目を開いた。


「ま、ママ?」

「キョウカ! 良かった! ママのこと分かる?」


「うん……。あ、あと。あーちん、来てる?」

「ああ、アセイくんなら、さっき来てくれてたわよ。これよ……お守りをくれたわ」


 そう言ってキョウカの母は、お守りを渡した。

「ああ、すごく暖かい……」


「ゆっくり休んで、退院まで頑張ろうね」

「う、うん……」


          *


 坂元アセイ 2018年5月15日(火) 18:56

 心臓突然死により死亡


 東雲キョウカ 2018年5月23日(水) 20:05

 難病の再発により死亡


          *


 無機質な空気が漂う場所に、狐面の少年はいた……。


 人間の運命ちゅうのんは変えられるものと、変えられへんものがあるんどすなぁ。


 まあでも、あの2人は運命に囚われんとて、幸せそうどした。


 少しの間、また眠りにつくとしまひょか。


 狐面の少年は本殿の扉を開き、奥へと進んでゆく。

 禍福が渦巻く、深い闇の中へ……。

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僕の命日でも笑っていたい 今朝未明 @miharu_kesa

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