未来への選抜
みふね
未来への選抜
小さな村には似合わない黒塗りの外車が、大きな音を立てて二人の前を通り過ぎた。
「ついに私たちのところにも……」一郎の横で妻の栞が震えた声で言った。
一週間前、村の大通りにある立て札が立てられた。それによると、一週間後に重大な選抜投票を行うので全員村にいるように、とのことだった。「でも選抜って何なの」
「隣村の奴から聞いた話なんだけど、近い将来地球が滅びるらしいんだ。そのために宇宙へ脱出するに値する人を選び出しているんだとか」
「選び出す、か」栞はくすりと笑った。「私達には関係のない話ね」
「ま、そうだな」一郎は大きく頷いた。「さあて今日もひと仕事頑張るか」そして一つ伸びをすると鍬を肩に担ぎ畑へと向かった。
一郎と栞はまだ若い夫婦だった。家計は貧しく、なけなしの金をなんとか切り盛りし、一日二食の質素な生活を営んでいた。
それに比べて……。一郎は遠く畑の奥に佇む豪邸に目をやった。その家主の大吾郎は村一番の地主で莫大な資産と大きな腹を持っていた。そして一郎も彼のところから土地を借りている小作人の一人だった。そのため一郎は大吾郎にはどうしても頭が上がらなかった。
車から出てきた黒服の男たちは早速片っ端から村を散策し始めた。どうやら村人一人ひとりにあたっているらしかった。
彼らはその夜、一郎の家にもやってきた。
全身黒いスーツを身に纏った男の一人が一郎と栞の名前を名簿に記してこう言った。
「明日の朝、この村で投票を行います。この村から一名選抜するのです。これはこの星の将来を左右する重大なものなので、必ず参加してください」
「わかりました」一郎は上擦った声で答えた。栞は一郎の後ろで黙ったまま、黒服たちの背中を見送った。
「投票だってさ」一郎はぼそっと呟く。
「投票なんてやったことないね」
「俺は、栞に入れたい。例え世界が滅んでも栞だけには生きていて欲しい……」一郎は頬を赤らめながらそう言って、栞の目を見た。
「嫌。そんなの嫌よ、一郎がいない世界なんて」
「栞……」
そんな話をしていると、突然戸口がガラリと開き、地主の大吾郎が姿を現した。
「ああ、これは大吾郎さん」一郎は慌てて会釈をした。栞もそれに倣う。
「いやあ、二人の熱い話に割り込んでしまってすまない。それで、明日のことは聞いたね?」
「ええ、先ほど説明を受けました」
「そこでなんだが……」大吾郎は懐に手を入れ厚みのある封筒を取り出した。「わかるね?」大吾郎は声を潜めた。
「つまり……」
「みなまで言うな。わかってくれればいいんだ」
一郎は一度栞の顔を伺った。栞は小さく首を振った。一郎も同じ意見だった。
「すいません。それは受け取れません。誰に入れるかは自分たちで決めますので」
「何を言うか。お前たちが生活していけるのは誰のお陰だと思っているんだ。自惚れるのも大概にしろ!!」大吾郎は激昂した。
「しかしこればかりは……」
「物分りの悪い奴め」そうしてもう一度懐に手を入れると更にもう一つ封筒を取り出した。「これでどうだ」
一郎は一瞬たじろいだ。それだけあれば今後の生活を不自由なく暮らすには十分すぎるほどだ。それに、近いうち世界は終わるのだし……。
「すいません。受け取れません」そう言ったのは栞だった。一郎は慌てて栞を見る。栞はギロリと一郎を睨んだ。
「は、はい。受け取れません……」一郎も続いた。
「そうか、まあいい。どうせお前ら小作人は滅びる運命だ。全く時間を無駄にしやがって」大吾郎はそう悪態をつきながら家を出ていった。
一郎はほっと一息ついた。そして少し後悔した。
しかし栞は全くそんな素振りはなく、いつも通り晩御飯をよそい始めた。彼女は一切の悔いも見せず、ただ淡々と日常を紡いでいた。
その光景に一郎は胸をきつく締めつけられた。
そして一瞬でも金に目が眩んだ自分自身を強く恥じた。
翌日、投票は終了し大吾郎が村のほとんどの支持を得て、村の代表として選抜された。
「ありがとう! みんなのお陰だ」満面の笑みを浮かべる彼とは裏腹に見送る村人は愛想笑いを浮かべていた。黒服たちは選び抜かれた大吾郎を拍手で称え黒塗りのリムジンに迎え入れると大きな音を立てながら遠くへ消えていった。
結局一郎と栞はお互いに一票を投じあうことにした。しかし村人の殆どは大吾郎に金で唆さたと言う。二人はそんな投票結果を不当に思いながらも、自分達には関係ないと割り切っていた。そしてこれからも二人でいられることを胸を張って喜びあった。
◆
大吾郎は用意されていた大きなロケットに乗せられた。そこにはきらびやかな服を纏った人が多く搭乗していた。おそらく大吾郎と同じように投票を勝ち抜いてきたのだろう、ということは容易に想像できた。
「では、皆様揃われたようなので間もなく発射致します。それでは皆さん、よい旅を」上から覗き込んでいた黒服の男はそう言って、ハッチを閉めた。
それから程なくして爆音が響き、もくもくと膨張する煙の中からロケットがふわっと姿を現したかと思うと、瞬く間に遙か
それを見届けていた黒服の一人が呟いた。
「本当に、これでよかったのでしょうか……」
すると隣の男はこう答えた。
「構わんさ。彼らは人類の未来のために不必要な
空高く伸びる航跡が、冷たい風に吹かれて消えていった。
未来への選抜 みふね @sarugamori39
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