覚悟

ある病院の一室…。

顔に当たる夏の日差しに痛みを感じ。

そこで勇人は目を覚ました。


「いつっっ。

………………………。

寝るの飽きたぁ…。」


「勇人~。

起きたなら、少し水分を取るかバナナ食べなさい。

ジュースの方が良い?

買ってくるけど?」


勇人の病床の傍らで、雑誌を読んでいる天美(あみ)にそう促される。


「う~ん。

リンゴジュースが欲しいかな。

無かったらカルピス系。」


「じゃあ、お母さんちょっと買ってくるから。

看護婦さんが来たら、ちゃんと言う事ききなさいよ。」


「は~い。」


雑誌をベッド横のラックに置くと天美は病室から出ていく。


峠坂 京の身代わりとして、暴漢に襲われた翌日。

勇人は病院に入院させられていた。

顔の腫れはまだ引かず疼く。

頭部を何度も殴打され続けたので、午前中に精密検査を受け結果待ちだ。

勇人が病床の上でヒマを持て余していると…。

スライド式のドアを、おそるおそる開け、お見舞いにやって来た人物がいた。


「おじゃましま~す。

ゆうちゃんはいますか~?」


なるべく他の入院患者の迷惑にならないような配慮か、僅かにある雑音ですらかき消えそうな小声で確認をとる人物。

ソナタだ。


「ソッ君?お見舞いに来てくれたの?」


「ゆうちゃん!

良かったやっぱりココだった…。

大丈夫?

コレお見舞い。」


安堵の笑顔で近づくと、ソナタは自らの手にある紙箱を勇人に差し出す。


「ありがとう。

ソッ君のお母さんの手作りケーキ、僕大好きなんだ。」


「あっ、ゴメン…。

母さんはちょっと忙しかったから…。

今回はケーキじゃなくてバナナなんだ。

せめて箱だけでもお見舞いの雰囲気だそうと思って…。

期待させてゴメン。」


「いや、こっちこそなんかゴメン。

勝手に勘違いして。

ん…?

ソッ君そっちのカバンは…?

コレからまた塾にでも行くのか?」


ふとソナタの手提げカバンに気づくと、気まずくなった場の空気を変えたく素直な疑問を投げ掛ける。


「ああ、コレ?

コレは塾用のカバンじゃなくって…。」


そういうとソナタは、自らのカバンを開いて中から水着を取り出し勇人に見せた。


「夏休みの宿題も終わったから、今からみんなでプールに行くんだ。」


「そっか…いいなぁプール。

みんなとの待ち合わせ時間は大丈夫?

僕の事は気にしないで…。」


「あっ!それなら大丈夫。実は…。」


ソナタが喋りかけたその時。

又してもスライド式のドアが開き。


「ちょいとお邪魔しますよ。

お、いたいた。

お~いイツカ。

こっちだ!こっちっ!!」


カナタがひょっこり顔を覗かせ、勇人とソナタを確認すると、一緒に来ただろうイツカを呼び寄せる。


「大丈夫。

ココを集合場所にしてるから。」


「あ……そうなんだ…。」


カナタの登場で途中で遮られたソナタの答えを聞く勇人。

何とも言えない感情が心に灯る。


「大変だったな勇人…。

大丈夫か?

コレ俺達からのお見舞い。」


カナタは手に持ったスーパーの袋から、バナナを一房お見舞いに手渡した。


「あっ!

気を使ってくれてありがとう。

嬉しいよ。」


「…………。」


ソナタから既にバナナは貰っていたが、勇人はあえて言わない。

無駄に言わなくて良い事はある。

それは分かっている。

ソナタもそこら辺は空気を読んでいるようだ。


「アイン君から聞いたよ。

大変だったね色々…。

こういう時のお見舞いって。

どう声をかけたら良いのか。」


「オカマからキスされそうになって、抵抗したら殴られたんだって?

危なかったな勇人。

で、どうだった?」


イツカは言いにくそうに言葉を濁すが。

カナタはそこら辺を全く気にせず、あっさり乗り越え聞いてきた。

デリカシーのカケラも無いのか。

はたまた、カナタなりの気の使い方なのか。


「イヤ、オカマじゃないんだけど…。

とりあえず、大変だったよ。」


「あっ!そうなんだ。

僕もアイちゃんからは、そう聞いてたんだけど違うの…?」


「僕が襲われたのは、オカマじゃなくてバイのオッサンだよ。

オカマとバイの違いがよく分かってないな。

アイ君は…。」


「「「なっ!何!?だとっ!?」」」


「えっ?バイって何!?」


「知ってるか?」


「イヤ、分からん…。」


驚愕したように皆が皆に聞き返す。

どうにもみんなホモやオカマは知っていてもバイセクシャルの意味までは知っていないようだ。

そこいら辺の知識は、耳年増な女の子と違い小学生らしい。


「えっとね…。

ホモとゲイは、体も心も男のままだけど、性的には男が好きで…。

オカマとニューハーフは、体は男でも心は女で女になりたくて、性的にも男が好きで…。

バイは、体と心の性別は関係無くて、男女両方を性的に好きって違いだよ。

ついでに、オナベは体は女の人だけど、心は男で男になりたいって人だ。

体の性別と心の性別と性的な好みは、必ずしも一致しないんだよ。」


「「「へぇ~~。」」」


勇人のその少し得意気な説明にみなは一目置く。


「流石は勇ちゃんだ…。

性的な知識は良くご存知でいらっしゃる。

僕でもそんな違い知らなかったのに。」


ソナタの発言に、流石にイツカも少し引き気味になる。


「そうか…。

アイン君の兄さんは性的博学者だったのか…。」


「ああ、それも並みの男じゃぁねぇぞ…。

聞いた話しじゃ幼稚園で女子のおっぱいは揉みまくるわ。

去年なんか人前でチンコ出して女の子を泣かすわ。

正直俺達じゃ手におえん変態さ。」


「そ、そこまでっ…!?」


「カッ君っ!!

話しを勝手に盛るなっ!!

ホラ~。

小野坂君、完全に引いちゃったじゃないか~。」


「だいたい事実だろ。」


「うん…確かに反論は…出来ないな…。」


三割り盛られたカナタの話しに反論したい勇人だったが、概ねあっているので反論する事すらできなかった。

そうこうしていると…。


「ゴメンねみんな。

ちょっと遅くなった。」


アインが慌てて息を切らせながら、やって来た。


「遅かったね、アイちゃん。」


「アイン君どうしたの?

何かあった?」


「ごめん。

母さんに頼まれてたバナナを持って来るの忘れたの気づいてさ。

途中で引き返して、家に取りに帰ったら…。

遅くなっちゃって…。

あっ、勇君!はいっ!バナナ。」


ソナタとイツカの問いに答えると、アインは自宅からスーパーの袋に入れて来ただろうバナナを、勇人に差し出すのだった。


「…あっ、ありがとうアイ君…。

わざわざ取りに戻ってくれて…。

嬉しいよ…。」『チッ!忘れてくれば良いものの…。』


コレには流石の勇人も、もう苦笑い。

3房にもなったバナナはラックの上へ置く事も出来ないので、篭に入れてベッドの下へ置く事にした。


「じゃあ、そろそろ行こうぜ。

夏休みとプールは待っちゃくれ無いんっだっぜっ!!」


「勇ちゃん、早く良くなってね。」


「では、僕らは失礼します。お大事に…。」


「じゃあ勇君、また後で来るから…。」


「あっ!アイ君ちょっと良いか。」


「何?勇君?」


 病室から出ようとみんなを追いかけるアインを、勇人は少し引き止める。


近づいて来たアインに勇人は声を細め、みんなに聞こえ無いよう小声でしゃべる。


「アイン…。

イツカの件はもうカタはついたのか?

ケガ…しなかったか?」


「ええ、もうバッチリですよ勇人様。

コレでようやく後一人。

もう、大手に、チェックメイトに、国士13面待ちのリーチをかけて、当たり配を振り込むような物ですよ。

喜んで下さい。」


「そうか…。後一人なんだな…。」


『後一人…。

後一人なんだよな…。

後一人救えば俺達は…。』


後一人という嬉しい状況のはずなのに、なぜか険しい表情を見せる勇人に、アインは怪訝そうに顔を覗かせる。


「どうしたんです?勇人様?」


「ん…。少し考え事をな…。

ってっ!?

お前、良く見たら手ぶらじゃ無いか。

バナナ取りに帰って荷物忘れたか?」


「えっ!?大丈夫ですよっ!!

水泳帽はポッケに入れてますし…。

ちゃんと海パンは履いてますから…。

ほらっ。」


アインはそう言うと自らの半ズボンをずらし、中の海パンをコレみよがしに勇人に見せつける。

端から見たらエッチな動画のプロローグ演出の露出のようだ。


「お前…。

プールから上がった後はどうすんだよ?

タオルとか、パンツとかわ…?」


「たおっ?パンっ?

Σ……あっ!?」


呆れながらの勇人の問いに、アインはハタと気づく。

どうにもプールで泳ぐ事だけが先走って、パンツもタオルも忘れたようだ。


「まあ、大丈夫でしょう…。

今日は暑いし自然乾燥で…。

帰りはノーパンで帰れば…。」


「…っ。ノーパンってお前…。

とうとう、目覚めちまったかアイン…?」


「そんな事…。

……。

あるわけ無いでしょ。」


「待て、なぜほんの少し間があいた…?

アイン?」


「じゃあ、皆さんも待っていますので私はこの辺で…。」


不敵に笑いつつ言葉を濁し…。

きびすを返し病室を後にしようとするアインを、勇人はまたも引き止めた…。


「あっ!アイン…。」


「何です?。」


「…………………。

イヤ、何でも無い…。

後で宿題見せろよな。」


「ええっ。勿論ですよ。

では、私はこれで…。

夏休みの宿題で忙殺され、遅く来た夏を謳歌する為。

プールではっちゃけて参りますっ。」


「……………………。」


アインの後ろ姿を見る勇人はどこか儚げで、朧気で…。

消えいりそうではあったが。

アインは気づかず立ち去って行く。

気づかれ無い事に、勇人は寂しさと共に何故か嬉しくも感じた。


アイン達が出てしばらくすると…。

今度はしまぽんと峠坂 京がお見舞いに来た。


「ヤッホ~。

お見舞いに来たよー。」


「養生してますか?

勇人さん?」


「あっ。

しまぽん、峠坂さんっ!!」


勇人が明るい表情を二人に見せると、しまぽんは少し照れくさそうに、慌てて否定しだす。


「あっ!誤解しないでよね。

私達は京ちゃんトコのお母さんのお見舞いと…。

弟君を見に来たついでに来ただけなんだからね。

ついでよ、ついで…。」


「別についででも良いよ。

女の子がお見舞いに来てくれるだけで嬉しいさ。

で、峠坂さんトコの様子はどうなの?」


「ええ、おかげさまで…。

母も弟も元気ですよ。

あっ!!

名前は飛鳥(アスカ)と決まりました。

コレがまた可愛くって可愛くって~。

あっ!!写メ撮ってるで、見ます?

見たいっ!?」


「…………あっ、うん…。

…あっ…可愛いね…。」


「でっ!しょ~~!!」


聞かれてもいない弟の名前を話す峠坂 京は、頬は緩み顔を紅潮させ、見た目完璧にデレている。

小野坂 イツカ同様、峠坂 京もこれ以上の心配はなさそうだ。


「そうそう、飛鳥君スッゴく可愛いよね~。

手なんかこんなにちっさくて。

あっ!?

そうだった!!」


何か思いだしたのか、しまぽんは手に持っていた網カゴを取り出すと、勇人の前に差し出す。


「ココに来る途中で偶然、華ちゃんに会ってさ。

勇人君のお見舞いに行くって言ったら、

「サルにはコレがお似合いでしょっ。」って…。

なんかバナナ渡された。」


「あっ…ありがとう。

嬉しいよ…。バナナ…。」


顔で笑って心で泣いて…。

四房目のバナナに。

もはや勇人は笑うしか無かった。


「え…?

何か嬉しそうじゃ無いけど…。

もしかして、バナナ嫌いだった?」


どうやら、しまぽん達の位置からは篭のバナナは見えていないようだ。


「イヤ、嬉しいよ。

嬉し泣きしてたんだっ!!

バナナ大好きっ!!」


そう言って笑顔でバナナを貪る勇人。

そんな勇人を見てしまぽんは…。


「勇人君…。

何か、その言い方なんか…。」


『っ!?気づかれたかっ?』


「いやらしい~~~~。

勇人君が言うとちょっと洒落にならないよ…。

ね~京ちゃん。」


「えっ?そう?

私…。そんな…。ねぇ…。」


「……。」


しまぽんはバナナ大好きというフレーズに反応したようだ。

峠坂 京もどうにも返答に困り、もじもじ恥ずかしがるしかなかった。


場の空気がどうにも変になったので、勇人は話しを変える事にした。


「しっかし、しまぽん。

今日はマキちゃんとは一緒じゃ無いんだな?

ココ最近いつも一緒だったから、いないのもなんか違和感があるな。」


「ドナちゃん?

ドナちゃんは勇人君に大事な話しがあるとかで…。

おじさんと一緒にお見舞いに来るって言ってたから、後々来るんじゃないかな?

あの事件、おじさん結構気にしてるみたいだから…。」


「そっか…大事な話しってなんだろ?」


「さあ…そこまでは…。

じゃあ、長居するのもあれだから、私達は失礼するね。」


「勇人さん…。早くよくなって下さいね。」


そう言い、しまぽん達は病室を出ていった。

ジュースを買いに出かけた天美母さんがなかなか帰って来ないなと、勇人が心配しだした。

そんな矢先。


「勇人…。

土那高さんがお見舞いに来たわよ。」


天美母さんが土那高親子と共に、病室へと戻って来た。

天美の後ろに、姿を見せたマキの親父さんは、帽子を取りペコリと頭を下げると、神妙な面持ちで病室へと入って来る。

服装もスーツを着込み。

普段の首からカメラをぶら下げた、ベストにキャラもののシャツにジーパン姿のおちゃらけた服装や雰囲気とはまるで違う。

勇人自身驚きを隠せない。

勇人のベッドの横まで来ると、マキの親父さんは静かにしゃべり始める。


「ヤシロ君…。体の塩梅はどうね?」


「ええ…何とも無いですよ。

大丈夫で…。」


ⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢ

ⅢドゲザッⅢ!!!!

ⅢⅢorzⅢⅢⅢ


「っ!?オジサン急に何をっ!?」


勇人が質問に答えきる間も与えず。

マキの親父さんはいきなり土下座する。

いきなりの事で勇人も呆気にとられた。


「スマンっ!!ヤシロ君…。

ワシが…ワシがあん時…。

強く引き止めて公園なんかに行かせんかったら…。

こんな事にはならんですんだのに…。

本当にスマンっ!!」


「そ、そんな気にしなくて大丈夫ですよ。

僕が無理言って出たんですから、自業自得ですよ。」


峠坂 京を守る為とは言え、マキの親父さんのこの謝罪は、勇人の心にチクリと罪悪感の痛みが走る。


「じゃったらヤシロ君…。

せめて…。

せめて我が家からのワビを受け取ってくれんね…。頼む…。」


「イヤ、そんな…。

ホントっ!!そこまで気を使ってもらうと、こっちが困りますから。」


勇人はそう言いつつも、ワビの品を貰う事で少しは気が晴れるなら、貰おうとも思っていた。

マキの親父さんは意を決した様に語りだす。


「マキを…。

ま…、…マキを嫁にもらってやってくれっ!!!!

ヤシロ君っ!!!!!!」


「……っ!っ&っ!!@#+%つ!?!??。へっ!?」


マキの親父さんのその突然の発言に、一瞬何を言われたのか分からない勇人だったが…。

徐々に理解し混乱…。

その病室内は凍りついたように静かになり。冷房の音だけがウルサく響く。


しばらく混乱の後に、当のマキに視線をやると、なぜか驚いていなかった。

一瞬目が合い、慌てて二人共に視線を反らす。

勇人は当惑した表情だが、マキは…。

視線をマキの親父さんに戻すと、勇人は慌てて説明を求めだした。


「へっ!?あっ、?

お、おじさんっ!!

いきなり何言い出すんですかっ?」


「こうなったのも全てワシの責任たい…。

あの時…、ヤシロ君を一人でトイレに行かせなければ…。

ヤシロ君の貞操は…は…。

…………ケツドーテーは…。

失わずに…スンダのに…。

心にPTSD(ペーテーエスデー)を負ったヤシロ君に対して…。

責任を取るには、最早この方法しかなかっ…!!

ふつつかな娘ですが、どうかよろしくお願いします。」


そう言って唇を噛み、娘を嫁にやる勢いで涙を貯めつつ…。

深々と頭を下げるマキの親父さんの目は、冗談ではなく本気である事を示している。


「で、出来る訳無いでしょっ!!!

てかっ、おじさん。

僕は本当に、お尻にそんなイタズラされてませんからっ!!

身も心も本当綺麗ですって!!」


「じゃっけんど…。

ヤシロ君が覚えとらんだけで。

いつん間にか何かされとるとも限らんばい。

実際ミキとワシが助けに入った時には、ヤシロ君気を失っとたし…。

知らん間にシリテーソーを奪われとるかもしれんし…。」


「えっ!?ウソっ!!マジでっ?

…………って…。

何かされたら、いくら何でも気づきますよっ…!!

それに貞操をなんか分からない風に言わないで下さい。」


「二人共っ!

人様のいる前で、卑猥な言葉を連呼しないで下さいっ!!!

恥ずかしいっ!!」


二人のやり取りに、恥ずかしさの絶頂に達した天美母さんが、たまらず大声でツッコミに入る。


「「ゴメンナサイ…。」」


二人共に謝罪し…。

一呼吸起くと、勇人とマキの親父さんは改めて話しをし始めた。


「こういうのは親が勝手に決める事じゃないでしょう。」


「勿論今すぐとは言わんばい…。

とりあえず、許嫁って形ばとって…。

高校ば出たら挙式という流れで…。

あっ!?

マキがイヤかっ?

だったら年上のミキで…。

年上がイヤなら、幼稚園に行っとるユキもおる。

その三人の中で…。」


今、明かされる驚愕の真実。

妹がいたようだ。


「…イヤ、だから…。

年齢でイヤとか、そういう事を言ってるんじゃなくてですね…。」


「年齢でもなか…?

まさか…性別…。」


ことごとく断られ続け、マキの親父さんは混乱したのか…。

もはや話しが、トンチンカンなシッチャカメッチャカな方向へと迷走し始めた。


「あら、良かったじゃない勇人。

これで将来も安泰ね。」


天美も、流石にこれは冗談だと思って受け流しているようだが…。

勇人は親父さんの性格を知っているので、それが冗談にはとても聞こえなかった。


「そ、そうじゃ無いですってオジサン…。

マキちゃん自身の意見も、全く聞かないで、そんな事出来る訳無いでしょっ…!!」


「マキはもう承知しとる…。」


「……えっ!?そうなのっ!?

マキちゃんはそれで良いのか?」


勇人にそう問われると、今までずっと黙っていたマキは、少しずつ声を絞り出し始めた。

か細く消えいりそうな声で…。


「う、うん…。

わ、私は…。

だ、だ、だ、大丈夫だから…。

……し、仕方ないし…。

む、むしろ私なんかで…。

ヤシロ君のお兄さんが…。」


マキは顔を赤らめ節目がちな目で勇人を見て語る。

その目は覚悟ある目とは違い、どちらかと言えば諦観した諦めの目だった…。

それに気づいた勇人はっ!


「他人に流されるなっ!

マキちゃんっ!!」


「っ!?」


大声でマキを怒鳴りつける。

マキは思わず身をすくませ、しゃべるのを止めてしまう。


「僕に謝りたいのはおじさんで…。

マキちゃんじゃ無いでしょ!

父娘だからって、親の罪を子が被るのが常識とか考えちゃダメ!!

未成年の子の罪を親が補償や弁償することはあっても、親の罪を子が被る必要なんて無いんだよ。

親が、未成年の子を監督し躾や教育する事は出来ても…。

未成年の子が、親を監督し躾や教育する事まで出来ないんだから。

出来るのにやらない責任と。

出来ない事でやれない責任ってのは重さが違うんだよ。」


「それに、そんな人生の決め方。

君の人生に対しても相手の人生にも失礼だ。

自分の最終決定権は自分にしかない。

マキちゃん自身はどうしたいん?

この許嫁話し、ヤメたいのか。

ヤメたく無いのか。」


「ほ、本当の…、わ、私の…答え…?」


「そうだ。」


勇人にそう言われたマキは、おずおずと自らの意思を紡ぎ出す。

親の意思では無い自らの意思を。


「……ャメ…たい…かな…。」


それは吹けば飛ぶような消えいりそうな声だった。

それを聞いた勇人は一息おくと。


「だそうです。

僕もこの話しは受けるつもりはありません。

おじさんも、過ぎた謝罪は相手と自分を腐らせるだけですよ。

気をつけて下さい。 」


許嫁話しを辞退するのだった。


「…仕方なかね…。

なら、別な形で償いたいんだが…。

何かして欲しい事とかなかね?」


「そんなの、バナナで良いですよ。

バナナで。

もう!!」


マキの親父さんはようやく納得したのか。

マキを連れて病院を後にした。


昼日中の夏の暑い日差しが、親娘二人をじりじりと照りつけ無駄に火照らせた。

更に合わせて緊張し乾いた喉を、自販機のジュースで解消している。


「フラれてしもうたな。

やっぱり他人の事ば考えられる、良かっ男ばい。

マキ、スマンかったなぁ。

お父ちゃんお前の事も考えんで…。」


「イイのお父さん…。

私がお兄さんをキャンプに連れてこうってお父さんに頼んだ訳で…。

罪悪感は私にもあったし…。

許嫁の事もハッキリ断らなかった私も悪いし。

それに…。」


既に遠くに見える病院を振り返ると、マキはフっと何かを思いたち。

父親に宣言し始めた。


「お父さん…。

あのね…、私…、私ね…。

さっきフラれたばかりだけど…。

ヤめるのヤめたっ!!

やっぱり……………………。」


夏の乾いた爽やかな風が、親子の間を疾風のごとく通り過ぎ、声をかき消す。

ジュースと風は、火照った顔を少しは冷やした。


「そうか…。

ワシはいつでも応援しとるばい。

ガンバれマキ…。」


「うんっ!!」


マキ自らの意思のある思いと答えを、父親は静かに受け止めた。


お昼をまたいで2時過ぎ…。

全ての検査は終わる。

体に問題はなかったのだが、体温が38度以上あり念の為にもう1日入院する事になった。

勇人がベッドでマンガを読んでいると、天美がある事を思い出す。


「そうだ!

土那高さんに果物貰ったんだった。

勇人、おやつに食べる?」


「あっ…うん…。貰うよ…。」

『バナナだろうな…。』


「じゃあ早速、メロンから切りましょ。」


「メロンかよっ!!」


勇人は今日1日の話しの流れ上、どうせバナナだろうと思っていたので、コレには思わず嬉しツッコミを入れてしまう。


「あらっ?メロン嫌いだった?

じゃあ、バナナにでもしましょうか。

いつの間にかいっぱいバナナあるし。」


「イヤ、そんな事無いよっ!!

メロン大好き…!!」


土那高家から貰ったのは、お見舞い用のフルーツの盛り合わせだったようだ。

勇人がメロンを食べている傍ら、それを見守っていた天美が話しかけて来た。


「勇人…。

良いお友達が沢山出来たようね。

バナナかなり増えたじゃない。」


「うん…。バナナばかりだけど…。

みんな良いヤツだよ。」


勇人の心の底でチクリと良心が疼く。

未来の為、地球の為、宇宙の為、ひいてはアインの為とはいえ。

人為的に作り出された友情に、真に価値があるのか…?

その疑問が勇人を悩ませる。


「それは良いんだけど。

たまに今みたいにケガして帰ってくるけど。

勇人…あなた…。

自分自身をいつも、捨て身に置いて無い?」


「えっ?どういう事?」


「自分の命を軽んじてないか、って聞いたのよ。

男の子はケガするのが当たり前だって、お義父さんは言うけど…。

やっぱり母親としては心配になるわよ。

もう少し、自分を大切にしなさい。」


天美はまるで叱るかのように顔をしかめるが、声には心配の色がある。

今回の事がよっぽど心配なのだろう。

心配かけまいと、勇人は務めて明るく答えた。


「うん、ケガしないように約束する。

大丈夫だよ心配しないで母さん。」


『…大丈夫か…。このセリフ…。

前の人生の時にもよく言ったな…。

あの時はウソになっちまったが…。

今度こそ真実にしたい……。

けど…。』


どこか後ろめたさが拭えない。


「男の子の言う大丈夫って…。

大丈夫じゃ無いけど、無理すればなんとかってレベルでしょ。

自己犠牲は尊い事と同時に、哀しむ人の数は変わらない事が大半よ。

男の子なら、自分も他人も守れる位、強くなって欲しいかな。

一応さっきの約束、信じてあげるけど。

コレはお母さんからのお願い。

あんまりケガしないで、無理はしちゃダメよ。

相談に乗れる事なら、相談に乗るから。

約束してね。」


『お見通しだったか…』


勇人の約束を、まるでお釈迦様かのように、天美は見破る。


「うん…。ありがとう…。」


天美の願いに勇人は、その謝意の一言を出すので精一杯。

だが、約束をする事は遂に出来なかった。

勇人は決意し思い立つ。


「母さん…。

早速だけどお願いがあるんだ…。

家から夏休みの宿題持って来てくれないかな?

後…ノートと筆箱も…。」


「あら?やる気じゃない…。

てっきり、アインの宿題を写すのかと思ってた。」


天美は驚きの表情を隠せない。

勇人は頭を掻きつつ理由付けをする。


「へへっ…。あんまりヒマだからさ。

ちょっと暇つぶしに。」


「分かったわ。

じゃあ、お母さん夕飯の買い物に行くから…。

後で、着替えと一緒についでに持ってきてあげるわね。

それまで、大人しく待ってなさい。」


「は~い。」

『大人として、やる事やっとかないとな。』


勇人は覚悟した。

自らの運命に立ち向かう事を…。


夕方の、5時のチャイムがそろそろ鳴るだろうとしている直前。

勇人は病床でノートにあれこれ書き記している。

ある程度進んだ所で、アインがまたも訪ねて来た。


「よう。

どうだった?みんなで行ったプールは?」


勇人は手を上げつつ何食わぬ顔でノートを閉じる。

アインを良く見ると、何故かうっすら涙を流していた。


「スンっ…スンっ…ヒック…。うっく…。」


「っ!?

ど、どうしたんだよいったい?

プールで何があったんだ?」


「ゆ、勇人様…。

人がなぜパンツを履かなければならないのか。

ヒック…。

今日はっきりと分かりました…。」


唇を噛み締め堪えるアインに、ある程度何があったかは想像が付くが、勇人は恐る恐る聞いてみた。


「…な、…なんでだよ…?」


「人がパンツを履かないと…。

…。

チャックでエラい事になるからだったんですよっ!!」


「は、挟んじまったのか?」


コクっ…


チンコに思い出し痛みが走ったのか、アインは股間を抑え、涙目で唇をかみしめ頷く。

アインをよく見ると、バナナを持って来た際のビニール袋を手に持っていた。

中には濡れた水着が入っているようだ。

アインは今、明らかにノーパンだ。


アインの説明を頭の中で想像した勇人も、チンコの所がキューっと想像痛が走る。


男の子にコレは辛い。


「だから、お前はアホ何だっ!!!」


「あっ!?

でもでも、勇人様…。

新発見ですよ…。

ノーパンって、股関がスースーして暑い夏には、けっこう気持ち良いんですが…。

コレに気付いた私はコレからどうすれば…?」


「知るかっっっっっっっっ!!!!」


平和な夏の暑い1日が…。

閑話休題のごとく流れて行く。


『アイン…お前はもう、大丈夫だよな…。』


とある男の覚悟を垣間見せながら…。

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ぼるしち…。 @ei6

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