夏のワカレメ終日

土曜日。


勇人はとある川沿いのキャンプ場に来ていた。

アルバイトとして。


辺りは既に暗く、月も星も見えている中。

アルバイトはようやく終わりを告げる。


「お疲れさま~。

マキちゃん、しまぽん、峠坂さん。」


「お、お疲れさまです…。

や、矢城君のお兄さん…。

しまぽん、京さん…。

今日は父の為にありがとうございました…。」


「こっちも楽しかったよ。ドナちゃん。

京ちゃんが川でずっこけた時はビックリしたけど…。」


「ホントあれには驚きました…。

トホホ…。」


浴衣姿で労をねぎらう4人。

この4人が関わったアルバイトとは…?

あの人物が無駄に明るく、アルバイトの終了告げる。


「いや~みんなお疲れちゃ~ん。

最後の浴衣で線香花火をしとる姿。

みんな綺麗だったばい。

これぞ芸術美~~~~~~。

みんなんおかげで良か写真が撮れた、ありがとうっ!!」


マキの親父さんは嬉しそうにそうに話す。

声のトーンからよほど納得のいく、良い写真が撮れのだろう。

そんなマキの親父さんに、冷や水をかける者がいた。


「お兄ちゃん、ちょっとはしゃぎ過ぎ。

予定よりかなり時間押しちゃったじゃない。

さ、みんな早く着替えて。

親御さんが心配するわよ。」


マキのお父さんの年の離れた妹ミキ。

マキにとって姉同然のような存在である。

ミキは写真撮影のアシスタント兼、浴衣の着付け役として参加していた。

ミキと女の子三人は、車のバックドアを利用した簡易更衣室の中へ入っていく。

全員入ったのを見届けると…。

勇人は浴衣の下にバスタオルを巻き、その場で浴衣を脱ぎ始める。

マキの親父さんがそんな勇人に話しかけてきた。


「いや~、普段はレデェィの写真しか撮りよらんばってん。

色々と試してみるのも良かとねぇ。

ヤシロ君があん時、電話してきたおかげたい。

そいけんど…、どこで知ったと?

わしがキャンプの写真を撮るのに、子供のモデル探しよるって?」


土那高マキのオヤジさんが、勇人に明るく疑問を投げをかけてきた。


「いや~…。とある事情通がいまして…。」


まさかの山勘とも言えず、勇人は言葉を濁しながら返答する。


峠坂 京が襲われる犯行日時を特定しようと、カレンダーに記しを付けていたあの日。

勇人が見つけたのは、カレンダー上部に彩られた、夏を感じさせる写真だった。


そのカレンダーは、土那高マキのオヤジさんのオリジナルカレンダー。

その写真の中に、浴衣を着た女の子の姿を見てピンと来たのだ。


『もしかしたら、今年は峠坂さんを浴衣のモデルにして、写真を撮るんじゃないのか…?』


そう思ってマキの親父さんにカマをかけてみた。

そしたら、トントン拍子で、勇人自身が写真のモデルまでする事になってしまったのだ。


『まさか写真構成が夏のキャンプで…。

こんなに遠くにまで来るとは予想外だったけどな…。』


勇人がそう思っていると車からミキが親父さんに声をかけてきた。


「お兄ちゃ~ん。

峠坂さんの服~。

まだ湿ってるし、浴衣のまま帰しちゃっても良いかな~?」


「ああ良か良かっ。

良かっぞ。」


運命の歯車という言葉は、コレほど的を射ている物は無い。

小さな歯車が少しずつ動く事で、徐々に大きな歯車を動かしていく。

元は小さな力なのに…。


それは逆に小さな狂いが、少しずつ大きな狂いへと変わっていくような。

結果が先にあり、そこへと向かうように因果が次々に生まれていくような…。


勇人は今それを実感していた。


ケータイを充電をし忘れ電池が切れていた。

川で転けて服が濡れた。

峠坂 京に起きた、どれもほんの些細なハプニングだ。

だが、それが少しずつ致命傷へとなっていく。


帰宅途中、高速道路で事故車両撤去の渋滞に会い。

峠坂 京が家に帰りついたのは夜の11時近くになっていた。


「スイマセン。

それじゃあ、浴衣お借りしますね。」


「こっちこそ、こんなに遅くなってゴメンね京子ちゃん。

親御さんに謝っとかんで良かと?

家電話にも出らんばってん…。」


「あ、大丈夫ですよ。

多分、寝てると思いますから。」


「なら、日を改めてお礼に来るばい。

今日はお疲れちゃ~ん。京子ちゃ~ん。」


「お疲れさま~峠坂さん~。」


「お疲れさまでした~。矢城さん。」


峠坂 京とマキの父親、勇人のやり取りである。

しまぽんとマキ、ミキは既に寝息を立てていた。

峠坂 京が家に入るのを見届け、車は動き出す。

それと同時に勇人も行動に出始める。


「いたっ!いたたたっ!!

急にお腹が痛くなって来た~。

おじさんちょっとそこの公園のトイレに行かせて下さいっ!!」


勇人の大根演技だが、マキの父親には通じているようだ。


「え~そりゃ危険ばいヤシロ君。

近くのコンビニまでガマンか。

もしくは京子ちゃん家でトイレを…。」


「男のプライドを考えて下さい。

我慢出来そうに無いから言ってるんですっ!

お願いします、行かせて下さい!」


「仕方なかねぇ。気をつけて行くとよ…。」


「よっしゃぁ。行って来ますっ!!」


気合いを入れ外に出る勇人。

それを見届けるマキの父親は思った。


『あんなに気合い入れて…。

よっぽどウンコ溜まっとったんやね。』


勿論、勇人はトイレに行く訳では無い。

公園に入ると、物陰に前もって隠していた武器を取り出しほくそ笑む。


『子供が持ってても怪しまれず。

かつ使い勝手の良い武器を考えたら、コレに行き着いた。』


勇人が手にしているのはビー玉だ。


『コイツを50個ほど小さな巾着に入れる。その巾着をもう一回り大きな巾着に入れる。

これでガンダムハンマーに近い武器の出来上がりだっ!!』


ビュンっ!!ビュビュンっ!!


その武器を二振りだけしてみると、良い音で風を唸らせる。


『ヨシっ!

後はこのカツラを被って峠坂さんに代わり通りかかって、暴漢が現れたら…。

コイツを使ってボカっと一発。』


と、勇人がカツラを前にコレからの段取りを夢想していた。


その時っ!!


ガバッ!!


「わっ!!」


カツラを被る前に勇人の背後から、急に人が覆い被さってきた。

口を塞がれ腕を決められる。

何事が起きたのか全く分からない。


「あっ!?何だ…男か…。

まあいいやこの際…。

コレで一晩遊ぼ…。」


「Σっ!?」


勇人に覆い被さって来たのは覆面をつけたあの暴漢だ。

勇人の後ろ髪は多少長めに伸びていたので、後ろから見た目で女の子だと勘違いしたようだ。

それよりも恐ろしいのは、男だと認知したにも関わらず犯されそうになる恐怖。

勇人は必死に脱出しようと抵抗するが…。

口を塞がれ腕を決められてはそれもかなわない。


「う゛~!!んう゛~~!!」


「へへっ…。

おいおい抵抗するなよっ!!

大人しくしてろ直ぐに気持ち良くなるから…。

抵抗すると痛い目に合うよ~…。

こういう風にな…。」


決められた腕と口を一瞬離されたが、その瞬間。

大きな左拳が、勇人の顔面に次々に降り注ぎ浴びせられる。


Σドガッ!Σボガッ!!Σグシャッ!!


1発目の拳で勇人の意識は持っていかれ、半分気を失い欠ける。

だが、2発目3発目の激痛で現実に引き戻された。

更に次々と浴びせられる熱い拳。


『ちっくしょう…。

やっぱこいつ…。

人を殴るのに慣れてやがる…。』


「ハハハッ!このブタがっ!!

オラッ!死ねっオラッ!!」


物陰となっている木々の葉が、ザワザワと葉を揺らし散らして行く。

痛いと感じると同時に、熱いとも感じるそれは、手加減は一切されていない。


「はぁ…ハァ…はぁ…。

あぁ、スッキリ…。

拳、痛くなってきた。

さて次は…。」


「ヴ…。うう゛…。くぁっ…。」


勇人はもはや青息吐息、声にもならない声でうめき声を出すしかない。

そんな抵抗の出来ない状態の勇人を確認すると…。

暴漢は勇人の半ズボンを脱がし出し、自らもズボンのチャックを下ろし、怒張物をさらけ出し始めた。


「大丈夫!ゴムはつけるからね…。」


『やっべぇ…。か、体が動かねぇ……。

オレ…このままだと犯されちまう…。

そんな…!?

始めての相手が男になっちまうのかオレは…?』


互いの下半身が露わになると、成されるまま抗う力も出せない勇人は、うつ伏せにさせられ…。


「ふひっ。いっただっきま~す。」


暴漢はまるでデザートでも食べるかのようにそう言うと…。

大きくいびつに膨張し、反り立った男の局部を、勇人の菊の操へとあてがおうとした。


その瞬間っ!?


「ショタっ子陵辱モノが許されるのは

2次元だけだっ!!

この変態が~~~~~~!!!」


Σボグシャ~~~~~!!!!!!


マキの父親の妹ミキが間一髪のタイミングで、飛び蹴りを暴漢の側頭部にぶちかます。

完全に油断し、意表をつかれた暴漢は大きく吹っ飛ばされ物陰から跳ね出された。


「お兄ちゃ~~~んっ!!!!

ヤシロ君ココにいた~~~!!!

ショタの変態暴漢に襲われてた~~!!」


「な~~~!?

に~~~~~!!??

ゆ~~る~~~さーーーーーん!!」


大声で呼ばれたマキの親父さんは、鬼のような怒りの形相で走ってくると…。


「ひ…ひぇ……。」


小さな悲鳴をあげ下半身をさらけ出し、おたおたと慌て突っ伏しているその暴漢を、怒りに身を任せボコ殴りにしていく。


「ショタっ子陵辱モノが許されるのは

同人誌とアンソロジー本と脳内妄想の中だけばい!!

この変態がっ!!」


『怒るとこそこかよっ~~!!!』


勇人は最後の気力で心の中でツッコミを入れ、貞操を守り抜いた安堵感からついに意識を失った。


次に勇人が気づいた時には、土那高マキとしまぽんに肩を担がれ。

峠坂 京の先導で、どこかへ運ばれている最中だった。


「ぁえっ!?ココふぁ…?」


「あっ!?気がついたっ!?

大丈夫?勇人君!?

もう安全だからねっ!!」


「は、犯人はお父さん達が取り押さえました。

あ、安心して下さい…。」


「矢城さん。直ぐそこが病院です。

車より歩いた方が早いですから。

もう少し我慢して下さいね。」


「し、知ってる…。知ってるよ…。

そ、そんな事より…。

も、もしかして…み、見られた………?」


勇人の下半身の局部の事を問うたであろうその質問に…。

しまぽんと峠坂 京は顔を赤らめ押し黙る。


ゴクリ…


だが、マキの生ツバを飲む生々しい音が、全てを物語っていた。


『まあ…いっか…。

良かった…。

コレで峠坂さんは…。弟さんと…仲良く…。

アインの方は…大丈夫…た…か…な?』


そこでまた、勇人の意識は途切れたのだった。

勇人が峠坂 京の弟が今晩生まれると気づいたのは、公園の先の病院を見つけた時の事だった。


全ての真相はこうだ。


家に帰りついた峠坂 京は家に誰も居ない事に気づく。

居間のテーブルを見て見ると、そこには書き置きが残されていた。

父親は、どうやら母親が産気づいて公園の直ぐ近くにある病院に向かった事。

峠坂 京に連絡を取ろうとしたが、京のケータイが切れていた事が書かれていた。

慌てた峠坂 京が走って公園を突っ切って渡ろうとし…。


勇人が行動してなかったら。

ココで峠坂 京は襲われていたのだ。


そして襲われた先での未来は…。

弟の誕生日が来るたびに峠坂 京のあの日のトラウマが、フラッシュバックのように蘇ったのだろう。

弟とも全く仲よく出来ず、いつもケンカばかりし。

性格も少しずついびつに醜く歪みだす。


「あんたなんて…。

生まれてこなきゃ良かったのよ…。」


その言葉と共に、遂には自らの手で弟を殺めてしまうのだ。


その先の未来は更に悲惨で陰鬱であった…。


性衝動と暴力衝動は紙一重。


時にそれら衝動は、血が燃え餓えて渇くような苦しみと共に、体の中で暴れ廻る。

それら欲望を操り抑え鎮めるすべを知る事が出来なければ…。


人は…………。

他人を不幸にするより他なかった。


少し時間を遡る。

土曜日の昼間。


夏休み宿題学習塾も今日の午前中で終わる。

正午からは、自由参加の焼き肉打ち上げパーティーが予定されていた。

アインと小野坂イツカは、ダンボール工作教室で最後の仕上げに取りかかっているが。

小野坂イツカの手が余り進んでいない。

アインもそれが気になりあまり進まないでいた。


「小野坂君、どうしたの?

体調でも悪いの?」


「うん…。ちょっと…。」


小野坂イツカは、ここ2日ずっと浮かない表情をしている。

地図は出来、切ったダンボールに張り終わり。

後は20面体サイコロの形のように、組み立てるだけなのだ。

だが、何を思い悩んでいるのか、どうにも心ココに非ずという風体になっていた。


『結局…。

何も分からず、この日が来てしまいました。

恐らくは。

小野坂様の犯行を思い止まらせる事は出来ていないでしょう。

一応、対策はしてありますが。

果たして上手くいくかどうか。』


そうこうしていると正午となり、これで全ての授業は終了し、運命の時は分単位で刻まれ始めた。

小野坂イツカとアインの工作は結局、作り終える事は出来ず。

中途半端に終わってしまい、後は家で仕上げる事になる。

ダンボール工作教室にカナタが入って来た。


「ようっ!お疲れ二人共。

んっ?どうしたんだよ小野坂?

浮かない顔して…。

工作でも失敗したか?」


「イヤ、何でも無いよ。」


カナタの質問に、小野坂イツカは先程と同じように言葉少なめに返事をかえす。

そんな時、またも鈴野宮小のあの男の子が、3人の横を通り過ぎる瞬間に、小野坂を茶化す。


「またデートの相談でもしてんのか?

ホモ坂もホモ仲間が出来てよかったな~。」


それを聞いたカナタが、無意識にしてその男の子の肩を鷲掴み、引き止め。

不快と怒りの混じる表情を見せ詰め寄よる。


「オイっ?

俺の友達をバカにするなっ!!

どうしてそんなに小野坂をイジメるっ?

キライならキライで、ほっとけよっ!!」


余程の力が入っているのか、男の子は少しばかり痛そうだ。


「ィッてっ~な…。

ァっなっせよっ…!

お前らは知らねんだっ。

昔、俺達の学校にエロ教師がいた。

コイツはそのエロ教師側に、いつもついてやがった。

更に最低なのが、俺達の写真をそのエロ教師に渡しやがったんだ。

こいつは俺達の学校じゃ最低の裏切り者なんだよっ!!!」


「違うっ!それはっ…!」


「悪いのはその教師だろっ!!

小野坂君は、その教師に利用されただけさっ!!

恨むのは筋違いじゃないかっ!!」


小野坂イツカが何かを言いかけた。

だが、同時に被るようにアインがそれを遮ってしまった。

先ほどのカナタのように、親しい友達が非難される事に、アインも思わず声が出たのだ。

小野坂の心の中で何かがきしむ。


「何も知らねえくせに。

お前らもホモ坂から何かされても知らねえからな。」


吐き捨てるような言葉と共に、男の子はその場を後した。


「気にする事ないさ小野坂。

お前は悪くない。

悪いのは、お前を騙したその変態クソ教師だ。」


うなだれ何か悩む小野坂に、カナタは声を掛けたが。

小野坂イツカの心は更にきしむ。


「…違う…。違うんだよ…。」


小野坂イツカはそう呟くと、幽鬼のように一人、教室を後にするのだった。

そんな小野坂の変貌にカナタも少し困惑した。


「何だ?何て言ってたアイン?」


「違うってなんか言ってたけど。

ここ数日、小野坂君。

何か元気が無いんだ。

何かあったのは確かなんだろうけど…。

正直…、何があったか分からないんだ。」


小野坂イツカは塾内の焼き肉パーティーには出ず。

一人で塾を後にしようとしていた。

だが鉢合わせ的に今度は、鈴野宮小の河合という女の子と出会ってしまう。

またも絡まれる。


「あら~?小野坂君。

今日はお友達と一緒じゃ無いの?

明日からまたボッチ何だからさ。

今日の焼き肉パーティーは楽しまきゃダメじゃない。」


「違う…。一人じゃない…。」


小野坂イツカは既に泣きかけていた。

だが、それが何故なのかは河合には分からない。


「あらっ?

そう言ってまた泣きながら私を否定するの?

高城先生の時…。

クラスで私だけが庇ったあの時のように。

結局その先生からも裏切られて、一人ぼっちになって。

あなたの言葉なんてね。

価値なんてないのよ!」


「…違う…。…違う…。…チガウ…。」


この瞬間。

小野坂イツカの心の中で、最後の何かがきしみ壊れた。


夏休み宿題学習塾の打ち上げパーティーも始まり、宴もたけなわとなっている。

このパーティーでは、小学生の全塾生百人近い生徒を、1・2年と3・4年と5・6年の学年別に、3つの教室に振り分け。

低学年は駄菓子パーティー。

中学年はカレーパーティー。

そして高学年は焼き肉パーティーに分けられていた。


焼き肉パーティーでのお肉はやはり安物がメインだが。

皆それぞれが焼き肉を大いに楽しんでいる。

そんな中、アインの箸は全く進んでない。

カナタを見守る為、常に気を配っていて、落ち着いて肉の味など味わう余裕すら無いのだ。


「矢城君どうしたの?元気無いわね?」


山田 華が心配して声を掛けて来た。


「イヤ、ただちょっとさ。

この雰囲気に圧されちゃってさ。」


「矢城君。

たまに思うんだけどさ。

あなた何でもかんでも溜め込む所があるわよ。

時には人を頼りなさい。

自分一人で何でも解決出来ると思って溜め込むと、最後には爆発して壊れるわよ。

ジュースでもとって来てあげましょうか?」


「あ、ありがと山田さん。

じゃあ、コーラお願い。」


とっさについたアインのウソだが、山田 華には見抜かれてしまったようだ。

だが、その一瞬の会話が、カナタを見失わせてしまう。


『しまったっ!いったいドコにっ!?もしかして、もう…。』


心に、氷の刃を押し当てられたような恐怖。

ヒヤリと背筋に、鳥肌が一斉にざわ立つ。

急いでカナタを探し出そうと振り向くと…。

そこに小野坂イツカが立っていた。


「…っ!?お、小野坂君っ?」


「アイン君…。少し話しがあるんだ…。

ついて来て…………………。

くれないか…?」


そう言うとアインの答えも聞かず顔も見ず、一人出ていく。

雰囲気が明らかにおかしい。

アインもそれに逆らわず後を追う。


『やったっ!!

何が原因か分かりませんが。

またターゲットが私(わたくし)に戻ったようですね。

後は私が油断しさえしなければ…。』


小野坂イツカを追いかけ、焼き肉パーティー会場を後にする。

小野坂イツカは、3人が最初に出会った教室へと入っていく。

アインも教室に入ると、既に小野坂イツカは半身の態勢で、何かを必死に思い悩み。

苦悶の表情を浮かべながら、何かを考え躊躇していた。


「小野坂君?何?話しって…。」


「……っ…………。っ!?………。」


その風景は何度も見た夢やデジャヴュのように、前に見た光景のままだ。

そして、ついに意を決したようで、一筋の涙を流しアインの方へ振り向くと…。


「…ごめんね…。」


『来るっ!ここで上手くかわすか防御をすれば……!!』


アインの眼光がキラリと光り。

心の中で瞬時に身構え、カッターが来るのを警戒する。


がっ!?


「オイっ!アイン。何やってんだ?」


「えっ!?」


一瞬の油断だった。

アインの背後。教室の入り口

思いもよらずカナタに呼ばれた事で、虚を突かれ。

アインは無意識に、顔と視線をそちらへ向けてしまった。

同時に…。


小野坂イツカはカッターを横なぎ一線っ!!


ヒュッ!


風を切る金きり音。

振り抜いた…。振り抜かれた…。

アインは防御もかわす事も出来ていないっ!!


Σスコっ…


カッターの刃だけがスッポ抜け、アインの顔を掠めながら塾の壁へと突き刺さる。

カッターがアインをなぐ寸前。

刃の無いカッターは、首を斬る事なくただただ虚空をなぐだけだった。


『はっ…ハハっ…。

あ…危なかった~…。

念の為、小野坂様のカッターの刃の根本を事前に折って、ノリでつけただけにしておいてよかった~…。』


小野坂イツカはアインが無事な事を認識すると。


「…う…。

…く…。

ああああぁぁぉぉ…。」


誰聞く事なく呟き、力なく膝から崩れ落ち…。

泣いた。


「小野坂君…。

何で?

何でこんな事を?

何でカッターで僕を切ろうとしたの?」


小野坂イツカはまるで、小さな女の子のように膝を抱えうずくまり。

泣きじゃくりながら少しずつ語ろうとするが声にならない。


「…た…………大切だから…。

……自分の大切な…。

大事なモノでも……壊さなきゃ…。

誰も…。

誰もボクの言葉を聞いてくれない…。

誰も分かってくれない…。

誰も信じてもくれない…。」


「誰も…。誰も…。誰も…。

…みんな…。

みんなが僕を否定する…。

ボクの言葉を信じてもらうにはっ…!!

こうするしかっ……!!

ないじゃないかっ!!!!!!」


どうにも二人には要領を得ない。


「少しずつで良い。

話せよ小野坂。

俺達が最後まで聞いてやる。」


カナタのその言葉に。

小野坂イツカは少しずつ絞り出すように。

自らの溜めに溜め込んだ思いの丈を語り出した。


「色々な物を否定したかった。

男友達と遊ぶと面白い。

でもそこで少しでも喜んだら…。

お前ホモだろって言われる。

何でだ?

こんな顔だからか…?

名前が変だからかな?

楽しいから笑うのに。

嬉しいから喜ぶのに。

友達と遊ぶ事も、何をしても勝手に決めつけられる。

もうなにも行動出来ないじゃないかっ!!

どうして良いのかも分からない…。

もう…どうしていいのか…。

わか…分からない…んだ…。」


そこでまた小野坂イツカは、膝を抱え肩を震わせ泣き始めた。

カナタは、そんなイツカが落ち着くまで横に寄り添い肩に手を添える。

感情的になった人間に言葉は意味をなさない。

人の温もりが伝わる距離に寄り添い、また落ち着くのを待つだけだ…。

その温もりが人の心を落ち着かせる。

少し落ち着く。

また、語りだした。


「何よりも…一番否定した…かったのは…。

高城先生が悪いヤツだ…って…事を、否定した…

かった…。」


高城先生…。

小野坂イツカが小学1年の頃から、ずっとその先生が担任だった。

その先生が学校を去るまで…。


話しの大まかな内容は、事前に山田 華に聞いていた内容と同じだったが。


小野坂イツカにとって高城先生は…。


恩師なのだ。


「遠足とかの班決めで…。

ボクは、いつも一人だけ取り残されて…。

余った班に入っても、みんなと遊ぶ事も出来なくて…。

一人ぼっちで…。

その時、先生から安いカメラ渡されてさ…。

コレで好きな花や風景、思い出を撮ってみなさいって…。

その時になって初めて…。

遠足が…。

学校が楽しいモノに変わった…。

義務としてイヤイヤ学校に行かされるんじゃなく。

自分から行きたいから…行くようになれたんだ…。」


「さっき言ってた写真を渡したって…。

もしかして、そういう事…?」


「違う…。

それだけじゃない…。

先生が問題起こして学校を去る時。

ボクの持ってたクラス集合写真を1枚渡したんだ…。

先生が持ってた写真やネガやデジカメのデータも、一切合切没収されてて…。

3年間お世話になったのに…。

だから…。」


「そんなに良い先生だったら。

その高城って先生。

誤解で解雇されたんじゃねえのか?

どうなんだ小野坂?

ホラっ。

自分の赤ちゃんとの入浴写真をネットに載せたら、エッチな写真として警察に捕まる時代だし。」


「それも違う…。

高城先生…。

その後、女子高生とエッチして捕まって逮捕された…。

鬼の首でも捕ったように、これ見よがしに、河合から新聞を突きつけられたよ…。

ほら見たことかって…。」


「先生が自業自得で辞めさせられたのは事実だ。

でも…。

でもね…

それでも…。

……………………。

ボクにとっては…。

…最高の先生だったんだ…。」


そう自らの思いを言葉に出すと、小野坂イツカはまたも泣き始めた。


小野坂イツカの犯行動機は、複数の事象が複雑に絡み合い。

複合的に凶行へと至らしめた。


一つ、ホモだとイジメられる不満。

一つ、常に一人である孤独。

一つ、恩師だと思っていた者の、信頼に対する裏切り。

一つ、アインやカナタに裏切られるかもしれない恐怖。

一つ、理解され信用されず分かってもらえない、自らの言葉に価値の無い不満。

そしてもう一つ…。

否定を否定され続ける…。

コレが一番致命的であった。


そんな様々な全ての事象を含めて、一つの凶行へと至ったのだ。


まだ涙を流す小野坂イツカに、カナタが声をかける。


「そっか。

どう否定して、どう行動して良いか分からなかったんだな、お前…。」


カナタは考えた。

それをどう伝え、どう教えれば良いのか…。

カナタは考える。


一つ大きく深呼吸をし一気に吐くと、小野坂イツカの胸ぐらをガッと掴み、力任せにグっと引き上げ立たせると…。

拳を高く振り上げその整った顔面に…。


Σバキッ!


「うぐッ…!?」


思いっきりの拳を一発ぶち込むっ!

威力は十分、小野坂イツカは盛大に床へドサリと倒れこむ。


「カっ君っ!?何するのっ!?」


突然のカナタの行動に、疑問を投げかけるアイン。

そんなアインを無視し、殴られた衝撃で床へとへばる小野坂イツカに、カナタは怒鳴りつけた。


「小野坂!!

否定され続けて、辛かったのは分かった!

だがな!

刃物を人に向けるなんざぁ、クソ最低な行為だっ!!

それこそテメェが、刃物見せなきゃ人とロクに話しも出来ねぇ、卑怯者の証明になっちまっただろうがっ!!

言いたい事があるなら、まず口にだして大声で言えっ!」


カナタはまたしても小野坂の胸ぐらを左手で掴見上げると、もう片方の拳を眼前へと突きつける。


「いいか!!

殴られたり、モノを隠されたりしなくても、言葉だけでもイジメは成立する。

それは言葉で心をえぐる卑劣な暴力だ。

イジメを話して止めてもらえないなら仕方ない。

今お前に一番欠けてるモンはコイツだっ!」


カナタは、イツカの眼前に突きつけていた握り拳を、イツカの胸へとドンと押し当て…。


「闘う心だ!!」


そう答えた。


「けっ!?ケンカなんかしたら…。

怒られないか…?」


人を殺してでも、否定をしたかったイツカ。

怯えた表情でカナタにそう聞いた。

思考の優先順位がズレているが…。

ズレている事に気づけない。

ケンカをする事を幼少から完全に禁止されてきたゆえだろうか…。

カナタは答える。


「怒られるし、叱られるな。

当たり前だ!!

だが、否定と拒絶はそれで表現出来る!!

ケンカは良くねえ?

ケンカで何も生まない?

クっソっ食らえだっ!

そんな奴等はケンカと暴力の区別もつかねえ馬鹿野郎だっ!

抵抗出来ないヤツや、抵抗させないように一方的な力で傷つける。

それが、暴力!

力で傷つけられるのを、同等の力ではね除ける。

それが、ケンカだ!」


「まずお前は、力ってモノを分かってねえ。

殴り合うだけがケンカじゃねえ。

互いに罵りあってもケンカで…。

一方的に罵られるだけでも暴力だ。

そして、お前は自分が闘う力を持ってる事にも気づいてねえ。

拳の力、知恵の力、言葉の力、文の力。

刃物見せなくても、そんな力をお前は持って、使おうとすれば使えるんだ!!」


イツカの両肩をガッシリと掴み必死に力説するカナタ。

握力がスゴい。肩が痛い。

だが、理屈では無い感情を、伝え教える事は難しい。

感情を教えるには、感情でぶつけるしかないとカナタは考えた。

イツカの胸倉を掴み上げると、又しても拳を握り高々と振り上げる。


「オレは!!今から!!

お前に暴力をふるう!!

小野坂!!

また、殴られたくなきゃ!!

オレを殴って止めてみせろ!!」


「ひぅっ!!」


パンッ!


怖かったのだろう。

小野坂イツカは目を瞑ったままで、カナタを平手でビンタするが…。

戸惑い迷い躊躇しながらの平手。

ケンカをした事はまるで無いのだろう。

カナタにはあまり効いていない。


「ぃッたくねぇ…。

痛くねぇぞぉ。

何だそのビンタは

やっぱりテメェは見た目まんまの女かっ!?

そいつを否定したかったら俺を本気で殴って見せろっ…!!

この!玉無し野郎!!」


バシッ!!


ハラハラと泣く小野坂イツカは歯を食いしばり渾身の拳でカナタを殴った。

それでもやはり、カナタにはあまり効いていないようだ。

だが、カナタは…。


「やれば出来るんじゃん。

小野坂…。

それで良いんだよ。

拳の使い方と使い所を、間違えなく使えたんだ。

お前には闘う心がある。立ち向かえる。

お前は闘えるんだ。」


そう小野坂イツカを誉めるのだった。

自らにある武器に気づき、闘う心を得る。

それは、心の成長だった。


「アイン。

俺のさっきの1発をけじめとして…。

小野坂の事…。

許してやってくれ。

頼むよ。

ホラっ小野坂…。

お前も謝れ。

下手したらとんでもない大ケガしてんだぞ。」


「…ご…。…ひっ。…うっく…。ごめ…。

ん…。なさ…。」


カナタを殴る直前から感情が高ぶっているのか全く声にならない。

端から見たらまんま女の子のようだ。


「イヤ、僕自身ケガもしてないし…。

大丈夫だから…。」


「そっか…。

小野坂、悪かったな。

お前の恩師をけなして…。

いきなり殴って…。」


「……ひっく…。」


小野坂イツカは、必死に涙を止めようとしているがなかなか止まらない。

だが、少しずつ涙も収まって平常心に戻ってきた小野坂イツカは、静かに、だが力強く頷き返事を返した。


コクッ


自らの意思を、言葉でなく行動で示した。

言葉に出さなきゃ伝わらない事…。

言葉に出しても伝わらない事…。

言葉に出さなくても伝わる事…。

言葉に出さずに伝える事…。


カナタは、それを小野坂イツカに一気に伝えたのだ。

拳と言葉で…。


「さってっと…。

じゃあ焼き肉食いに行こうぜ。

俺お前ら探してたんだよ。」


「もう結構時間経ってるよ。

お肉まだ残ってるかな。」


「なんだったら、外に食べに行く?

ボクがおごるよ。」


「良いのか小野坂…。

だったら俺、あれが食べてみたい。」


「なに?」


「甘いクレープ。」


「………お前…女だろ……。」


イツカはそう冗談を言った。

塾の教室を後にしクレープを食べに行く3人だった。


真相はこうだ。


小野坂イツカが人を殺す未来は、実は3度代わっていた。

1度目は、アインが小野坂イツカと出会う前…。

その時点では、小野坂イツカに常に突っかかる、鈴野宮小の河合が殺される運命だった。


否定の否定の否定。


それは呪いのように、ある感情を育ててゆく。


『諦め…。』


ありとあらゆる事を諦めていく。


だが、アインが塾に行き小野坂イツカに近づいた事で未来は変わった。


バタフライ効果の現れだ。


そして、カナタが小野坂イツカと花火を見に行った事でカナタへと変わり。

またアインへと…。


小野坂イツカの中でアインとカナタは、自らの命より大切な人へと昇華し。

その時々の行動や言動で、一番大切な人物は変わっていたのだ。


小野坂イツカの目的は、自分の言葉にウソは無く。

真実であると証明したかった。

信用してもらいたかった。

一番大切な男友達を壊す事で、ホモで無い事を立証したかった。

常に否定され続けるそんな状態を、一度でも良いから覆したかった。

…イヤ…

話しを聞いてもらえるだけでも良かったのだ。


そしてその、最低最後の手段。

その手段は…。


自らの死か…。

他者の死か…。

生物において絶対普遍の真実。

それが死。


その死を与え、又は見せる事で、自らの言葉を真実である事を証明しようとした。


誰もが…。


「だからと言って、殺す(死ぬ)必要はないだろう。」


と他人事のように思うだろう。

だが、そうでは無いのだ。


『もう、どうなっても、どうでもいい…。』

そんな感性が呪いのように、心を満たしていく。

『諦め…。』

その心は、ありとあらゆる命を軽くする。

自らの命も…友達の命も…。


幼く未成熟で繊細過ぎる心と思考は…。

時に、自らの全てを投げ捨てるかのように行動させる。

薄く繊細なガラス細工が、少しの衝撃で派手に砕け散るかのように…。

子供特有の自己表現。


…イヤ…


子供だからこそ、人を殺せたのだ。


ケンカの仕方と、ルールも知らなかった小野坂イツカの中では…。


あの時点で最良の手段が殺人。

それしか思い浮かばなかった。


ケンカという行為を、絶対的に否定する事は…。

闘う心、立ち向かう勇気を削る事になる。


カナタはそう感じ取ったからこそ、小野坂イツカを本気で殴った。


時に言葉より、闘う心と立ち向かう勇気が必要な時がある。

守る為に…。


時は静かに流れていく。

暴力を受けた人生は、その運命を大きく狂わせる。

否定しかされない人生は、人をいびつに歪ませる。

時に拳が人を変えさせる。


未来は確実に明るくなったが…。

それとは裏腹に、アインの影は確実に濃くなって行くのだった。

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