夏のワカレメ4

花火大会の翌日。

日曜日。


雨はすっかり上がり、日差しは照りつけ、前日の雨を、アスファルトの熱がどんどん乾かして、あのもわっとした匂いがする。

勇人は昨夜の例の公園にいた。

峠坂 京が襲われるだろうその公園に。


「間違いない。

確かにこの公園だ。

俺は確かココに立ってて…。」


勇人は自らの記憶をフル回転させながら、あの時の未来の光景を思い返していた。


「それであの時の峠坂さんは、こっちの方向から向こうに走って行こうとして…。

で、この茂みに隠れていた暴漢が、手をヌッと出して一気に引きずり込ん…。

あれっ!?」


勇人にまた一つ疑問が生まれた。

記憶をたどり思い返してみると峠坂 京は、家の方向から逆方向へと走っていっているのだ。


「帰宅しようとしたんじゃ無い。

ドコかへ出かけようとしたんだ。」


勇人は試しに、峠坂 京が向かおうとした先に何があるのか歩いてみた。

走って向かおうとしていた事から、徒歩圏内に何かあると踏んでの事だ。

しばらく歩きそこで見つけたモノは…。


「…っ!?

なるほど。

峠坂さんはココに…。

それであの時、ああ言ったのか…。」


パズルのピースが一つ埋まる。

それを見た勇人はその場を後にした。


自宅へ帰る途中。

市役所や町役場、果ては文房具屋さんの告知スペースまで渡り歩き。

自室へたどりつくと勇人は思案し始める。


後、残る疑問はただ一つ。


『夜中に出歩いていた理由は何となく分かった。

犯行現場も分かった。

後は、犯行日時の特定だけだ。

だが、コレが問題だ。』


様々なお祭りやイベントの告知広告を前にして勇人は悩んだ。

浴衣を着そうな物だけをチョイスしたとはいえ、色々と有りすぎるのだ。

とりあえずはカレンダーの日付に、印をつけて行く。


『盆踊りに川祭り海祭り。

町ごとに日時が違うからなぁ。

同人誌即売会も印を入れないとな。

あれもある種の浴衣を着てもおかしくないお祭りだからなぁ。」


そう呟きながらカレンダーにイベントの日付を記していく。

だが、何か腑に落ち無い。

重大な何かを見落としているような違和感。


「待てよ。

考えてみたら、峠坂さんの着ていた自前の浴衣は、俺があの未来で見た浴衣とは違った。

だとすると、根本的に何かを見落としてないか?

何を?

何を見落としてる?

浴衣を2着持ってるのか?

もしくは、浴衣を買い換える?

買い換えるなら日付を絞り込めるか。

それとも…?」


ウロウロと鬱陶しい程、自室内をぐるぐると歩き回っていると。

ふと勇人の目に、先程まで日付に印をつけていたカレンダーが目に入る。

そのカレンダーは、下半分に日付が書かれていたが、上半分には。


「あっ!?もしかして…!?」


その時、勇人の脳内である人物の存在が頭に浮かぶ。


「だとすると、可能性は充分有りうる。

急がないと。」


そして、急いでその人物に連絡を取る為、家の電話へと駆け出すのだった。

恐らく、近い内にでも動きがあるだろうから。


花火大会翌日。

日曜日。


朝も早くから暑く強い日差しが照りつけ。

雨上がりの屋根の水はみるみる蒸発されていく。

部屋の中は蒸し暑くなり、アインの体に汗がジワリとにじみ出す。

勇人は朝早くから件の公園に出かけていていない。

そんな家の中アインは一人、自室で椅子に座って悩み。

沈んでいた。


それは前日の事。


マキの親父さんの車の中で、勇人とマキの親父さんが話しをしている時。

アインと女子グループは、小野坂イツカの話題で盛り上がっていた。


「ホント、将来タレントにでもなれるレベルだよね。あの子。

ちょっとビックリしちゃった。」


「ど、どこかコードギアスのルルーシュの子供の頃に…。

に、似てませんか?」


「あっ。

それ私も思いました。

えっと…岩倉カナタ君でしたっけ?

彼と二人で話しをしてる時とか特に…。」


「例えるならフルメタ相良ソウスケ×コードギアスのルルーシュの、スパロボ並みの夢の競演。

イヤ、この場合逆に絡めた方が…。」


ゴクリ…


妙に興奮してるマキは、誰にも聞こえ無いようボソボソと呟き。

生ツバを飲む。

そんなマキに気づく事もなく山田 華がアインに話しかけてきた。


「それにしても、随分彼と仲良くなったみたいよね。

矢城くん?」


「うん、少しずつね。

塾でも友達って出来るもんなんだね。」


「矢城くん×イツカ君…。

イヤ、イツカ君×矢城くん…?

この場合、矢城くんのお兄さんも加え受け身として任せ…。

イヤイヤ、二人をイツカ君が…。」


ゴクリ…


脳内で男同士のエらい事になってそうなマキ。

また誰にも聞こえ無いようボソボソと呟くが、生ツバを飲む音だけが隣りにいた峠坂 京に生々しく聞こえた。

マキは変な眼差しでアインを見ている。

そうこうしていると、峠坂 京の自宅へとたどり着いた。


女の子達が別れの挨拶をしている最中。

アインは山田 華の言葉を嬉しく思っていた。


『端から見てても、小野坂様とは仲良くなったように見えだしたんですね。

良かった。

コレで、どうにか殺されずには済みそうですね。』


そんな安堵感からだろう。

急に小野坂イツカの未来を、見てみたいと言う欲求が、鎌首をムクムクともたげ始めた。


それはまるで耐え難い熱く疼く性欲のように。

血が燃えるような渇きに似た感覚。

悶えるように疼いてしかた無かった。


『もう…。

良いですよね。

だ、大丈夫ですよね。

結構、仲良くなりましたし。

山田様もそうおっしゃってますし。』


他人の見解のお墨付きを言い訳にして。

とうとう、我慢の出来なくなったアイン。

自らに言い聞かせるように、小野坂イツカの未来を見ると、不思議な光景が見え始めた。


「ごめんね。」


小野坂イツカのその言葉と共に、アインの目の前でカナタが殺された。

アインが殺される未来が、そっくりそのままカナタが殺される未来に変わっただけで…。

小野坂イツカ自身の未来は何にも変わっていなかったのだ。


『そんな…バカな…!!

なぜ…?なぜ何ですっ!?

なぜ私(わたくし)ではなく。

今度はカナタ様が殺される事になっているのですか?

いったいなぜっ!?』


日曜日の自室で一人、椅子に座ってアインは悩んでいた。

小野坂イツカにどう接して良いのか、分からなくなりだしていた。

そうこうしている内に、残された時間は刻々と溶けていく。


「そ、そうだっ!

今日も皆さんで集まって遊びましょう。

イツカ様とカナタ様とソナタ様で…。

あっ!お昼時も近いですし。

お昼ご飯でも一緒に食べましょうか。

そうと決まれば善は急げですっ!!

電話で呼び出しましょう。」


まるで現実逃避かのような思いつきだが。

自らを奮い立たせる為、声に出して行動し始める。

そうしなければ、自らの不安感から心が持たないのだろう。


お昼時。

アインとカナタは公園に集まっていた。


「珍しいな。

昨日の今日でご飯食べに行こうだなんて。

しかも、アインのおごりなんて…。

良いのか?」


「う、うん…。ちょっとね…。

話ししたい事もあったから。

ゆう君とソッ君と小野坂君は、都合つかないから来れないって…。」


勢いだけで空回りするかのように、アインの思惑はことごとく外れた。


ソナタは母親と買い物に出かけ都合が悪く。

本命の小野坂イツカも、出かけていて居ないと家族から言われた。

そして一番始めの真っ先に、殺される当事者のカナタに連絡を取ってしまったので…。

中止の連絡も取れぬまま、カナタ一人が集合場所に来る事になった。

ケータイ電話のありがたみがよく分かる。


アインは思考を切り替える為にも、カナタとご飯に食べに行く事にした。


「カッ君。

何、食べに行こうか?

ラーメンでも食べに行く?」


「そうだな…?そだっ!!

久しぶりにアレが食いたい…。」


カナタの提案から、二人はファミレスへと向かった。

そのファミレスは二人には思い出深い、あの仲直りをしたファミレスだった。


「僕、日替わりハンバーグランチにしよ。

カッ君は?」


「俺、チョコレートパフェだけで良いよ。」


「カッ君、チョコパフェ好きだよね。

あの時もチョコパフェ食べてたし。

何か思い入れとかあるの?」


「まあな…。」


カナタの表情は柔らかい笑顔になる。

まるで当時のチョコパフェの味を、舌の上で思い出したかのよう。

カナタは注文したメニューが来る時間を使い、少しずつ語りだした。

カナタが憧れ目指すあの人のように。


「幼稚園の頃にさ。

家族でファミレスにメシ食いに行ったんだ。

そこのファミレスで、俺と同じ位の子が、お子様ランチとチョコパフェ食べててさ。

それがスッゲえ旨そうに見えた。

俺もそれが食べたかった。」


「でも、父ちゃんがそんなモン男の食うもんじゃねぇって言って、却下されてさ。

そん時は悔しくて妬んで…。

俺もあんな物、食べるもんじゃ無いって思い込んだんだが…。」


「食べるチャンスが来たのがあの時だよ。

お前の父ちゃんに、ファミレスに連れていってもらった時。

最初はファミレスで、お子様ランチとチョコパフェ食うだけ食って。

仲直りなんて、絶対してやるもんかって思ってたんたけどな。

あの時食べた、お子様ランチとチョコパフェスッゲえ旨かったわ。」


カナタの語り口調に、アインはどこか聞き覚えがある。

海心(かいしん)父さんの面影が、やはり垣間見える。


「何か、カッ君ってさ。ウチのお父さんに似てきてない?

なんか、そう思えるんだけど…。」


アインのその質問を聞いたカナタは静かに肯定した。


「それはまあ、あるな。

昔は俺の中で、大人ってのは俺の父ちゃんが全てだった。

俺の父ちゃんが大人の見本で…。

大人は大概みんなこんなモンだと思ってた。

俺の父ちゃんって、ほらっアレなのにな。」


「う、うん…。そ、そだね…。」『うっわぁ…。返答に困るなぁ…。』


アレの部分に集約される色々な意味合い。

何とも返答に困る同意質問に、アインも言葉を濁すしかない。

カナタもそれは理解しているようだ。

カナタは構わず続ける。


「ここでメシ食った時、初めて分かったのさ。

お前の父ちゃんのような、こんな大人も居るんだなって。

大人にも色々あるんだって、初めて思った。

俺も、お前の父ちゃんみたいになれないか…?

そう思った。

そして今、俺はそれを意識しながら行動してる。

あの人ならどう答えるだろう。

この場合はどう行動するだろう。

目指す人間、尊敬する人がいるってのは、理想の大人を目指しやすいって事なんだろう。

だからだろうな、似てるのわ。」


そうしていると、注文した料理が運ばれてきた。


「やっぱうめぇ!!チョコパフェ…。」


カナタのその言葉を聞きながら。

アインは新たに決意する。


『カナタ様は尊いな。

なんとしても守らなければ。

例え…私が死んだとしても…。』


今朝方の動揺はどこかに消えうせ、アインのやる気は、またフツフツと湧き上がるのだった。


何事も無く数日が経ち。

水曜日。


夏休み宿題学習塾も終わりに近づいてきた。

いよいよ夏休みの宿題で、一番厄介な問題へと取りかかり始まる。

子供ではなく親達において、夏休みの宿題で厄介な物は、問題集の夏休みの友や、漢字・数学ドリルなどでは一切無い。

子供の宿題で親達すら頭を悩ませる存在。

それは…。


毎日の絵日記と、読書感想文の作文、図画工作を含む自由研究。


その三点の存在が、子供達にとっても親達にとっても、一番厄介な問題であった。


親達にも厄介な存在故に、需要と供給が生まれ。

塾側としてニーズに答える事が出来る。


だがそうは言っても、そこで塾側としてサポートするのは、親御さんからの承諾書を得られた生徒にのみ。

どんな些細な工作であれ、子供のやる事にケガをしない安全という事は、絶対に言い切れ無い。


この塾では教室事に、木工工作、ダンボール工作、牛乳パックと粘土工作、布裁縫とその他に別れている。


ソナタは貯金箱を作ると夏休み前に決めていたので…。

木工工作教室を選択したようだ。

山田 華はワンピースを作るようで布裁縫教室を選択している。


件の小野坂イツカは、ダンボール工作教室を選択している。

そして、当のカナタだが。

塾代が幾分安くなるという理由から、工作教室を選択すらしていなかった。

この事はある意味アインには助かった。


『カナタ様が工作教室を選択してなく、今日から塾に来ていない。

なのに、この塾内で私と同じように殺される未来があるという事は…。

殺される日時は塾最終日。

塾内での焼き肉打ち上げの日。

日付を限定出来ただけでも、ありがたい事です。』


アインがダンボール工作教室へ入ると、小野坂イツカはやはりいつものように教室の角の角に座っている。

だが、その表情は幾分楽しげに見える。


「おはよう、小野坂君。

小野坂君はダンボール工作で何作るの?」


アインはいつもの通り挨拶し隣りに座ると、他愛の無い会話から話しを膨らませる。

小野坂も、あの花火を見に行って以来、拒否はしなくなっていた。


「おはよ。

オレはダンボールでミニ地球儀作ろうと思う。」


「えっ!それってどうやるの?」


「世界地図をトレーシングペーパーで紙に写して、画用紙に水彩画で写すんだ。

それが乾いたら、ダンボールに貼り付けて。

カッターで切って、組み立てようと思う。

上手くいくか分からないけど…。」


「へ~面白そうだね。

僕はどうしようかな?

世界地図書いて、その国で食べたい料理と、お菓子とお土産の地図でも作ろかな。」


ガタッ

小野坂イツカが軽くずっこける。


「そ、それだとダンボールでやる意味無いだろっ!

だったら月球儀にしたら?

月の地球儀版。」


「あっ!?それ良いかもっ!!」


小野坂イツカの提案で、自由研究を決めたアイン。

二人は塾の講師からアドバイスを貰い。

球体の地球儀を作るのは難しい事から、ダイマクション世界地図をトレースし立体を表現する事にする。

そして、アインはまだ気づいていなかった。

地球と違い色の乏しい月の表面を、水彩画で表現するのは難しい事を…。


作業をしている最中、アインと小野坂イツカは自然と二人で話しふざけ合う。

カナタがいない状況でも、既に普通に友達として付き合える仲に二人はなっていった。

アイン自身も普通に楽しいのだ。


アインは工作の作業をしつつも、頭の隅で考えていた。

どうにも腑に落ちない事があるのだ。

それは小野坂イツカが…。

自らかカナタを殺す動機。


更には、アインはなぜ殺される対象が、自分からカナタに代わったか考えた。

だが答えは出ない…。


何がきっかけになったかは分からないが。

確実に自分かカナタが、小野坂イツカの何らかの心の地雷を踏んだと予想していた。

だが。


それは間違いだった。


そんな二人を遠巻きに見る人物が一人。

その日の塾から帰宅時。

小野坂イツカが自宅へと帰っていると、呼び止められた。


「最近、仲間が出来て楽しそうね…。

小野坂君…。」


「良かったなホモ坂。

最近、春日小のヤツらと仲良くしてもらって…。

花火大会でも見かけたぞ。

また男同士で遊べるようになって嬉しいだろ?」


アインとカナタに忠告した、鈴野宮小の河合と名乗る女の子と、同じくあの時の男の子だ。


「塾の友達と遊んだだけで、ホモ扱いかよ。

オレはホモじゃ無いし、勿論あいつらも違う。」


「あっ、反論するんだ~。

私この前、あの二人がファミレスで一緒にご飯食べてるのみたしぃ。

しかも、あのガタイの良い方なんて、チョコパフェ食べてたのよ。

絶対ホモだって。」


「あっ!それでか~。

それで俺達が、お前がホモだって忠告しても平気でホモ坂に近づいたんだ。

高城先生の時と同じだな。」


「っ!?ちっ…。

違うっ!!それは…。」


小野坂イツカはその発言に動揺を隠せず。何か反論しようとするが、河合に遮られ言葉は届かない。


「確かにあの二人が両方ともホモなら、説明つくわね。

小野坂君も大変ねぇ。

男ばかりにモテモテで。

まあっ、それも塾最終日まででしょ。

せいぜいそれまで楽しみなさいよ。」


二人は意地悪くケラケラと笑いながら、帰っていく。

わなわなと肩を震わせる小野坂イツカ。

その胸の内に残るのは…。


『ボクは…また一人になるのか…?

ボクは…。ボクは…………。』


アインとカナタが、小野坂イツカの地雷を踏むのでは無い。

鈴野宮小の河合と男の子が、小野坂イツカの地雷を踏んだのだ。

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