夏のワカレメ3

勇人が峠坂 京の未来を見せられ涙を流したその日…。

火曜日

勇人は昨日の同人誌イベントがあった図書館に来ている。


「あった!この日付の新聞だ。」


今日はただ純粋に調べ物をしにやって来ていた。

図書館内のネットで、ある事件の新聞記事を見つけ出し、実際にその新聞を見る。


「公園で婦女暴行事件。

やっぱ全国誌の地方欄じゃ公園名までは載ってないな。

仕方ない地方誌の方で探してみるか。」


過去数年、市内で起きた婦女暴行事件と犯罪手口を調べ。

まずは峠坂 京が襲われるだろう公園を特定しようとしていた。

それは、峠坂 京を守りたい一心からの行動では無く。


「あいつ絶対に捕まえてやる。

絶対にだっ!!」


憎悪と殺意に近い感情を抱きつつ、不気味な笑顔を勇人は覗かせる。

勇人は考えた。

単に峠坂 京に夜に出歩く事を忠告し、事件を防ぐ事は容易い。

だが、それでは当日に別の女性が襲われる可能性が出て来る。

勇人にはそれがどうしても許せなかった。


『あいつ絶対牢屋の中にぶち込んでやるっ!!

で牢屋の中で峠坂さんにしたように(ピー)に(ピー)されて、で更に(ピー)を…』


そんな思いを内心にチラリと含ませ、やる気と行動力に爆発的に変化させ。

今朝方見せられた夢を勇人は必死に思い出していた。


『夢の中で見た公園の雰囲気と、峠坂さんの浴衣姿から季節は明らかに夏だ。

背格好も全く変化が無かったって事は…。

彼女が襲われるのは今年の夏。

急いで公園の場所を探さないと…。

しかし…。

一番の疑問はそれじゃあ無い。』


勇人は疑問に感じていた。

夢の中の公園の雰囲気は、明らかに子供が出歩ける時間帯では無い雰囲気だった。

そんな時間帯に、なぜ峠坂 京のような女の子が、真夜中に浴衣姿で公園を走っていたのか?

勇人はそこに疑問を感じていた。

勇人が地方新聞を片っ端から開いて見ていると、またも思いがけず声をかけられた。

図書館の中なので多少自重気味だ。


「あれっ?

また勇人君に会っちゃった。」


「や、矢城君のお兄さん…。

ど、どうしたんですか?

そんなに新聞を広げて…。」


「しまぽん、マキちゃん。」


昨日に続いて二日連続なので三人共に驚きはあまり無い。

マキの質問に勇人は答える。


「何って普通に調べ物だよ。

二人こそ何してんのさ?

今日もまたここでイベントでも有るの?」


「今日は私達、読書感想文用の本を借りに来たんだよ。

こういう宿題って、夏休みの最後の方で慌てるから。

逆手に取って今日中に仕上げようって話しになったんだ~。」


「や、矢城君のお兄さんは…。

夏休み用の自由研究か何かの調べ物ですか?」


「えっ…!?

これは、その…、僕は…。」


暴漢を捕まえようと思う、と本音を言える訳も無く。

勇人は一瞬ごまかそうとも考えたが、マキから自由研究と言われピンと来た。


「そ、そうなんだよマキちゃん。

自由研究に、市内の犯罪のハザード・マップ(危険地帯地図)でも作ろうと思ってさ。

とりあえず、新聞見て市内の公園で起きた犯罪を調べてるんだ。」


「へ~。

こんな田舎でも悪いヤツは、居る所にはやっぱり居るんだね~。

ん~…?

ドナちゃん、やっぱりキモ試しは止めとこうか。」


広げられた新聞を眺めていたしまぽんが、勇人にとって聞き捨てならないキィ・ワードを口にした。

子供が夜中に出て、走っててもおかしく無いキィ・ワード。


「キモ試しっ?」


「うん。夏休みって言ったらほらっ…。

やっぱりキモ試しって…。

夏休み前に色々盛り上がってたんだ。

ドナちゃんがこういう話し好きで詳しいから…。」


「え、ええ、特に…。

に、西松公園のトイレにはよく幽霊が出るって話しがあって…。

そこでは…。」


「西松公園っ!?」


勇人は思いがけず大きな声が出た。

周りに居た図書館利用者が思わず一斉に勇人に注目する程。

勇人は慌てて口をつぐみテレるが、つい先程新聞で見かけ。

その公園の名前をノートに書き残していたばかりで仕方の無い事だった。

声のトーンを一気に落としドナタに質問する。


「マキちゃんっ!?

マキちゃんはその公園の場所分かるかっ?」


「え、ええ…。分かります…。

前に行きましたから…。」


「ちょっとその場所に案内してくれるかっ!?マキちゃん。

直ぐに新聞片付けるからっ!!」


「あ、そ、それは構いませ…。」


勇人はマキの返事も聞き届ける前に新聞を片付けだすと、マキにその公園へと案内してもらった。


「こ、ここがその西松公園ですよ…。」


たどり着くと、その公園は図書館からさほど遠くはなかった。

案内された公園を見回して勇人はポツリと小さく呟き落胆する。


「違うな…。ここの公園じゃあないな。」


「へ~普通の街中にある公園だね。

流石にココの幽霊話しはガセなんじゃないの~?」


一緒についてきたしまぽんも公園を見回して、幽霊の噂を懐疑的な眼差しで見ている。

マキが幽霊の説明をしだす。


「こ、この公園は昔から、夜な夜な男の人が呻くような。

泣き声がトイレからするとか。

ガタガタとトイレの扉が激しく揺れ動くようなポルターガイストがあったり。

や、殺らないか?と殺人を誘う声を聞いた人が居るという噂ですよ。

こ、怖くないですか?」


『ヤっベっ~~~~!!

ココ男同士のハッテン場だっ!!』


マキの説明を聞いた勇人は、直ぐにそっち方向での怖い話しだと気づき。

心の中でツッコミが入る。

この手の噂は、治安上もしくは性的な意味で、子供にその場所へと行かせないよう、大人がわざと流す事もあるが。

どうやらそれが悪い方へ一人歩きしたようだ。

しまぽんが思いもよらぬ事を口にする。


「しっかし、思いがけずキモ試しに来ちゃったねぇ。

ドナちゃん。」


「そ、そですね…。」


「え、キモ試しって昼間にやる予定だったの?」


勇人は思わず、しまぽんに確認した。


「当たり前じゃない。

夜中にやって、ホントにお化けが出て呪われたらどうするのよっ!

怖いし危ないっ。

私達がやろうか考えてたのは、心霊スポットツアー的なキモ試しよ。」


「は、ははっ…。そだね…。

危ないよなぁ…。トホホ…。」


愛想笑いで泣きながら勇人は頷く。

もしかしたら峠坂 京は、しまぽん達のキモ試しに付き合って、夜中に外を出歩くのかと勇人は想像したのだが…。

どうやらそれは無さそうだ。

勇人が落胆していると、珍しくマキが積極的に勇人に質問して来た。


「あ、あの…。矢城君のお兄さん。

も、もしかしたら…。

ゆ、幽霊とか、超常現象とかに興味があるんですか?」


マキはメガネと目を、キラリ爛々と輝かせ詰め寄る。

頬も少しばかり紅潮している。

どうやら同じ趣味の人間に出会えたと思い、少し興奮しているようだ。

無理やり案内させた手前、興味が無いとも言え無い勇人は…。


「そ、そう何だよ。

ちょっと興味有るかなぁ。

って、連れて来てもらったけど。

案外普通の公園で…。

来て損したかなぁ。」


マキはその発言にカチンと来たのか。

その後、次々引き回さるように、幽霊が出るという噂のスポットへ連れていかれるのだった。


次の日…。

水曜日。


「昨日は思いがけず、変な事に時間使っちゃったな…。

よくよく考えたら、浴衣姿でキモ試しに行くってのも無いよなぁ。」


勇人は今日もまた図書館に来ている。

昨日の新聞からの公園名の書き出しと、犯罪手口の確認作業を続けていた。


「アノこなれたやり口。

必ず過去にも似た手口で犯罪をやらかしてるはず。

なんだがなぁ…。」


しかし、犯罪を強姦だけでなく。

暴行と窃盗にも広げて探して見たものの、片手でたる程の件数しかなく。

しかも大半が西松公園絡みで、西松公園を除くと他には、麦の実公園という公園での犯罪が1件しか浮かび上がらなかった…。


「しっかし、ノン気の男だって構わず襲われ食われちまう公園って…。

ドンだけなんだよ西松公園っ!!

ドン引くわっ!!」


勇人が西松公園にツッコミを入れていると、またまたしても声をかけられた。


「まさか、もしやとは思ってたけど…。

またまた、会っちゃったよ。

もうストーカーで勇人君から訴えられたら、私達負けるんじゃないかな?

欧米だったら…。」


「ねっ…!ねっ…!

わ、私の言った通りでした…。

や、やっぱりいました…。」


「しまぽんにマキちゃん。

またまたかよ。」


お互いに三日連続となるので、もはや驚きや感動も何も無い。

呆れ気味だ。

一人を除いて…。


しかし、そんな中でも幾ばくかの変化があった。一人の女の子が、しまぽんとドナタの影から前に出る。


「一昨日ぶりですね、矢城さん…。」


「あっ!峠坂さん。どうしたの今日は?」


峠坂 京が勇人に対して礼儀正しく深々と礼をしてきた。

勇人もまさか当の本人が居るとは思わず、慌てながら礼を返す。


「メールで聞きましたよ昨日の事。

それで、私もしまぽんとマキさんと一緒に、読書感想文を今日中に終わらせようと思いまして。」


さも面白おかしく聞いたのか、峠坂 京の顔に柔らかな笑顔がこぼれる。

そんな笑顔の峠坂 京の顔を、勇人はしげしげしく見つめた。

まさかとは思うが、昨日の内に事件にあったかもと不安になっての事だが…。

見た所ケガなどしていないようだ。

そんな峠坂 京にしまぽんが反論する。


「もう、笑い事じゃないわよ。

おかげで夏休みの予定が狂っちゃったじゃない。

今日はドナちゃん家で、花火大会用の浴衣を選びに行く予定だったのにぃ…。」


「は、花火大会っ!?」


しまぽんの花火大会という単語に、勇人は思いがけず大きな声が出た。

周りに居た図書館利用者が、昨日と同じように一斉に勇人に注目する。

勇人は慌てて口をつぐみ、テレながらしまぽんに聞き捨てならない情報を聞き直した。


「は、花火大会ってなんだよっ!?

で、浴衣って…?」


「えっ?

今週土曜に夏祭りの花火大会があるじゃない。

私んトコの浴衣。

変なトコ虫に喰われてダメになってたから…。

今年はドナちゃん家で借りる事にしたんだ。」


「う、ウチの写真館はコスプレ服も含めて、撮影用の衣装レンタルもやってるんですよ…。

ゆ、浴衣とか着物とか色々ありますから…。」


しまぽんとマキの説明に、勇人はある種の確信を得る。

だが、その確信を裏付ける為に、少しばかり峠坂 京にカマをかけてみた。


「峠坂さんも、マキちゃん家で浴衣を借りて三人で花火大会に行くのか?」


「えっ?私ですか?

ええ、花火大会にはしまぽん達と行きますよ。

浴衣は自前のがありますから、それを着て行こうかと…。」


勇人の中で被害の日付の確信がまとまる。

後は、被害現場の確定だけだが。

今週末の土曜日となると、もう悠長な事はやってられない。


「し、しまぽんっ!!

その花火大会、僕もアイ君達と一緒に行っても良いかな?」


当日に峠坂 京に張り付いて、現場を特定し護衛するしかないとの発想だ。

だが、そんな勇人の思惑も、しまぽんに分かるワケもなく。


「女子会だからダ~~~~~メっ~。」


小悪魔のようなイタズラっぽい笑顔で軽やかに断られてしまった。

だが、続けざまに…。


「でもまあ、たまたま男子会と居合わせるって、偶然だったらいいんじゃない?

たまたまなんだし…。」


これまたイタズラっぽくそう言われ…。

しまぽんから当日の大まかな予定を聞く勇人であった。


四日目。

木曜日。


「小野坂君、隣り良いかな?」


アインとカナタが塾に来ると、まずは教室の後ろの角の角。


いつものように一人寂しく…。


なるべく自らの存在を消そうとするかのように座る小野坂イツカに、アインは断りの質問を問い掛ける。

塾初日からこれで4日連続となる。


小野坂イツカは、その中性的な均整の取れた顔立ちで、面倒くさそうにうざったそうに答えた。


「空いてるよ。

空いてるけど、他にも空いてる席は有る…。

他に座れば良いだろ。」


「ダメ?」


アインが再度問い直してみると…。


「いや…。ダメとまでは言わないけど…。」


「じゃ、ココに座らせてもらうよ。」


アインは構わず、小野坂イツカの隣りに座り、カナタもまたアインの隣り座る。

小野坂イツカはその変わらない表情から、感情を読みとるのは難しいが。

心なしか本当に嫌がっているようには見えない。

むしろ、喜んでいるようだ。

ツンデレ特性でも有るのだろうか…?


コレがココ2、3日の塾内でのいつものお決まりの流れとなっていた。


『勇人様は、くれぐれも慎重に行動しろと言ってましたが…。

兎にも角にも、小野坂様と仲良くなれば、私(わたくし)が殺される事も無くなるでしょう…。

楽勝!楽勝!』


アインはその考えの下、この3日間を行動し…。

少しずつではあるが、小野坂イツカと仲良くなっていた。


こうまでになるきっかけは、塾の二日目の授業間の休み時間に作った。

二日目。

火曜日。

その日、小野坂イツカは初日と同じ週刊漫画誌を持って来て、休み時間はそれを読んで過ごしていた。

もう既に何度も何度も読み直しただろうが。

やはり、話しをして時間を潰す相手が居ないのだろう。

そんな小野坂イツカに、アインは思いきって話しかけてみた。


「小野坂君…。

それ今週号のジャンプ?

僕、今週号まだ見てないんだ。

後で良ければ、読ませてくれない?」


どちらかと言えば、オタクに近いアインの、慎ましい程のささやかなウソである。

アインは話しのとっかかりが欲しかった。

何か共通する事柄から話しを膨らませようと考えた結果。

漫画をとっかかりに選んだのだ。

だが、そんなアインに対し小野坂イツカは…。


「コンビニで立ち読みすれば良いだろ。」


そうあっさりと冷たく断る。


あまりにもあっさり断られたので、アインは少しばかりしょんぼりと落ち込み凹んだ。

その姿をチラリと見た小野坂イツカは…。


「たくっ…。」


そう小さく呟き、ブスッとした仏頂面でそっぽを向いたまま、ジャンプを差し出してきた。


「あっ…。ありがと…。」


「………………………。」


アインがお礼を言っても返事は返って来なかったが。

本心は分かりにくいが、嫌々貸されたという感じはアインはしなかった。


小野坂イツカは基本的に根は良いヤツなのだろう。

だが、やはり何かを気にして、人を遠ざけようとしているようだ。

そんなやり取りを見ていたカナタが、アインと小野坂イツカの間に入ってきた。


「お前、素直じゃ無いな…。

こうやって普通に差し出せば良いだろ?。

ホラっ…読むか?。

読み潰したジャンプよりは、ヒマ潰しにはなると思うぞ。」


そう言ってカナタが、小野坂イツカの目の前に差し出したのは、ゲーム雑誌のファミ通だった。


「………い、いらねぇよっ…。」


「んっ?あっ、お前…。

ゲームはしないヤツか?」


「イヤ…。する…けど…。」


「だったら。

いいから、ホラっ…。

後で利子付けて返して貰うからさぁ。

アインがジャンプ読み終わったら俺にも貸してくれな。」


断る小野坂イツカに、強引にファミ通を渡し。

カナタは冗談を交えつつニッと笑顔で返した。

そこからである。

少しずつ打ち解け始めたのは…。

3人でゲームの話しに膨らむ。


「お前、ゲームはどんなゲームやるんだ?」


「あ…そだな…。

ポケモンとか、モンハンとか、対戦格闘とかかな。

最近はRPGが多いけど…。」


「小野坂君、モンハンやるんだ?

今度一緒にしようよ?」


「あっ?

そ、そだな…、機会があったらな。」


実際、アインが小野坂イツカと話しをしてみると、かなり話しが合う。


普通の子なのだ。


それから、漫画の事、ゲームの事、アニメの事、塾の事。

休み時間の間に、少しずつぎこちなくだが色々と話した。

だが、小野坂イツカとの心の距離は。

ある程度まで縮まると、小野坂イツカはどこか心を閉ざし。

自ら距離をとっていってしまう。

それが何故なのか、アインには分からないでいた。


四日目。

木曜日の放課後…。

塾生達が帰宅し始め、塾の教室内がまばらになり出した頃。

まだまだ昼日中なので、アインは小野坂イツカを遊びに誘ってみた。


「小野坂君、コレからヒマ?

カっ君と僕の友達とで、遊ぶんだけどさ。

一緒に遊ぼうよ。」


「…あっ…う……。」


小野坂イツカは一瞬、頷きそうになる。

だが…。


「…イヤ。

今日は用があるから…。

じゃあ。」


何かを感じとり、アインの誘いを断り。

そそくさと一人で帰ってしまった。

残されたアインに、カナタが後ろから声をかけて来た。


「惜しかったなアイン。

あいつ天の邪鬼な所があるから…。

ま、焦らず少しずつ距離を縮めれば良いさ。」


「そだね…。」


カナタの言葉に呟くように相打ちを打つが、アインの内心は少しばかり焦っていた…。

塾は月曜から土曜日までの6日間。

2週間といえど、実質は12日間。

更に厳密に言えば、塾の期間内の何日に殺されるかまでは分かっていない。

最悪、明日殺されるかもしれないのだ。


今日で4日目が終わり、アインに残された日数は刻々となくなっていく。

こんな状況で焦らないでヤレと言われても、無理からぬ事である。


アインは、小野坂イツカを知った初日以来、未来は見ていない。

何度も何度も見返しても、殺される理由が分からず、分からない事が怖くなった。


『これ以上、彼の未来を見れば、恐怖が私をすくませてしまう。

私が塾に行く事を止めたら、誰か他の人間が殺されるのでしょうか?

だとしたら。

やはり私が最後までやるしかありません。』


そんな思いから自らが殺される未来を、見る事を止めていた。

見たいが見ない。

見れるが見ない。

それはまるで、苦おしい程に喉が渇くような。

食べ物を前にして、絶えず飢え続けるような。

そんな苦痛。


アインとカナタが塾の教室から出ようとした時である。

二人は思わず声をかけられた。


「そこの君…、ちょっと良い?」


「えっ?何?」


アインが振り向くと、そこには同じ塾生の女の子が声をかけてきていた。


「私、鈴野宮小の河合って言うんだけど…。

最近、君達さ。

小野坂君と仲良くしてるみたいだけど…。

あんまり、あいつと関わらない方が身の為だよ。

あいつ男好きのホモだからさぁ。」


「えっ!?そうなのっっっ!?」


「マジでっ!?」


二人にとって青天の霹靂とは正にこの事だった。


思いもよらぬ事を聞かされ、アインとカナタは素っ頓狂な声を上げる。

それと同時に、塾内に残っていた別の男の子からも同調した声が上がった。

小野坂イツカやこの女の子と同じ鈴野宮小の子みたいだ。


「そうそう。

河合の言ってる事ホントだぜ。

それにあいつ、ちょっと同情して優しくしたら。

まるで犬みたいにバカ喜びして、四六時中近づいて来るようになるんだ。

端から見ててもキモ過…。

君達も、あんま関わらない方が良いぞ。」


「ホントあいつキモいよね。

顔だけよくて中味腐ってんだから、余計タチ悪いよ。

特に君なんて見た目も良いんだから、気をつけなよ。」


そう河合と名乗る女の子が、アインに面と向かって言うが。

その表情や言葉はどことなく攻撃的であった。

そんな鈴乃宮小の二人の話しを聞いていたカナタが、ぼそりと呟いた。


「そうか。

あの時、あいつが言った言葉の意味はそういう事だったか。」


何かを理解したのかそう呟くと、カナタはその二人に向き直り。


「忠告、ありがとう。

参考にさせてもらうよ。

アイン行くぞ。」


社交辞令的に不器用に頭を下げ、アインを急かすように塾から出て行く。

塾から出てソナタとの待ち合わせの公園へと行く途中、アインは思い切ってカナタに質問してみた。


「カッ君。

さっきのあの二人の言ってる事で、何か分かったの…?」


「なあ、アイン…。

俺達があいつと最初にあった時の、あいつの自己紹介に言った事覚えてるか?」


アインはそう聞き返されると、小野坂イツカが言った言葉を思い出そうとするが…。


「えっ…?えっと…。

なんて言ってたっけ?」


「あいつ。

側に来てどう言われても知らない、とか言ってただろ。

あれって自分と一緒にいたら変な噂が流るって事だろ?

最初から人と距離取って、人との関わりを断つ事で人を守ろうとしてるんだよ。

寂しいヤツさ、あいつは…。」


アインもそう言われて気づいた。

小野坂イツカが、いつも心を閉ざし自分達となるべく距離を取ろうとする理由。

心根は優しいのに、どこか素直でない理由。

そんな諸々の理由が氷解していく。


「そっか。

じゃあ、コレから小野坂君とどう接すれば良いんだろ…?」


「少なくとも、さっきの話しじゃ何も分からねえよ。

単にそういう噂を、あの二人から聞いたってだけだ。

あんまり気にせず、今まで通り普通に接してれば良いさ。

何か言いたい事があれば、あいつから言ってくる。」


カナタがそうアインに言っている時。

カナタはふと何かに気付き、大きく手を振り。


「お~~~~~~いっ!!

山田~~~~~~~。

ちょっと良いか~?」


帰宅しようとしてバスを待ってた山田を呼び止めた。


「何?岩倉君?何のようなの?」


山田 華はせっかくバスが近くまで来ていたのを呼び止められ、ほんの少しばかりつんけんとした態度。

そんな事にはお構いなしに、カナタは山田に問いただす。


「お前確か、前からあの塾に前から行ってたんだよな?

だったら、鈴野宮小の小野坂ってヤツ。

知らないか?

あいつも前から、あの塾に来てたとかないのか?」


「最近、矢城君達が絡んでるあの子?

ええ、前から知ってるわよ。

私と同じ時期に塾に入ってきたし。

あの顔だから塾の中でも結構目立つしね。

それがどうしたのよ?」


「あいつもしかして、イジメられてるんじゃないか?

そこいら辺の理由。

何か知らないかと思ってさ。」


カナタのその質問に、山田 華はしばし考え。

思い当たる事があるようで少しずつ語り出した。


「…確かに…。

イジメられてるっぽいわね。

彼が陰口を言われてるの見た事あるし。

何だったら、今から私の鈴野宮小の友達に、詳しい事聞いてあげましょうか?

彼の事。」


「あっ、お願い出来るかな山田さん。

僕からも頼むよ。」


アインからそう頼まれると山田 華は、自らのスマホを取り出し、その知り合いに連絡をとりだした。


「あっ!ナナミ?

元気だった?

えっ!?そう、そうなの…。

……………。

あっ!その話しは後にして…。

で、ちょっと聞きたいんだけどさ。

実は、あなたの所の学校に、小野坂って男の子いるでしょ?

その男の子を好きになった子がいてさ…。

あなたの学校の評判を。

違うわよ顔の悪い方じゃなくて…。

そう、顔の良い方。」


しばらくすると、事情を聞き終えた山田 華から話しを聞いて、色々な事が分かった。

小野坂イツカがなぜホモだと言われているのか。


キッカケは些細な事だった。

小野坂イツカが小学1年の頃、クラスの中で男対女に別れてのわだかまりが起きた。

小学校の男女間では、たまにあるハシカのような物。

ほっといても問題は無いのだが…。


その時、小野坂イツカはその容姿と名前から男子側、女子側。

どちらにつく事も許されなかった。

その事をキッカケに、クラス皆からハブにされ孤立してしまう。

本来ならそれも一時的な物で修まるのだが。

小野坂イツカの場合、長期に渡り孤立する事になる。

その孤立時に小野坂イツカを救ったのが、当時担任の男性教員だった。


小野坂イツカは男性教員を信頼し、なつき慕い、常に行動を共にしたのだが。

その男性教員が後々、児童ポルノ所持で捕まり解任させられる事になった。

その児童ポルノが、小さな男の子ばかりのショタ本であった事が、小野坂イツカを更なる不幸に追いやる。


男性教員はただ学校を去れたが。

男性教員と、常に行動を共にしていた小野坂イツカに対する偏見は消えず。

小学生レベルでの卑猥な噂を生んだ。


噂は更なる噂を生み疑惑となり、疑惑はイジメを誘い。

イジメは小野坂イツカをまたも孤独へといざない。

小野坂も自ら孤独になろうとしだした。


「そっか、そんな事があって。

小野坂君はあんな風になったのか。」


「たくっ。

しょうがねぇクソ教師がいたもんだな…。

鹿山並みのクソ教師だ。」


「ホントにねえ。

真夏の炎天下の中。

一人公園で1時間以上待ちぼうけとか。

正直どうかと思うよ。」


山田 華から、小野坂イツカの事の経緯を聞いた、アインとカナタとソナタは……。


「「っ!?っ!?」」


いつの間にかアインとカナタの後ろにはソナタがいた。

ソナタの顔は炎天下の日差しとは裏腹に涼やかな笑顔だが、内心はまたかなり怒ってるよう。

山田 華もそれを察したのか。


「それじゃあ、バスもまうすぐ来る事だし。

この辺で私は帰るわよ。

矢城君、岩倉君、一つ貸しよ。

じゃあね、高松君ほどほどにね。」


「あ、ああ。

覚えとくよ山田。」


「や、山田さん、ありがとね。」


「山田さん、また明日~♪。」


山田 華がバスに乗って帰って行ったのを見届けると同時に…。

アインとカナタは一斉に、ソナタに平謝りするのだった。


「ソッ君、ゴメンっすっかり忘れてたっ!!」


「悪りぃソナタ。

つい話しに夢中になってて…。」


「ええ、ええ…それはまあ良いですよ。

そんな事で怒る程、僕の器は小さくありませんよ。

ですが、何故今まで山田さんがいて、僕がハブられていたのか。

適切に説明されない限り、マックフルーリー1つで済む話しではなくなると。

覚悟してもらおうっ!!!」


『『良かった、マックフルーリー2つで許されるんレベルだ。

器ちっさ…。』』


三人は近場のマクドで涼みながら。

今までの事の顛末を説明する。


「なるほど…、そんな事が。

その子も大変でしたね。」


ソナタはマックフルーリーアイスを頬張りながら、シミジミと小野坂イツカに共感を覚えるのだった。

当の本人も教師によって、苦労した故、共感し易いのだろう。


「だったら、もう一度。

今度は鈴野宮小の子が居ない所で、誘ってみるべきですね。

結果は違うと思いますよ。」


そんなソナタの提案に、アインも同調する。


「あっ、そだ。

今週末の花火大会はどかな?

ゆう君が一緒に花火大会に行こうって、言ってたしちょうど良いかも。

小野坂君を明日、誘ってみるよ。」


「よしっ。じゃあ決まったな。」


話しはトントン拍子に決まる。


週末土曜日。

午後5時近く。

いつもであれば、まだまだ明るい時分であるのだが、既に少しばかり薄暗い。

今日は朝からどんよりと重苦しい雲が立ち込め。

生暖かい湿った風が吹き、今にも雨が降りそうな気配。


しかし今の所、雨は降らず夏祭りは中止にならずにすんでいた。

勇人とアインは、皆との待ち合わせ場所へと向かっている。


「何だか、変な天気ですね勇人様。

本当にこれから晴れるんですか?

天気予報だと終日くもりでしたけど…。」


「ああ大丈夫!心配無い。

前にも言っただろ。

お前のご主人様から峠坂さんの未来を見せてもらったって…。

あの時見た未来じゃ、星まで見えてたぞ。

雨は降らないさ。」


「そこが分からないんですよね。

なぜマイ・マスターがわざわざ勇人様に…。」


「あ~ホラ、アイン。

ソナタ達が待ち合わせ場所に来てるぞ。

思考を切り替えろ。」


勇人は何とかごまかした。

そこはアインに気づかれる訳にはいかなかった。

あの人との約束でもあるのだが、勇人自身もアインの変化を恐れての事だった。


二人が待ち合わせ場所に着くと。

ソナタが勇人の姿を見るなり、その変化にすぐさま気づいた。


「やあ勇ちゃん、久しぶり~。

って、勇ちゃん見ないウチに焼けた?

やたら黒くなってない?」


「ああ、ちょっと色々と外を出歩いて遊んでたら。

いつの間にかこんがりサンマ色に…。」


「あっ、勇人…。

先に紹介しとくよ。

コイツ塾友の小野坂イツカ。

で、小野坂。

コイツがアインの兄貴の勇人。」


カナタが小野坂イツカの紹介をし、仲を取り持ちだした。

こういう時、共通の知り合いが仲を取り持ってくれるのはありがたい。

紹介されると小野坂イツカは、勇人に対し。


「よろしく。」


と、一言だけ挨拶をするだけだ。

恥ずかしがりなのか、頬をうっすらと紅潮させ、節目がちに挨拶するその姿は。

下手な女の子よりも色気を漂わせている。

始めてその顔と表情を見た勇人自身をドキリとさせた。


『なるほどな。

鈴野宮小のヤツらに総スカンでホモだとからかわれる訳だ。

女からも男からも、嫉妬されたなこりゃ。』


「こっちこそよろしく。

小野坂君。

じゃあ、さっそく行こうか、みんな。」


勇人が小野坂に挨拶を返すと、夏祭り会場へと歩きだす。

夏祭り会場につくと曇り空も何のその…。

提灯の明かりが道なりに長々と灯され。

たこ焼きや焼きトウモロコシの屋台の良い香りが辺り一面に漂う。

既に人、人、人でごった返していた。

それを目にしたアインが目を輝かせて嬉しがる。


「いつ来ても、何だかワクワクするなぁ~この雰囲気。

ねえみんな、先ずはどこの屋台から、寄る?

寄っちゃう?食べちゃう?」


「よ~し先ずは暑いし、みんなでかき氷の早食いでもしようぜ~。

罰ゲーム付きで…。」


珍しくカナタがリードしていく、小野坂イツカを気づかい早く解け込ませようとしているようだ。


「じゃあ、ドベの人がみんなのカップ捨てに行くって事で。

どう小野坂君?」


「あ、ああ。いいぜそれで。

言っちゃ悪いけど負ける気はしねえ。」


ソナタが提案した罰ゲームに、言葉少なめに小野坂イツカは応えるが…。

やはりまだぎこちなさが残る。


自らの居場所を見失った人間は、自らの心をさらけ出し解き放つ事を、どうしてもためらってしまう。

周りに味方の全く居なかった状況。

それはまるで貝のように。

自らの心を幾重にも殻で守るしかなかったのだろう。


「みんなまだかき氷食べるなよ~。

カッ君、かき氷つついてかさを減らそうとしないっ!

じゃあ、僕がよ~いドンっの合図出すからそれで良いよね?」


「うん、分かっ…。」


勇人が同意を求め。

皆がそれに答えようとした瞬間。


「よ・ドンっ」


「「「「うわっ!?セコっ!!」」」」


同意も聞き遂げずにフライング合図で、早食いを始める勇人だった。

かき氷の早食いという、他愛の無いゲームではあるが…。

ゲームには、そんな貝のような心の殻すら溶かす力が…。

イヤ、楽しいと思える時間が心の殻を溶かすのだ。


どんな形であれ遊び打ち解け合うと、人と人との心は固く結ばれる。

それはまるで鉄を作るように…。


「小野坂君、食べるの早かったね。

頭、痛くならなかったの?」


アインはまだ頭が痛むのか、眉間にシワをよせ、こめかみをトントンと指で軽く叩いている。


「オレ…。

冷たい物であんまり頭が痛くならない体質みたいなんだ。

でも、お前の兄ちゃん面白いな。

フライングしたのに、あたま痛くなってスッゴい勢いで吹き出すし。

結局ドベになるし。

お腹まで壊してトイレに行くなんて。

少し出来ないぞ。」


「うん、いつもあんな感じなんだ。」


「あれが基本か。」


小野坂イツカは少しずつみんなに慣れ打ち解け、自然と笑顔になりつつある。

小野坂イツカ自身、人と一緒にいる苦痛よりも。

久しぶりに人と居て楽しいと思え始めているようだ。


笑う事…。


互いに笑いながら遊ぶ事。

それは人の心にはとても大切な事であった。

人と遊ぶ事すら拒否する殻で、心を閉ざされる前に…。


勇人達が屋台巡りしていると、花火の打ち上げ時間になりつつある。

勇人達はしまぽん達女子会との待ち合わせ場所へと向かう。


「あっ!?おっそ~い。

自分から私達の予定聞いといて、女の子待たせるなんて、男の子としてどうなの?

勇人君っ!」


「ち、ちょっと酷いと思いますよ…。

や、矢城君のお兄さん…。」


待ち合わせ場所には既に浴衣姿のしまぽん達がいた。


「バカには何を言っても無駄よ、しまぽん、マキ。

なにせバカ何だから…。」


「ゴメンしまぽん、マキちゃん。

って、山田までいるのかよ。」


「何?私がいちゃ悪いの?

久しぶりにあったのに随分と失礼よね。」


「たくっ!どっちがだよ…。」


「でも良かったですねぇ~。

雨が降らなくて~。」


そこには峠坂 京も勿論いた。

峠坂 京の朗らかな声が、明るくその場を和ませる。


そんな峠坂 京を見て、どうにも勇人は何か腑に落ちない感覚を覚えた。

だが、それが何かは特定出来ないでいる…。


『何だろ…?何か…。

あの時見た未来と、彼女の浴衣の柄と色が違うような…。

気のせいかな?』


勇人がもしやと峠坂の顔に傷でもないか、けげんそうに見るが、やはり大丈夫そうだ。


勇人達が花火を見ようとする場所は、打ち上げ会場から少し離れた橋の近く。

メイン会場からは遠くなるが花火全体を見渡せる絶好のスポットで、人も屋台もそれなりに多くいる。

そうこうしていると、花火が打ち上げられ出した。


ドンっ!パンっ!パパっド~ンっ!!


「た~まや~っ!」


「か~ぎや~っ!」


「じ~らいや~っ…ジライヤっ♪!」


『な、懐かしの特撮ソングだ…。』


しまぽんと京のかけ声に、勇人がチャチャを入れる。

その意味にマキだけが人知れず気づいた。

皆が花火を夢中で見ている中。

カナタが、小野坂イツカに少しずつ話しかけ出した。


「なあ、小野坂…。今日は楽しめたか?」


カナタは照れくさそうに勇人達を横目に、会話を聞かれ無いようにしゃべる。


「ああ、久しぶりだよ。

こんなに楽しかったのは。

岩倉はさ、何でオレに気を使うんだよ?」


「何でって…。

人と仲良くするのに理由なんていらないと思うが。

たまたま、塾であって仲良しになったってだけで、良いんじゃないか?」


「そうか…。そうだな…。

そうだよな。」


小野坂イツカはカナタのその言葉に少しばかりホッとした表情を見せた。

嬉しそうに表情が和らぐ。


とうとう花火大会も、最後の仕掛け花火のナイアガラが終わり、皆それぞれ帰路につき始めた。


「じゃあな、みんな~。」


「小野坂君。カッ君。ソッ君。またね~。」


「ああじゃあな、勇人、アイン。」


「また、塾で…。」


「バイ、バ~イ。」


男の子グループはそれぞれバラバラに帰っていくそんな中…。

女子グループは一塊でドコかに向かっていた。

その後ろを勇人とアインもそれに追随していく。


「あれっ?勇アイコンビは帰らないの?」


「イヤ、ほら自由研究で犯罪のハザードマップ作ったらさ。

女の子だけで歩かせるのは心配になって…。」


「安全な所まで、ゆう君と二人で見送ろうかと思ってさ。」


しまぽんの問いに、二人はそう答えたが、勿論方便である。


峠坂 京に隠れて張り付き、2人で護衛し犯人を捕まえる算段だ。

勇人はこれから起こる未来をこう予想している。


『峠坂さんはおそらく。

家路に帰る途中で、近道をしようと公園を突っ切る事を思いついた。

だが、夜の公園は肝試し並みに怖い。

そこで走って横ぎろうとしたら…。』


だが、そんな勇人の予想と、二人の意図とは裏腹に…。


「それなら大丈夫よ矢城君。

マキのお父さんの車で、みんなの家まで送って貰うから。」


「「えっ!?ヴゾっ!?」」


「嘘も何も…。

何でそんな事で、ウソつく必要があるってのよ。」


予想とはまるで違う事を山田から聞かされる。

二人は驚いていると、土那高マキの父親の車が見えて来た。


「こ、ここまで着いて来てくれて…。

ど、どもです。」


「じゃあ矢城君、護衛ありがとう。

バカ勇人にも一応お礼を言っとくわ。」


「あっ。

勇人さんアインさん、今日はお疲れ様でした。

また会いましょうね。」


「じゃあね勇アイコンビ~。」


「あ…。うん。」「じ、じゃあね…。」


そう言って女子グループは車へと乗り込み。

勇人とアインは仕方無しに、見送るしか無かったが。

直ぐにマキが車から降りて二人に駆け寄ってきた。


「あ、あの…。

お、お父さんが…。

どうせだから二人も送っていくから乗っていけって言ってますよ…。

どうしますか…?」


二人はせっかくなので送ってもらう事にした。

マキの父親の車は、8人乗りの大型ワゴンタイプで、中はかなり広く余裕はある。

だが、写真撮影用の機材まで詰まれていて、流石に最後部座席は少し手狭であった。


そんな中でも、女子グループは女子グループで、夏祭りの思い出の会話で盛り上がっている。


「イヤ~今日はホント。

良い夏祭りの写真が撮れたばい。

これで天気がよかなら、なお良かったんやろうけどね。

ヤシロ君も今日は楽しめたやろ?

両手に綺麗な花ばかりで…?」


隣りで車を運転しているマキの親父さんから、まるで友達かのように勇人はそう聞かれた。


「あの…おじさん…。

何で僕が助手席に座るはめになってるんですかね?」


「まあまあ、細かい事ば気にせんちゃ良かっぞ。

お互い知らん仲じゃあるまいし。

なっはっはっはっ!!」


マキの親父さんは豪快に笑って答える。

どうやら勇人は気に入られてるようだ。

アインは女子の中で会話に混ざっているが、共通の話題として小野坂 イツカの事を色々と聞かれているようだ。


ふと勇人は疑問に思った。


「所でおじさん。

マキちゃん達の写真でも撮ってたんですか?

花火が打ち上げられてる時、見かけませんでしたけど?」


「イヤ、今日は違うとよ~。

商店街のカレンダー用の季節写真や公報用。

夏祭りの素材資料写真も依頼されて、夏祭り会場を撮りよったと…。

モデルとしてマキ達も使いたかばってん…。

流石にそうもいかんからねぇ…。」


「へぇ~そんな仕事もやってるんですね。」


「この欲求は近いウチに解消せんといかんばい。」


マキの親父さんが明るく笑いながら答え、そうこうしていると峠坂 京の自宅についた。

峠坂 京の自宅は、郊外の住宅地で、少しばかり勇人達の住んでいる所からは離れている。


「あの皆さん、今日はありがとうございました。

花火大会とっても楽しかったです。」


「あ、あの…。

わ、私も楽しかったですよ…。

きょ、京さん…。」


「また来年も一緒に行こうよ、キョウちゃん。このメンバーでさ。」


「それじゃあ、またね京。

おやすみなさい。」


女の子同士の挨拶が終わり峠坂 京が車から降りると頬に当たる何かに気づいた。


「あっ!?雨!!」


ポツリポツリと少しずつ雨は降り出し始めていたが、あっという間に本降りになっていく。

今まで降らなかったのが不思議な天気であったので、誰もそれに驚きはしなかったが、ただ1人それに驚いている者がいた。


『そんな…バカな…!?

あの時見た未来じゃ、雨なんて降ってなかったのに…。

やはり、今日じゃ無いのか?』


京は濡れながらも無事に家の中へと入っていく。

それを見届け、車も少しずつ動き出した。

勇人が疑問に頭をぐるぐる回させながら、ふと横を見ると大きな公園がある。

その、やたら茂みや木々の植えられた視界の悪そうな大きめの公園。

この公園を勇人は忘れる事は出来ない。


『ここはっ!?

間違い無いっ!!

ココの公園があの未来で峠坂さんが襲われた公園だっ!!』


犯行現場は分かった。

だが、今度は犯行日時が分からなくなる。

だがこの時、勇人以上に疑問を抱え悩み苦しむ者が一人。


『なぜ…?

なぜ何ですっ!?

なぜ私(わたくし)ではなく…。

今度はカナタ様が殺される事になっているのですか…?

いったいなぜっ!?』


様々な疑問が点いては消え、消えては点き。

勇人達の頭の中で疑問を山積していく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る