はざま

その日の深夜…。

勇人は夢を見ていた。

鈴木勇人ではなく矢城勇人として…。

夢の中で勇人がハタと気がつくと…。

また例の大きな洋館の門の前に立っていた。

門前にメガネっ子ロリ顔巨乳のメイドさんが、にこやかに勇人を待ち構えている。


「また、ここに呼ばれたのかよ。」


勇人はため息混じりで呆れる。

そんな勇人を見ながら、メガネっ子ロリ顔巨乳のメイドさんが、笑顔で話しかけて来た。


「まあまあ、矢城勇人様。

ご主人様も悪気があって、呼んだ訳ではありませんよ。

可及的速やかに対処しないといけない事があるみたいでして…。

ささっ、どうぞお入り下さい。

ご主人様がお待ちですよ。」


そう言うと前来た時と同じように、大きな門をくぐり。

洋館へと続く道を案内されていく。


『可及的速やか…?何だろ?

おそらくアインの事なんだろうけど…。

俺、なにかやらかしたかな…?

思い当たるとしたら。』


勇人が考えながら案内された部屋に入る。

するとそこには既に、この館の主がこの前と同じく、子供の姿で勇人を待ちかねていた。

どことなく重苦しい空気が漂っている。

その重苦しい雰囲気に、勇人も一瞬いすくむ。


「ど、どうしたんです?今日は突然…。

まあ、この前も突然だけど…。

何かあったんですか?」


「実は…。

大変危い状況になってしまってね。

アインの事なんだが。」


その人は沈痛な面もちで状況を語りだそうとしだした。

だが勇人はそれを聞く前に、ある予想が当たったのか覚悟ある口調で答える。


「塾内での殺人…。

アイン自身が…。

危険な目に会うんですね…?」


「君は知っているのか…!?」


面食らったように不思議そうな顔で、その人は勇人に問い直した。


「アインが何かを隠そうとしてたのは、すぐに気づきましたよ。

あいつのウソの付き方は、まだまだ子供レベルですから。

そこから今の呼ばれた状況と…。

あなたの口調で考えたら、出せる答えなんて限られて来ます。

一つ聞きたいんですが。

アインが死んだらどうなるんです?

小野坂って子が、塾内で殺人を犯した後の未来の状況を聞いたんですが…。

本当にそうなるんですか?

何も影響が無いとは思えないんですが。」


勇人がそう問い掛けると、その人は少しずつ答えだした。


「その未来は人間、矢城 愛が殺された場合の未来だな。

だが、実際にあいつが死んでしまったら、そういう訳にはいかない。

君達の世界でのアインが死ぬという事は、こっちの世界でのアインの心が死ぬ事だからな。

ちょうど良い。

君に会わせておこう。」


そう言うとその人は立ち上がり、館のとある一室へと勇人を案内しだした。

長い廊下や、大きな階段を上り。

その一室へとたどり着く。

促されるように入ると…。

その部屋のベッドにはアインが…。

勇人が初めて会った時の大人の姿で、深く静かに寝ているようだ。


「こ、コレは…!?」


アインの顔を見て勇人は驚きを隠せ無い。

館の主の少年は、どこを見るでもなく遠い目をしながら物悲しく語りだした。


「あいつの肉体だよ。

寝てるように見えるが…。

今は自らの心を、魂の奥深くに入り込ませてる状態だ。

アインの心が死ねば、君達の世界で言う脳死状態と同じ。

心の無い魂は、進展も発展も衰退もしなくなる。

君達自身の宇宙は…。

時が…止まる…。」


「いえ、あの…アインのヤツ。

顔に思いっきり落書きされてるんですが…。」


ドタァ~~~~~~~!!

せっかく決め顔と決めセリフでシリアスに進めていたその人だったが。勇人の思いもよらぬツッコミで、思いもせずに盛大にコケてしまった。

すぐさま起き上がり、アインの顔を確認する。


「うわっ!?

こりゃひどい!!」


その人も驚くのも仕方ない。

額に肉と書かれるのは当たり前。

ほっぺたには、なるとのようなぐるぐる花丸。

鼻の下には立派なおひげ。

眉毛はまるで、北斗の拳のケンシロウ並みに極太に…。

目の下には可愛いデフォルメされた熊が、隈を表現するように描こうとして、犬ともネコともとれない物になってしまったのか。

クマとひらがなで説明まで添えられて書かれていた。


「ひ、額に肉と書こうとして、失敗してほぼ内になってるじゃないか……。」


「そこに驚いたのかよっ!?」


勇人が久しぶりに本格的なツッコミに回る。

だが、次の瞬間、ベッド付近の机にあった油性ペンで勇人は…。


「じゃあ、人を付け加えて肉って書きなおしておきましょう。」


「お前が書くんか~~~~~い!?」


その人にすらツッコミに回らせる、勇人であった。


「まったく…。

ノコのヤツだな…、やったのは…。」


前に勇人がここに来た時の、ちんすこうをお茶請けに持ってきた小さなメイドの名前を、呆れたようにぶつくさ言っていたその人は…。


「じゃあ、本題に入ろうか…。」


予想だにしなかった言葉を、勇人に投げかけた。


「えっ…!?

あなたが伝えたかったのって、アインが塾で危ない目に会うって事じゃ無かったんですか?」


「それも勿論問題なんだが…。

残念だが…。

それとは違う用件で君を呼び出したんだ。

それ以上に困った事になってしまっている…。」


「えっ!?えっ!?」


勇人の鼓動は一瞬大きく鳴らし徐々に早くなる。

アインが塾で危ない目に会う以上に危険な事を、勇人には想像出来ない。


「今から君に、峠坂 京の未来を見せようと思う。

今の君なら何とか耐えられる。

まだ、調べてないんだろ?」


「ええ、まあ…。

峠坂さんの未来は、マキちゃん家で着物のモデル写真を見せてもらってから調べてもらうんで…。

別に今、見なくても…。

それにアインの危機と、どんな関係が?」


「見ればわかるさ。

君ならそれで全てを理解するだろう。」


そう言うとその人は、肉とかかれたアインの額に手を起き…。

もう片方の空いた手を勇人の額へと触れた…。

するとその瞬間から頭の中に、イメージが激流のように流れ込んで来る。

頭の中でそのイメージが、脳みそにぶつかるような感覚で頭痛までしだす。

そのイメージが集まり具体的な何かが見えそうだと勇人が感じた瞬間っ!!

目を開けているのに目の前が暗転し、フと気づくと、どこかの夜の公園にいた。


「あれっ!?

俺は何でこんな所に居るんだっけ?」


訳も分からず辺りをキョロキョロと見回すと、星は煌めき人気が無い。

夜も結構ふけている。

勇人は一瞬、自らが何をされたのか分からなかった。

目の前を、勇人が昨日知り合った背格好とあまり変わらない峠坂 京が…。

浴衣姿で足をはだけながらも、小走りに先を急いでいるのを見て思い出す。


『あっ!そっか…。

俺は確か、峠坂さんの未来を見せ…。』


勇人がそう思い出した次の瞬間っ!?


「きゃっ!?」


小さな悲鳴を上げた峠坂 京は、一瞬にして公園の茂みの中へと引きずり込まれた。

京を茂みへと引きずり込んだのは、目出し帽姿の覆面の男で、理由は言わずもがな。


「えっ!?やっ!?

ヤダっ止めっ!!何するんですっ!

止めてっ…。」


京は覆面の男に馬乗りにされ。

口を塞がれそうになって、パニック状態で助けを呼ぶという発想が出来ないようだ。

必死に抵抗を試みる京は、口をふさごうとする男の指を噛む。


「ぐがっ!?イッテっ!!

このブタがっ!!黙れっ!!」


そうドスを聞かせた脅し声で京に迫ると、男の左拳が京の顔面へと叩き込まれていく。

力の限り真剣に…。

Σ一発!

Σ二発!!

Σ三発!!!と絶える事なく次々に…。


「や、止めろ~~~~~~っ!!」


勇人は目に涙を浮かばせつつ、叫びながら男を止めようとするが、触れられない。

触れようとしてもすり抜ける。

勇人は、自らが意識のみの存在だと頭の中では理解はしていた。

だが、何とかこの惨状を止めようと試み続ける。

だが…。

無駄だった。


「うっ…、うう゛っ…。」


京は激痛から呻き声を微かに上げてる。

顔面は赤く腫れ上がり、涙と鼻血がその腫れた頬を伝ってゆく…。

視界ももはやぼんやりとしかない。

京の意識は僅かに残ってはいるが、抵抗する気力も体力も残っていないようだ。

そんな状態から京は…。

男に陵辱され汚されていった。


勇人は涙を流しながら、自らの無力さを噛みしめていると、またも目の前が暗転した。

次に勇人が目にしたのは…。

彼女のその未来で結末へと続く道。

峠坂 京が犯していく罪。

ここからが勇人にとって、真の地獄となる。


「頼む…。止めろ峠坂…。

お前は元々そんなヤツじゃないだろ……。

止めてくれ…。

チクショウ…。

あんなに明るい笑顔だったのに…可愛かったのに…。

何でこんな…醜い…惨い。

もう、勘弁してくれ…。

こんなモノ俺に見せないでくれ~~~~~~~!!」


彼女が未来で犯していくだろう罪を目の当たりにしながら…。

自らの気が狂いそうになるのを堪え。

勇人はそう心の中で叫んだ。

すると今度は目の前がパッと輝いたかと思うと光転し。

勇人は、顔に落書きされたアインの寝室へと戻ってきていた。

戻って来たと同時に勇人は…。


「おえっ…げほっ…。

うぉぇえぇぇ…。

ハァ…。ハァ…。ハァ…。ハァ…。

アインにはああいう風に、未来が見えてたのか…。」


勇人はこみ上げる吐き気から、思わず胃の中の物を全て床へとぶちまけた。


勇人は肩で大きく息をして、ちょっとした知恵熱のようにめまいまでしていた。

流し込まれたイメージの情報量が、人の身の勇人には多すぎたようだ。

だが、勇人は見た事で、その人が何が言いたく何が危ないのか理解した。


「こ…。

こんな体験を今まで何度もアインに見せていたのか…俺は…。

ふ、ふざけるなぁっ…!!

バカだ俺は…!!

ちょっと考えたら分かったのに…。

こんなもん何度も見てたら…。

アインは…。」


「前までのあいつなら、どこか他人事の客観的、楽観的に受け止められていただろうね。

変える事の出来る未来なのだからな。

それならまだ問題は無かったんだ。

だが、君達と共に生活し、遊ぶ内にどんどんと君達側へと引っ張られ共感し始めた。

他人の痛みが心に直接伝わり始めた。

あらゆる事が…、過去の情報にすら、どこか客観性を欠いた受け止め方に変わりつつある。

コレが何を意味するか?

何が危険か。

君なら分かるだろ。」


その人が勇人に向かってそう言ってきた。

実際、忠告するにまで至るとなると、小野坂イツカの未来を見たアインは、かなり危険な所まで来ているのだろう…。

勇人はそれを聞くやいなや…!!


「だったら…。

何で、もっと早く忠告してくれなかったんですか!?

それが分かっていたらあいつに…。

あんな人の転落人生なんて見せませんよっ!!」


勇人は語尾を荒げ、感情的にその人に言い放つ。


「スマナイ。

言うなれば、君達はあいつの極微細化された心。

主観にしろ客観にしろ。

ここまであいつの感情を引っ張られるとは思いもしなかった。」


「……………………。」


それを聞くと勇人は呆れはしたが、猛烈に納得してしまった。

言い代えれば、自分で自分を傷つけている状況を見ているという事だ。

しかも、その自分は原子にも等しい存在。

本来なら全く気にもしないだろう。

その人は続け様に勇人に問いかける。


「それにあいつが未来を見る事なく、情報を何も仕入れずに…。

彼ら彼女らの運命を変える事が出来たと、自信を持って君は言えるのかい?」


「そ、それは…。」


勇人は一気に言葉を返す事が出来なくなり、口ごもった。

勇人自身、分かっているのだ。

その情報にどれだけ価値があったか。


「ともかく、これ以上あいつに人の転落人生を見せるのは、あまりにも危険だ。

気をつけたまえ。」


その人にそう言われると、勇人は自らの目の前がぼやけ始める。

目覚めが近づいているようだ。


勇人は慌てて、その人に自らの最大の疑問を問いだした。


「最後に一つ聞かせて下さい。

もし、俺が未来を変えたら…。

僕はどうなるんですか?」


「それは…。

どうなるかは、君は既に分かっているはずだ。

そしてなぜ君なのかも…。」


「やはり…そうか…。」


その人のその言葉を聞くと共に、勇人は目を覚ます。

寝汗で多少不快に感じるが、逆にそれが今は幾ばくかの安心を覚える。

日付は変わって、明け方に近いのだろう。

だがまだまだ薄暗く、勇人は自分が今どこにいるのか分からないでいた。

確認の為、急いで明かりを付ける。


そこはいつもの自分の部屋。

弟であるアインが側に居る、勇人にとって普通で大切な場所に戻っていた。

熱帯夜で寝苦しいのもあるが。

アインの寝相はそれとは関わりなく、相変わらず悪い。

二段ベッドからそれを見た勇人はベッドから降り、いつものようにアインのはだけかかったタオルケットをかけ直してやる。


「アイン…。

すまない…。」


頬を伝う涙に誘われるよう、勇人はポツリと謝罪の言葉を口にした。

それはどちらに対す何の謝罪なのか。

もはや、勇人にすら分からなかった。


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