目をつけられると気の毒

喧嘩の騒動から数日が経った。スパロは小国ぺセルの冒険者ギルドにいた。


ギルドは世界に広がる大きな組織だ。その主な役割は仕事の斡旋である。ギルドは分野ごとに分けられ、登録希望者は、各々の求めるギルドに加入する。各ギルドは世界中に設けられており、登録者はギルドを利用する際はそこを訪れる。スパロがいるのもその一つだ。


スパロはギルド内の休憩スペースで休んでいた。今日は任務を受けた訳ではなかったが、こうしてギルドないでぐだくだするのが好きだった。知り合いに会うこともあるし、面白い情報が手に入ることもある。なんだかんだでギルドに足を運ぶのが習慣になっていた。

今のところ、今日は特に変わったこともない。時々、スパロに気付いて話かけてくれる人がいるくらいだ。SS級ほどではないが、S級も高レベルの冒険者であり、多少は名が通るようになっていた。"俊足のスパロ"は自分の呼び名で、スパロの得意とする身体強化魔法による素早い動きから付いた名だ。故郷のギルドでいつの間にか付いていたのだ。


少し前にあったことをチラリと思い出す。


そういえば、この前のギルマスは俺のこと、知っていたんだよな。やけに美人のガキだったよな。そんでもって見た目じゃ想像つかないような魔法を使いやがるんだからスゲーよな。確か、銀髪で琥珀っぽい目をしてたっけ?あぁ、そうそう、確か、あんな感じの…、はぁっ!?


スパロが思い出していた少女が彼の目の前にいた。正確にいえば、彼の正面に見えるギルドの入り口に、である。

ひわ色のチュニックに焦げ茶の手編みのベストを着た少女がキョロキョロしながら中に入ってくる。その姿、いかにも好奇心旺盛な子供である。


スパロは先日の出来事での彼女の姿をはっきりと思い出した。そして、


俺は他人、俺は他人。なにも知らない、なにも知らない…。


関わりたくないようで、自己暗示をかけ始めていた。


しかし、運命は残酷なものである。ギルマスたる彼女が気づかない訳がない。スパロを視界に入れた彼女は彼の元にすっ飛んできた。


「スパロ!!」


しかも鳩尾に。見事な頭突きだった。スパロはダメージを受けて床にひっくり返る。


「ありゃ?スパロ、なんか面白いことでもあったのか?それとも床に恋でもしたのか?」

「阿保!お前がすっ飛んできたからだろ!」

「手加減しただろ!」

「もっとしろよ!」


スパロが腹をスリスリさすりながら立ち上がると、周りの目が自分を向いていた。


…あちゃー、目立つよな、こりゃぁ。


その目を代表するかのように、近くにいた屈強そうな男が口を開く。


「スパロさん、聞いていいか?」

「…なんだ?」

「そのガキ、スパロさんのガキか?」


ギルドにちょっとした沈黙が流れた。スパロと少女が仲良く口喧嘩しているのを見て、彼は二人は親子なのかと聞いたのだ。今まで冒険者スパロは浮わついた話は聞かなかっただけに、注目が集まる。


「んなわけ、あるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


スパロは絶叫した。少女がうつむいて笑いをこらえていた。


「じゃ、なんなんです?その子?」

「それはだな、えーっと。」


チラリと見れば、少女が威圧のオーラを出していた。スパロは咄嗟に何かを悟った。


「この子はな、俺の、ギルド本部の、知り合いの、お嬢さん、なんだ!」

「そうなんすか?」

「そうだ!」


ふぅ、なんとか取り繕えた。嘘は言っていないぞ。俺は。


スパロは少女が小さくサムズアップしているのを見た。彼の悟りは間違いではなかった。


屈強そうな男は、スパロの言葉で納得し、今度は少女に話しかける。


「んで、お嬢ちゃんはどうしてこんな所へ?」

「えーっとね、この近くに、用事があったの。それでね、ここにもギルドがあるって聞いたから、ここに来たの!」

「用事?一緒に来た人は?」

「お仕事だって!それで、忙しくって、一週間くらいは好きにしていいからって言われたの!」

「そーなの?」

「そ!」


コイツ、猫被っているな。本部で見たときはもっと偉そうだったしな。あれ?一緒に来た人って誰だ?後で聞こう。


「でも、ギルドなんて、子供が来るところじゃないぞ。何しに来たんだ?」

「えー。私、本部にもよく行っていたよ?お友達もいっぱいだよ!」

「お友達って…。スパロさんもか?」

「そーだよ!」


チラッと男がスパロを見る、スパロは彼に肩をすくめて見せた。


っていうか、なんでコイツここにいるんだ?


「で、お嬢ちゃんはギルドで何しているんだ?」


男がスパロの気持ちを代弁してくれた。


「うーん。いつもは、色んな人のお話聞いているの。でもね、今日はね、いいものもらったから、使ってみたくて、来たの!」

「いいものって?」

「コレ!」


そう言って、少女が取り出したのは一枚の水色のチケットのようなもの。


「なんだこりゃ?」

「どーはんけんだよ。」

「なんだそりゃ?」

「受付の人なら詳しく知っていると思う。」

「そうか、おーい。」


呼ばれて、受付にいた女性ギルド職員が出てきた。そして、少女に紙を渡されると、それを観察した。


「同伴券ですね。冒険者登録をしていなくても、冒険者の任務に同伴することができる券です。」


何ソレ初耳なんだけど。


「あまり知られていないので、使われるのは珍しいですね。お嬢さんはこれを使って、誰かの任務について行きたいのかな?」

「そーだよ!」


同伴するくらいなら冒険者登録した方が報酬貰えるし、何より同伴する時のリスクがあるから、使うやつがいないんだろう。


「誰の任務について行くの?」

「んーっとね!」


そうか、同伴するんだから、誰かについていくんだよな。コイツについてこられる奴は御愁傷様だな。

ん?なんで俺を指差すかな?俺と君はほとんど他人だよな?な?


スパロは存在を忘れられるように祈ったが、それもむなしく、少女にその人差し指を向けられていた。


「スパロといく!」


ノーサンキューだ!


スパロは心の中で叫ぶ。無論、顔には出さない。ここで断ったら、いたいけな少女の願いを無下にする酷い大人だと言われることは目に見えている。


「そっかー。スパロさんはS級だから安心ね!」

「うん!」


俺は一言も許可してないぞ。まぁ、諦めるしかないのか。


はぁーっと長いため息をついて、


「じゃ、依頼を決めようぜ。」


少女の希望を叶えることにした。


断ったら、断ったで、コイツになにされるかわからないからな。


少女はスパロの返事を聞くと、嬉しそうにキャッキャと依頼が貼り出された掲示板に向かう。


「スパロ!これ、いく!」


そう言って少女が指した依頼は、


~上級依頼 西の湖に住む超巨大魚型の魔物退治 依頼は五人以上のA級以上のパーティーもしくはS級以上の単独冒険者のみ受けられます~


「ダメだ。」


「なんで?スパロS級でしょ?問題ないでしょ?」


「確かに行こうと思えば行けるが、それを周りの皆さんが許可してくれると思うか?」


みれば、周りの人々は少女が希望した依頼の内容を見て、青ざめている。


「止めときなって、お嬢ちゃん。」


「他の依頼にしなさい!」


次々に彼女を止める声がした。


「うー。わかった。他のにする。」


しぶしぶといった様子で少女はその言葉に従うことにした。


「じゃ、これに行こうぜ。」


代わりにスパロが示したのは、


~中級依頼 東の森薬草採取 依頼はD級以上なら誰でも受けられます~


目的地までの距離が遠く、難易度自体はそれほどレベルは高くないが、野営技術が求められるのと、目的地が秘境なことからレベルがあげられている依頼だった。


「いいよー。」


少女は許可した。


しかし、周りの人間は黙っていなかった。


「スパロさん!それ、三泊はかかるじゃねぇか!」

「コイツ、一週間暇なんだろ?大丈夫だよ。」

「日数の問題じゃねぇ、そんなにちっさい嬢ちゃんが成人男性と二人っきりなのはマズくねぇか?」

「俺はそんなに飢えてないし、犯罪者になる気はないから。それに、コイツと一緒に来たやつに何をされるかわからないからな。あくまで俺はコイツの保護者役だよ。」

「目的地までの距離が遠いぞ。」

「コイツ、結構体力あるし、最悪俺が運ぶから大丈夫だよ。」

「魔物が出るぞ。」

「俺が追い払えばいいし、それにコイツは慣れていそうだから。」


心配無用と言った顔のスパロを見て、周りはとめることをやめた。


「よし!じゃあ、行けるね!」


少女はやる気満々である。

結局、スパロは知り合いに振り回されるのである。

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