うちのギルドマスターが凄すぎる

三ツ巴 マト

ギルド本部における騒動について

現在、冒険者ギルド本部は大荒れだった。


何でも最高クラスの冒険者二人が意見の相違からぶつかったのが始まりだそうだ。


所詮、冒険者は荒くれ者の集団である。ペンよりも剣を持ちたがる彼らがじっとしているわけがない。すぐに乱闘になった。

ギルド本部の入り口すぐの大広間、酒場が隣接し、常に多くの冒険者達も多く行き交う場所だっただけに騒動は直ぐに引火した。


あちこちで魔法が飛び交い、剣が火花を散らす。本部だけあって集まっていた冒険者も高レベルの者が多い。争いに不参加の人間達は巻き込まれぬ用に壁に張り付いているしかなかった。

冒険者スパロもその内の一人であった。


「スパロさん!あなたS級冒険者なんですよね!なんとかしてくださいよ!」

「バカヤロー。間に入れるもんならとっくに入っている!俺も故郷のギルドではよくケンカの仲裁をしたもんだぜ?だけどな、腕の立つ本部ギルド職員ですら止められずにいるんだ、それだけこの騒動が大き過ぎるんだよ。それに中心にいるのは俺より上のSS級の方だ。S級とSS級じゃ天と地の差があるっての。巻き込まれるのはゴメンだぜ!」


スパロは泣き顔で訴えてきた彼にいい放つ。言い返された彼は、更に涙目になる。


「くそっ!」


彼の期待に立てず、イラつきながら、スパロは飛んでくる瓦礫を叩き落とす。


「オイ!俺はケンカは止められないが、これくらいのことはできる。動くなよ!」


せめて彼の役に立ちたいと思いスパロはそう言った。必死に頷く彼を見てスパロは瓦礫を落とす手に力を入れる。

ふと、遠目に二階から一人の男が降りて来た。


「あの方は!!」

「スパロさん!知り合いですか!」

「いや、しかしあの方がくれば百人力だ。何てったって、かつてSSS級冒険者として冒険者達の圧倒的頂点にいた方だ。今は引退して、ギルド職員として働いていらっしゃる。引退したとはいえ、まだSS級に匹敵する力を持つそうだ。」

「なんて心強い!きっと終わらせてくださいますね!」

「あぁ!」


二人は争いが終わる希望を見て表情を明るくした。


が、


二人の希望を背負った男は争いの中心に入ろうとした瞬間、吹っ飛んだ。


かつてのSSS級冒険者、その力は衰えていた。未だSS級に匹敵するとはいえ、所詮は匹敵するだけ。敵うわけなかった。


「「そんな!!」」


二人は絶望した。彼に止められなくて誰に止められるのか。更に悪いことに、吹き飛ばされて頭にきた元SSS級が争いに加わってしまった。もはや争いの終結は叶わないことに思えた。


その時であった。


「うっわー。面倒なことおこしやがって。」


そんなことを言いながら、先ほど元SSS級が降りてきた階段を一人の少女?が降りてきたのだ。白い肌に銀の髪、琥珀の瞳の美少女だった。

喧騒の中、彼女に気づくものはほとんどいない、いても場違いな風貌の彼女に眉を潜めるだけである。しかし、スパロは彼女から目が離せなかった。


「スパロさん、なんなんですか?あの子?」


彼の目線に気づいた泣き顔君が問う。スパロは額に汗をかきながら答えた。


「知らん、が、感じないか?あの子、ただならぬ気配がするぞ…。」

「そうですか?」


すると、ぐるんっと、少女の顔がスパロの方に向いた。スパロが小さくひっ、と叫んだときには既に少女は彼の目の前に立って彼を見上げていた。


おいおい、転移魔法かよ…。このガキ、見た目以上に魔法を使いやがる。


スパロが内心冷や汗をかいていると、少女はニッと、笑うと口を開いた。


「お前、俊足のスパロだろ?」

「…そうだが。」


スパロは少女の意図がわからず困惑していた。


「その様子だと、今はS級か?だいぶ努力したようだね?」

「そりゃあ、どうも。」

「ところでスパロ君。S級である君が何故止めない?」

「中心にいるのがSS級だからだ。」

「ほう、あれはSS級なのか。」

「あぁ、炎猪コンロ様と雷虎エレク様だ。」

「それで、何故ギルド職員のアルテが参加しているのかな?」


アルテは例の元SSS級のことだ。


「アルテ様は一度、喧嘩を止めに入られた。しかし、中心の二人に吹き飛ばされ、それで頭に血が昇ったようで、そのまま参加された。」

「…そうか、教えてくれて感謝する。」

「どうも。」


スパロにお礼を言った彼女は軽く息を吸うと微笑んだ。

そして、


「ずいぶんお楽しみのようだなぁ!」


叫んだ。ギルド内の空気が震えた。大きく風が吹き、広間で争っていた人々は一度空中に舞った。そしてそのまま広間に、風によって、押しつけられると、動けなくなっていた。

誰もが魔法陣を展開している少女を見た。無論、先ほどまでスパロと会話していた少女である。


彼女は微笑んだままだった。スパロにはその微笑みは悪魔の微笑みに見えた。

彼女の口は言葉を紡ぐ。


「なぁ、アルテ?」


少女をに語りかけられたアルテはみるみるうちに顔を青くした。


「アルテ?黙っていちゃ、わからないな?」


少女を見たまま固まっていたアルテは必死に言葉を発しようとしていたが、声が震えて、何も言えていない。スパロはなんだかアルテが気の毒に思えた。やがて、人々を床に押しつけていた風も止んだが、誰も動けない。

そのせいか、静まりかえった空間で、その声はずいぶん間抜けに聞こえた。


「なんだー。嬢ちゃん、ここはガキがくるところじゃねーぞ。なんか魔導具使っているみたいだけど、さっさとしまえよ。これは俺たちの喧嘩なんだぜ。」


スパロが炎猪と呼んだ男だった。ゆらっと少女の体から殺気が漏れ出たのをスパロは感じとった。


なんなんだよコイツ。今の殺気、恐ろしいな。それにしてもさっきの風は魔導具なんかじゃでねぇ、コイツの実力だ。この状況であんなことをいうコンロ様は鈍感なのか、それとも、自信家なのか。


コンロの言葉が少女の怒りを買ったと感じとったのはアルテも同じだった。彼はさっきまでまともに話せていなかったのが嘘のように、コンロを叱咤する。


「オイ!やめろ!コンロ、その方はギルマスだ!お前なんかじゃ敵わないぞ!」

「ギルマス?なんだそれは?アルテさん、そりゃあブルーギルとマスのあいのこかなんかか?それがなんだってんだ。俺は早くエレクの野郎をぶっ飛ばしたいんだよ!」


まだ頭の冷えていないコンロは、未だに状況を正しく認識していないようだった。

スパロは少女の顔に僅かに血管が浮き出てきたような気がした。


「ほう、猪突猛進とは、まさに君の事のようだね。まともな状況把握も出来ず、先ほどから喧嘩のことで頭がいっぱいのようだ。アルテの言葉も耳に入れようとしない。」

「あぁ?だからガキはすっこんでろ。ニジマスだがなんだか知らないが、偉そうな口を聞くな!」


「よせ!コンロ。」


今にも少女に襲いかかりそうだったコンロを止めたのはエレクであった。羽交い締めにされたコンロはエレクを睨む。

少女は暴れているコンロに言った。



「コンロとか言ったか?どうやらお前は人間を見た目でしか判断出来ないらしいな。それでSS級とは笑える。まぁ、お前が言いたいのは、私が子供じゃなきゃ良いんだろう?」

「あぁ!オイ!エレク!離せ!」

「コンロ、落ち着け。いいか?ギルマスはな、ブルーギルとマスのあいのこでも、ニジマスでもない。ギルドマスターの略だ!いいか、ギルドマスターだ。」


「ギルドマスタ…」


コンロはエレクの言葉を復唱しようとして、


「「アァァァァ!?」」


叫んだ、本部にいた少女以外、全て人達と共に。もちろん、スパロも。

少女が白い魔法に包まれていた。白い花弁が舞い、少女の姿を隠す。


やがて、魔法が晴れると、そこに少女の姿はなく、立っているのは長く髪を垂らした美しい一人の女性がいた。

白く柔らかな布が彼女の体に巻き付き、彼女の肌を覆う。その姿は先ほどまでいた幼女とは違う美しさを持っている。誰もがため息をつくような美しさだった。


「…エレク、ギルマスはギルドマスターの略だって言ったか?」


コンロもまた、彼女の美しさに目を奪われたようだ。さっきまで暴れていたのが嘘のように、落ち着きを取り戻してそう呟いた。


「あぁ、そう言った。」

「ギルドマスターってギルドで一番偉い人だよな?」

「あぁ、しかもここは本部だから、すべてのギルドマスターのなかでもトップだな。」

「そして、今、俺の目の前にいるべっぴんのねーちゃんは、さっきまでいたチビッ子と同じやつなのか?」


見れば、彼女の持つ色彩が少女のものと同じである。


「そうだが?」


エレクが答えるより先に、本人がそう言った。


「私にとって、これくらいの変身魔法はどうってことない。それでも、わざわざ、見た目を変えてやったんだ。感謝しろよ。まぁ、変身する前から、私の力を見破れた奴もいたみたいだがな。」


チラッと自分の方を見られたのは気のせいだと、スパロは自分に言い聞かせた。


「さて、コンロ君、ここはギルドだ。喧嘩場所ではない。それに、ここはギルドの総本山だ、君のような冒険者ばかりでない。君の喧嘩に巻き込まれて、ケガでもしたらどうする?責任を負えるのか?」

「それは…、巻き込まれた奴の自業自得だ。」

「世間様ではそうもいかないんだ。ただでさえ、冒険者は気性が荒いだの、がさつだの、と一部のお偉いさんには評判が悪いんだ。これ以上、ギルドの評判を下げてくれるようなものなら、除名するからな。」

「うっ、除名は勘弁してくれ!気を付けるからさ!」

「わかってくれれば良いんだ。さて、後始末をしなければならないな。コンロ君、勿論、君も手伝ってくれるんだよね?」

「おぅ、やってやるよ。」

「頼んだからね。あっ、他の人もだからね?」


コンロが動き始めると、腰を抜かしていた他の喧嘩参加者も起き上がって、喧嘩で散らかった、大広間の後始末を始める。

彼女はその様子を確認し、


「さて!」


くるりとアルテの方を見て、ニカッと笑った。


「アルテ君?君は私とお話をしよう。」

「お話ですか?」


彼女はカツカツと彼に歩み寄る。そして歩くと同時に少女の姿に戻っていく。


「うん!私はね、通信魔導具でミミちゃんに呼び出されたんだ!で、来てみたら喧嘩っていう下らない理由だったんだよ?それで、君はそれに参加して、事を大きくしていた。ギルド職員である君が悪化させてどうするのかな?」

「えっとですね…。」

「うん!ここじゃなんだし場所を移そうか。」

「あっ、えっ、ちょっと、そこは持つところではないのでは!?」


アルテは、少女に首根っこを捕まれて引きずられてゆく。

スパロはそれを黙って見ているしかなかった。

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