第32話 終わり良ければ全て良し
RPGで敵が仕掛けてくる攻撃で一番恐ろしい攻撃は何だろうか?
色んな意見はあると思う。
食らったら一撃で死ぬ……即死攻撃。
視線を交わしてしまったら数秒後に死ぬ……呪い攻撃。
ごっそり全員のHPを削ってくる……範囲大ダメージの攻撃。
職業にはよるかもしれないけれど、俺が一番怖いのは、範囲静寂攻撃だ。
静寂、それは魔法使い、プリーストなどから魔法を奪う。
魔法や歌に必要な音が発せられなくなるからだ。
アイテムなど治す手段があれば即回復推奨だが、それが無かったら?
そもそも回復できない静寂だったら?
特にプリーストの回復魔法が無くなるのが痛い。
それは、ダメージを回復できなくなることを意味するから……
「サイレス・ミストッ!」
ブルーマンが両手を掲げると、手から白い煙が噴出し、辺りを覆った。
「あれっ、魔法が唱えられないよっ? どーゆーこと」
静寂を経験したことの無いプリースト・マミが最初にこの異変に気付いた。
彼女は仲間に強化魔法をかけている最中だったのだ。
「静寂きちゃったか~……ごめん回復できない……」
竪琴を奏でて歌を歌いかけていたアイの手が止まる。
「しまったっ、何か召喚しとくんだった」
この世界の玄人ゆえだろう。多分、戦闘が始まった時に、変に召喚獣が敵に攻撃しないように気を使って、召喚していなかったのだ、チエは。
「静寂回復のアイテム、実装してなかったかも……」
人には聞こえない声で言った独り言のつもりだろうが、俺はしっかり聞いてますからね、エナさん!
「えっと、攻撃、しても、いいの?」
周りの混乱に、ナオが立ち止まって確認している。
俺も含めて全員が恐慌状態に陥っていた。その時――
「バインド・ビーム!」
ブルーマン二発めの特殊攻撃。
名前で効果がもうわかってしまったが、これはマズい!
何とか首を動かして周りを見てみるが、全員その場に固められて身動きが取れなくなっているようだ……いや?
「あれ? あたしだけ動けるの? 何で?」
プリーストが首を傾げている。確かに、バインドの表示は出ていないな?
……どういうことだ?
「クリス、そんなところにいたのか」
ブルーマンの視線が、俺達の後ろにいるクリスに注がれている。
知り合いなのか?
クリスは首を振って拒絶しているようだが……
「わが師はお前を探していたぞ。お前だけが心持たせることに成功したオートマタだからな。お前をメオと融合させるつもりだったのだろう」
俺の中で何かがかっちりとかみ合った音がした。
博士が家に取りに来た最後のパーツは彼女だったんだ。
「お前ごときがメオと融合したところで、オートマタはオートマタ。それ以上でもなく、それ以下でもない。しかし、可能性は排除しておかねばな。くらえいっ、クリスタルビーム!」
黄金人形の額からレーザーが発射される。
俺達は誰ひとり反応することができない……ごめん、クリス
俺は目を伏せた。
「な、何!?」
ブルーマンの驚きの声。
クリスに覆いかぶさるようにしているのは……グアテマ博士!
「おいぼれの命でも……この世界を救えるならば、安いものよ。今、クリスの稼働スイッチを入れた。彼女が真の力を手にしたならば、お前ごとき……ぐふっ……」
シュッと博士の体が光の雫となって消える。
「博士……あたし、わかったよ。自分が動ける意味。あたしの命の意味」
マミが頷いている。
何をする気だ?
まさかお前……
次にビームが放たれた時、彼女はクリスの前に立ちふさがっていた。
躊躇いはなく、そうすることが当たり前だというかのような良い顔で。
「みんな……あとは……お願い」
マミは、光となって消えていった。
えっ、ちょっと、消えるの?
「博士の想い、マミの気持ちは無駄にしないよ!」
ナオ……
「罪ある身だ、オートマタのために死ぬっていうのもいいかもだね!」
チエ……
「この世界であった皆大好きだったぞ~本当だぞ~」
アイ……
「何だこいつらは、たかがオートマタのために命をかけるというのか」
「たかがじゃない、クリスは俺達の仲間だ!……先行っとくぜ、エナ」
「ハルッ!」
俺の番が来た。
俺はエナに手を振るとクリスの前で両手を広げる。
いくら楯無でも、あれは防げないだろう。
でもみんながつなげてくれたんだ、俺のところで切るわけにはいかない。
俺は歯を食いしばる。
ビームが俺に向かってくる――
あれ? 俺消えて、ない?
「お待たせしました」
たなびく銀髪、スカートが短めの黒いドレス。
俺の目の前でバリアのような防御壁を張っているのは、もちろん……
「クリスッ!」
「間に合ったのね……良かった……」
あれ、ちょっと、エナ泣いてんの? 何で?
「人の弱さ、人の強さ……学習しました。マスター、私はあなたのAIです。指示を」
クリスがエナに呼びかける。
彼女のこの言い方……まさか!?
エナは涙をぬぐい、彼女に答える。
「人とオートマタの友好を壊す、あの黄金の化け物を、私が作ってしまったものを倒しなさい!」
「イエス、マスター!」
クリスは頷く。
そして駆け出す、
ブルーマンに向かって。
彼女の右手が輝く。
「ソニック・フィスト!」
次の瞬間には、クリスの右手は、ブルーマンの体を突き抜けていた。
彼女の右手に握られるは、オートマタの動力炉。
拍動するそれを握りつぶすと、ブルーマンの体は動かなくなり、彼女が右手を引き抜くと、ガシャンという音を立てて地面に転がり、そして消えていった……。
「終わった……のか?」
「いいえ、まだよ」
「エナ?」
疑問の表情を浮かべる俺の前で、エナはクリスの方に近づいていく。
「名前を聞いたときに、そうじゃないかとは思ってたけど。まさかあなただったとはね、クリス」
「エナっ? どういうことだよ?」
俺のこの声に彼女は答えてくれた。
「このゲームのAIの名前。私がつけた愛称よ。可愛いでしょクリス」
そして再びクリスの方に向き直る。
「マスター、お許しください。私は、プレイヤーたちがオートマタを皆殺しにしているのを見て、わからなくなってしまいました」
「うん、わかってる。私こそあなたを混乱させてしまってごめんなさい、クリス。もっとあなたに、人が不完全であることを学ばせておくべきだったわ」
互いに涙を流して抱き合う二人の姿は、不謹慎かもしれないけど、とても綺麗で。
俺は見とれてしまった。
「皆は、戻してくれたのね?」
「はい、皆さんもうカプセルの外に出ています」
そうか、姿が消えたのは、ログアウトできたからなんだ。
……何て粋な計らいをするんだよ、クリス。
「ありがとう、クリス……じゃあ、戻りましょう、ハル」
「ちょっとちょっと、最後に二人残ってたってどういうこと?」
ナオ、落ち着け、落ち着いてくれ!
「イチャイチャだよねーイチャイチャ。あたしがどんなに頑張っても振り向いてくれなかったのに、やっぱりエナちゃんがいいの?」
何も無い何も無かったぞ、マミ!
「素直じゃないよね~素直が一番だよ~」
素直すぎるお前にそんなこと言われたくない、アイ!
「まあ、冒険を一緒にした男女が恋に落ちるって映画でも良くあるじゃない?」
もっともらしい理由で状況を補足しなくていいです、チエさん!
はあ、カプセル出た途端にこれだよ。
マミとか、お菓子頬張ってるし。お前絶対俺らのこと心配してなかっただろ!
「エナ~何とか言ってくれよ~こいつらに」
「そうね、じゃあ、休憩したら、もう一度冒険の旅に出よっか」
「何言ってるんだよ、戻ってきたばっかりなのに……」
しかしこう思っているのは俺だけらしかった。
「それいいね、今度こそ殴りたい、殴りまくりたい!」
ナオ……気持ちはわかる気持ちはわかるけどっ!
「もう一回小人さんの国行きたいなー」
絶対ダメだ。お前ずっとゲームの世界にいることになるだろ、マミ。
「歌ってばっかだったから次は、他の職業やりたいな~」
いや天職だからそのままでお願いする、アイ。
「魔王を召喚できるくらいになりたいね!」
システム的に無理だと思います、チエさん……
「ほら、みんなそう言ってくれてるし、私も……ハルと一緒にプレイしたいから……」
男として冒険の旅を終わらせてはいけないことはわかりました。
「私役に立たなかった分、今度こそお世話させていただきますね」
メグさん、そんな気い使わなくてもいいっす。
というわけで、じゃあもう一度、行ってきます!
素晴らしきVRMMOの世界へ。
このゲームは魔王に支配されました 英知ケイ @hkey
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