第30話 己を責めて。
生徒会室からの帰路を、俺は何故か
「はぁ〜」
「そんなため息つくくらいなら、石原さんと帰れば良かったのに」
「馬鹿言うな。赤ピアスの事もあんのにこの時間にお前を一人で駅まで向かわせるかよ」
あの後陣内が仕事が残ってたらしく、遥さん達を見送って居残る俺。ちゃんと遥さんにどうしたか聞きたかったなぁ。
「忠犬だねぇ」
「しっしっ触んな」
陣内が頭を撫でようとしてきたのを跳ね除けると、不満そうにむーっと口を引き結ぶ。
こいつは本当にこういう距離感の意味をわからん女だな。
「あんなぁ、俺彼女持ちなの。そんな感じで来られて誰かに見られて変な噂でも立ってみろ。遥さんに悲しい思いをさせて捨てられちゃうだろ?」
「捨てられちゃうまでいくのか。妻夫木は石原さんの事になるとマイナス思考が過ぎるねぇ」
半笑いで言われるが、言い返す事が出来ないのは今日の遥さんの態度が何処かおかしかったから。
「恋愛は惚れた方が負けっつーのは、けだし至言だなぁ」
「似合わな」
「うっせ」
「あだっ」
半笑いを崩さず言われたので流石に頭に軽いチョップを喰らわすと、喰らった陣内はふぅと一息ついてから、声のトーンを落とす。
「色々あるね。本当」
疲れた顔をしている。陣内がこういう顔をする時は大体生徒会絡みの仕事を
「そういやぁ、俺と新垣が帰ってきた時お前いなくなってたな。なんかあったか?」
陣内達が生徒会室に帰ってきた後、遥さんも交えて朝礼の流れを再確認。
だがそんなロープレ中も陣内は自分の発言の時以外は、何かしら調べ物してる様子だった事から面倒ごとを押し付けられたのではないかという読みなのだが……。
「
「香川って……あぁ赤ピアスか。おいおい、陣内。そんな疲れた顔するぐらいならほっといてもいいぞ。なーに。次会った時の対策ならもうしてるし」
「……この前も思ったけど、
何故か不機嫌そうな瞳を向ける陣内。俺が怒ってる方がいいと思ってるのだろうか?
「怒ってるぞ? あんにゃろう、遥さんを怖い目に遭わせやがったからな」
「そうじゃなくて、あんだけ傷つけられたんだし、妻夫木自身がやられた事には本当に怒ってないの?」
「まぁ、前も言ったけど、ボコられた事はそんなに。昔なら絶対報復かましてたけど。いやそもそも昔ならやられてないか」
笑って言うと、陣内は俯いて、小さな声でこぼす。
「私と約束したせい? もう暴力を振るうなって」
それは、沸々とした苦い感情を噛み締めるような言い方だった。
「それとこれとは違ぇよ」
「……そうかな?」
自嘲気味に微笑む陣内に違和感を感じずにはいられない。
「さっき二人で話した時も思ったけどお前、今日どっか変だぞ? 絶対何かあったろ?」
肩を掴んで言うと、陣内は観念したように大きなため息をついてから、言葉を紡ぐ。
「新垣さんの誕生日パーティの時さ。私、妻夫木に頼まれて石原さん説得したじゃん?」
「おぉ、マジで助かった。サンキュな」
「……その時に、石原さんに聞かれたんだ。どうして妻夫木が喧嘩をしなくなったのか。まだ言ってなかったんだね」
「別に知らなくていい事だろ……おい、まさか陣内」
血の気がサーッと引く感覚の中、陣内が苦笑いしながら首を振る。
「言わない約束でしょ。妻夫木が喧嘩しないの貫いてるのに、私が言うわけないよ」
「……あ」
『隠してる事、無い?』
その瞬間、遥さんの言葉がフラッシュバックする。あの時公園で受けた質問、遥さんは俺の生徒会に入る前に起こした事件のことが気になっていたのか。
それを俺が心境暴露でトンチンカンなこと言うもんだから、遥さんはずっと不機嫌って事なのかもしれない。
隠し事……なのだろうか。いや、確かに実際後ろめたい事だし、だから陣内には完全に皆に伏せてもらっている。
でも、もし、直接その事を聞いてくれてたら俺は……言ってたかな。言えなかったかもな。遥さんに嫌われるのを恐れて。
ん? 待てよ。で、それで何で陣内がおかしくなるんだ?
「それとお前が変になるの、何も関係なくね?」
尋ねると、陣内は馬鹿だなと寂しそうに笑い、滔々と告げる。
「石原さんは、妻夫木が誰かを守る為ならボロボロになってまだ頑張っちゃうところが嫌なんだよ」
「嫌……」
「いや、正確には怖い……かな?」
怖い、か。散々思われてきた事のはずだけど、好きな人から思われるのは……なんつーか、クるな。心に。
ただ今までのように、存在が恐怖なのではなく、存在を失いかねない事を恐れてくれてる。遥さんらしい恐れ方。
「その時思ったんだ。私は多分妻夫木ならやられても大事にはならない。大怪我したりしないっていう【あっちゃいけない確信】を持ってたって」
「お前の考えた通り実際そうだったろ。この通りピンピンしてらぁ」
「だとしてもだよ。それは結果論だ。もし、妻夫木がナイフで刺されてたら? 銃で撃たれたら? 妻夫木に喧嘩をしないと約束させたせいで妻夫木が……死んじゃったりしたら」
声を震わせて下を向く陣内に対し、心中穏やかでいられるわけもなく。
「お、おーい、話が飛躍し過ぎてんぞ。勝手に殺すな」
「……うん。ごめん。とにかく、何処か妻夫木の存在を軽んじて見てた自分が許せなくて。そんな時に妻夫木にあんな態度取られちゃったからさ。グサッと来たわけよ」
「……陣内がそんな風に思う必要は無いんだよ。俺は新しい在り方を教えてくれたお前に感謝してんだ。だからお前や、遥さんや、
「……うん」
こんなにしょぼくれた俯く陣内を見るのは初めてだ。多分昔言ってたこいつの自分ルール的に、自分が許せなかったんだろうな。
こう見ると、こいつも一人の女の子なんだが……。
自然と手が柔らかい手つきで彼女の頭を撫でていた。
数秒の間の後、3メートルくらい陣内が後ろに飛び退いた。
「きゅ、急に何!?」
「いや、いつもお前が俺にしてる事だけどな」
暗がりのせいか表情までは見えないが、何か怒ってんな。何でだよ。
「次勝手に私に触ったら絶交だから!」
「絶交!? お、おい」
「すぐそこ駅だし、ありがと、じゃあね!」
パーっと駆け抜ける陣内が駅のホームに消えていく。
俺ってそんなにやる事急だろうか。やりたい事やってるだけなんだけども。
けれど、陣内のおかげで遥さんに言うべき事があった事に気づけた。
陥れられて、尊厳を踏み躙られて、陣内に助けられたあの日の事を。
僕の嫌いな愛されガール TOMOHIRO @tomohiro56
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