第29話 合わない瞳

 二人で生徒会室へと戻ると陣内じんないはおらず、扉のガラッと開けた音にビビった柴崎しばさきだけがいた。

「だから扉の開け方!」

ーったぞー。陣内は?」

「ブッキー輩も大概たいがい失礼ですよね」

 へーっ、柴崎って自分が失礼な自覚あったのか。いがーい。

 向けられた緩い怒りの視線は、隣に写った瞬間、まるで愛玩動物のような主人に愛を求める瞳へと変貌する。

「あ、新垣先輩! さ、さっきはすみませんでした。あたし新垣先輩がそんなにブッキー輩に本気だって知らなくって」

 こいつに失礼加減で勝ってるわけがなかった。まぁ、新垣相手に嘘偽りなく本当の事を本当の謝罪の気持ちで謝ってるように見えるので茶化すのはやめてやるけども。

「いいんですよ。妻夫木つまぶきくんからも会計さんが反省してるので嫌ってやるなって言われましたしね」

「おい、言わんでいい事を」

 睨みつけるとちょっと舌を出していたずらめいた顔を覗かせる新垣。ハイハイ可愛い可愛い。

 とか思っていたら柴崎が目をまん丸くしてこちらを見ていた。

「ブッキー輩が先輩ムーヴかましてる」

「よしっ、新垣、こいつにブチ切れろ俺が許す」

 不遜ふそんを通り越してこのガキは不敬だこんなやつゥ! 不遜と不敬どっちがすげー失礼なのか知らないけど。

「お二人は本当仲が良いですね」

「勝手になつかれてるだけです」

 新垣の言葉に柴崎が心底どうでもいいという顔をしてるので、ビンタしても許されるかもしれないな。許されないな。

「妻夫木くんの顔が般若はんにゃみたいになってるので、会計さん。もうちょっと優しくしてあげてね」

「はーい、新垣先輩が言うならー……その代わり、新垣先輩にお願いが」

「お願い?」

 新垣が意外そうにキョトンとした顔でいると、柴崎はもじもじと何故か恥じらいを見せた表情を浮かべてから、意を決したように口を開く。

「会計さんじゃなくて、名前で呼んで欲しいなぁ、なんて」

「あ……えっと、じゃあ柴崎さ」

「じゃなくて、愛生あきって呼んでほしいですー」

「それじゃあ愛生ちゃんで」

「ハイ! ゆかなせんぱーい!」

 新垣に抱きついた柴崎。俺は一体何を見せられているのか。あざとい小芝居かましやがって。失礼したのを謝る事により近づく逆アプローチ作戦だったんかい。もう本当こいつ抜け目なくて嫌いだわぁ。そんな小芝居に騙される新垣ゆかなでは……。

「は、恥ずかしい」

「騙されるんかい!」

「何が?」

 顔を紅潮させている良家のお嬢様に思わずベタにツッコむと、当人には意味不明という顔をされてしまった。

「こいつのこれは気に入られようとする作戦だぞ。新垣、騙されてる」

「普通に後輩に直接的に慕われるのが初めてで嬉しいんだけど……」

「急に素直になったなぁお前!」

 周りに対しての仮面みたいなのをかんっぜんに外しにかかっている新垣さんなのである。

 そういや、同級生に囲まれてるのは見るけど、新垣って部活とかやってないっぽいから、後輩と関わる事に関しては希薄っぽいなぁ確かに!

 すげぇ納得してると、逆にそれを見越して計算された行動だったのかと柴崎の警戒レベルが上がる始末。

「ブッキー輩うるさいですよ」

「おうこら、今新垣から聞かなかったか? 俺に優しくしろって」

「ブッキー輩、静かにしてもらえませんか?」

「言葉は丁寧に言い換えたのに顔が千倍失礼になったから差し引きマイナスだぞコルァ」

「あれ、ちゃんと二人戻ってきたね」

 柴崎を全力で睨みつけていると、陣内が帰ってきたらしい。何処行ってたんだこいつ。

「こんにちは」

 はるかさんどぅあー!! 何で何で! 部活終わったのかな!?

 超小癪ちょうこしゃく悪魔のせいでイライラしてた感情が大天使により完全浄化された感覚は多分俺しか味わえないよこれ。

「何で遥さんまで?」

「テスト終わり一回目は早い」

「へぇー! そうなのかー!」

 相変わらず無駄のない可憐な返答だなぁ! とか思って嬉しくなったのだが……あれ、気のせいか? 今、俺、目を逸らされたような?

「あれ、ブッキー輩って石原いしはら先輩の事下の名前で呼んでましたっけ?」

 ギクゥ! やっべ、柴崎の前では遥さんの事石原呼びだったかも!

「お、おぉ、お、おぉ。そ、そそ、そうだぞ」

「ふーん、じゃあ、あたしも遥先輩って呼んでいいですか?」

「うん」

「やったぁー!」

 今度は遥さんに抱きつく柴崎ィ!!!

 おぉのれぇ!!! まだ俺だって遥さんを抱きしめた事は無いんだぞぉおおおお!!

 抱っことおんぶはした事あるけどもぉ!

 ぶっころ…いや、待てよ? ともすれば抱っこって抱きしめるのと同じなのでは? 違うか。違うな。

 しかし、遥さんが超絶天使的な微笑みで柴崎を抱き留めている姿が、さすれば天女のようだったので全部許せる俺。音楽部の時間犯人探しをしてた時も、充子みつこちゃんだったか後輩といた時も思ったけど、遥さんって色んな後輩から慕われてる感じが俺的に凄いなぁー。多分態度より行動で示す姿に、後輩達も感銘を受けるのだろう。分かるぞ他の名も知らぬ後輩達。俺もそう。

 うんうん一人でヘドバン決めてるレベルで頷いていたら、遥さんの横でショックを受けたような顔をしてる奴がいる。

「え、私柴崎に下の名前で呼ばれた事無い……」

「あー……会長は恵美めぐみって感じじゃなくて会長って感じなんですよねぇ」

「えぇー? どうゆうこと?」

「あ、それは何となく分かる」

「妻夫木まで!? 妻夫木は陣内って呼ぶじゃん!」

「いや、俺もお前は恵美って感じがしないとこには賛成」

「失礼だな!?」

「分かる」

「石原さんまで!?」

「私も分かります」

「遂にガールズ全員じゃん……」

 ショボーンとした陣内。珍しくいじられて生徒会室に笑いが響く。さて、さっきのヤバい空気もこれで一先ず安心か。

 それにしても、遥さんのさっきの態度は、一体何だったんだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る