切なさ、足りてますか?

naka-motoo

切なさ、足りてますか?

 切ない


 大好きな漫画の主人公の女の子が男の子に告白できないのが、切ない。


 大好きなアニメで最後にキャラ全員が死んでしまうのが、切ない。


 1日に5回は聴く曲の動画再生回数がたったの500回で、アタシが貢献度最高であることが、切ない。


 学校で朝から喋ったのが、

「次の英文、田崎」

「はい。I wanna be a novelist.」

だけだったのが、切ない。


 あ。もうひとつあったっけ。


「田崎、今日はいいのか?」

「あ。1件だけお願い。出前くん」


 教諭からの授業中の指示と、後は出前くんに切なさ案件の保管を頼むための2センテンスのみがアタシの会話の全て。


 アタシは切なさを求め。

 出前くんは切なさをストックする能力を有する。その脳内に別室として設えられた保管庫storageに。多分、無限に。


 家に帰ると母親が祖母と兄に「ごはん」と声をかけてアタシはそのついでに台所に向かう。


「今日、暑かったね」


 この会話も兄への問いかけを経由してアタシは認識する。

 台所に揃った時点では祖母も頭数から外れる。


「おはよう」


 今日も朝が来た。

 けど、挨拶もアタシではなく前を歩いてる誰かに向けてかけられる。

 教室に入ってから交わされる社交上の挨拶もアタシ以外の誰かのものだ。


「田崎。今日はいいのか?」

「出前くん。じゃあ、スパイの女の子が主人公の漫画で、『わたしは貴方に正体を明かせない。だからこのまま敵のアジトに突入するわ。ありがとう。さよなら』って気を失ってる片想いの男の子の頰にそっとキスして最後の決戦に向かった最終回が、切ない」

「田崎」


 いつもだったら『分かった』で出前くんは終わるんだけど。

 それで月に一度ファミレスに呼び出して保管庫から切ない案件を吐き出出力させてアタシはそれをその場でスマホにペアリングしたコンパクト・ワイヤレスキーボードでベタ打ちして、家に帰ってから1人ブレインストーミングをやってそれをネタに小説のプロットを作るっていうだけだったんだけどさ。


 この日、出前くんはアタシに話しかけてきたんだ。


「田崎。フィクションでの切なさ案件の割合がストックの98%を超えたぞ。危険領域だ」

「え? え?」

「95%まで減らさないと、田崎は死ぬ」

「ええっ!?」


 普段決して出さない大声をアタシが上げると、周囲から、『田崎だよ』『あ、居たんだ』

 ・・・そんな反応が漏れ聞こえる。


「田崎。死ぬぞ」

「え、え? なんで?」

「さあ。俺が前、保管庫storageしてあげてた奴もそうだった。死んだ」

「だ、誰? いつ?」

「白石。女。中学の時の同級生。切なさ案件のストックで、フィクションが99%になった時、死んだ」

「・・・病死?」

「いや。自殺、だった、けど。死んだことには変わりない」

「ど、どうすればいいの?」

「さあ。俺が保管庫の役目やったのって田崎で3人目だからな。症例が少な過ぎる」

「ひ、1人目は?」

「葛原。女。小学生の時の俺の同級生だ」

「・・・その子は?」

「フィクションが一時98%まで行ってな。まあ、荒療治だが回復して今も生きてるはずだ」

「ど、どうやったの!?」

「俺と付き合った」


 アタシは死にたくない。

 だから出前くんと付き合い始めた。


「で、出前くん。ラテとか飲まないんだね?」

「ああ。コーヒーに牛乳ぶち込んでどうする。田崎はラテが好きなのか?」

「好き、でもないけど・・・出前くんはどっちがいい?」

「田崎の好きにすればいい」


 ああ・・・切ない。


「ねえ、田崎さん。もしかして出前くんと付き合ってんの?」

「え!? いや、その・・・まあ・・・」

「へえー。なんかお似合いだね」

「そ、そう? ありがとう」

「え? お礼言わなくていいよ。変わり者同士だ、ってみんなで納得してるだけだから」

「・・・・」

「おい佐藤」

「あ。出前・・・くん」

「ありがとな、佐藤。俺は田崎と似合ってるって言われたら嬉しいぞ」


 ああ・・・切ない。


「ねえ、出前くん」

「ああ」

「今、何%?」

「今日終わった時点で97%だ」

「え・・・まだそんなに?」

「ああ。よっぽど今まで1人で頑張ってきたんだな」

「・・・今のも切なかったよ」

「それでも微減しかしない」

「ねえ、出前くん」

「うん」

「最近、出前くんのことを想うとね、気がついたら漫画を読んでない。アニメも飛ばしてる回がある。好きなバンドの動画も観なくなった。リアルの、出前くんのことばかり考えて・・・家に帰ったら苦しくて。夜の間会えないだけで、切なすぎて・・・それでも、フィクションの方が勝ってるんだ?」

「17年間、よく頑張ってきたな。それだけ漫画やアニメや音楽に救われてきたってことさ」


 アタシは今日の夕方も、出前くんにさよならを言った。明日の朝まで会えない。


 切ない・・・・・


「出前が昨夜、死にました」


 え。


「踏切で電車に跳ねられた。自転車が踏切の手前に転がってた。渡る途中で落としたスマホを慌てて拾いに戻って跳ねられたのか」


 担任の言葉の音声情報しか伝わらない。


「あるいは、自殺か」


 アタシは、泣いた。

 その場で、声を殺して嗚咽した。

 アタシを見てキモいと誰に思われたってそんなのどうしようもない。


 ただ、切ない・・・・


 彼の居なくなった後、アタシはまた漫画に救いを求めた。

 アニメに救いを求めた。

 音楽に救いを求めた。


 リセットされてフィクションの切なさが限りなく1%に近づいたアタシのココロ。またフィクションが増していく。


 時期が来たら、アタシは彼のことを小説に書いて、もう一度リセットしようと思う。

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