エピローグ
数日後の朝……
チュンチュン……。
鳥の鳴き声が聞こえてきます。どうやら朝のようです。
何時ものように、何時もの時間に目が覚めます。
眼が隠れるくらいに伸ばした前髪を少し払いながら体を起こし、大きく伸びをします。
「ううん、今日も朝が来たのですね」
窓から日差しの温かさが感じられます。
何時ものように窓を開けると少し冷えた風が私の顔を吹き抜けていきます。冬の様に肌を刺すような寒さではなく、少し冷えている感じが冬が終わったことをよく感じさせてくれます。
確か、昨日のニュースでは今月の終わりくらいに桜が咲くと言っていました。
花の香りもだんだんとしてくるのでしょう。今まであまりしなかった花が開き、その香りを届けてくれる春……。そんな春が私は季節の中で一番好きです。
手早く箪笥を開けて、今日着る服を選びます。
一つ一つ手に取ってみて、どの服が今日は合うかを考えてみる。どれがいいでしょうか……。今日の風や日差しの感じだと、きっと昼になるとよく晴れていることでしょう。こんないい天気には外出したいので、部屋着ではなく、外出用の服にしましょう。
一つ一つ出しては再び畳んで横に置き、出しては再び畳んで横に置き、を繰り返して服を選んでいきます。私は眼が見えないので、一つ一つ触って確かめないとどの服がどれなのか分かりません。それに選び取った後もそのままにしてはおけませんので、選んでいるときから一つずつ畳みながらする方が効率的にもいいのです。
その中から、今日の天気に合いそうなタートルネックにフレアスカートを選び取ります。確かこのタートルネックの感触だと、満天の青空のような水色と白い花柄が入った黒字のフレアスカート、だと店員さんから聞いています。ちょうどよさそうなので、今日はこの服に決めます。
手際よく着替えおえてから、一回転してみます。フレアスカートがふわりと浮かぶのが感じられます。タートルネックも着ぐるしいところはなく、柔らかく、優しい着心地でお気に入りです。
できれば、どんな風なのか実際に見てみたいですが、それができない自分がとても残念でなりません。とはいえ、あの人がそんな気の利いた言葉をかけてくれるなんて思えません。
とりあえずしっかり着れているのを確認できたので、横に置いていた服たちを一つずつ片付けていきます。このまま出しっぱなしでは部屋が汚くなってしまいますし、どこに置いたか分からなくなってしまうので、出したら元の位置に戻すのは私にとっては必須事項です。
今度は朝食を作るために台所に向かいます。無音は寂しいので、TVの電源も入れてから台所に向かいます。TVではどうやらニュースが流れているようです。ちょうどその時に流れていたニュースはどうやら高校陸上のニュースのようでした。
『では、足を失っても、大地選手はこれからも走り続けるつもりなのですね』
『はい。俺はやっぱり走ることが好きなので、義足での陸上はまだまだリハビリを続けていかないとできないでしょうが、必ず再び皆さんの前で走ってみせます』
それは、はきはきと話す、好青年の声であった。だけどその声はわたしにはとても聞き覚えがあり、心がとても満ちていく感覚があります。うれしい、という感情で満ちていくのが……。
ですが、ニュースに気にしているばかりはいられません。私たちの生活、朝食が待っているのですから。冷蔵庫から一つ一つ触れながら考えます。昨日の夕食で食べた肉じゃがが残っていますし、それをおかずにしましょう。
ご飯も昨日のうちに焚いていたものを保存しているからそれを暖めればいいだけです。ならあとはお味噌汁を作りましょう。お味噌汁の具として豆腐、なめこを取り出します。
冬までは包丁が不安であったため一人で作れませんでしたが、今では包丁の持ち手などに目印となる凸凹シールを貼っているのでそれを目印にして包丁を持ちます。
豆腐を手を切ってしまわないように気を付けながら切っていきます。
豆腐を無事に切り終えたら、お鍋に水、豆腐、なめこを入れて火にかけます。
見えないから時間をタイマーでセットして、だいたい沸騰する時間にセットして、沸騰するまでの間に、先ほど出しておいた肉じゃがとご飯のタッパーをレンジに入れて温めておきます。
お味噌汁も沸騰したので、一旦火を止めてだし入りの味噌を溶き入れて、あとは沸騰しないように火を入れておけば大丈夫です。
朝食の準備を終えると、ちょうど扉が開く音がします。
彼が起きたのでしょう。
そちらの方を向いて、この短い期間で習慣になった挨拶をするのです。
粗暴で、無神経で、いつも私の心をかき乱す、でもその心は温かくて、美しく感じられる彼に向けて、優しい笑顔で。
「ジェダル、おはようございます」
======================================
さて、これで今宵の話は終わりです。
ですが彼らの物語は、戦いはこれからも続いていきます。
これは、一人の盲目の少女と一人の欲望に忠実な青年、二人の物語。
時には涙を流すことだってある、絶望することだってある。それでも彼らは、少女は自分の瞳を取り戻すため、青年は秘めた願いを叶えるため、お互いが支え合いながら
願わくば、彼らの願いに祝福があらんことを……。
夜天の瞳に映すもの 輪月四季 @watsukishiki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます