第7話:私が見たいもの(side:星見アヤメ)
しばらくして、『視格者』としての力が解除されます。
この力はいつまでも使えるものではありません。ありとあらゆる視覚情報が入り込みます。それは一般の人以上に詳細に、沢山の情報が入ってくるのです。
それを長時間映すことは、とても私の脳ではできません。
この力が解除されると、いつも頭痛を襲ってきます。きっと普段得ていない情報が大量に流れ込んだことで、脳に負荷をかけてしまったのでしょう。
視界は闇に閉ざされ、頭を押さえていると、
彼の体に触れてみると、先ほど迄ボロボロだった体が、元の無傷の体に戻っているようです。血の匂いはせず、彼の体に触れてみても切り傷や腫れている場所などはありませんでした。どうやら、瞳になった状態から元に戻ると、其れ迄受けていた傷はすべて治るようなのです。だからこそ、あれだけの無茶ができるのかもしれませんね。
とはいえ、それでもあまり傷ついてほしくない、というのが私の本心ですが……。
「よく頑張ったな、アヤメ」
「あ、ちょっと、ジェダル……。も、もう、子ども扱いしないでください」
不器用ながらもわしゃわしゃと頭をなでてくれます。
恥ずかしくて振り払ってしまうけど、その暖かさが少し、嬉しくて、頬が熱くなるのが感じられました。
「俺の、足……また、走る、為の、足……」
目の前からうめき声が聞こえてきます。
見えないから分からないですが、ジェダルが言う通りであれば『視格者』の力が解除され、元の絵が描かれたホールに戻っているのでしょう。それに伴って、彼も深海の底から引き戻されたのかもしれません。
ですが、深海に沈んでいったことで、意識を失ってしまったようです。呻きながら言葉をこぼしています。その言葉は、どれも自分自身の足に対する言葉ばかり。
彼もまた、失った足を求め続けていたのでしょう。
「とりあえず、こいつの足、
ジェダルが何かを呟くと、なにか暖かな気配を感じます。
毎回戦いが終わると行うこと、簒奪者が奪っていった神のパーツを回収することです。
これをすべて神様に捧げることで願いを叶える。それが私たちの戦い……。
「ジェダル、すみませんが、回収するのは少し止めてもらってもいいですか?」
いつものようであれば、回収されれば相手の願いを求める思いもなくなってしまいます。失ったものを再び手に入れたいと思う願いも神のパーツと一緒に奪ってしまうのです……。
だから、その願いへの思いを奪う前に、彼と話したい。
彼を包帯で縛って動けないようにしてから彼を起こします。
目を覚ますと、憎悪の感情が私にぶつけられます。
「なんで、俺の目を覚まさせた? 敗北者である俺を見下すためか?」
当然でしょう。これから神のパーツを奪われるのに、こうして目を覚まさせたのだから。
そんな彼の顔をそっと触れる。たとえ噛みつかれようとも構わない。撫でるように、優しく包み込むように。まるで母親が子供にしてあげるかのように……。
「あなたは、陸上選手の『五十嵐 大地』さん、ですよね?」
そう、眼が見えないため、出会ってすぐにはわかりませんでしたが、陸上選手で、事故によって足を切除しなくてはいけない、ということがTVで流れていたのを思い出しました。でも今日の夜のTVでは、切除などされず、リハビリ後の大会では高校陸上の記録を更新した、という話がありました。
恐らく、それは神のパーツを使って出場したのでしょう。神のパーツはこの世界では真実の姿を現しますが、現実ではその人の部位そのものになっています。だから、大地さんも失ってしまった足の代わりに、神のパーツを装着して大会に出たのでしょう。
「……だったら、どうしたっていうんだよ?代行者としての証を渡してくれるのか? 願いを叶えることができなければ、何れはこの神のパーツも失うことになる。代行者によって今みたいに奪われるんだ。お前は、俺の代わりにその願いをあきらめてくれるのかよ?」
どうせ奪われるのだという諦観、そんな現実を受け止め切れないという怒り、そんな感情がこもった声でした。
その言葉をぶつけられると、心が痛む。
彼の願いを叶えてあげたい、自分のような何もできない人の眼よりも、将来期待されている彼の足を治してあげる方がいいのではないか、そう思えてきます。
だけど、私は……
「ごめんなさい、それは、できません……。私は、私の眼を取り戻したいのです……」
それは、私自身の思い。
自分の眼を取り戻したい。そして私はあるものを一目見たいのですから……。視格を完全開放しても決して見ることのできないものを……。
思わず、瞳から涙が流れてしまう。いつもこうだ、奪うときになると、どうしても流れてしまう……。
「はっ、そうだろうな、ならさっさと俺の神のパーツを奪えばいいだろ、この偽善者が……」
私は、何も言えない……。私は結局は偽善者なのだ。どれだけ他の人の役に立ちたい、と思っても、結局はすべて自分のため、そのためにこうして切り捨てるのですから。
ただただ、その言葉を受け止めるしかない。私には、それしかできないのです……。
「ふん、なに自暴自棄になっていやがるんだ、お前は?」
ただただその言葉を受け止め続けていると、後ろから声がかかる。ジェダルです。
「自暴自棄だって、そりゃそうだろ!! 今までやってきた陸上ができなくなるんだ……。今までの努力が、無駄になるんだ……。それで自暴自棄にならないわけがないだろ!!」
ジェダルの発言に大地さんは噛みつくように叫びます。それは努力していた分、より強くなる喪失感とそれに口を出されたことによる怒り……。
だが、そんな言葉にも動じずに、ジェダルはしゃべり続けます。
「自暴自棄は自暴自棄だろ? お前がしたいのは陸上なんだろ? なら足がなくったってできるだろ?」
「は? なにを言って……」
「例え足を失っても、お前自身に走りたいという意思があるのなら、失った足を求めるんじゃねえ、新しい足を求めろよ。お前は知らないのか? 足を失っても走り続けている人がいることをよ」
それは、一つの道を示していた。
確かに義足で陸上に参加している人がいることを聞きます。確かにそれであれば彼も走れるかもしれないでしょう。
だが、そのためには血のにじむような努力が必要です。
「それは……。確かに知っているけどな……」
「なら、あとはお前の努力次第だろ? こんな戦いに挑むくらいに走りたいのなら、こんなところでくすぶってるんじゃねえ!」
ああ、本当にこの人は、まっすぐに自分の気持ちを言ってくれる……。
それで傷つくこともあるけども、憐れんで繕っているだけの言葉よりも、とても胸に刺さる言葉。
そんなあなたがいてくれるから、私はまた、自分の願いを追い求めれるのです。
「だけど、おれは……」
狼狽えている大地さんの手を優しく握りしめる。
私も、私自身の思いを彼に……
「確かに私は偽善者かもしれません。でも、大地さん、貴方が再び走れることを願っているのもまた事実なのです」
優しく言葉をかける。私自身の思いを言葉として彼に届ける。私の思いを、これから願いを忘れてしまう彼の希望になることを願って……。
「だから、どうか、諦めないで。きっと諦めなければ、新しい道が開けるのですから……」
すると、深い溜息を吐くと同時に、なにか暖かなものを押し付けられる。
この暖かさはもしかして、神のパーツでしょうか?
「本当に何なんだよ、あんたらは……。もういいよ、さっさとこれを持っていけ」
「大地さん……。すみません、ありがとうございます」
思わず頭を下げてしまう。奪うのではなく、直接渡してくれたことに感謝して……。
「感謝も謝罪もいらねえよ、全く……。まあ、あとは頑張れよ」
ぶっきらぼうにそういうと、大地さんの気配が消えてしまいました。
どうやら、大地さんも元の場所に戻っていったのでしょう。
ゴーン……ゴーン……
鐘の音が響く。どうやら今日の舞踏会はここまでのようです。
この鐘の音が終わった時に、再び元の世界に戻ります。
これまで何度も体験したことだ。だから不安なことはありません。
ぎゅっ……
鐘の音が止むのを待っていると、右手が暖かく包まれます。
これも、初めての時からしてくれていたこと。不安で仕方がない私を握ってくれるのです。
ああ、本当にどうしてなのだろう……。粗暴な人のくせに、全然違う性格のくせに、どうしてこんなにも安心するのだろう。
まるでいなくなってしまった兄さんが一緒にいるようで……。
ああ、貴方の顔を、私は一番見たいです。ジェダル……。
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