第6話:『深き世界の光』(side:星見アヤメ)
瞳に暖かな光が宿るのを感じる。それは、この短い期間のうちに、何度も体験した感覚。
この暖かな光が宿る瞬間はいつも好きです。普段は粗暴で口の悪い人だけど、この瞬間は彼の暖かな心が感じられます。
真っ暗な世界にいる中でも、彼だけは私の存在を許してくれる……。その心が確かに伝わってくるのです。
そして、暖かな光が収まり、目をゆっくりと開くと……
どこまでも深く暗い深海の世界がそこにありました。不気味なようで美しい深海魚がその世界で優雅に踊り続けています。だがそんな世界にも光があった。暖かな、かすかな光が……。本来の深海であればこんな光は差し込まないのでしょう。
だがそれは、彼が描きたかった世界。どれだけ真っ暗な深き世界にいても、その中に光はあるのだ、と。そして、深海魚たちもその暖かな光へと集っていく。深き世界だけではなく、暖かな世界へと……。
ああ、不気味な世界なのに、なんて美しいのでしょう……。
これが、貴方が描いていた世界、貴方と私が描いた世界……。
絶望の中にも希望はあると感じられる、素敵な世界です。
その中に一つの異物が紛れ込んでいます。
上から憎々しげに見つめている、鉄の足を持った黒のタキシードの男の人。
あれが今回の簒奪者なのでしょう。先程までジェダルを傷つけた人なのでしょう。
「男がいなくなった? 『視格』の力を完全開放したのか?まあいい、逆に好都合だ。小娘一人なんて、この一撃に耐えきれるはずがないんだからな」
足を力強く踏みつけてきます。その力をこれから私に向かって蹴りだそうとしているのでしょう。
それこそ、最初にジェダルが受けていたものと比較にもならない、本物の流星となって……。
そんな攻撃、私では避けられないし、受け止めでもしたらきっと私のお腹に大きな穴が開くことでしょう。
「さあ、食らいやがれ、『
そのまま私めがけて一筋の流星が落ちてきます……。
だが、それが私に届くことありませんでした。
ガブリ
「ガっ……。なん、で、俺の足に、魚が……こいつの力は、色の性質を与えるだけじゃないのかよ……。なんで、絵にかいた魚がいるんだよ!」
そう、流星が私のところにたどり着く前に、一匹の巨大な深海魚がその足に向かってその凶悪な牙で嚙り付いていました。まるで、この世界の光を奪おうとしている簒奪者から光を守ろうとするかのように。
既にその場所はただのホールではありません。深海、そう、絵に描かれている通り深海になっているのです。
これこそが、『視格者』の本当の力……。
今まで実際に見えていたわけではなく、『色』という要素だけで判断していた力。それが、彼自身が私の瞳になることで、実際に私自身が見て、その色、その形、その光、全てを体験して、それで感じた感覚、思いをそのまま世界へと映すもの。
世界は、全て私が感じたままになる、私たちが描いた世界となる。それこそが私が代行者として与えられた本当の力なのです。
「待て、待てよ、これ、海の中になっているのか? 俺の足は鉄の足なんだぞ、このままじゃ沈んでい、ごぼぼ……」
既に踏みしめる場所はありません。今あの簒奪者がいる場所はすべて深海なのですから、踏みしめるものとしての力は一切働かず、鋼鉄の足はどこまでも沈んでいきます。鋼鉄が浮くはずもなく、そのまま沈んでいきます。深海魚たちはこの世界の
そして、何時しかその場に簒奪者の姿はなく、私たちが描いた美しい世界だけが残っていました。
いつもの私であれば簒奪者の悲鳴で立ちすくんでいたことでしょう。
だけど、今の私はただただ、その美しい世界に見惚れていました。
私と
『深き世界の光』
それは、彼が今日、街中で描いた、と言っていた絵と同じタイトル。
本来、たとえ同じような絵を描いたとしても、きっとどこかしら違う点があるものです。それも、本人だけではなく、私の手も加わっている。絶対にジェダルが描いた『深き世界の光』とは全く異なる絵になっているに違いない。
それでも彼は、私たちが描いたこの絵を『深き世界の光』と言ってくれた。言葉には出していなかったが、見てみたかった彼の描いた絵を。
彼は絶対に自分の絵のことを説明することはない。目の見えない私には、説明してもらわなければどのような絵なのか、どんな色で、どんな形で、どんな光で描かれているのか、全く分からない。だからタイトルから想像することすらできなかったのです。
確か、彼に何で説明してくれないか聞いたときに、こう答えていましたね。
『俺の絵は見るんじゃねえ、感じろ。俺自身の
うん、わかる。今ならわかります、ジェダル。
この絵を見て、確かにあなたの思いが感じられる。
確かに私が一緒に描いたから全く違う絵になっているだろうけども、それでもあなたがこうして同じタイトルを付けたこの
ああ、ジェダル……あなたの声が聞こえなくても、思いが聞こえてきます……。
これが、
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