第5話:共に世界を描こう(side:ジェダル)

 鋼鉄の蹄の流星がホール中を駆け巡る。

 その流星が襲ってくるのに合わせて、円の形にした包帯をふるう。その包帯は銀色に染め上げられたものを半球の形にしてできた小盾バックラー。銀色に染められたその包帯は、アヤメが見たことで鋼鉄の性質を付与されている。故にこの円の形をした包帯は、薄っぺらいただの包帯ではなく、鋼鉄の小盾バックラーなのだ。

 その小盾バックラーを使って相手の攻撃を逸らしていく。受け止めるのではなく、受け流す形で。相手の蹄での飛び蹴りは一撃でもまともに受ければそれだけで倒れてしまいそうになるほど重い一撃なのだ。このような攻撃、まともに受けてなどいられない。

 俺自身は攻撃ではなく防御に専念し続ける。このような素早い攻撃を凌ぎながら攻撃することなどできない。少しでも攻撃に転じようとすれば、きっとその隙をついてアヤメに向けてその蹴りを放つだろう。この戦いは俺とアヤメ、二人での戦いなのだから。

 流星となった簒奪者が駆け巡る中、抱きかかえられたアヤメは世界を染め上げていく。指示されたとおりに吹きかけるときもあれば、時折指示通りではない、彼女がこうしたい、と思ったように染め上げていく。

 それは二人で描く一つのキャンパス。優美なホールは次々とその色を俺たちの思いで染め上げられていく。


「ちっ、くそったれが!! 何だってそいつが代行者なんだ!! なんでそいつが願いを叶えられる資格を持っているんだよ!」


 なかなか決めれなくて、苛立ちが目立ち始める。言動も最初の丁寧な言葉遣いから一変して乱暴なものになっている。おそらく今の乱暴な言動の方があいつの本性なのだろう。丁寧な言葉づかいで隠しているようだったが、本当はこのような獰猛な部分があったのだろう。

 だが、今の俺たちにはそんなことは関係ない。俺たちは今、一つの世界を作っているのだ。その世界を作っている俺たちに、アヤメに、そんな言葉は届かないだろう。


「俺は日本を代表する陸上選手になる男だぞ、たくさんの人から走ることを望まれているんだ。そんな、気味の悪い目をした女なんかよりも、俺こそが願いを叶えるのにふさわしいと思わねえのか!!」


 気味の悪い目……。それは、彼女に向けての言葉なのだろう。

 幸いなことに、アヤメは夢中になって俺たちの世界を描き続けているから言葉は届いていないようだった。

 本当によかった。もしもこの言葉が彼女に届いていたら、もしかしたらそこで止まってしまっていたかもしれない。

 この罵倒をきっとアヤメは今まで何度も言われたのだろう。俺が外を歩けばアヤメの陰口や憐れみの言葉をよく耳にする。


『あいつ眼は気味が悪い、人間のものじゃない』

『見えなくなったうえに、目があんな気色悪いものになるなんて可哀そうに……』


 きっとアヤメは、その言葉をただただ受け入れるだけだ。自分の眼が気持ち悪いもの、見えないだけではなく、人々から受け入れられない、全て自分が悪いのだ、と諦めてそれを受け止めるだけだ。


 だから俺はアヤメが気に入らない。


 俺にとって、その瞳は、夜天の中に輝くその星々は、とても美しいものなのだ。

 それを貶すものは、誰であろうとも許さない。

 今日だってそうだ、家の近くを歩いているとそのような陰口を言っている奴に合ったから我慢ならずにぶちのめしてきた。

 アヤメが怒らないから、俺が代わりに怒るのだ。代わりに俺が高らかに言うのだ。


 アヤメの持つ、この夜天の瞳は誰が何と言おうと美しいものなんだ!


 そして、遂に俺たちの世界は描き終わる。

 業を煮やしたあいつも、天井に足をつけて最後の一撃のために力を込めているのだろう。

 次が、最後の一撃になる。最後の仕上げのために、ホールの見下ろせる階段の上まで移動し、彼女を下ろす。彼女のキラキラと星々が輝いている。まるで満天の星空のような瞳と向かい合う。


「アヤメ、それじゃ、あとはお前自身の瞳で、この作品を完成させろ」

「ええ、分かりました。それで、この作品の題名は?」


 まっすぐな瞳で題名を尋ねる。いつものことだ、一つの作品を描き切ると、どんな題名なのか聞いてくる。

 だからいつも通りに応える。出会ってまだ間もないが、この短い期間で身についた習慣を……


「こいつの題名は『深き世界の光』だ」


 おでこ同士を合わせ、彼女と目を合わせる。


「わが身は神の瞳、この瞳映すはすべて真実なり」


 言葉を紡ぐ、それは神に捧げる誓いの言葉。


「わが身は代行者、神に与えられし瞳にて、この世に真実をもたらすものなり」


 そして、どれだけ障害が出てこようとも、全てを打ち倒し、俺たちが必ず願いを叶える、その誓いの言葉。


「「我らはこの世界に、『真実』をもたらすものである―――解放アクティベート」」


 その瞬間、俺の体は光へと変わっていく。彼女の瞳にその光は宿っていく。そう、俺は彼女の『視格』へとその姿を変えていく。


 さあ、アヤメ、その瞳で見るといい、俺たち二人で描き切った、一つの世界を……。


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