第4話:この瞳は美しい(side:ジェダル)

 彼女を抱き寄せながら、このホールを一つのスケッチブックとして描き出す。

 藍色をベースにして、その中に先程の赤、黄色、白、なども着々と描いていく。

時には激しく、時には丁寧に。俺という気持ちを、世界を全て表現するかのように、描いていく。

 俺が美しいと思うものを、俺が描きたい世界思いを……。


「やってくれましたね……」


 そうして描いていると、瓦礫が吹っ飛んでくる。

 瓦礫が飛んできた方向を見てみると、口元から赤い血を流している簒奪者がいた。頬は先ほど炎の性質を持った拳で殴ったためか、赤くなっている。きっとやけどもしていることだろう。

 先程までの余裕ぶっていた仮面ははがれており、その眼には怒りの色が混じっていた。


「お前がいい感じに隙を見せてくれたからな」

「許さない、この陸上部のエースだった俺に、こんな傷を負わせるなんて……いいさ、それなら、お前の大切なものを奪ってやるさ」


 怒りをあらわにした声で吠えると、その場から姿を消す。周りから、地面を踏みしめる音が聞こえている。ホールはもちろんのこと、階段、壁、天井まですべてに蹄の足跡が刻まれていく。

 そしてひと際大きく踏みしめる音が聞こえた瞬間、体を翻してアヤメがいる場所に自分の体が来るようにする。


 次の瞬間、自身の背中に強い衝撃が飛んでくる。


 飛び跳ねながらの攻撃のため、先程の重い一撃よりは軽いのだろうが、鉄の性質を持った包帯をまとってない箇所への一撃は、先ほどよりもより強い衝撃を与えてくる。

 そして、それは一撃だけにとどまらない、四方八方から次々と攻撃が飛んでくる。その攻撃はすべてアヤメを狙ったもの。それらをすべて庇うようにして自分のみで受け続ける。左肩、左腕、左手、胸、左脚……ちょうど赤いインクが付着していない場所を的確に狙って次々と蹴りつけていく。蹴ってはその場所を地面としすぐさま遠くに飛び跳ねる。相手も先程のことを注意して、やけどしないためにすぐに離れるようにしているのだろう。

 そして、彼女を守るために庇い続けた俺の体の左側の衣服はぼろぼろに、その舌にある肌は痣だらけになっていく。


「ぐっ……くそったれ……」

「ふふふ、そうですよね、貴方にとっては願いを叶えるためには必要な、なくてはならない人ですよね。なら、そちらを叩けばいいだけのこと……。とても簡単なことですよ、ええ、まったくね」


 ニヤニヤとしながらやつは話しかけてくる。

 確かにその通りだ。俺はアヤメの『感格』であり、アヤメがこいつらの持つ神のパーツ全てを捧げないとアヤメだけではなく俺の願いもかなわない。そしてアヤメが敗れれば、必然的に俺もその権利を剥奪される。

 その点を突いた、と言いたげにいやらしく笑っている。その瞳には、楽しくて楽しくてたまらない、といった色がはっきりと見えていた

 ああ、全く、どれだけ言葉は丁寧に取り繕おうと、その瞳に宿る醜悪さにはは反吐が出る。


「ジェダル!! 私を、私を下ろして! 私を抱えたままじゃ、避けられないじゃない!」


 俺の声を聴いて、アヤメは必死に暴れだす。

 

『このままでは足手まといになる』

『もっと傷ついてしまう』

『自分のせいで人が傷つくのは嫌だ……』

『自分のせいで傷つくなら、私が我慢して傷つけばいいんだ……」


 人が傷つくのをひどく恐れている彼女は、きっとそう考えているのだろう。声に出さなくてもわかる。短い期間でも、彼女の考えなんてはっきりとわかる。

 本当に、この少女はバカだ……。だけど、こんなバカな少女だからこそ……。

 アヤメをより強く抱きしめる。降りようと暴れる彼女を止めるように。


「俺なら、大丈夫だ。これくらい、かすり傷程度だ。それよりも……」


 アヤメの手に一つのスプレー缶を握らせる。


「ここから先は、俺たち二人でこの世界を描くぞ」

「え? 私たち、二人で?」


 彼女は戸惑っている。きっとこう思っているのだろう。眼が見えない私なんかじゃ、絵なんて描けない、って……。

 本当にバカげている。眼が見えない程度で絵が描けなくなるなんてことはない。人は誰だって、その心に熱い思いがあれば描くことだってできる。眼が見えなくてもその手があれば描ける。もしも手もないのなら足で、足もなければその口で描けばいい。

 どれだけその絵が下手な絵であろうとも、そこにそいつ自身の世界思いがあるのなら、きっと美しいものになるだろう。


「ああ、俺はあいつに対応しなくちゃいけねえ、だからお前が描け。どこに描くかは俺が指示をする。だから、あとはお前の思うままに描け!」

「で、でも、私は……」

「目が見えないから描けない、っていうんだろ!! そんなこと絵を描くのに障害にもならねえよ。お前の思うままに描け!」


 本当にバカな子の少女に、俺自身の思いを伝える。


「これはお前のためじゃねえ、俺自身のためだ!」


 これくらい言わなくちゃ、こいつは意固地になる。アヤメは驚いたような顔をしているが、そんなこと知ったことではない。


「だから、二人で一緒に世界を描こうぜ」


 雑にアヤメの頭をなでてやる。呆然としていたが、撫でてやると柔らかな笑顔とともに瞳の星空が瞬く。

 ああ、本当にこの瞳は美しい……。


「本当にあなたという人は……。ええ、分かりました、そこまで言うのなら描きますよ。しっかり指示をしてくださいよ」

「ああ、何時ものように指示してやるよ、バカ娘が」


 お互いににやりと笑いあう。さあ、世界を描いて見せよう。美しい世界を……。

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