第14話

私は考えた。


夢を奪ってしまった。それを返すにはどうしたらいいか。


薄暗い部屋の中で考えるが、なかなか答えは出ない。それもそうだ。簡単に奪ってしまったものが今更返そうだなんて都合が良すぎるのだ。


両親には「奪ってしまったものをどうやって返せばいいか」と聞いてみたものの、回答は「謝って返しなさい」とか「ずっと家にいるのに何を奪ったの」とかだった。全く参考にならない。


そして以外にも相談にのってくれたのは凛だった。


「あー奪ったのってもしかして夢の話?」


凛の第一声がそれだった時は、驚きのあまりにむせてしまった。

薄暗い部屋の中では時計を見ないと時間がわからないが、どうやらその時私は時計を見る余裕すら失っていたらしい。それがいつごろのことだかを覚えていない。


「げほっ……な、なんでわかったの」


日焼け止めを塗りながら淡々とした答えが返ってくる。


「いや、私結構夢見る方だけどさ、美琴と同じ夢見たって時から全く見ないんだよね。そりゃもう不自然なくらいに。だからそれかなって」


話が早くて助かるといった心半分、からかってるんじゃないかという疑心半分で話してみる。


「私も奪ってるってことに気づかなかったんだよね。ただ覗いてるだけで、その人の夢に干渉できないと思ってたの」


「へえ、じゃあなんで気づいたの」


「あのね、小学生が夢を見なくなってるって地方版の記事に乗っていたじゃない?」


ああ、あれねという返事がわりに大げさと思えるような「思い出した」という仕草が返ってくる。


「そのアンケート結果と私が夢を覗き始めた時期が一致してたの」


「なるほどね。でもそれって根拠としては結構弱いよね」


「弱かったかもしれないけど、現に凛、今夢見てないんでしょ」


「まあ、そう言われると、ね」


「やっぱり私が奪ったんだ……」


「まあまあ、落ち着いて」


凛が私の足首をぱん、と軽く叩く。日焼け止めが塗り終わった合図だ。私は服を着始める。


下着を身にまとい、Tシャツを被ろうとした時に、不意に凛がこういった。


「ねえ、その人……つまり、夢を奪った人たちに対して申し訳ないって思ってるの?」


Tシャツをスポンと被り彼女の方を見る。いつもふざけているような笑みを浮かべている顔が少し真面目になっていた。


揺れる電球と私たちの影。無音の空間。そしてそこにいる私と妹。その空間に慣れ、口を開くのにはどのくらいの時間がかかったろうか。


「え、うん、まあ……」


そして時間がかかった割になんと間の抜けた返事だろうか。

しかし凛はそんな曖昧な回答を許してはくれなかった。


「聞いてるの。答えて」


凛が顔を近づける。表情の一切を見逃すまいとしているかのようだ。私は妹のいつにない表情に、彼女の本気を知ることができた。


「……思ってるよ、そりゃあ思ってるよ! 私のせいで、私のせいで何人の人が夢を失ったか……! 想像しただけでも……もう……!」


思わずとも感情的にすらなってしまう。気がつけば頬には暖かい筋がつうっと通る感覚。心が締め付けられるよう。

多分、私は今最悪な顔をしているだろう。


ふと、ぎゅっと、暖かいものに包まれる。

気がつけば、凛が私のことを抱きしめていた。


一つになった揺れる影の片割れが耳元で囁くのが聞こえた。


「美琴はたくさん奪ったでしょ。だから、今度は与える番だよ」

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夢の備忘録 みやずす @miyazth

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