ある女は花になる

『彼女』の家の前に着き、その異様な静けさに駆り立てられるように玄関のドアノブを回す。すると、鍵が開いていた。俺は招き入れられる様に玄関のドアを開け、『彼女』の家に入る。


部屋中のドアを開けた。しかし、『彼女』は見つからない。


最後の部屋に向かう。そのドアが異様に重たい。まるで硬い像がのしかかっている様だ。


少し、力を込めてドアを押し、隙間をぬって部屋に入る。中に入るとそこには誰もいなかった。ドアが急に閉まる。驚き、ドアの方を振り返ると、夢で見たような優しい微笑みを浮かべる『彼女』が。ストールを首に巻き、硬直した『彼女』が。本当の『像』みたいだった。俺は先ほど見た夢を思い出した。


その手にはあたかも彼女の血を吸い上げ咲いたような画材の匂いのする赤い桔梗が一輪挿されている。


彼女の視線の先には一通の遺書が置かれていた。そして、俺は彼女にぼんやりと視線を戻すと、


「こんな低い位置、ストールでも命を刈り取ることができるのだな」


と思った。そんなのも束の間、俺は一瞬にして思考をフル回転させる。俺はすぐに救急車を呼ぶ。


震える手、声、遠のいていく現実感と共に。


救急隊がやって来て、『彼女』の死亡が確認された。AEDを使われることも無く、『彼女』の死は確定した。死後、4時間経っていた。なんで!なんでだよ!さっきまで夢で一緒だったじゃないか!


その後、現場検証の間、俺は第一発見者として話を聞かれた。夢で察知したなんて胡散臭いから、適当に


「最近様子がおかしかった。思い詰めているようだった。心配になり話を聞きに行こうと思った」


と答え、彼女の部屋に向かった理由を話す。幸い現場検証の結果、完全なる「自殺」であることが分かり俺の拘束は解かれた。



しばらくして彼女の親、そして同じアトリエの人間、加えて有明さんが来た。有明さんを見た時、何故か寒気がした。確か、有明さんは義足を付けていたはず……。


彼らはこぞって


「なんで自殺なんか」


「思い詰めるくらいの辛いことなら芸術なんてやらなければ良かったのに」


「可哀想」


と言う。


俺はこの時、本当に彼女は理解されていなかったのだなと思った。


遺書にはただ辛かった気持ちと俺に対する感謝、芸術への考え方のみがつづられていたと後で聞かされた。


だが夢を共有した俺には遺書を読むことなくとも彼女の真意が分かった。最後に彼女が笑っていた理由も。


俺は彼女の親に葬儀に立ち会わせてもらえるよう頼み込んだ。少なくとも一人くらいは理解者がいた方が良いと思ったから。


彼女の親は戸惑いつつも、遺書のこともあり、了承してくれた。彼女が煙となり、空に舞い、風になる。彼女の笑顔の様な綺麗な空に。ふと地面を見ると桔梗の草が風になびかれ咲いている。その瞬間、俺の頭の中に絵のイメージが流れ込んでくる。桔梗の草、『彼女』の死体の構図。その全てが俺に描く力を与えてくれた。最後まで葬儀に参加した後、俺は葬儀場から急いで帰路についた。興奮のあまり、上手く走れない。途中で電柱に頭と肩を激しくぶつける。


「くそ―」


唾を路肩に投げ捨てる。そして、また、走り出す。足の筋線維がブチ切れるまで、俺は走った。



アトリエに着き、描いていた絵の方に向かう。積み重ねられたキャンバスを崩す。床に散らばり、激しい音を立てる。その中から適当なキャンバスを手に取り、画材と筆を持つ。俺は一心不乱に筆を走らせた。次々とイメージが湧いてくる。『彼女』を失った悲しみ、『彼女』の願いを叶えるという原動力を使って脳をフル回転させる。


「くそ!くそ!くそ!」


キャンバスに涙がにじむ。それさえ、絵の味になると生かした。


三日目の朝を迎えようとする時、ようやく完成した。当然だが、一睡もしていない。当に涙は枯れていた。


「あなたは俺の「桔梗永遠の愛の君」だ」


疲れ果て、息を切らせながら言う。あなたは俺の作品として生き続けてくれ。俺はを持ち、アトリエを去る。


キャンパス立てにアトリエから出て行く旨を書いた紙を残して……

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桔梗の君 千代田 白緋 @shirohi

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