きみに会うための440円

まるのりとも

本編

 日曜日の繁華街はとても混んでいて、昼食(豪華にロースカツ御膳)を終えて店を出たのは十四時を過ぎた頃だった。


「これじゃあすぐに夕ご飯だね」


「夜はさっぱりなものにしよう」


 腹ごなしに二人で歩きながら、いつもの習慣でバラエティショップを目指す。


「今日はどんなものが見つかるかな~」


 このお店は表通りから一本入ったところにあって、洋服からお菓子から家電おもちゃその他、こんなものまで売っているの!? っていうものまで、オーナー美魔女のお眼鏡にかなった商品が毎週入荷するから、常にチェックしておかないといけないのだ。


「じゃあさ、オレここら辺見てるから」


 アキラは早々に今日のお目当てを見つけたみたいだ。

 私はとりあえずフラフラしよっと。


 そうしていろいろと見ていると、ピンク色のライトに照らされた怪しい一角になった。


 えっ、こんなの売ってるの……


『もっと仲良くなろうよ♡』というPOPの下には、ぱっと見には分からないような「ラブグッズ」が売られていたんだから。


 ちょっと恥ずかしくなって、周りを見回したら、オーナーと目があってしまった。


「恥ずかしがらずに手にとって見てもいいのよ。これなんかただの気持ちよくなるマッサージ器だから」


 と言って小ぶりのパステルカラーの箱を渡してきた!


「うわっ」


 慌ててお手玉してしまったその箱、一見すると手のひらサイズのマッサージ器。他にもエステ効果のあるローションとかフレグランスミスト(モテる匂いだって)とか普段から使えるものも多い。おとといアキラに見せられたラブグッズのサイトに置いてあった物ばかりだったし、今日は朝からなんとなーくそんな気分になっちゃってたから、そっちの方に考えちゃったのかな。


 周りに誰もいないし、開き直って手にとって見ていると、おかしの箱のような物がいくつかあった。これって避妊具だよね……


「クーミちゃん、何見てんの?」


 アキラが後ろから囁いてきてビクッとした。


「これ? チョコレート味なんだって。たまにはこういうの使うのもいいかな、と思って」


 今更だけど、恥ずかしいからつい早口になってしまう。


「へぇ、味付きなんて舐めないと意味ないけどいいの? でも六個入りで440円? やっぱ高いな~こういうのって」


 と私が持っていた箱をそっと取り上げた。


「あのさ……そろそろコレ使わなくてもいいかな……クミのこともっと感じたいんだ」


 思わずアキラの顔を見上げた。


 アキラは見た目も中身もチャラいくせに、結婚して二年経つにも関わらず毎回キッチリ避妊をしてくれている。

 半年前に、そろそろ避妊しなくてもいいんじゃない? って提案したら、妊娠しても仕事は迷惑かからないの? ちゃんと周りにも相談しなよ? ってちょっと怖い顔で言われたんだ。だから女性の先輩や(恥ずかしいけど)上司に相談したりして妊娠しても大丈夫な雰囲気になったよ、って報告したのが三日前。


「この分はさ、コドモのために積み立ててくの。いいと思わん?」


 これからのことちゃんと考えてくれていて、嬉しくて涙が出そうになった。


「クミ、なんかヤリたそうなカオしてる。ヤバい。早く帰ろう」


 やだ、なんとなくそんな気持ちだったのがバレた? ピンクのライトで気分が盛り上がっちゃった? それともこのアロマがそういう気分にさせてるの? アキラだってなんだか熱のこもった目をしてる。ヤバい。早く帰りたい。早く早く早く。


「せっかくだからコレ買って帰ろうぜ。記念日記念日」


 手に取ったのはさっきのマッサージ器。


「コレ買ったらお金なんて貯まらないじゃん!」


 せっかくの雰囲気が台無し! こういうところがアキラだよね。ちょっと気が削がれつつ外に出たら、右手をそっとつながれた。


「楽しみだな〜」


 茶化しているけれど、つながれた手は熱い。いつもより歩くのが速い。家までの徒歩十五分がもどかしい。


「貯金するなら貯金箱用意しなきゃね」


 まだ見ぬ我が子きみに会うために、まずは440円。これからのことを思って、お腹にそっと手をあてた。


 

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きみに会うための440円 まるのりとも @marunoritomo

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