SS バレンタイン

 日本でいう二月は、ゲシュティの新年にあたる。狩りシーズンが終わって、ようやく年が明けるのだ。

 帰ってきた騎士様たちの誰一人、そして何一つ欠けることのなかったことが、本当に嬉しい。それぞれ領地に戻る前に慰労会と新年を迎える新春祝いがあるんだけど、今年はいつも以上のにぎやかさだったんですって。

 私がこの時期のゲシュティにいるのは二回目だけど、王都にいるのは初めてだから、お祭りのにぎやかさにずっと目が丸くなりっぱなしだったわ。


 そんな明るい嵐が過ぎ去り、ようやく日常の静けさが戻る。

 そして今日は、久々のデートだ。


「ナナ、支度は出来てるかい?」

 迎えに来てくれたテッドが、開けっ放しのキッチンのドアを律儀にコンコンと叩き、甘い匂いにふっと目を細める。

「いい匂いがする」

「チョコカップケーキを作ったんです。あまり向こうからチョコは持ってこられないけど、少しくらいはバレンタイン気分を味わいたいなって」


 一つ一つ綺麗にラッピングしたチョコのミニカップケーキは、いわゆる義理チョコ友チョコだ。

 お正月に一人で日本に帰った時、お兄の彼女改め婚約者さんから教わった簡単レシピ。焼き立てならふわふわ、冷やすとしっとりですごく美味しいの。甘みを抑えてるし二口くらいで食べられるから、初めて食べる人でも大丈夫なんじゃないかなぁ?


 ひとつはお父さん用だから、実家のリビングに送っておく。テッドが一つ身に戻った影響か、前より少し大きめの物も送れるようになったんだよね。願わくば、こっちに取り出す方法も開発したいところ。


「あとは陛下とシエラ様でしょ。こっちはクララ様たちイトコの分。こっちがレスリー達の」

「女の子のほうが多いね」

 クスクスと楽しそうに笑う彼に、私もニッコリ笑い返す。

「うん。やっぱり甘いものは女の子に上げたいじゃないですか。こっちではバレンタイン自体ないんですもの。――で、最後はセシル様の分!」

「昔から義理チョコよりも友チョコに気合を入れてたよね」


 そうなのだ。

 私はクラスの男子とかに配る義理チョコよりも、女の子の友達と交換する友チョコのほうが何倍も気合が入ってた。だってそっちのほうが、可愛く作れるし楽しいし。


「でも一番気合を入れたのはこれですよ」

 私はきれいにリボンをかけ、あきらかに別格の箱をテッドに差し出した。

 すっと耳が赤くなったテッドは、一瞬顔が緩むのをこらえた子どもみたいな表情になる。

「ありがとう。夢みたいだ。開けてもいい?」

「もちろんです」


 リボンを解いてふたを開けるとトリュフチョコが顔を出す。

「あ……」と声が漏れたテッドに、私はやっぱりこれが正解だったと思った。


「毎年タキは、トリュフに一番興味を示してたでしょう?」

 いつも数種類作るなかで、トリュフは毎年の定番だった。

 猫にチョコは上げられないから、いつも「イタズラしちゃだめよ」なんて言ってたんだよね。

「気付いてたんだ」

 テッドがいたずらを見つかったみたいな顔になるのが可愛い。

「実は昔、美鈴がもらったやつを分けて貰ったことがあってさ。あれ以来すごい好物なんだ。でも市販のとか食べてもナナのが一番おいしくて。いつか俺にくれたらなって、実は今年、ちょっと期待してた」

 くしゃっと笑ったテッドに、胸の内がぎゅーっとなる。言ってくれたらよかったのに。ナナが作るものは何でも好きなんて言うけど、一番好きなものも色々教えてほしいな。


「これは、テッド専用ですからね。来年も再来年も、ずっとずっと作りますから」

「うん」

 とろけそうな笑顔を見せたテッドが「出かける前に一つ食べてもいいかい?」と言うので、快諾する。

 口に運ばれるトリュフを息をつめながら見ていると、テッドが幸せそうに笑ったからホッとした。自分でもびっくりするくらい緊張してたみたいで、気が付いたら手がすごく冷たくなってる。


「ナナ、すごく手が冷たい」

 私の手に触れたテッドが目を丸くするから、ホッとした反動で今度は顔が熱くなってしまった。

「だって、好きな人にバレンタインのチョコを食べてもらうの、生れて初めてなんですよ。なんだかすっごく緊張しちゃって」


 喜んでくれるかなぁとか、色々考えちゃったし。

 そんな私の前で、なぜかテッドは「好きな人……」と呟いて左手で顔を覆ってそっぽを向いてしまった。


「テッド? お出かけの前に、これを配ってきてもいいですか?」

 出かける準備を整えて、コンパクトにたためる籠バッグにカップケーキを詰める。夕食は町のレストランで食べる約束だから、今配ったほうがいいと思ったのだ。

「そうだね。じゃあ行こうか」

「はい」

 残りのトリュフは後で食べるとうちの保冷庫にしまったテッドが、私に手を差し出す。


「でもその前に」

 くいっと手を引かれて突然口づけられた。ほんのりチョコレート味のキスに、頭から湯気が出そう。

「テッドってば、ドア開けっ放しなのに」

 幸い誰も近くにはいなかったけど。


「今日は記念日でもあるしね」

 ニヤッと笑われ、私は頬に手を当てた。

「テイバー様がウィルフレッド様と会えた日ですものね」

 あの山で出会ったのは、去年の今日だった。

「それを言うなら、ナナとこの姿で初めて出会えた日でしょ。そういえば去年はおにぎりをもらったよね。やっぱりいい日だった」

「そうですね」


 クスッと笑って、彼の腕に自分の腕を絡める。

 来年も再来年も、五年後も五十年後も、ずっとずっとこうしていられますように。


「じゃあ、出かけましょう」


--------------


余談ですが、二人が夕食を食べる予定のレストランは、以前屋上で休ませてもらったお店です。

実はセシル様の今の実家でもあります(半身を亡くして貴族籍ではなくなったお父さんとお兄さんのお店)。


――これ、続きを書くとセシル様の秘密の話になってしまうのですよね……。

ナナ視点で書くか、セシル視点の別作品として立てるか、はたまたセシル視点だけどレスリー編のように続けるか。

まだ考え中ですが、もし公開の際にはよろしくお願いします。

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異世界ハーフの仕立て士見習いですが、なぜか若君の胃袋を掴んだようです 相内充希 @mituki_aiuchi

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