番外編2(バレンタイン)
SS うちの若君(4)
私はオリバー。
ラミアストル領の領主は現在、一時的に隣の領地であるミセリィの領主が兼任している。来年の社交シーズンのあと、正式にブライス様がラミアストル領主になることが決定したため、私は春から次期領主従者ではなく、王太子であるテイバー様の従者になることになった。
二月、王都。
魔獣討伐が終わって帰還した我々を友人や家族が出迎えてくれる。
三か月強の狩りシーズンは、例年になく楽であった。
いや、楽と言うのは語弊があるか。出る魔獣の数はほぼ同じか、去年一昨年よりも多いくらいだったのだから。
それでも今季はナナの強化術が功を奏し、死者はおろか、重傷者さえも出なかった。こんなことは、私が知る限りほぼ奇跡ともいえることだ。
無事帰ってきたことを喜ぶものの前で、騎士たちは皆分身を解き、次々と一つ身に戻る。そんな中、ほぼ飛び込むように若君――ウィルフレッド様に抱き着く女性がいた。若君の婚約者、ナナだ。
「ナナ、汚れるよ?」
ふわりと彼女を抱きしめ愛おしそうに若君が諭すが、ナナは首を振って増々強く若君を抱きしめる。
「おかえりなさい、ウィルフレッド様」
涙を浮かべ微笑むナナはハッとするほど美しく、周りにいた騎士たちも息を飲むのが分かった。
帰還した騎士が即一つ身に戻るのは、そのほうが楽だということもあるが、汚れた身体を気にしてのことでもある。野営続きで、身を清めるのも最低限。今回はナナの提案で湯を豊富に使うことが出来るようになったため(あの独特の力の使い方は限度がないのか?)、普段よりは清潔と言える。それでも愛する者の前では綺麗な状態で抱擁を交わしたい。そんなこともあってすぐ一つ身になるのだが、ナナにとっては二つの人格はそれぞれ尊重すべきものなのだろう。
「ウィルフレッド様がご無事で嬉しいです。本当にお疲れ様です。ありがとう」
そう言ってウィルフレッド様の頬に口づける様は、何か、こう、深く胸打たれるものがあった。
狩りは、騎士の仕事で当たり前のことだ。
しかも行くのは分身の影のほう。もしそれを失えば貴族でもなくなるし、体の不調も出るし寿命も縮む。でも我々にはそれが当たり前のことだ。
若君たちのように影に別の名がつくものもいるが、私のようにどちらも同じ名前である騎士は少なくない。同じ人間だからという感覚なのだし、分けて考えるのも面倒なのだ。
でもナナは、「影」を一人の人間として最大限に尊重していている。
彼女は影であるウィルフレッド様との付き合いがあったから――とは、単純に思えないのだ。どちらの若君であっても同様に、仕事をしている時もそうでないときも、気を張っている時もリラックスしている時も、すべての若君を心の底から大切に思っていることがはた目にもわかる。
外国人で感覚が違うことも大きいだろう。
それでも彼女がウィルフレッド様を労う姿は、一緒に帰ってきた私たちまでもを癒したのは間違いない。
こんなこと、少し前までは想像もしなかった。
テイバー様を見つけることも、若君が不可能としか思えなかったその恋を実らせることも何もかも、だ。
ナナの後ろで、テイバー様も一つ身に戻ろうとはせず穏やかに微笑んでいる。
ああ。本当に戻られた。
改めてそのことを実感し、また胸が熱くなる。
私にとって数々の奇跡を起こしたナナは、この世に顕現した女神そのものだった。
そう思うのは私だけではないのかもしれない。
ナナたちの様子を見ていた人々の何人かが実際涙を流し、一つ身に戻る前の騎士たちに労いの言葉をかけはじめていた。
照れながらも一つ身に戻る前に微笑む騎士たちの笑顔が、いつも以上に晴れやかだ。
「若君。イチャイチャするならさっさとよそに行ってください。こっちはまだ恋人にも会えてないのですからね」
あえて私がそんなことを言うと、二人の若君はニヤリと笑う。
まだラミアストル領にいる恋人に無性に会いたくなってしまったではないかと、ぶつくさ文句を言う私に、なんとナナが駆け寄ってきた。
「オリバーさんもお疲れ様でした。ありがとうございます」
出発前、自分も分身出来たらついて行けるのにと苦しげだったナナは、前より少しやせたかもしれない。これほどの力を持ちながら分身が叶わないことを、多分一番悔しく思っているのはナナ自身だ。
私は自分でも驚くほど優しい気持ちになって、彼女の手の甲に恭しく口づけを落とした。
「ナナのおかげで、楽なシーズンでしたよ」
彼女の希望で今も「ナナ」と呼びすてニッと笑う私に、彼女は子どものようにくしゃりと笑った。そんなほのぼのした私たちを若君たちがベリッとはがす。
いやぁ、若君たちに睨まれたところで痛くもかゆくもありませんけどね?
私はただ、女神に感謝の意を表しただけです。
二人の婚約は周知の事実なんですから、もっとどーんと構えてもいいと思いますよ、ええ。
「若君、小さい男は嫌われますよ」
にんまりと若君にだけ聞こえるように言うと、少し悔しそうになる若君が相変わらず面白すぎだ。
しれっとしてナナの耳に口を寄せ、
「若君は、バレンタイン・デートなるものを楽しみにしてましたよ」
と、こそっと教えておく。バレンタインがなんだかは分からないが、どうやらナナと若君にとっては特別なものなのだろう。ウィルフレッド様とナナが出会って丸一年でもあるらしい。
ポッと頬を染めたナナの姿が愛らしく、またもや感謝の気持ちでいっぱいになる。
本当に、本当に、うちの若君を愛してくれてありがとう――。
「「オリバー、ナナに何を言ったんだ?」」
「「内緒です」」
若君たちの質問に私とナナが同時に返事をする。二人で顔を見合わせ、ニコッと笑い合った。
「オリバーさん。私たち、慰労会と新春祝いが終わったら、ラミアストルに少し帰るつもりなんです。多分来月になると思うんですけど。そのときはオリバーさんたちにもお土産買っていきますね」
こそっと帰省することを教えてくれたナナ。土産の対象にどうやら私の恋人も含まれていることに気づき、「楽しみにしてます」と笑う。
さて、これは腕によりをかけて求婚を成功させなくてはいけないようだ。
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