第13話 仕立て士レスリーと恋の結末

 交代で仮眠を取りながら、翌日の夕刻にはドレスが完成した。

 仕立て士総がかりの力は侮れないと、私たちは自画自賛してもいいと思うわ。


 一度ばらされたパーツは、使えるところとそうでないところに分けられた。だめになった部分は新たに作り、分担して刺繍を施す。父の刺繍を手本にしているとはいえ、かなり大変な作業だ。

 デザインはただの復元ではなく、私がナナを見て描いたあれを元にアレンジすることになった。父の意向だそうで、ナナもそうして欲しいと言ってくれた。


「ちょうどいいうすぎぬがあったな」

 ニコラスはいたずらっぽくそう言うけど、もしかしたらお父さんが私のデザインを見て入れておいてくれたのかも。こんな事態は想定してなかっただろうけど、なんとなくそんな気がする。

 紗を重ねたドレスは下の刺繍が透けて見え、さらに優雅な印象が増した。


「このデザインは流行りそうね」

 ナナがそう言い、ニコラスも頷いてくれる。


 ちなみに女子会は大いに盛り上がった! セシル様の誘導がとても上手だったのよ。

 今度結婚するユナの惚気から始まって、ニコラスが奥さん自慢をして、カーラとターニャは気になっている人がいると言い、メイビスは結婚間近だった。私もつい乗せられてぽろっと本音を漏らしてしまい、少しだけ泣いた。一人で泣いていた時よりも、寄り添ってくれる友達に打ち明けるのは、ずっと気持ちが軽くなるものなのね。

 セシル様は皆を見てニコニコしているだけだったけど、自身のことについて聞かれると、

「うーん。気持ちの整理中、かな」

 だそうだ。失恋したのだと察し、それ以上はだれも突っ込まなかった。


「で、ナナはテイバーのどんなところが好きなの? 見た目ルックス?」

 ずばり過ぎるセシル様の質問に、モデルで動けないナナが一瞬言葉に詰まる。すっかり油断していたようだ。

「えっと、見た目は、あまり……」

 さすがに本人には聞かせられない言葉に、何人かが噴き出す。そうよね、好みは人それぞれよね!


 ナナは、テイバー様の優しいところや頑張り屋なところ、実はとても食いしん坊なところなど、意外な素顔をぽつりぽつりと語ってくれた。なんと十四年間も好きだったのだと聞いたときは、さすがに仰天したわ。でもまわりには、ナナの気持ちは気づかれなかったんでしょう?


「絶対にこの恋が叶う日は来ないって、そう思ってたから」

 そう言ったナナの言葉が胸に迫る。そうだ。本当ならそうだったんだ。


「つらかったわね……」

 お互いに力も立場もあったからこそ無理だなんて。

「でもテイバー様は、私を諦めないって言ってくれたんです」


 テイバー様が王太子なるのは、ナナが意図的にそう導いたわけではなく、色々な要素が絡んだ偶然の結果のようだ。

 どれだけテイバー様は、真剣にナナを求めたんだろう。どれだけナナは必死だったんだろう。

 魔獣の前に飛び込むことを恐れなかったというナナ。それは彼女が強いからだけではない。ナナが下着姿になった時、私たちはその傷跡の多さに息を飲んだ。騎士のセシル様でさえ、一瞬ビクリとしたのがわかったくらいだ。


 ナナのお母さんが私の母を助けたのは、きっと本当に母を大事に思ってくれた結果だと、今は信じられる。

「ナナがご両親から愛されて育ったことがよく分かるよ。あなたのお母さん……ケイは幸せだったのね?」

 セシル様の言葉に、ナナは嬉しそうにうなずいた。


  ☆


 式典で、ナナとテイバー様の婚約が陛下から発表された。

 美しい青い花のようなドレスを着たナナは、本当に本当にきれいで、テイバー様が文字通りくぎ付けになったことに私たちは快哉を叫び、お互いの手を打ち合わせたのは言うまでもない。ドレスのデザインだけではなく、女の子たちの間であの髪型も流行るかも? そんな予感がした。


 式典の最後に食事が振舞われ、そのまま舞踏会になる。

 城下町もお祭り騒ぎなので、そのまま町に出かける人も多い。


 私は一人でそっと工房に戻って、楽しい雑音を楽しんだ。

「ナナ、綺麗だったなぁ」

 何度も何度も婚約発表の時が思い浮かび、心が浮き立つ。

 私の想像が具現化したドレス。それを身にまとった美しいナナから目を離せなくなっていたテイバー様。

 婚約発表での騎士様達の盛り上がり方はすごかった! 祝福、歓迎、そして、ヤジ。しばらくテイバー様は皆からからかわれるのでしょうね。

 美しいドレスを仕立てていた父の気持ちが、心底理解できた気がした。


 こっそり持ち込んだ果実酒をなめ、サンドイッチをつまむ。今度ナナにおにぎりの作り方を教えてもらおうかな。お米が違うとだめなのかしら?

 そんなことを考えていると、部屋に誰かが入ってきた。

 一瞬警戒したものの、入ってきたのがエースだと分かり肩の力を抜く。

「鍵は閉めてたはずよ?」

「ヴァーナーさんから借りたんだ」

「そうなの?」

「ああ」


 私は平気な振りが出来ているかしら?

 どうしてエースがここにいるのかわからない。でも裏切り者の心臓は、彼に会えて嬉しいとドキドキと騒いでうるさいし、目はエースの姿を焼き付けんばかりに彼を見つめてしまう。


「四年前、なんで俺がレスリーの結婚話を聞いたと思う?」

 唐突なエースの言葉に首をかしげる。

「お母さんにかつがれた?」

 今ならわかることは、母は私に期待できない分、私の子を上級仕立て士にしたかったのだ。だからニコラスと結婚させたかった。そんなこと、ありえないのに。

 私の軽口にエースは少し笑って首を振る。


 思いつめたような目で見つめられて、私は逃げ出したいような、彼の口をふさいでしまいたいような衝動に駆られた。エースが知らない大人の男性に見えて、少し怖い。


「あの日俺は、ヴァーナーさんに会いに行ったんだ。王都勤めが決まっていたから、レスリーへの求婚の許しを貰おうと思って。おまえと離れるなんて考えられなかったから、確実な約束がほしかったんだ」

 えっ?

「でも応接間で待っている時におまえの母君が、レスリーの結婚は決まっていると言って俺を追い出した」

 外の音が遠ざかる。

 ドキドキとうるさい心臓はさらに音を大きくし、エースの声が聞こえなくなるんじゃないかと不安になった。


「俺は、子どものころからレスリーが好きだったよ」

 その言葉が胸にコトリと落ちる。

「私もエースが好きだったわ」

 ユナの言う通り。私は、子どものころからエースのことが好きだった。

 二人の言葉は過去形だ。それでも気持ちを告げられた喜びに、私の目から勝手に涙がポロリとこぼれる。


「レスリー!」

 驚いたようにエースが私の目の前まで駆け寄り、でもためらったように手を下ろした。優しい彼の前で泣くのは卑怯だ。だから私は、この涙がなかった振りをして微笑む。

「話は終わり?」

 終わりにしよう。

 その意味を込めて言ったのに、彼はうつむいて「くそっ」と小さく呟いた。


「テイバーはナナと婚約したよ」

「そうね。幸せそうでよかったわ。すごくお似合いよね?」

「ああ」

 固い声で肯定した彼はごくりと喉を鳴らし、私をまっすぐに見つめなおす。


「もともと今日、俺はレスリーに求婚するつもりだった。おまえの婚約がうそだったことが分かってすぐ、今度は間違いなくヴァーナーさんに会って、許しももらっている。あの事件は想定外だったけど、だから誤解もされたくないんだけど。俺はレスリーが好きで、子どもの頃からずっと好きで! 誰かとデートしても、やっぱりレスリーがいいと思ってしまって! ――だから頼む、レスリー。俺と結婚しよう?」


 定石はずれの求婚と、幼いころのような目をしたエースに私は一瞬ぽかんとしてしまい、次に抑えきれなくなって吹き出してしまった。


「そこで笑うか? こっちは真剣なのに」

「ごめんなさい、エース。気持ちは嬉しい。本当に嬉しい。でも私は、上級仕立て士になることを決めたの。それに……父と母を支えなきゃいけないわ」

「じゃあ尚更、俺が必要でしょ。俺はレスリーくらい支えられるよ。おまえの両親は二人で支えよう」

 真剣に訴えるエースが愛しい。でも、現実は甘くないから。大好きだから、私は彼を巻き込めない。だからお断りの返事をしようと口を開こうとした時、突然エースの唇に唇をふさがれた。


『テイバー様の口づけは、全身から力が抜けちゃうくらい、とっても素敵なんですって』

 ふいにそんな声が甦る。

 いいえ、好きな人からのキスのほうが、何千倍も素敵よ……。


 甘い口づけに、がくんと足の力が抜けそうになる。

 エースは私を抱きしめると、

「俺を甘く見るな」

 と低い声で言った。

「俺は絶対におまえを支える。絶対に守ってやる」

「でも」

「俺はテイバーの、つまり王太子の従者になった。貴族籍のまま、お前と結婚できる資格もある。俺はお前に心底惚れてるし、これ以上何が必要なんだよ」

「エース……」

「あっ、テイバーみたいな見た目とか言うなよ! それは無理だからな!」

 急に私の両肩を掴んで慌てたようにそんなことを言われ、再び笑いの発作に襲われた。

「エースだって十分素敵じゃない」

「……本当にそう思う?」

「思う。だから私じゃなくても」

「無理! 諦められるなら、四年前に諦めてた」

「……そんな目で見られたら、流されそうになる」

 思わず本音が漏れてしまうと、エースは「流されてよ」と笑った。

 それでも頑張って抵抗していると、もう一度口づけられそうになって、慌てて逃げる。


「じゃ、じゃあ、ちゃんと求婚して」

 もう、私の口の裏切り者! 勝手に本音がこぼれ出るんだから!

 エースはすかさず自分のブレスレットをはずすと私に差し出した。

「俺の命をレスリーに預ける。結婚しよう」

 私もブレスレットを外して、彼に差し出す。もう、逃げられない。

「私の命をエースに預けます。あなたと生涯を共に」

 無事ブレスレットが交換されて、私達が正式に婚約者になった瞬間、

「やった! レスリー愛してるよ」

 と、エースから再び甘い口づけ。

 それは、祝福の歓声を上げながらカーラたちや、なぜか今日の主役の一人であるナナやテイバー様たちが入ってくるまで続いたのだった。


Fin

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