短編№1『春陽』

@ais-akountine

短編№1『春陽』

 春陽の中に裸婦が一人。自分も全裸なのでこれ幸いと女を襲うことにする。女の目の前に立ち、背後に陽を浴びて、ぶらぶらさせ、誇らしく……。

 女が逃げた! 女は壁をずんずん登っていく。追っかけて尻にしゃぶりつく。

「マアマア、逃ゲルンジャナイヨ」

「イヤヨイヤヨ」

回り込んで再び女の目前に立つ。腰を振り、手足をばたつかせて踊る。

 女は見とれてしまう。

「ヨオシヨオシ、イイゾイイゾ」

また尻に食いついて、刺激してやると、女は嬌声を上げて逃げ出すので、追う。壁面をあべこべに行くと太陽は視界の中で風車のように回転し、女は陽と影を行き来する。

 やっと捕まえると、女はとうとう体を許した。

 陽は暮れ始め、ガラス張りの無機質さに紅をもたらした。二つの影が差し、それは幻燈の二重写しのように重なったり、また離れたり、反転して、黒い硬質な床に紅のシェードをかけて舞った。音は無く、影のみが揺れ動き、紫雲が現れると、幕が下り、劇は終わった。


 研究所のn博士は窓を開けた。朝日が照りこんだ。彼は試験管の一本を取り出した。彼はショウジョウバエを育てていたのだ。

「このWildの交配は成功だな……卵が一つ、二つ……」

四つの卵があったが、親は二匹とも死んでいた。博士はいかにも眠そうな目をこすって、死骸をティッシュの上にあけると、それを丸めて捨てた。ちり紙が大きなアーチを描いてゴミ箱に入ると、ビニールのかすれた音がし、博士は机へ突っ伏し、鼾を掻き始めた。

 博士は今倦怠期である。

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