第13話

 さて、エンドロールのあとの物語に、どれだけの人が興味があるかはわからないけれど、少しだけはなすことにしよう。

 春香さんがどうして目覚めたのかはわからない。医学的説明はつかないらしい。ただ、眠ったときと同様に、精神的なものだとは言われている。今は落ちた筋力を取り戻そうと、せっせとリハビリに励んでいる。しかし不可解なことに、眠りに入った前と後で、体の成長がほとんど見られなかったのだ。

 春香さんは勉学の側面、成長の側面から、僕らの学校に転入してくることが決まっている。

 彼女の携帯電話とつながっていた古びた公衆電話は、しばらくたった跡に向かってみたら、空き地ごと工事現場になっていて、もう一度見ることはかなわなかった。

 病院に詩乃と一緒にお見舞いに行くと、春香さんは電話で話していた頃のように、僕と一緒に話してくれる。「家族水入らずじゃなくて大丈夫なんですか?」と一度だけ聞いてみたことがある。春香さんは大笑いして「何を馬鹿なことを」といってくれた。春香さんの笑った顔を見るのは、初めてだった。

 そう、物語の結末、あまたの困難を乗り越え、姫を助けた鳥飼の少年のように、僕はその手につかみ取ったのだ。


 今日も僕は、いつも通り図書室にいる。奇跡が起きても仕事はなくならない。きっちりこなすべきだ。

「ん?」

 ふと図書館の窓から、詩乃と春香さんが見えた。春香さんは詩乃が押す車椅子に乗っている。気分転換の散歩だろうか。

 春香さんが上を向いている。つられて僕も上を向く。

 そこには、僕らを象徴する、文句なしの青空が広がっていた。

 今日も明日も明後日も、こんな青空だったらいいな。

 そんな風に思って、僕は窓の外から視線を外した。

 そのとき、電話がかかってきた。誰だろうか、こんな時に。

 仕事中に電話はよくないが、相手を見てその考えを捨てた。

「どうしたっていうんですか、春香さん」

 電話の相手は、窓の外の彼女だった。

「なに、散歩ついでに君の学校に来たものだから会えないかなと思っただけさ。今日は妹と一緒に来てくれなかったから、まだ学校にいるんだろ?」

 なるほど、その洞察力はさすがだ。でも、

「あいにく今は仕事中なんです」

「空君、図書委員なんだもんね」

 電話の向こうで詩乃が付け加える。何でおまえが付け加えるんだとと小さくつぶやいた。

「ふむ……なら、これから二人で図書室に行こうじゃないか」

「お姉ちゃんナイスアイデア!」

 窓の外の姉妹は電話口からうれしそうな声を届けてくれる。悪くはないのだがこちらは仕事中なのだ。その旨を彼女らに伝えたが、聞こえてはいないようだ。

「……というわけで、これからお邪魔する」

「私と会った時みたいに本の紹介でもしてね!」

 かかってきたときと同様、唐突に電話は切れた。

「ったく……勝手に話を進めやがって……」

 でも不思議と、このいらだちは嫌いになれそうにない。僕はため息をつきながら、彼女たちに紹介する本を探し始める。

 きっと今から、最高の日々が始まる。そんな漠然とした期待を持ちながら。



.fin

 

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あの空のように蒼かった貴方 大臣 @Ministar

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