第46話 静さんの話4

「人犬と言っても運の良いことに。私は大事にして頂きました。

 折角人間様に成れたのに。あのご主人様になら、また人犬として飼われてもいいと思う程に。

 大事な娘も人犬として捧げて仕舞って構わない程に。


 けれどももう一度人犬にして飼って下さいとお願いしに行った時、中には酷い目に遭っている仔も少なく無いと聞きました。裸で飼われる人犬は寿命が短いとも聞きました。


 本物の犬と違い毛皮を持たない為に、若い頃には震えるだけで済む寒さでも、歳を取って来ると簡単に凍死してしまったりするのだとか。

 そこまで行かなくても、ずっと裸で飼われるのは、身体に大層負担が掛かる為、日本人の寿命は七十歳を超えたけれど、人犬の寿命は五十まで生きられるかどうか判らないんだそうです」


「でも自由の身に成れた今。時々懐かしく思うんですよ、あの頃を。

 ちっちゃい頃はいじめっ子だった坊ちゃんも、高学年以降は優しかったですし。

 自分が決めたことで悔やむ時、何もかもご主人様に決めて頂いた人犬の時代に戻りたくなる事もあるんです。


 もしもあの時、高等学校へ行く選択をしていたなら。今頃どうなっていたんでしょうね。

 あのご主人様の事ですから、今頃人間様に戻して頂けたとは思います。

 でも、この歳になって新しく人間様として出発するのは不安だらけだったでしょう。

 案外、私からずっと人犬で飼って欲しいと願い出ていたのかも知れません」


 しずさんのお話は終わったみたい。

 僕みたいな嘘んこの人犬と違って、ほんこの人犬は大変なようだ。

 少ししんみりした話だった。



「だから、チャコちゃんが人犬に成りたいって言っても、頭っから反対はしないんだね」


「まだちっちゃいから、いずれそんなことを言ったことも忘れてしまうでしょう。望んでされた事ならば、心に傷も残らないと思いますし。

 逆に大反対した方が却って意固地になりそうです」


「そうなの?」


「例えば、世界には何も服を着ないで暮らしている民族がいます。彼らの中では裸は恥ずかしいと言う考えはありません。

 例えば、キスが普通のご挨拶の国があります。そこでは毎日キスされてもそれが当たり前の事ですよね。

 テレビのお芝居を見たら判ると思いますが。丁髷だってお歯黒だって、昔はそれが当たり前だったんです。


 昔から、お女郎さんごっことかお医者さんごっことか、好奇心から子供がえっちな遊びをする事は良くある話で、普通はそれを一生引きずる事なんてありません。

 久子ひさこが自分からそれを望むのなら、たとえ人犬扱いされたって心に傷を作る事は無いと思います」


 昔、人犬として飼われていた静さんだから。自分の体験を元に言い切れるのだろうか。



「でも静さん。人犬って動物扱いだから、物みたいにあげたり貰ったりお金で売り買いされちゃうものなんでしょ?

 もしも、もしもさ。元の飼い主さんの所に戻って居たら、悲しい事に為っていたかもしれないよ。


 仔犬を他所よそにやっちゃうように、チャコちゃんだけ他所に貰われたり、余所に売られちゃったり。

 静さんは学校行かして貰えたけど、チャコちゃんもそうして貰えるとは限らないでしょ?

 だって人犬は犬なんだもん」


「それはそれで久子の運命です。

 ずーっと犬の生活になるんなら。今までの人間様として生きて来た事は何かの間違いで、自分は犬だったと思えるでしょう」


「あ、いや。あのね、ちっちゃい子は、その積りじゃなくても内緒話をばらしちゃうよ。

 僕の友達もね。親戚のおじさんに内緒で妹と一緒にお小遣い貰った子がいるんだけど。あっと言う間にばらしちゃったよ。

 そう言うのを、学校へやって大丈夫なの?」


「それならば、久子も学校に通いたいなら黙っていますわ」


「でも。人犬だってバレたらきっといじめられるよ。現にチャコちゃん。人犬の仔だっていじめられたんでしょ?」


 すると静さんはにっこりと笑って、


「いじめられていた訳じゃないですよ。ただ、人犬の仔犬に相応しい扱いを受けただけです。

 久子は知らなかったからショックを受けましたが」


 と言った。



 駄目だ。静さんの考えが普通じゃない。

 僕があたふたとしていると、


「おーい。静さぁ~ん」


 お兄さんが悲鳴を上げるように静さんを呼んだ。

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通い犬~僕が仔犬だった頃~ 緒方 敬 @minase_mao

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