第45話 静さんの話3
「痛い事って?
お爺さんが言っていた修行かな。お尻の穴に作り物の尻尾を差し込んで生活するやつだ。
「オス・メス関わらず、そう言うことに使われる人犬もいると言う話は聞いています。
ですが私の場合はそれとは違いました」
「良かった」
僕はほっとした。だって、指でカンチョーされるだけであれだけ痛いんだもん。
例えば僕の親指の三倍はあるお爺ちゃんのが、お尻の穴に突っ込まれる事を想像するだけでも、物凄く痛そうなんだもん。
「痛い事は全部で三つありまして。
一つはお尻叩き。悪い仔でもないのにおじさんがお仕置したいからと言う理由で打たれるのです。
大人でも、男の子はみんな意地悪なんだって思いました。
悪い仔の時と同じお仕置をされるのですから、痛くて痛くて泣きました。
でも、飴玉の魅力には勝てなかったんです」
随分な話だと思う。
「他の二つは?」
「一つは、ちゃんとした犬の仕草が出来るように、酢を飲まされて身体を折り畳まれました。
小っちゃくて身体が柔らかかったからこそなんとかなったんですが、
後ろ足で余裕で耳の後ろが掻けるようになるまで、随分と痛い思いをしたものです。
この時も、終わるとちゃんと飴玉は貰えたんですよ」
懐かしそうに言う静さん。
「そしてお終いの三つめは……」
「うわっ!」
静さんったら、茶の間にあった箸立てから頭の赤い丸い竹のお箸を取って、僕の目の前で右の鼻から左の鼻に突き刺して通した。
「こんな風に牛のように鼻輪を着けて、おじさんお家の坊っちゃんのおもちゃになる事です」
「おもちゃ?」
「ええ、おもちゃです。鼻輪に通した紐を引かれて四つん這いで歩かされるんです。
背中に坊っちゃんを乗せたり、坊っちゃんに引かれておもちゃの荷車を牽くんです。
確かに私と同じ位の背格好の坊っちゃんにお馬さんするのは大変でした。
それでも、加減を知らない坊っちゃんに鼻輪を引っ張られる痛さよりは楽だったんです」
「うわぁ~」
もうこれしか言いようがない。
「六歳になって、約束通り私は学校へ行かせて貰いました。坊ちゃんと同じ学校です。
服を着た人間様になって学校へ行って、帰って来て裸の人犬に戻る。そんな生活が続きました。
おじさんは私にも坊ちゃんにも、私が家でわんこしている時と、学校へ行っている時を使い分けるよう、毎日毎日話してくれました。なので最初の頃はちょっと失敗もありましたが、一年生の二学期に成る頃には、随分とそんな生活にも慣れました。
その頃。おじさんは坊ちゃんに発破をかける為、ことさら私を誉めました。
犬なのにここまで出来るのは頭が良いと。
私が良いお点を取って、坊ちゃんがそうでなかった時は、坊ちゃんの為に用意した学資で、坊ちゃんの代わりに私を上の学校に行かせるとまで言ったんですよ。
そして、お勉強で負けた犬っころに意地悪したり当たり散らすような、男らしくない事をしたら勘当する。と、坊ちゃんに釘を刺してもくれました。
幸い、坊ちゃんが男と言う言葉に拘る子供でしたので、おじさんの心配は杞憂に終わりは致しました。
三年・四年の時なんか、坊ちゃんと同じクラスに為ったんですよ。隣の席になった事もあります。
尤もその頃には、坊ちゃんは私で遊ぶよりも友達と野球や魚釣りをする方が面白くなって、家でもあまり構ってくれなくなりましたが。
五年の夏休み。色気づいた坊ちゃんが、また私で遊ぶようになりました。
人犬は犬と言っても身体はすっかり人間様ですから、ちゃんと女の子の身体なんですね。
ずっと裸で飼われている私の裸なんて見慣れている筈なんですが、改めて細かい所まで見たくなったんでしょうね。お医者さんのように弄られたり、目の前でうんちやおしっこをさせられたりもしました。
でも、一・二年の頃とは違って、お世辞でも『可愛い』っていってくれましたし、痛くて『きゃん!』と啼いたら、直ぐに止めて労わってくれました。
それにね。えっちなことをするご褒美だと言って、おやつを丸ごと全部くれたり、お小遣いで縁日におままごとのセットを買ってくれたりしたんですよ。
五・六年生の頃は。女の子の方が早く背が伸びるから、今ならお馬さんされても平気なので、
学校帰りにぼそっと、
『坊ちゃんまだ小さいから、今ならお馬さん大丈夫だよ』
と誘ってみても。
『もうそんなガキじゃないよ』
と背中に乗ってはくれませんでした。
その頃から、ちっちゃい頃が嘘のように、私に優しくしてくれました。
中学三年の時には、おじさんに直談判して、私を高等学校へ行かせて欲しいと頼み込んでくれたほどです。
今振り返ると。私を一匹のメスとして意識されていたようですね。
大学を出てお勤めに出たら、私を買い取って一生大事にしてやるからと言われました。
でも私は。小っちゃい頃からずーっと人犬として飼われていましたから、
多分自由と言うものにあこがれていたんです。高校へ行かせて貰う事よりも、誰かに飼われる人犬じゃなく、自分の力で生きて行くことを選択したんです。
結局は、元のご主人様を頼る事にはなりましたけれど」
静さんは、どこか遠くを見るような目で、人犬だった頃を振り返っていた。
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