限りある資源

スヴェータ

限りある資源

 地球から季節の移り変わりが消えた。春、夏、秋、冬、どれでもない。3月半ばから何か月経っても気温は変わらず、いくら種を植えても、水をやっても、植物は育たなくなった。花も木々も枯れ果て、土が露わになり、荒野が生まれた。


 動物は人間以外姿を消し、ペットを飼っていた友人は涙に暮れていた。しかし世界はそれ以上にタンパク源がなくなったことを気にしていて、様々なサプリメントが開発されたが、根本的な解決には至っていない。


 始まりは、私が高校を卒業したばかりの頃。空がカッと明るくなって、運悪く空を見上げていた友人が3人失明した。彼女たちは声を揃えて言う。「何かが横切った」と。


 横切ったものは鳥のようにも見えたし、ただの光の塊のようにも見えたという。失明した友人の1人は「確かに羽ばたいていた」と言ったが、他の2人には見えなかったとか。ともかく、その光の後から地球はおかしくなった。


 科学者たちはあの光の謎をいつまでも解明できずにいた。失明した友人たちも調べられたが、強い光による失明だということ以外、何も分からずじまい。それからもう15年。ここ最近は原因の究明より目先の未来をどう生きるかこそが課題となっている。


 こうなってから初めて実感した。生き物によってどれだけ生かされていたのかを。豚、牛、鳥、魚、野菜、果物。そして心には草、木、花。もう地球にはどれひとつとして存在しない。


 満足な食べ物も色味もないこの世界。私たちはそんな地球を既に受け入れていた。子どもはあの光以来1人も生まれていないから、その将来を気にする必要もない。あとは私たちが生きるだけ。何とか寿命を、終えるだけ。


 発展したものもある。芸術だ。絵画も、音楽も、ファッションも全てが色鮮やかで、これらの潮流を「カラフル文化」と呼ぶことが浸透しつつある。現状の打開。苦しい状況だからこそ、芸術は伸びやかな展望を見せた。


 ただ、明るいニュースはそれくらい。テレビや新聞が連日報じている死亡者数。サプリメント開発の進度と残数の情報。その全てが皆を不安に陥れた。そのせいか、朝の適当な星座占いに本気で一喜一憂する人が増えた。


 病院は満杯。ホスピスも満杯。日常に死が付きまとっている。私は美しい景色の記憶しかない3人の失明した友人たちが羨ましかった。いつだって失ってから気付く。未来ある景色、何と美しかったことか。単に色彩の問題ではない。生まれるという希望が美しかったのだ。


 あの光以来、人類は新たな資源を1つも見つけ出せなかった。あったものを消費していくだけ。枯渇の不安より、枯渇するまで人類は生き残れるのかという不安の方が大きかった。いや、人類というより、私。いくつまで生きられるのか。苦しまずに死ねるのか。気掛かりなのはそんなことばかりだった。


 失明した友人にはたまに会いに行く。あの光を「羽ばたく鳥のようだった」と言った子。他は死んでしまったから、もうその子にしか会えない。気がおかしくなっていて、いつもあの時の話をする。バサバサと羽ばたいていたの。その背にはリュックがあったわ。リュックを背負って、羽ばたいて行ったのよ。そう繰り返し喋るのだ。


 今日、彼女はこう言った。「リュックはとても輝いていた。あれは未来。限りなんてなかったわ。どこまでも、どこまでも続くの」。私は見えないことは承知で微笑み、「そうね」と優しく返した。


 1年後、事態は急転する。途端にサプリメントの生産は終わり、安楽死用の薬が代わりに大量生産された。テレビや新聞は死亡者数を報じなくなり、宗教者による人生についての話が様々な媒体を通して流れるようになった。


 きっかけは天文学者によるとある発見。地球から遥か彼方の星で、かつて地球にいた生き物が確認されたのだ。狂人の妄言として無視されていた友人をはじめとする失明者の「光り輝く鳥とリュック」の話も踏まえて、科学者たちは人類が地球に置いて行かれたのだと判断した。文学者ではない。科学者の判断だ。


 生命を生み出さなくなった地球の全ては、限りある資源となった。未来のないこの景色は何とも味気ない。その上朽ちる姿など、見られたものではない。


 だから私は、失明した友人とともにこの薬を使う。限りある資源は、こうして枯渇するのだ。

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