第六章・その6

「ああ、その話は聞いてるぜ」


 俺が言ったら、エルザが眉をひそめた。


「誰から聞いたの? 都の魔導師でも、一部の人間しか知らない話なのに」


「君のお母さんから聞いたんだ」


「ふうん。まあ、そう言うんなら、その話は信用してあげるわ。じゃ、べつの話をしましょうか? 私のお婆様が、どうして大魔導師って呼ばれていたか、知ってる? 特に魔法を使わなくても、誰が何を考えているのか、一瞬で言い当てられたからよ。ほかの魔導師が不思議がるレベルでね。お婆様は、注意して見ていれば、考えは行動にでるからすぐわかるって言ってたけど」


「君もできるじゃないか」


 ミーザがやっているところを見たことはなかったが、エルザが受け継いでいたか。そのエルザが静かに俺を見すえる。


「私が本気になって物を言っても驚かないのね」


「俺とはじめて会ったとき、君は俺に心を開いてくれた。ただ、早くお母さんに会いたいと言って、ぐずったりはしなかったな。それに、お母さんと再会したとき、喜びはしても、泣きはしなかった。もっと言うなら、自分をさらったエルフたちに恨み言も言わなかったし。それどころか、メアリーを助けてやってくれなんて言ってきた。いくらなんでも物分かりがよすぎる。何か仮面をかぶってるって思うのが普通だな」


「――そう。全部見抜かれていたの」


 エルザが苦笑した。


「私の年齢でこれをやると、周囲がおかしな目で見るからね。ずっと幼稚な振りをしてきたわ。大人になるまでは我慢しようと思っていたんだけど。ところで、あなたはどうして私と同じことができるの?」


「俺は冒険者だぜ。現場でいろいろやっていれば、裏側が見えてくるようになる」


「本当にそれだけかしら? 誰かにやり方を教わったんじゃない? そうでなくても、できる人間と、ずっと一緒にいることで、やり方を覚えたとか?」


「こんなことができる人間なんて、君以外に誰がいるって言うんだ?」


「私のお婆様」


「――どうしても、俺が大魔導師アーバンと関係があるって言いたいみたいだな」


「どうしても、お婆様とは関係ないって言いたいのね」


 エルザがため息をついた。


「そして辺境へ行って仕事をこなして、みんなが忘れたころ、都に戻ってくる。本当に、何十年もたって、みんなが完全に忘れたころに、いまと変わらない姿で」


「悪い冗談だ」


「私は本気で言ってるのよ。それに、その腕輪」


 エルザが俺の腕を指さした。


「私も知らなかった、お婆様のつくった魔道具。どうしてそんなものをあなたは持っているの?」


「言っただろう。生きていればいろいろある」


「そう」


 エルザが俺を見すえた。


「もう一度、質問をするわ。あなたは、かつて魔王を倒した六英雄のひとり、獣王ゲインなの?」


「違うよ」


 俺が即答したら、エルザが悔しそうに俺から視線を逸らした。


「残念ね。間違ってないと思ったんだけど」


「もしそうだったら、君はどうしたんだ? 隙を見て、俺のなかにある魔王の心臓を抜きとって、不老不死の研究にでもしたか?」


「私にそんな力があると思う?」


 エルザが苦笑しながら俺を見た。


「それに、助けてくれた相手を殺すような真似はしないわ。私はただ、興味があるから知りたかっただけ」


「そうか。残念だったな」


 話は終わったと判断し、俺は背をむけた。ちょっとだけ振り返る。


「あ、そうそう。俺は冒険者だ。依頼者とは信頼関係を築かなければならない。だから、仕事の依頼がきたら、話せることは正直に話す。ただ、俺は君のお母さんから依頼を受けたけど、それはもうこなした。それに、いまの君とは普通に世間話をしただけだからな。そういうときは、俺だって嘘くらい吐くぜ」


「え」


 あらためてエルザが俺を見あげた。


「それって――」


「さ、行くか。じゃあなエルザ。幸せになれよ」


 命の借りはこれで返した。そのまま、速足で市場へ歩く。でかい馬車が止まっていた。中年の男が荷台から重そうに荷物を降ろしている。


 エヴィンである。


「よう、おやっさん」


 俺が声をかけたら、エヴィンが顔をあげて俺を見て、驚いたような表情をした。


「確か、冒険者の。生きてたのか。絶対に死んだと思ってたのに」


「ずいぶんなご挨拶だな」


「仕方がないだろう。ドラゴンに襲われて、しかも槍で腹まで刺されて。普通は死んだって思って当然だ。獣人の生命力ってのはすごいんだな」


「言ったはずだぜ。俺はそのなかでも特別なんだ」


 言いながら、俺はエヴィンの運んでいる荷物を手にとった。


「仕事を手伝うぜ。また乗せてくれよ」


「おいおいおい、またドラゴンが襲ってくるんじゃないだろうな」


「安心してくれ。あの依頼はこなした。もうドラゴンはこないよ」


「へえ、そうなんだ?」


 俺と一緒に荷物を運びながら、エヴィンが俺を見あげた。


「じゃ、俺から口を利いてみるか。実を言うと、俺が行商でよく行く南の街で、えらい騒ぎが起こっててな。そこの長が、冒険者を集めようとしてやっきになってるんだ」


「話を聞かせてもらおうか」


「そりゃありがたい。これがなんと、かつて魔王を倒した六英雄のひとり、獣王の血をひくなんて言ってる獣人が大暴れしてるって言うんだ」


「ふうん」


 俺は苦笑した。


「そいつは偽者だな。まあいいさ。おもしろそうな話だし。その街まで、是非ともつれて行ってくれ」


 俺の冒険は終わらない――

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ゲイン 渡邊裕多郎 @yutarowatanabe

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