第六章・その5

「さて、次はどこで何をするかな」


 翌朝、旅支度を整えた俺は、部屋からでて階段を降りた。一階では、ザルトがテーブルに突っ伏していびきをかいている。


「じゃあな。おまえみたいに、何も考えていないような奴のことは嫌いじゃなかったぜ。酒はほどほどにな」


 意識のないザルトに言い、宿代を払った俺は外にでた。朝から市場は賑わっている。また、どこかの行商人の仕事を手伝って、それで馬車に乗せてもらうとするか。


「おはよう、ゲイン」


 さて、めぼしい行商人はいないかな、と思って見まわす俺に、聞き覚えのある声がかけられた。振りむくと、エルザがいる。両親の姿はなかった。


「おはようエルザ。驚いたな。お父さんとお母さんは?」


「まだ家で寝てるわ。私、こっそり抜けだしてきたの」


 とんでもないことを言ってきた。


「おいおいおい、それ、お父さんたちが目を覚ましたら、また心配するぞ」


「大丈夫よ。すぐに戻るから。ただ、どうしても確認したいことがあってね。それで、ゲインがこの都をでる前に聞いておこうと思ったの。想像通り、今日の朝、誰かの馬車に乗って、どこかへ行くつもりだったのね」


「俺は冒険者だからな。みんなが忘れたころに戻ってくるさ」


「だったら、なおのこと、その前に訊いておかなくちゃね」


 エルザが笑顔で言いながら近づいてきた。俺も笑顔で返す。


「俺で答えられることなら答えるぜ」


「じゃ、質問。ゲインって、何者?」


「――そりゃ、また、ずいぶんと抽象的な質問だな」


 俺は頭をかいた。


「言っただろう。俺は獣人の冒険者だ」


「それだけじゃないはずでしょう?」


 エルザの笑顔は変わらなかった。


「お母様は、何か知っているようだったけど、私には教えてくれなかったわ。だったらゲインに訊くしかないし」


「お母さんが教えないんだったら、俺が教えるわけにはいかないな」


「それなら、私が想像で答えましょうか?」


 エルザが俺を見あげた。すう、と顔から笑みが消えていく。その表情が、見る見る理知的なものになった。


「私は、魔王を倒した六英雄のひとり、大魔導師アーバンの孫娘で、同じく六英雄のひとり、聖騎士ガーディアの孫娘よ。そして都に住んでいる。簡単に言うと、貴族や王族と、ほぼ同レベルの扱いをされているわ。普通に考えて、私がさらわれたら都の騎士団が動きだすはずよ。あなたのような、流浪の冒険者に依頼が行くはずはない。ところが、お母様はあなたに依頼した。その時点で、少し話がおかしいと思って当然よ」


「ふむ」


「それから、私がゲインと最初に会った夜、私が寝たふりをしていたら、吸血鬼のヴィンセントがきたわね。あのとき、ゲインは言ったわ。永遠の命に興味はないって。そんなの、でるはずのない言葉よ。どうしてそんなことを言ったの?」


「ああ、やっぱり、あのときは起きてたのか」


 俺が言ったら。エルザは少し意外そうな顔をした。


「そっちのほうに驚くのね。というか、気がついてたの?」


「最初は俺も気がつかなかったよ。ただ、あのあと、夜中に君を背負って森のなかを歩いてるとき、俺はヴィンセントと再会した。君は誰だともなんとも言わないで、メアリーを助けてやってくれの一点張りだったな。ということは、以前にヴィンセントの自己紹介をどこかで聞いていたってことになる」


「――ああ、そうか」


 俺の指摘に、エルザが歯噛みした。


「あれは失敗したわね。私もまだまだだったか。まあいいわ。話をつづけるけど、ゲインは私をつれて、馬車に乗って、あの街からでたわ。そのあと、ドラゴン化したキャロルに襲われたじゃない? でもあなたは負けなかった。あの強さは何? さらに、投擲の魔法でお腹に槍を突き刺されたわ。でも平気で生きている。その異常なまでの生命力の秘密は?」


「まあ、世のなかには、そういう獣人もいるもんさ」


「だから、どうしてあなたはそうなのかって訊いてるのよ」


 エルザはやれやれみたいな手の形をとった。


「それほどの生命力を持つ獣人なんて、かつて魔王を倒した六英雄のひとり、獣王ゲインしか考えられないわ」


「またおかしなことを言いだしたな」


 俺もエルザにむかって、やれやれみたいな手の形をとってやった。


「君も知ってるだろう。獣王ゲインは魔王と対決したとき、君のお婆さんである、大魔導師アーバンをかばって心臓を貫かれた。有名な話だぞ」


「ええ、お婆様はこうも言っていたわ。獣王ゲインの口癖は、一度にふたつ以上のことはできない、だったそうよ。いま、私の目の前にいるあなたも、似たようなことを言っていたわね。だから、獣王ゲインは魔王と戦いながら、同時に仲間を守ることもできなかったって。それで、私を守ることに気をとられて、魔王に心臓を貫かれたって」


「へえ」


「でも、心臓を貫かれて死んだとは言ってなかった」


「何を言ってるんだ。心臓を貫かれたら、普通は死ぬもんだぞ」


「だったら、どうして獣王ゲインの死体はどこにも存在しないの? 巨人族の血をひいていて、ドラゴンに匹敵する巨体だったって聞いてるけど。ところであなたも、本当の姿はそうだったわね。あの夜、ドラゴン化したキャロルを締めあげて眠らせたときの姿は、私も木の上から見ていたわ」


「冗談はやめてくれ。獣王ゲインがいくら強いと言ったって、吸血鬼やエルフじゃない。時間が経てば限界もくる。魔王を倒した六英雄の伝説は百年以上も前の話だ。常識で考えて、生きているわけがないぜ」


「ええ、常識で考えればね」


 エルザは真顔のままでうなずいた。


「だったら私も常識でものを言わせてもらうわ。人間は永遠の命を欲しがるものよ。だから、この都には魔王の死体が回収されて、いまも研究されているんだし。お母様もお婆様の跡を継いで、いろいろやっているわ。それで、うまく行けば、普通の人間も不老不死の身体を手に入れられるかもしれない」


「いいことじゃないか」


「でも、たぶん、その研究は永遠に成功しないでしょうね。理由がわかる? 回収された魔王の死体からは、心臓が抜きとられていたからよ」

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