第12話 「時を選ばず、思いに応えて未来樹は煌めく」
店を終え喫茶店の前のステップを挟んだ向こう端。
手すりにもたれ掛かって
「青春って・・・いいなぁ」
石畳を歩いてくる瑠璃に気付いていた翔は、階段を上ってきた瑠璃(るり)が近付くのを待ってそう呟いた。
「オジサン1人で、何をセンチメンタルしちゃってるの?」
「1人じゃないよ、オバサンも一緒だろ」
「オバサンは酷いな」
「オジサンも酷いだろ」
「そっか」
2人して苦笑い。間に人ひとり入る程の距離間で立っていた。
「若いって良いよなぁ」
「羨ましがってばかりね、どうしたの?」
瑠璃の問いに翔は口の端で笑った。
「未玖ちゃん達見ててさ、俺達も昔はきらきらしてたな~って思ってさ」
翔が笑いかけ、瑠璃も笑う。
「きゃっきゃしてたね、私達も」
「グループデートしたな」
「したした」
互いに笑いあって、しばらくして笑い声が途切れた。
「・・・俺達、なんで別れたんだろうなぁ」
遠くを見ながら翔が呟いた。離婚を回避しようと思えば出来たのではないかと、ふと思うことがあった。
「何でだろうねぇ・・・」
2人して黙って街の灯りを見つめる。
「付き合ってた頃はあれこれと色んな事話したよな」
「話したねー」
「いっぱい喧嘩もした」
「した」
瑠璃が大きく頷く。
「良い意味でも悪い意味でも裏表無くて真っ直ぐで、本当に何でも話したわね」
「どうでも良いことで喧嘩してたな」
「ふふふ、そうね。 何がきっかけだったか忘れるくらいちょっとした事で喧嘩してたね」
吹く風に瑠璃の髪が揺れるのを翔は眺めていた。
「隠し事無く、毎日楽しくお喋りして喧嘩して暮らせると思ってたんだけどなぁ・・・」
少し不満そうに口を尖らせて瑠璃が言った。翔はそんな瑠璃の横顔を見つめていた。
「一緒に暮らしてたのに、いつから話さなくなったんだろうね」
遠くを見ながらそう言った瑠璃の目がこちらに向けられるのを恐れるように、翔は街並みに目を移す。
「すまなかったな」
「大切な時期に黙ってた・・・。 なんで最後、話しもせずに終わらせたんだろう」
瑠璃が足下に目を落として
風が木の葉を揺らし寄せる波の様な音を立てて過ぎて行くのを、2人は黙って聞いていた。
「俺達、物分かりの良い大人を演じてたのかな・・・?」
「そうね・・・。相手を思う振りして、良い人ぶって。喧嘩もしないで別れちゃった」
瑠璃が苦笑した。
「・・・安心、してたのかな?」
翔がため息を吐くようにそう言った。
「釣った魚に餌をやらないと死んじゃうのにね」
「まったくだ・・・」
「家は金魚鉢みたいよね」
「ん?」
「会話は水の入れ替えみたいなもので、会話がなくなると水が淀んで息苦しくなるのよ」
仕事に追われて朝早く家を出て遅い時間に帰ってきて、疲れていることを口実にろくに会話もしていなかった。
「1人なら気にならなくても・・・、2人だとさすがに息苦しかったな」
「・・・それで、外の空気を吸いに習い事?」
「絵画、絵はがき、陶芸、ちぎり絵、パッチワークにアクセサリー作り」
瑠璃が指折り数えながら笑った。
「手当たり次第だな」
「子育て中のママでいっぱいだったり子育て卒業世代が多かったり 、馴染めるグループに出会うまでに結構かかったのよ」
翔の見つめる街に目を向けて瑠璃が言った。
「楽しんでるんだとばかり・・・思ってた」
手すりに置いた腕に顎を乗せ、翔は軽く唇を噛んだ。
「外で何かをしている間だけはね」
翔の頭をそっと撫でた瑠璃の手に、柔らかな髪の感触が懐かしかった。
「ーーー今、楽しいか?」
「楽しい・・・。 うん、楽しい!」
「アラビア風の恰好で弾けちゃってるもんなぁ」
瑠璃が声を上げて笑った。
「お店をアラビア風に飾り付けてるからね。 私、結構いけてるでしょ」
屈託無く笑いベリーダンスをするように腰を軽く振って見せる瑠璃に翔は笑った。
「それも習ってたっけ?」
「習ってたよぉ~! かまってくれないから色気無くなったかと思ったんだよね。効果無かったな~」
翔は瑠璃がどんな風に自分へ色気を振りまいたのか思い返してみたが、記憶に残せていないことを呪った。
「あの恰好で商店街とかうろついてるんだろ?」
年齢より若く見える瑠璃は若い頃と変わらないスリムな姿をしている。商店街の男どもに声をかけられて立ち話をしているのを思い出して、翔は眉間に軽く皺を寄せた。
「何? 妬いてんの?」
瑠璃がくすくすと笑う。
「嫌いで別れた訳じゃないからな」
「そぉなんだ・・・。 なんか・・・嬉しいって言うか、恥ずかしいな」
体を軽くゆすりながら恥ずかしそうに瑠璃が笑う。
「別々の家に住んで、違う仕事して。 良い距離感だよな」
「付き合ってた頃みたいね」
瑠璃がまたくすくすと笑った。
耳元で聞き馴染んだはずの声が翔の耳にくすぐったかった。
(こんな風によく笑うやつだった・・・昔は当たり前のように耳にしてたな・・・)
翔はこんなに近い距離で楽しげな笑い声を聞くのはどれくらいぶりだろうかと思い返していた。
「瑠璃のアパートに突然行ったりしてたな」
彼女の驚く顔や嬉しそうな笑みが見たかった。
「うん、来てたね。いつも急に来るんだもん・・。 父さんと鉢合わせしたこと・・・!」
「あった!! 焦ったぁ~! 冷や汗タラタラ」
2人してお腹を抱えて笑いあった。
「今から来ないか?って電話したりもしてたな」
「泣きそうな声で電話してきた事もあったね」
「そうだっけ?」
「慌てて化粧もしないで行ったんだよ、覚えてないの?」
瑠璃に胸を小突かれて翔は首を捻った。
「すっぴんで?」
「そう」
「覚えてないな、すっぴんでも
「あら、有り難う」
「化粧落としてきたのか?」
「そう、すっぴん。 寝ようかと思ってたんだけど・・・翔が見えたから、ちょっと寄ってみた」
瑠璃はそう言ってちょっぴりはにかんだ。
「綺麗に落とせてるか?」
翔が瑠璃の頬を撫でる。
「何よ、綺麗に落としたわよ」
瑠璃はくすぐったそうに笑って翔の手を軽く退けた。
「オバサンになると皺に残るらしいぞ」
「酷いなぁ~。 ほかの女には言わないのに、意地悪ねぇ」
軽くふてくされて見せる瑠璃を見て翔が笑う。
「どれ、見せてみろ」
「暗くて見えないわよ」
翔は瑠璃の顎に片手を添えて、右頬左頬と確かめる。
「俺も老眼入ってきたのかな」
「良かった、老眼じゃこの距離だと皺が・・・」
翔がそっと顔を近づける。
「見えないだろうっ・・・て?」
「近付きすぎると・・・見えなくなるわよ・・・」
囁くような瑠璃の声を耳にしながら彼女の腰に手を回す。
「どうだろう・・・」
そう言って、翔は唇を重ねた。
2人の未来樹にぱっと光が射して枝葉が増えていくのを、飛空は2階から見ていた。
暗闇をバックに花火のように煌めいて、互いの枝が求めるように伸び絡むように交差して、もう何処までがどちらの枝なのかすら分からない程だった。
それは、
未来樹はいつでも枝葉を伸ばすその時を待っている。
きらきらと黄金の輝きを放ちながら伸びるその瞬間を2階から偶然見下ろしていた飛空は、2人の未来樹に気恥ずかしくも嬉しい気持ちになりながらそっと窓際から離れた。
そして思った。
飛空自身、自分の未来を見ることは出来ない。見ることが出来ないからこそ、良い未来を願ってより良い未来を育てていきたいと強く思ったのだった。
強い風を受けて
「スカイ、くすぐったいよ。どうした?」
盛んに鳴きながらスカイが飛空の肩に飛び乗って来て、顔をぐいぐいと押しつけ体をすり付けてる。
スカイは飛空に伝えたかった。自分の目に見えている飛空の未来樹の姿を。
飛空の光り輝く未来樹を間近で見ているのは黒猫のスカイだけだった。
ーーー 終わり ーーー
都市伝説のカエルは大樹の葉陰で黙り込む・・ 天猫 鳴 @amane_mei
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