第11話 「未来樹は育ち広がりせめぎ合う」

 未玖みくが電話をかけたのは翌日の学校終わりのことだった。

 飛空が出たらどうしよう・・・と、何度もスマホとにらめっこして波瑠妃はるひに励まされて電話をかけた。


「え? 予約? 大丈夫だけど、それくらいの人数なら予約しなくても・・・。予約有り難うございます。でも、本日のケーキくらいで大抵1種類しか用意してないんだよね・・・。あ、なら大丈夫だと思うよ。 はい、光栄です。では・・・はい。お待ちしております」


「予約? 誰からなんですか?」


 気軽さと丁寧さの混じる電話対応に飛空しょうが質問を投げた。


「未玖ちゃん」

「友達連れて来るんですか?」

「そ、女子3人に男子2人だって。お? また電話だ珍しいな」


 確かに店の電話が立て続けは珍しい。電話に出たかけるが意味ありげに飛空に目を向けたので、奥に行きかけた飛空はしばし足を止めた。


「替わりましょうか? ーーーあ、そうですか」

(僕に電話なのかな?)


 飛空は数歩翔に近付いて成り行きを見る。


「ええ、まぁ・・・恥ずかしながら父親めいたことを、あ、いえいえ」

(誰だろう?)

「ーーーああ、そう言うことですか。それは大丈夫だと思いますよ、ええ。飛空・・・君は異存ないと思います。未玖ちゃんには言い方を選んだ方がいいかとは思いますが・・・。 あ、お母さんもそう思いますか? 私も同意見です」

(未玖ちゃん? お母さんって・・・!)

「翔さん、何話してるんですかッ」


 話を続けながら翔が手で飛空を追い払う。


「ちょっと!」


 小声で食い下がる飛空に背を向けて翔は話を続けた。


「仲良くしてますよ、これからどうなるかは彼等次第ですけどね」

「彼等って誰のことですか?」


 小声で質問する飛空を翔は横目で見ながら笑った。


「軽い感じで、ええ、問題ないことはさりげなく言っておいた方がいいかと・・・」

(問題ないって何が?)


 詳しい会話は分からないのに色々と想像させられる言葉が聞こえてきて、飛空はいっそのこと翔の未来樹を見てやろうかと思ったが、それは止めた。勝手に他人の未来を見るべきじゃない、特に自分が知りたいだけで見るのは駄目だ・・・と自分をいましめる。


 電話を終えた翔は何食わぬ顔で未玖の用件を伝えた。


「今度の土曜日5名様の予約一件。本日のケーキ以外に少し見栄えの良いやつ作ってあげて」

「風切さんのお母さんからの電話は何だったんですか?」

「ん? ふふふん。教えない」

「気持ち悪いなぁ」


 翔から感じられる画策の気配に、飛空は胡散臭そうな顔で見つめた。


「お前のお母さんは、未玖ちゃんにお前のこと話して大丈夫かって」

「あぁ・・・」

「飛空が嫌がらないかとか、未玖ちゃんは飛空についてどう思っているだろうか? とかね」

「僕は構わないですけど・・・。 勝手な憶測で風切さんの気持ち伝えちゃ駄目ですよ。僕が見たのは・・・未来の事で今彼女がどう思っているかなんて分からないのに」


 客の座るテーブルに声が届かないように、途中から声を落として言った。


「・・・俺よりハッキリ知ってるんだろう? 知らぬふりとは意地の悪い奴だなぁ」


 呆れ顔の翔に飛空はむくれた顔をして奥へ引っ込んで行った。


( 恋心なんてくるくる変わるもんだよ!  昨日見た未来は過去の未来、変化してないとは限らないじゃないか!)


 翔の言うとおり飛空は未玖の未来を見た。見たからこその不安ともどかしさがあった。飛空は遠く離れた喫茶店にいてライバルは同じ学校の中、アクションを起こすにはあちらが断然有利だと思うと気が揉める。それくらいには未玖に気持ちが傾いていた。



 それぞれの思いを乗せて時間列車は音を立てて進んでいく。いても地団駄踏んでも止まらない。

 未来樹は育ち選ぶ枝の袂(たもと)にたどり着く。





 そうして土曜日がやってきた。



 穏やかに晴れた休日は電車の中も普段に比べて混んでいた。


 未玖は皆の案内役として張り切っていたが駅名を伝えてあった事もあり、駅が近付いて席を立つと仲間の中で一番後方になっていた。行動派の仲間の中にのんびり屋が入るとだいたいこんな事になってしまうのだが、未玖は少し焦った。


(ああ、私が先頭にならなきゃ! もたもたしてちゃ駄目なのに)


 ドアが開いて人が流れて行く。

 本流の端に立ってしまった未玖は横や後方の人にすり抜けられてもたついているうちに、乱暴に入ってきた男の人にぶつかって危うく奥へ弾かれそうになってしまった。

 その未玖の手を誰かが握って引っ張り出し、未玖は無事ホームに降り立つ事が出来たのだった。


「あ、ありがとうございます」


 手を差し伸べたのが誰か分からず、礼を言った未玖のすぐ近くで知った声が聞こえた。


「危ない奴。 大丈夫か? 風切かざきり


 声のする方へ目線を少し上げると間近に風早かぜはやの顔があって、30センチと離れていない距離に未玖は耳を赤くして俯いた。恥ずかしくて落とした目が自分の手を握りしめる風早の手を見つけて、思わず手から腕、肩から顔へと辿ってしまう。


(風早君が助けてくれたんだ~・・・!)


 真っ赤な顔で見上げる未玖を見て風早の顔も赤くなり、握っていた手をさっと離して歩き出した。


「さ、行こうか」


 その声に副キャプテンの牧瀬浩平まきせこうへいが続き未玖が後を追う。波瑠妃が後ろから未玖に体をぶつけて来て、目が合うとニッコリ微笑んで耳元で囁いた。


「そのままでも良かったのにね~」

「波瑠妃ったら・・・」


 未玖は波瑠妃から離れて先頭に立ち、喫茶店まで皆で雑談をしながら歩いて行った。





「いらっしゃい」


 喫茶店の入り口をくぐると落ち着いた声が歓迎した。


「こんにちは、翔さん。今日はよろしく」


 さぁさぁと席に案内されたのは左奥の4人掛けの席だった。男子が奥に座ろうとするのを波瑠妃が止めて、壁を背に波瑠妃と未玖が座った。そして波瑠妃の向かいに牧瀬、未玖の向かいに風早が座った。


「こっちに座った方が見渡せて、2人の表情を確認しやすいからね」


 未玖に波瑠妃が耳打ちする。確かに、こちらからは店全体が見渡せてカウンターも視野に収まった。


「5人の予約だったのに1人減っちゃって、ごめんなさい」

「大丈夫、1人くらいは許容範囲。未玖ちゃんがちゃんと連絡してくれて飛空も喜んでたよ」


 翔は未玖にウインクした。


「飲み物はこちらのメニューの中からお選びください」


 そう言ってメニューを置くと翔はカウンターに戻って行った。

 その後、水を持って来た翔が飲み物のオーダーを取って戻って行くまで、波瑠妃はずっと翔を見つめていた。


「未玖ぅ~、あの人翔さんって言うの? 格好いいおじさん! キュンと来ちゃった」

「どうどう」


 興奮する波瑠妃を未玖がなだめる。


「波瑠妃、翔さんはやめてよ。来づらくなるじゃない」

「そぉ? そこら辺のパパより格好いいし! 連れて歩きたい!」

姫川ひめかわ、おじさん好きなの?」

「格好いいおじさんが好きなの」

「ふ~ん」


 興味があるのか無いのか牧瀬は軽く質問してすぐに撤退した。


「それにしても、水澤みずさわが来れなかったのは残念だよな」


 牧瀬のその一言に波瑠妃の眉が跳ねる。


「牧瀬は明輝あき狙いだったんだね」


 波瑠妃がまた耳打ちして、何食わぬ顔で話しを続ける。


「大会なんだから仕方ないでしょ。集合時間に間に合わなかったら結構上位に食い込んでるから応援してって言ってたよ、応援してやりなよ牧瀬」

「3on3だっけ? バスケだよね。上位に食い込むくらいの腕なら何で部活入ってないの?」


 牧瀬が身を乗り出すように聞いてきた。


「明輝ね、中学の顧問&コーチとやり合って部活止めたのよ」

「なんで?」

「バスケは大好きです、練習は嫌いじゃありません。自分のレベルを上げたいとも思います。でも、 勝ちにこだわって怒鳴ったり暴力を振るわれるのは納得できません。日頃の練習の成果を見るための大会であって、私達は優勝するための駒じゃありません・・・って啖呵たんかを切ったの 」


「ひえ~! 水澤、格好良すぎるッ!」


 牧瀬の目がキラキラしてる。


「で、今は市民サークル入ってるの。大学生とかプロの人とかたまに来て教えてくれたりするみたいよ」

「バスケ止めないの凄い、なッ」


 やや興奮気味の牧瀬が風早に話を振り、風早がぽつりと言った。


「・・・なんか、分かるな」


 そんな話をしている間に翔が本日のケーキを持ってやって来た。


「可愛い!」


 女子の声がそろう。

 紫がかったピンクと白の二層に分かれた円筒のケーキの上に、ラズベリーと薄くスライスされた螺旋状の苺が配されてミント色の小さな小鳥が乗っていた。チョコレートソースが波のようにかかっている。


「ラズベリームースとレアチーズのケーキです」


 翔の声がことのほか落ち着いていて、ケーキの置き方が堂に入っているのに未玖と波瑠妃が目を奪われる。


「格好いい・・・!」

「嬉しいなぁ~、ありがとう」


 翔が波瑠妃に笑顔を向けると、波瑠妃は両手を口元に添えて小さく「きゃは」っと笑った。


「だって格好いいんだもん! デートして欲しい」

「援助交際って叩かれちゃうよ~。怖い怖い」


 波瑠妃の弾む声に翔が珍しくはにかんで戻って行った。

 3人がやや引き気味なのに気づいた波瑠妃が「食~べよう」と言ってケーキに手を着けて言った。


「美味しい物はさっさと食べないと、指くわえて見てるだけじゃ誰かに食べられちゃうよ」


 そう言って牧瀬のケーキをひとすくいして口に入れた。


「おい! 俺のに手を出すなよっ」





「きらきらしてるねぇ、俺も高校生に戻りたいよ」


 カウンターの向こうから見ていた翔が羨ましそうに呟くのを、様子を見に下りてきた飛空が耳にした。


「そうですね」


 珍しく賛同する飛空を翔が見やる。

 飛空にも彼等がきらきらとしているのが見えていた。何故か集中しなくても自然に見える未玖の未来樹に並ぶように、彼等の未来樹がクリスマスツリーの様に煌めいているのが見えていたのだ。


「飛空さん、格好いい!」


 ふいに女性の声がかかり、会計をとカウンターへやってきた客に2人は気づいた。


「今日は何かあるんですか? 一緒に写真撮って欲しいなぁ~」

「すいません、写真はちょっと・・・」

「いいじゃないですかぁ~」


 弾んだ女性の声に引かれて未玖と波瑠妃もカウンターへ目を向ける。


「あれが飛空さん? 可愛格好かわかっこいい!」


 波瑠妃が両手を握りしめて未玖に体を預ける。

 今日の飛空は未玖も初めて見るパティシエらしい服装だった。真っ白の服にワインカラーのタイをつけていた。押し気味の女性に対して困ったような気恥ずかしそうな顔で対応する姿に、更に彼女達の声が高くなる。


 波瑠妃が未玖を抱きしめて、キャアと小さく悲鳴を上げた。


「制服の魔術~! 守って上げたいレベル高め」


 横で盛り上がる波瑠妃に、飛空を見つめる未玖の頬も自然とピンク色に染まる。

 そんな未玖の表情を見ていた風早が振り返って飛空に目を向けた。


「普通にパティシエの恰好してるだけじゃん」


 そう言うと、ぷいっと向き直ってガツガツとケーキを食べ始めた。その姿を見て波瑠妃が未玖の背に顔を隠してくすくすと笑う。

 ケーキを食べる進み具合を見て、しばらくして予約席用のケーキを持って飛空が未玖達の席へとやってきた。

 3種類のやや小さめの四角いケーキが4人分、大皿の上にトリコロールに配置されて綺麗に並んでいる。その横に小さくカットされたサンドイッチとビスケットが添えられていた。


「もし甘すぎたらこちらで口直しを」


 そう添えた飛空の声が優しくて、未玖は盗み見るようにそっと飛空を見上げた。慎重に置いたケーキに向けられていた飛空の目がふいにこちらに向けられて目が合い、未玖が慌てて目線をはずす。


「飛空、取り分けたらどうかな?」

「自分達で出来るので、大丈夫です」


 飛空にかけられた翔の言葉に風早が食い気味にそう言って、その場の皆が珍しそうに風早に目を向けた。

 翔と飛空が席を離れ再び談笑が始まって、飛空は2階へ上がろうかどうしようかと迷っていた。ちらりと目を向けた未玖達の席から声があがる。


「か・・・風早、お前!」

「きゃあ! 風早、未玖をキュン死させるつもり?」


 未玖が顔を赤くして、風早と呼ばれる少年が慌てていた。

 飛空は一部始終を見ていて耳を赤くしながら目を落とす。未玖の口元に付いたクリームを風早が何気なく取って食べたようだった。


「い、いや。 つい、いつものことだからッ」

「今のは俺ついていけない、王子様過ぎるだろ」


 そう言いながら牧瀬が楽しそうに笑う。


「妹がいるんだよッ、小1でしょっちゅう口の回りにクリーム付けてて!」

「年離れすぎでしょ、嘘っぽ~い」

「本当だってばッ! 風切ごめん、つい」

「だ、大丈夫。ぜんぜん、全然気にしてないから」


 未玖が真っ赤な顔で手を振り首をブンブン横に振っているのを、飛空は目の端で捕らえながらじっとしていた。


「どうしたんだ?」

「さ、さぁ」

「何か知ってるわね」

瑠璃るりさん!」


 翔の元妻の瑠璃が、いつの間にかカウンターから身を乗り出して飛空の顔を覗き込んでいた。そして賑やかな席を見やって言った。


「あの中に飛空君のライバルがいるの?」

「ああ、未玖ちゃんの向かいの奴みたいだな」

「勝手に何言ってるんですか、ライバルとか!」

「どっちに決めるかは未玖ちゃんだけどさ、アピールはちゃんとしなくちゃ駄目よ」

「翔さん、瑠璃さんに何話してるんですか? 止めて下さいよ」

「親心を無碍むげに断るなよ」

「ただのお節介でしょ。 翔さん、ほら、会計。仕事しごと!」


 声をかけられず立っていた女性客に気づいて飛空が翔を追い立てた。


「俺より飛空に接客して欲しいよね」


 などと女性客に笑顔を投げかけて翔が話しかける。


「私は翔さんがいいです」

「私は飛空さんが、いいかなぁ」


 と、弾む女子にまんざらでもない顔の翔の肩を瑠璃が叩く。


「さっさと会計して上げなさいよ。お客様を待たせるもんじゃないわ、ねぇ~」


 威嚇するような瑠璃の笑顔に女性客達が強ばった笑顔を返す。彼女達が帰って行った後、カウンター席に座る瑠璃に翔が困った顔を向けた。


「うちの客を脅さないでくれる?」

「脅してないわよぉ。 おじさんが鼻の下伸ばしてるから見てて恥ずかしかっただけ」

「ふぅん・・・、妬かれるのも悪くないな」

「妬いてないしッ」


 うそぶく瑠璃を苦笑いしながら翔が眺める。


「いつものお願い」「はいはい」





 その後も瑠璃と翔の他愛もない雑談は続き、未玖達のテーブルは帰り支度を始めていた。

 奥へ退こうとする飛空を翔が捕まえて横に立たせる。


「翔さん、飛空・・・さん。今日はありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそ。またのご利用お待ちしてますよ」


 そう言って翔が飛空の背を叩いた。


「あぁ、予約は初めてで勝手が分からなくて・・・、有り難うございました」


 飛空が未玖に真っ直ぐ目を向けて言い、未玖も恥ずかしそうに笑顔を返した。


「似合ってますね」

「あぁ・・・有り難う、前に翔さんに買わされたんだ」


 少し伏し目がちに、首の後ろに手を当てながら苦笑いする飛空を見て未玖も笑った。

 そんな2人の間に割り込むように「美味しかったです」と風早が睨む様な目で言うのを、翔は楽しそうに笑顔で見ていた。


「さぁ、行こう」


 風早の先導で帰って行く。



 ちらりと振り返った未玖に飛空は自然と片手を上げて見送り、未玖も小さく手を振って遠ざかって行った。




 飛空には眩しかった。


 彼等の煌めく未来樹が羨ましかった。

 大人の未来樹も変化をして行くものだけれど、やはり若者の輝きには遠く及ばない。自分の未来樹を見ることの出来ない飛空は、子供らしい学生生活をしてこなかった自分の未来樹は貧相な姿かもしれないな・・・と切なく思ったのだった。

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