異世界の外交官

砂鳥 二彦

「異世界の外交官」



 うっそうとした森が広がる地で、とある諸侯同士の争いが起こっていた。



 平地の諸侯はもっと森を開拓し、新しい畑を作りたいと考えていた。しかし、そこは森の諸侯の領地とのはざま。勝手に木を切り倒し畑を拓こうとした平地の諸侯に、森の諸侯は当然激怒した。



 森の諸侯は飼いならした鹿に騎乗した騎士達を率い、平地の諸侯に戦争を仕掛けた。



 彼らには王という存在がおり、勝手に戦争を仕掛けるのは不敬と思われるかもしれない。だが王の権威は、紛争自体は両者に任せるという、有名無実な存在であった。



 その代わり、王は外交に秀でたある男を召し抱えていた。



「さて、どうしましょうか」



 男の名前はロクスレイ。絡繰りの左腕と絡繰りの弓矢の扱いに長けており、白いフードと赤髪が目立つ人物であった。



 赤い髪はともかく、白いフードは遠目からでも正式な使者であることを示すため、森の中でもはっきりと分かる風貌にしているのであった。



 王からのお達しは、平地の諸侯の懇請もあり、森の諸侯との休戦協定を結ぶことであった。



 平地の諸侯がそこまで慌てているのは単に負けが込んでいるだけではない。今は春、まもなく農耕期に入る。それなのに、平地の諸侯の兵士のほとんどは農家出身なのである。



 このままでは秋の収穫ができず、今年の冬を乗り越えられずに村民と諸侯の部下共々餓死するか凍死してしまう。



 一方、森の諸侯はというと、兵の多くは屈強な騎士である上、領地の餓死も凍死も豊富な森の資源により困っていない。加えて、野戦での戦闘は連戦連勝である。



 おかげで森の諸侯は平地の諸侯の街を包囲し、平地の諸侯の窮地を知ってか持久戦を挑んでいた。



 この負け戦を、無条件降伏ではなく。休戦協定に持って行けというのだ。



「まあ、なんとかなるでしょう」



 ロクスレイはそう呟きながら、森の諸侯の陣地に入っていた。



 とは言えど、そう簡単に陣地の奥に入れるわけではない。



 ロクスレイは陣地の少し前で、まずは十人ほどの小間使いに命じてハチミツ樽十個、塩樽ニ十個、干し肉を陣地の兵士の三週間分を贈り、森の諸侯との会談を持つことに成功した。



 こうして謁見は認められた。ただし、朝に付いたのに夕方まで何のお達しも歓迎もなくたっぷりと待たされたのだった。



 それから、ロクスレイは謁見の前に身体検査をされた。男三人がかりに服を剥ぎ取られ、下着まで脱がされ、文字通り尻の毛まで隅々と調べられた。



 その時、銀髪の騎士がロクスレイの外した義手を受け取ってこう言った。



「これが義手か。これも預からせてもらう」



「ええ、構いません。存分に持って行ってください」



 ロクスレイはそうして、検閲を過ぎ、初めて森の諸侯の前に謁見することができた。



 森の諸侯はその領土の深い森を思わす髭ををたくわえ、陣地用の木の椅子に座ってふんぞり返り、ロクスレイを迎えた。



「この度は御目通りありがとうございます」



「世辞は良い。用件を言え」



 森の諸侯はロクスレイの話に興味なさげだ。それもそうだ。王からの使者が無条件降伏を言いに来るわけがない。いい所、王からの休戦を条件とした贈物か領土の約束くらいなものだ。



 森の諸侯の目の前には喉から手が出るほど欲しい立派な農耕地が広がっているのだ。他の贈物や領土で釣り合うものではない。



「どうせ使者という名の道化師の類だろう。何か面白い芸でもしてみろ。そら、跳んで跳ねてワシを楽しませてみろ」



 そんな屈辱的な物言いに、ロクスレイは眉一つ動かさず微笑を湛えている。代わりに、しずしずとこちらの嘆願を届けた。



「この長き戦、どちらの臣下も国民も疲弊する一方、ここはひとつ休戦してみてはいかがでしょう」



「ハッ。冗談の下手な道化師だ。休戦をしてこちらの得はどこにある? それとも、休戦すれば切られた木々が戻り、死んでいった騎士が生き返るとでも?」



「切られた木々の材木は平地の諸侯が責任を持つと言っておられます。それに戦場で死したのは平地の諸侯の臣下も同じです」



「同じだと!? 無礼な、我が騎士と平地の農民兵士を同等の価値と考えているのかっ! 侮辱するならこちらも考えがある。貴様を密偵として拷問にかけてもいいのだぞ!」



 それでもロクスレイはひるまない。ただひたすら休戦の利を説き続けるのであった。



「平地の諸侯様はこの会談が失敗に終わった場合、全戦力で打って出ると申しています。そうなれば総力戦です。森の諸侯様の騎士達もただではすみませんでしょう」



「今度は恫喝か。面白い。はらわた煮えくりかえるほどだ!」



「平地の諸侯様は切り倒した木々の弁償の他にも、亡くなられた騎士達の賠償もいたします。なにとぞ、お考え下さい」



「ええい! 黙れっ! この狼藉者を縄に―――」



 森の諸侯がそう言いかけた時、遮るように側近が耳打ちをした。すると、森の諸侯の顔色が赤いものから青いものに変わり、静かになった。



「―――ところで、賠償というのは森の木々と臣下の犠牲だけではないのであろう?」



「もちろん、それについての迷惑料としていくつかの物品を献上させていただきます」



「ふむ。ではその詳細は側近に任せよう。その休戦、受けてやろう。ただし、我らが撤退する際に絶対追いかけぬこと。もし一兵でも出てくるようなことがあれば」



「はい、休戦協定を破ったものとするのですね」



「そうだ。では私は急用があるのでな」



 森の諸侯との謁見は、こうして終わった。





 ロクスレイは謁見を終えた後、休戦の細かい決定を側近と話し終えた。そうして自分の小間使い達の元へと帰る途中、あの銀色の髪の騎士に呼び止められた。



「話とは違うではないかっ!」



「なんのことでしょう?」



「わたしはただ、貴様から飼いならされた貴重な鹿を一頭欲しいと言われただけだ。だから兵の監視を緩めた。それなのに、飼い葉の中に毒を仕込むなんて!」



「… …そのことを誰かに話しましたか?」



「は、話せるわけないだろう!」



「それもそうでしょう。まさか信頼していた臣下が、敵から賄賂を受け取って謀略に加担したと知れば、どう処分されるでしょう。それも、まもなく行われるかもしれない総力戦で使う騎士の鹿を全頭、使えなくしてしまったとあっては」



「お、脅すつもりか?」



「いいえ、この度の戦。これ以上、死者も出ることなく休戦することができたのです。そう、ただの不幸なトラブル。鹿の飼い葉に誤って現地の毒草が混入していただけ。それだけですよ」



「… …」



「それでは私はこれで」



 ロクスレイは何事もなかったように、森の諸侯の陣地を離れていった。





「それで、どうやって銀色の髪の騎士を抱きかかえたのですか?」



 帰る際中、白いフードのロクスレイの傍らに緑のフードを被った少女がそう訊いた。彼女だけ、周りの小間使いとは体格も違い、小さい。それなのに、小間使いと同じ服装をして紛れ込んでいた。



「それは簡単なことです。銀色の髪の騎士は、私の義手を受け取ったのです」



「そうなのでしょうね。それが?」



「義手は絡繰りといったでしょう。つまり義手の中に宝石を入れておいただけです。それを銀色の髪の騎士は勝手に頂戴した。それだけです」



 ロクスレイは左腕の義手を撫でながら、よくやりました、と褒めてやっていた。



「もちろん、貴女の働きも見事でした。姿を見せずに、毒草を混ぜるのは大変だったでしょう」



「えへへっ。これくらい、いつもの仕事に比べれば楽なものです」



「そうですね。貴女にはいつもお世話になりっぱなしです」



 二人は互いに笑いあい、会談の成功を平地の諸侯に知らせるため、城の中に入っていった。





 彼の名前はロクスレイ。王はこう言う、彼は平和の仮面を被った優秀な密偵であると。

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