ぼくらの情事

新巻へもん

僕らはみんな生きている。生きているから……

 少し前まで、僕の一人称は「俺」だった。更に昔は、やはり「僕」だった。一人称が「俺」へと変わったのはいつ頃だっただろうか。ベッドの下や本棚の奥に母親には見せられない類のブツがしまわれるようになった頃だったかもしれない。僕では子供っぽい気がして周囲に合わせるように「俺」を使うようになった。


 一人称なんて本人が気に入ったものを使えばいい。とはいえ、周囲の認知している姿と一人称とのギャップがあれば、それは違和感になる。僕は今、守られ庇護されている立場である。どうもその境遇と「俺」は雰囲気が合わなかった。


 僕には彼女がいる。同い年の恵理は素敵な女性だ。合成樹脂製のボディアーマーにごっついブーツ、色気のない皮手袋にヘルメットを被った姿でも十分に魅力的だ。肩から下げたサブマシンガンやAKをぶっ放して奴らの頭を吹っ飛ばす姿は戦いの女神を彷彿とさせる。


 奴らというのは、ウイルス性大脳皮質不可塑変性症に罹患した人の慣れの果て。俗にいうゾンビである。人為的に発生したウイルスのパンデミックで世界の秩序はあらかた崩壊した。


 その中で僕のいる居住区は、以前とそれほど変わらない生活ができている。電気もあるし、飲料水・食料も豊富。そして山のような武器・弾薬。本来は日本にありえない数の火器と訓練された兵士がいたお陰で、僕は人間として生き続けている。


 僕は銃は使えない。限りある資源ということで恵理は僕に銃を使わせてくれなかった。代わりにステンレス製の矢を発射するクロスボウを与えられている。発射の反動が少なく、練習に使った矢が再利用できるからだ。


 そして、僕の主な役割は、恵理のパートナーだ。


 恵理はこの居住区の責任者である。ゾンビとのストレスフルな戦いを継続する中で、その心身にかかる負担は想像を絶するものがあった。まだ、20歳の若い女性なのだ。


 任務から戻ってきた恵理は外側に面していた衣服などを洗浄室に放り込むとシャツと短パン姿でプライベートルームに入って来る。薄い布地をピンと突き上げる突起には我ながらどうかと思うが僕の視線は釘付けになってしまう。シャワーを浴びてきた恵理は体にバスタオルを巻きつけただけの姿でベッドに座る僕を見下ろす。


 部屋の明かりは消えており、バスルームから漏れる明かりの中で恵理はにっと笑う。バスタオルをハラリと落とすと僕を押し倒して、すっかり準備のできた僕に跨った。

「さあ、生きている証をみせて」

 そう言って、自ら体を動かし始めうめき声をあげる。


 まるでヒモのようだが、これも生きていればこそだ。ぼくらは一つに溶けていった。

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