第71話 ホムラの神
こうして、ホムラを巡る神と虚霊の戦いは幕を閉じた。
戦った者たちに多くの傷跡を残したが、ホムラから虚霊の脅威は去り、ようやく平和と呼べる時間が訪れた。
俺はというと、ノラの力によって一命を取り留め、無事に神那へと帰ってくることができた……らしい。
表現が曖昧なのは、ノラに助けられた部分はおろか、レーゲンスを倒したかどうかの記憶すら全くないからだ。
とにかく負けてたまるかという気持ちだけは覚えているが、それ以外のことは綺麗にごっそりと抜け落ちていた。
それを素直に話したところ、ノラには「お主は本当に阿呆じゃな…」と笑われてしまい、ヒオリとミツキには戦闘の影響で記憶喪失になったのかと本気で心配されてしまった。
なんとも酷い言われようだろう?まあ、それだけ厳しい戦いだったし、後遺症が残っていてもおかしくないとは思うけど…。
何はともあれ、無事命を繋ぐことができたし、俺は俺の正しさを貫くことができたのだ。
それが俺にとっては一番重要で、この戦いで得た最も大きな成果だろう。
そして、ホムラを支配していたレーゲンスが俺に敗れことによって、ホムラ全体の環境は大きく変わることとなった。
なにせ事実上統治する者が消えたことになるのだから、あちこちで混乱が起こるのも仕方のないことだろう。それが“あのレーゲンス”なら尚更だ。
ひとまずはギンジたち指導力のある有力者に任せているが、近いうちに“村”と“町”を統合し、正式にホムラの代表を決める予定になっている。
それが終われば、少しずつ混乱も収まり、多くの人々がようやく訪れた平和を噛みしめることができるだろう
そして、全てが落ち着いた暁には、ホムラの代表者がこの地の新たな神である俺に会いに来るようだ。そこでようやく俺の神としての仕事がはじまることになる。
つまり、それまでは療養という名の缶詰め状態で、とにかく暇なのだ。
「何だかこうして暇してると、余計にむず痒いな…。どうにかならないのか?」
「そうおっしゃらずに、今は療養中なのですから我慢して下さい。私も含め、ホムラ様にお会いしたいと思う者は大勢いるのですが、どこもかしこも混乱していまして、いまホムラ様が出て行かれてしまうと、もう収拾がつかなくなってしまいます…」
あまりにも暇で文句を垂れる俺の言葉に、忙しなく働くミヤが申し訳なさそうに答える。
神と人との橋渡し役である神官は人間側の唯一の窓口であるため、それはもう色々なことをこなさなくてはならないのだ。
新たな神への挨拶文だとか、レーゲンスが滅茶苦茶に壊した信仰事業の復興だとか、目が回るほどの作業が山積みになっている。
それこそ俺が出て行けば一瞬で済むと思うのだけれど、どうやらそうもいかないらしい。
「なあ、ミヤも少し休んだらどうだ?俺は別に挨拶が遅れても全然気にしないし、なんなら挨拶なんて仰々しい儀式もせず、軽く話せればそれでいいんだけど…」
「いえ、人が新たな神に謁見するのですから、最初はそれ相応の儀式が必要です!これだけは譲れません!それにやっと夢にまで見た神々の逸話を体験できるのです!ここで妥協するなんて、出来ようがないじゃありませんか!」
「そ、そうか…。なら、ガンバレ…」
すごい剣幕だ…。いつもは物静かで落ち着いているミヤがここまで食い気味に熱弁をふるうなんて、よっぽど重要な儀式なのか、はたまたミヤの趣味なのか…。どうにも後者のような気がするけど、あえて触れるのは避けておこう…。
情熱を燃やすミヤを見て俺が顔を引きつらせていると、不意に声がかけられる。
「あ、ミヤさんだ!」
「主様もご一緒だったんですね。もうお怪我は大丈夫なんですか?」
「なんだ、ヒオリとミツキか。なにして―――って、また模擬戦してたのか…」
見れば、あちこちに傷を作り、衣服も泥だらけになっているヒオリとミツキがいた。
この二人はあれだけの死闘を終えたばかりにも関わらず、ほぼ毎日戦闘訓練をしているのだ。
「えへへ…。身体が疼いて仕方なくてつい…」
「僕らももっと強くならなくちゃいけませんから」
あまりの向上心に目が眩しい…。自分が毎日ぐうたらしているからか、その眩しさが心にグサグサと刺さってくる…。
あの戦いを終えてから、二人ともどことなく心の芯が強くなった気がする。吹っ切れたというか、絆が深まったというか、前に進む力強さが見ているだけで伝わってくるのだ。
「頑張るのはいいことだけど、ほどほどにしとけよ。ヒオリが暴れたら、そのうち俺の寝床まで倒壊しそうだからな…」
「む~どういうことですか!まるであたしがいっつも何か壊してるみたいじゃないですか!」
「実際姉さんは剣で僕の寝所を真っ二つにしたでしょ…」
「あれはミツキが避けたからじゃない!」
「いや、躱さないと僕が真っ二つになってたから!」
「ヒオリ、やんちゃもほどほどに、ね?」
「ミヤさんまでぇ…!」
最後にミヤがとどめを入れ、ヒオリは心が折れたようにうなだれた。それを見て、皆がふき出すように笑い声を上げる。
こんな他愛のない会話をワイワイとできるのも、今までのことを振り返れば嘘のように思えてきてしまう。けれど、こんなありふれた光景こそが、俺たちが勝ち取った世界なんだ。
「なんじゃ、お主ら、こんなところに勢揃いしておったのか」
「ノラ…やっと起きてきたのか…。本当によく寝るよな」
盛大に寝癖をつけたノラがあくびをしながら歩いてくる。
陽はとっくの昔に昇っており、なんなら少し傾きはじめていた。寝坊というよりは昼夜逆転生活そのものだ。
レーゲンスとの戦いが終わって以来ノラはいつにも増して惰眠を貪り、それはもう盛大にだらけていた。
そんな偉大な守神の姿を見て、普段はだらけているヒオリでさえも微妙に引いていた。けれど、ノラは全く気にすることなく、むしろ余裕気に笑みを浮かべる。
「寝られる時に寝るものじゃからな。少しすればお主にも地獄のような激務が待っておるのじゃから、精々身体を労わっておくとよい」
「ハ、ハハ…お手柔らかにお願いします…ほんとに…」
ノラがまるで地獄という名の楽園へ招待する悪魔のような笑顔を浮かべる。
どうやら神になった直後は気の遠くなるほどの仕事が舞い込んでくるらしい。ノラはその時のために身体を休めているのだ。
俺はそこまでしなきゃならない激務はお断りなんだけど…。
つい仕事の山に埋もれる妄想をして、俺が死んだ魚の目をしていると、ノラは打って変わって真面目な雰囲気で言葉を続けた。
「ともあれ、これでお主は正式にホムラを統べる神となった。お主に宿っている“ホムラの炎”が何よりの証じゃろう。そして、ここから先は、お主がこの地を治めることになる。人々を導く焔となり、ホムラを照らしていってほしい」
俺はふと、自分に宿っている燃えるような熱い炎を見つめた。この炎は“ホムラの炎”と呼ばれ、正式にホムラの神となった者が引き継いでいくという由緒ある炎らしい。
絶大な力を持ち、数々の虚霊を打ち滅ぼしてきた神の炎。それこそが窮地の俺を救い、レーゲンスを打ち破る原動力となったのだ。
なぜあの時俺に宿ったのかはわからないが、この地――ホムラに認められたということなのだろう。
「神様…か…」
その言葉の重みを、俺はまだ知らない。けれど、自分の命が抱えているモノの重さはよく理解している。
この世界は優しくない。きっと、俺だけだと辛くて抱えきれないことだってあるだろう。
でも、俺には支えてくれる仲間たちがいる。それは俺がこの世界に転生したからこそ得られた、かけがえのない大切な存在だ。
「そうですよ、ユズル様!なんたって神様なんですから!」
「僕らも出来る限りのことはします。だから、胸を張ってください」
ヒオリとミツキ―――神を守護する式の姉弟が揃って信頼を寄せてくれる。
「ホムラ様、私たちはあなた様を信じて共に歩んでいきます」
ミヤが祈りを捧げるように手を組み、澄んだ眼差しをまっすぐ向けてくる。
「ユズル、お主はお主が生きたいように生きればよいのじゃ」
そして、ノラが優しげに言葉を重ねた。
最初から俺を見てくれていたノラの言葉は本当にずっしりとくる。思わず泣きたくなるような感情が湧いてくるが、ぐっとこらえて静かに空を見上げた。
ああ、こんなに幸せな気分になれるんだな…。
そして、俺は優しく包み込んでくれる皆の心根を確かに噛みしめながら、清々しい気持ちで笑顔を浮かべた。
「最初に言っただろ?死にたくないって騒ぎ立てるぐらい必死に生きてやるさ」
俺は、俺たちは誰もを救えるような全知全能の神様にはなれない。けれど、だからこそこの世界で生きようと思えるのだ。
俺たちは神様になれない ~転生したら辺境の神様だった~ 柊つばさ @tsubasa_he-ragi
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