第3話:会合当日③

 今回出されたお触れのメインはチェフィーロの目指す《宮廷御用絵師》ではなく、美術品の専門家や修復師である。ご存じの通り、古今東西のあらゆる美術品を所蔵している王宮だが、程度に差はあれどそれらの大半が損傷していた。長く続いた内乱で人々が美術品を楽しむ余裕がなかったことが遠因となったのである。そのため、王宮は美術品それぞれの制作事情に通じた専門家や修復師を求めているのだ。ティルは《プリエール・ラファーリア》をはじめ、国内外の様々な美術品の修復を手掛けていた。特に彫刻の修復に関して右に出る者はいないとまで謳われているぐらい。このミーティングに参加することも至極当然のことなのだが……。

 「……《御用絵師》ですか」

 「ん?どうかしたの?」

 「いえ、こちらの話でございます」

 先に進もうとしていたアッスワールがこちらを振り向くので、チェフィーロもペンを置き彼に続いて門扉をくぐった。すると、まだ所持品検査の列にも並んでいないにも関わらず、担当とおぼしき衛兵が二人ほどとんできたではないか。

 「伯爵さま、困ります! 武器や凶器となるものの持ち込みは禁止だとご案内したはずです」

 「武器?凶器?どれですか」

 「そちらですよ!その白い布に包まれた長物です」

 チェフィーロは何が悪いのかよくわかっていないような様子で持っていた白い包みに視線を落として、ややおいてからアッスワールに視線を送る。視線を向けられた当人は額に手を当てて深々とため息をついていた。まるで、どうしてそれ持って来たんだよ、と言わんばかりに……。

 「その包みはこちらでお預かりしてよろしいですね?」

 「それは困ります。こちらはわちきの商売道具ですから」

 見てもらえばわかってもらえるでしょうか、と続けながら彼はゆっくりと白い布をとき始める。

 「ほら、武器ではないでしょう?」

 「え?いや、先端とがっているでしょう? ……武器じゃないって、どこからどう見ても武器じゃないですか。凶器ですよ!」

 「武器でも凶器でもございませんよ。こちらはとある発明家が作ったロッド型のガラスペン、画材でございます。とがった部分はペン先、こちらのギミックはカードリッジを仕掛けるもので……」

 チェフィーロが指さしながら説明しているそれは、彼の言う通り確かにガラスペンであった。ただし、衛兵たちがこう言うのも無理はない。なにしろ彼がロッド型と説明したように全長はチェフィーロの身の丈ほどもある、さながら長槍だ。ペン先と称された先端はガラス製、成人男性の手ほどもありそうで鋭利な刃物のようにとがっている。極めつけに軸はガラスでも木製でもなく合金製のようだ。彼はこれを「画材」と言ったが、事情を知らない者からすれば、どこからどう見ても「凶器」である。

 「チェフィ、無理だよ。預かってもらいなって……」

 「嫌です、なんならここで御覧に入れましょうか?こちらが武器ではなく、画材であることを……」

 チェフィーロの眠そうな目がつと細められた。ガラスペンをまるで槍のように構える姿に得体の知れぬ恐ろしさを感じた衛兵が後ずさり、さらには所持品検査の列に並んでいたミーティング参加者たちまでもがにわかにざわつき始めた。

 と――。

 「いいんじゃないの?持って行かせてあげれば」

 騒ぎを聞いてやってきたのだろうか、王宮の方からやってきた騎士服の青年がチェフィーロのガラスペンを見ながら楽しそうにそう言ったのだ。驚くチェフィーロとアッスワールの目の前で、いいよな、と衛兵たちに釘をさす青年。すると、やや引き気味だった衛兵はコクコクと何度も頷きながら、もちろんです、と返事をした。

 「よろしいのなら願ったり叶ったりですが、どのような風の吹きまわしでございますか?」

 武器だなんだとさんざん言われて少しムッとしていたチェフィーロにとって青年の話はいい話なのだが、いかんせんいい話すぎる。こうも簡単にくつがえされてしまうとそれはそれで不審に思うのも不思議ではない。

 「だって、周りが何て言おうと、それ画材なんでしょ?画材の持ち込みは禁止してないし、君は何にも禁止事項に触れていないじゃないか」

 青年がへらりと笑いおどけたように言うと、所持品検査待ちの者たちも納得したのか、それっきりこちらを見て騒いだりすることもなくなった。チェフィーロは目を細めたまま睨むように青年を見た。そんなに睨まないでよ、と軽口を叩く青年を黙ってじっと見つめ、

 「……まあ、よござんしょ。感謝申し上げます。 ――行きますよ、ワール」

 口先だけの礼を置いてチェフィーロはさっさとその場を立ち去る。アッスワールはその後に続く前に青年に一礼をして一言、すみません、と付け足した。青年は首を横に振ってから、上手くいくといいね、という謎の言葉を口にして手を振ってくる。何を考えているのかさっぱりわからない、これはあまり深く関わらない方がよさそうだ。

 「なんか腑に落ちないけど、没収されなくてよかったね」

 「……ええ」

 対するチェフィーロの返事もいまいち歯切れが悪い。どうかしたのか聞こうとした瞬間、チェフィーロが突然あっと声をあげてアッスワールの方を振り返った。その目つきはいつもの眠たげなあの目に戻っている。

 「せっかく王宮に来れたことですし、ミーティングの時間までお庭のスケッチをさせてもらえるようにお願いして参ります」

 「え、ちょっと!」

 「ワールは先に中に入っていてくださいな。では」

 「待って……って、行っちゃった。あーもう!勝手なんだから」

 呆れたような表情をこしらえてため息をつく。彼もああ言っていることだし先に入って待たせてもらうとするか。アッスワールはそう心の内で呟きながら一足先に宮殿へと足を向けたのだった。

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