第2話:会合当日②


 王宮に続く道は長い長い一本道。途中整備された美しい庭を持つ公園や帝立博物館の並んでいるこの通りは通称 《アーチステイル》と呼ばれている。王宮につながる道はここしかなく、王宮に向かう者たちは自然とこの通りへと集まってくるのである。

 そして今日、《アーチステイル》にはとてつもない人数の人々が波のごとく押し寄せて往来を埋め尽くしていた。こんな様相の《アーチステイル》を生まれてこの方、一度も見たことのなかったチェフィーロは呆然とした表情をこしらえ思わず一歩引いてしまう。元々人混みや喧騒が苦手であの小さな公園に避難していた彼である。もう帰りたい、と思うのは不自然なことではないだろう。

 「チェフィーッ!こっちこっち!」

 そんな彼の気持ちを留めたのは背後から聞こえる耳慣れた声。同時にスーツの袖を掴んで引っ張ったのは発明家のアッスワールであった。その姿はいつものつなぎを着てボサボサ頭の青年……ではなく、今日はアッスワールもスーツのフォーマルコーデ。実は彼も発明家として今日の芸術サロンの技術者ミーティングに参加することになっているのだ。

 「うう……く、首が、苦しい」

 「がまんなさいませ。せっかくスーツを貸して差し上げたのですよ。もっと背筋を伸ばし、堂々と振る舞ってください」

 「そうだけどさ、これいくらなんでも細すぎないかい? サイズいくつだよ」

 本当はネクタイをしっかりしめておくべきだとは思うが、ここまで苦しいとどうにも集中できない。シャツの第一ボタンを開けてスカーフを巻き直すアッスワールはうらめしそうにチェフィーロをみやった。

 「さあ……。いつも専属のテーラーたちが採寸から生地選びまで全て行いますから、詳細はわかりませんね……」

 「なんだよそれ、特注サイズってことじゃないか、まったくもう……」

 ブツブツと文句を言うアッスワール。誤解のないように記しておくが、彼もけして太っているわけではない。発明家という職業上、大小様々な工具や機器を扱うため、筋肉もそこそこの引き締まった体つきなのである。また、彼は背も高く一般的な成人男性の纏う服のサイズより一つ上のものが一番体にあっていた。対するチェフィーロは背丈こそ一般男性と変わらないが、筋肉らしい筋肉があるのかも怪しく極めて華奢な体つきだ。苦しいのも当然である。

 すると、チェフィーロは深々とため息をつくアッスワールに突然顔を近づけると、慣れた手つきでスカーフを直し始めた。細い指、長いまつげに隠れる双眸、整った容貌がかもし出す色気にアッスワールは少しだけ困惑する。

 「ちょ、ちょっと……」

 「ああ、確かに苦しそうです。サイズも確認せずに申し訳ありません。わちきのものよりもてて様のスーツをお借りすればよろしかったですかね」

 「な、何言ってるの!アディス公のスーツだなんて畏れ多いよ! チェフィのでいい、チェフィのがいい!」

 少し照れたような表情でうろたえるアッスワールにチェフィーロはクスッと笑いかける。全くこの幼馴染は素直でうぶなところが好ましい。

 「おや、さんざん文句を垂れていたのに……。そうですか、わちきのものがようございましたか。朝の往来の中心で熱烈な口説き文句をありがとうございます」

 「……はっ! ち、違う! いや、違わないけど……。からかうなよ、チェフィーッ!!」

 「ふふ……。ほら、おいていきますよ、ワール」

 このように談笑しながら往来を歩いていく二人だったが、王宮に入る第一の門扉が遠目に姿を現すと自然と表情は引き締まり背筋も伸びた。帝都で育った二人にとって王宮は風景の一部のように見慣れた建物であるが、今回は外からただ眺めているだけではなく内部に入るのだ。王宮の中には王族はもちろんのこと、自分たちより身分がずっと上の貴族たちもたくさんいる。くれぐれも無礼があってはならないし、多少の礼儀知らずや粗相も許されない空間、それが王宮内部だ。

 門の前には衛兵がおり身分や持ち物の確認を行っていた。二人はその行列の最後尾にくっついて前にならって足を進めていく。ふと後ろを振り返れば、最後尾であった彼らの後ろにはさらに列が続き、見渡す限り人、人、人、といった風で、さながら人の海から押し寄せる波に流された心地である。

 なかなか進まない列に特別いら立つでもなく黙って進む。念入りに調べなければ王宮に不逞の輩が足を踏み入れてしまう。危機を未然に食い止めるための大切な手順なことは重々承知している。特に今日は技術者ミーティングのため、普段王宮に来ないような人物もたくさん訪れる。そのため、いつもより時間をかけて慎重に行っている様子が見て取れた。

 「すっごい人……、この人たち全員ミーティングに参加する人たちなのかな」

 「半数はそうかもしれませんね」

 沈黙に耐えかねたアッスワールが口を開くと、先ほどよりもややトーンダウンしたチェフィーロの声が返ってきた。

 「ん?元気ないね、緊張してきた?」

 気になってチェフィーロの顔を覗き込みながら首を傾げると、彼は目の前で大きな欠伸を一つ、

 「いえ、ただ退屈なので眠くなってきただけですよ」

 なんと、これから王宮に入るというのに緊張感の欠片も見せないチェフィーロ。アッスワールもしばらくポカンと開いた口が閉まらなかったが、やがて堪えられなくなったようにふき出して肩を震わせた。

 「……プッ! さすがだね! 図太いというかなんというか……」

 「それは心外ですね。失礼というものではありませんか、ワール」

 「ごめんごめん!悪気があったわけじゃないよ。思ったより緊張していないことに驚いただけさ」

 「過度の緊張で心身の作用が正常でなくなっては元も子もございませんから」

 チェフィーロの冷静な声と言葉を受けてアッスワールは安堵する。

―― 心配でついてきたけど、杞憂だったかな?

 ようやく門扉の目の前にまで到着し、いよいよ次が二人の番だ。

 「技術者ミーティングのおふれを拝見して参りました。絵師のチェフィーロ=ネーベルです」

 「同じく発明家のアッスワール=ライードです」

 「承知いたしました。ではこちらにサインをしていただいた後、所持品の検査を行いますので、そのままお進みください」

 衛兵の言葉に従ってペンを取る。差し出されたのは王宮を訪れた来客をまとめる芳名録、その中に見知った名前を見つけてチェフィーロは少しだけ目を細め人知れず薄く笑んだ。


 『 御用絵師 伯爵 ティル=レダストゥリ 』

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