第10話

 花咲さんとの約束前夜。

 その日も僕は、自室のベッドでアカネとDMでやり取りをしていた。

 今日は好きなライトノベルの話で盛り上がり、その主人公がモテすぎだという話題になった。


アカネ《そういえば漆星くんってモテるの?》

漆星 《いやいや、モテないよw》

   《学校でも男友達とばかり一緒にいるし》

アカネ《えー本当に? モテそうだけどな?? 漆星くんとお話するの楽しいし》

   《じゃあ、女の子と一緒に遊んだりということもないの?》

漆星 《え……あーいやーどうだろ》


 可能性が薄くなったとはいえ、アカネの正体は花咲さんかもしれない。もしそうなら、彼女とは明日まさに一緒に遊ぶ約束をしているのだが、本人の名前は何だか意識しているみたいで出しづらい。

 僕がどう返信しようか迷っていると、アカネが次々とメッセージを送ってくる。


アカネ《あ、その反応はあるんだ! どんな子と遊ぶの?》

   《おーい、漆星くーん?》

   《漆星くんってば~!》


 どうしてそこまでがっつくんだ!?

 というかもし花咲さんだとしたら、分からないふりをしているのだろうが……。

 もういっそ、ちょっとカマをかけて確かめてみるか。


漆星 《アカネこそ異性と遊んだりしないの?》

   《明日とか。誰かといっしょにゲームをしたりとか》

アカネ《なんだかすごく具体的だね……w けど残念ながらないよ》

   《だから今度、漆星くんとそういうことしたいな?なんて(チラッ|∀・)》

   《でも今は漆星くんの話! ねえね、漆星くんはどうなの!》


 あくまでもしらを切るつもりなのか。あるいはアカネが実は林檎なのか。やっぱりこれだけでは判断が難しい。それどころか、あっという間に話題の中心が僕の方へと戻ってきてしまった。


漆星 《こ、この話は終わり! 今日はもう寝よっ!》

アカネ《えぇー!! じゃあ明日教えてよね! 絶対だよ!》


 アカネはどうしても気になるようだった。この分だと本当に明日も追及してくるかもしれない。どうにか言い逃れる話題を用意しておかなければ。

 それはそうと明日は花咲さんと遊ぶことになるのだ。そう思うとわくわくと緊張で変な汗が出てきた。今夜ちゃんと寝られるか不安である。

 それでも明日は訪れる。僕はスマホを充電器に差して学習机に置き、明かりを消してベッドに潜ったのだった。


◇◇◇


 翌日の土曜日。

 その日はよく晴れていた。初夏も終わりかけ、そろそろ本格的な夏の訪れを感じさせる気温である。

 僕は電車を使って隣町の駅へと来ていた。

 午後一時に隣町の駅前で約束をしていたが、現在時刻は十二時二○分。

「早く来すぎたかな……」

 楽しみすぎて何本か早い電車で来てしまったのだ。

 けれど、花咲さんの方を待たせるよりはずっといいだろう。

 広いけれど店も何もない田舎特有の駅構内を抜け、東側出口の正面に出る。そこはタクシー乗り場やバス停などの敷地が広がっていた。その敷地が待ち合わせ場所である。

「あれ?」

 駅前の敷地には何本か木が植えられている。細くて低い木だが、緑の葉が生い茂っており休憩するにはもってこいの日陰ができていた。

 その内の一本の下に花咲さんが立っていたのである。

 その服装はいつもの制服とは違う。明るい色合いの花柄ワンピースに半袖カーディガン。ワンピースの丈はちょうど膝くらいまでで、そこから白くてほっそりとしたふくらはぎが覗いていた。手にはスマホと財布くらいしか入らなそうなほど小さい鞄を持っている。

 花咲さんらしい、清楚ながらも可愛らしいコーデだ。僕は白シャツにパーカー、七分丈のパンツと無難な服で来てしまったけど大丈夫かな。彼女と釣り合う気がまるでしない。

「あ、天野くーん!」

 花咲さんが僕に気が付いて、屈託のない笑みで手を振ってきた。

 たぶん学校中の男子たちが今の僕の状況を羨むことだろう。そして、その全員が恐らくこの状況に直面した時、見とれて固まってしまうに違いない。つまり僕がそうだった。

「ほよ? どうしたの天野くん?」

 そんな僕を心配して、花咲さんが元気に駆けてきて僕の顔を覗き込む。

 薄らメイクをしているのか、唇の色がいつもよりちょっぴり赤い。

 服装も相まって、今日の花咲さんは十割増しで天使に見えた。

 十秒くらい見とれた後、ようやく僕は可愛さの金縛りから解き放たれた。

「あっいや! 何でもないよ! それよりごめんね花咲さん、ひょっとして僕遅刻した?」

「ううん、今日が楽しみで早く来ちゃったの」

「そ、そう」

 花咲さんも楽しみだと思ってくれていたんだ。それに、自分と同じようなことをしていてなんだか嬉しい。緊張のせいで気の利いた返しができないことも今は気にならなかった。

「じゃ、じゃあさっそく行こうか」

 僕は顔がにやつきそうになるのを誤魔化してそう言った。

「うん、行こ行こ~」

 花咲さんの案内で僕らは肩を並べて歩き出した。

 駅から十五分ほど歩いたところにある、新築の家ばかりが立ち並ぶ住宅街の一角に花咲さんの家はあった。僕の家よりは新しくて大きいものの、他の家とあまり違いはない。しかし、いざ目の前にするとなぜかドキドキしてきた。

 女の子の家に遊びに行くなんて小学校以来無かったのに、今僕が目の前にしているのは学校での人気も高い可憐な容姿をもつ花咲さんの家なのだ。そう思うと緊張して、冷や汗が額を伝った。

「あれれ、もしかして天野くん緊張してる?」

 花咲さんがニヤニヤと訊いてきた。

 僕が頷くと、彼女は「あはは」と笑った。

「大丈夫だよ。今日はお父さんやお母さん、二つ下の妹も出掛けてるから二人きりだもん」

「いやいや、なおさら緊張してきたんだけど」

「どうして?」

 純粋な瞳で訊ねてきた。

 そんな女の子に、あんなことやこんなことを妄想していたとはとてもじゃないが言えない。かわりにやんわりと学習してもらおう。

「今度からは恋愛ゲームもやってみるといいよ。そうすればたぶん分かると思う。ゲームは貸すからさ」

「よく分からないけど、うん分かった! 今度貸してね。約束だよ?」

 意外にも花咲さんは乗り気だった。その純粋さを保てるようにゲームのチョイスには細心の注意を払わなければ。

「さあ、入って入って」

 花咲さんに導かれて玄関に入った瞬間、微かに甘い匂いがした。彼女の服から時々香ってくる匂いだ。そのせいでさっきまでの緊張が再来してしまった。

「お、お邪魔しまーす……」

 家に上がると階段を上って二階へ。上ってすぐのドアを開けたところが花咲さんの部屋だった。

 丸テーブルや本棚など、ピュアイエローを基調とした可愛らしいデザインの家具が置かれた部屋。腰くらいの高さの衣装箪笥の上には、女の子らしい小物に紛れるようにして“ウォーカー君”の試作品と思われるものもあった。

 ベッドにはマシュマロのようなクッションといっしょにやっぱり“ウォーカー君”が横になっている。こっちのは抱き締めるのにちょうどいいくらいのサイズだ。あのぬいぐるみを抱き締めて眠る花咲さんを想像するとつい頬が緩みそうになった。

 そんな部屋に一歩足を踏み入れるなり、花咲さんの甘い香りそのものが全身を覆った。

 ドキリと胸が高鳴る。

 当然のことだが、確かに花咲さんがここで暮らしていると実感。それと共に緊張が一気に最高潮にまで達する。

「ちょっと飲み物用意するから座ってて。ごゆっくり~」

 そう言い残して花咲さんは一階へと降りて行ってしまった。

「ごゆっくりと言われても……」

 ここは花咲さんが暮らしている部屋なんだ。ここで花咲さんが着替えたり寝たり、あんなことやこんなことを……って何を考えてるんだ僕は! 落ち着け……!

 深呼吸をして気分を落ち着かせ、花咲さんの戻りを待った。

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ネット彼女だけど本気で好きになっちゃダメですか? 烏川さいか/MF文庫J編集部 @mfbunkoj

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