第9話

 花咲さんは深呼吸をして、ゆっくりと口を開く。

「あのね……実はわたし、人には言えない趣味があるんだ」

「は、花咲さんに?」

 ごくり、と僕は生唾を飲み込んだ。

 花咲さんが……人に言えない趣味……!? き、気になる。気になるが……しかし、他でもない花咲さんが人に言えないと言うのだ。訊かないのがマナーというものだろう。

「それでね、同じ趣味をもつお友達を見つけたいなって思って、最近ツインクラーを始めたんだ。前よりだいぶ機械には慣れてきたつもりなんだけど、ツインクラーの機能とか使い方がいまいち分かりにくいところがあって」

 花咲さんは小さく舌を出してお茶目な笑みを見せた。

「なるほど、事情は分かったよ。それでツインクラーを教えてって言ったんだね?」

「うん、教えてもらえるかな?」

「そういうことならもちろんいいよ。花咲さんの頼みなんだから断る理由がないって」

 花咲さんには何度となくお世話になっている。いつも気を回してくれるし、林檎に虐げられている時だってすぐに助けてくれる。

 告白かと勘違いし、勝手に落ち込んでいる自分がいるが、彼女の役に立てるのであれば僕は何だってできる。

 花咲さんは安心したように手を胸に当てて目を細めた。

「ほんとに! わぁよかった! もうね、アイコンの背景の画像の変え方も分からなくて」

「ああ、あれね。確かに初心者には難しいかも。じゃあまずはアカウント開いてみて」

「うん……あ」

 花咲さんはスマホをスクールバッグから取り出しかけて固まった。

 どうしたんだろう……いや、そうだった。花咲さんは人には言いづらい趣味の仲間を見つけようと思ってアカウントを作ったのだ。だったら、アカウントを見ることでその趣味が何か分かってしまうかもしれない。僕のバカ。なんて考え無しな発言をしてしまったんだ。

「あ、ごめん! 人には言いづらい趣味だったね。やっぱり、僕のアカウントでやって見せるよ」

 慌てて僕は自分のスマホを出して画面を明るくするが、花咲さんはそっとその上に手を添えて制する。

「ううん、やっぱり言うよ」

「でも……」

「ううん、天野くんなら大丈夫。天野くんはこの前、アカネさんとの秘密を話してくれたし、オタクくんだし」

「いや、あれは事故だったし、無理して話さなくても……ってオタクなの関係あるの?」

「うん、ちょっとだけ。それに天野くんにはね、お話ししたいなって思うの」

 花咲さんは真っ直ぐな瞳を僕に向けてきた。そんな目で見られたら断れない。

 僕は花咲さんと目を合わせたまま頷いた。

 すると、花咲さんは「だいじょうぶ……天野くんなら」と消え入りそうな声で呟いたかと思うと、不安そうな面持ちでゆっくりと口を開く。

「わ、わたしの趣味はね……そのね…………ゾンビ……」

「……うん?」

 今、ゾンビって言った? 何かの聞き間違い?

 うまく理解できない様子の僕を見て、花咲さんがさっきよりもはっきりと付け加える。

「えっと……ゾンビの頭をぶち抜くのが……」

「う、うん……?」

 どうしよう、さらに理解不能になった。花咲さんが拳銃を片手にアクロバティックな動きでゾンビたちを撃ち殺していく光景が頭に浮かぶ。

 すると、あたかも僕の頭の中の映像を掻き消すがごとく手を振り回して花咲さんが慌ててツッコむ。

「本物のゾンビじゃないよ! もちろんゲームのお話だよ! ほら、少し前からまた流行ってるゾンビワールド・オンライン」

「え、ひょっとして花咲さんZWシリーズが趣味なのっ!?」

「ということは天野くんも?」

 花咲さんが目を丸くした。驚き半分、喜び半分といった表情だ。きっと今僕も同じような顔をしているに違いない。

 ZW──ゾンビワールドは、僕らが生まれる前からあるシューティングゲームで、日本を中心に世界中で人気が高い。現在、メインシリーズは八作目まであり、その他オンラインゲームや外伝版など数々のゲームが発売されている。

 ホラー要素が強いせいか、ネット以外でそのゲームをやっている仲間は見つけられなかったのだが、まさかこんな身近にいたとは。

「うん、あのシリーズ小学校の頃から好きで6まではやったよ。でもオンラインはまだ手をつけてないんだ」

「わたしもあのシリーズずっとやってきたの! オンラインもベータ版の時からやってるんだぁ~」

「それはなかなかの猛者だね」

「中でもやっぱりオンライン版のゾンビは可愛いんだぁ。這いずり方とか倒れ方とかほんとにキュートな動きなの!」

「へ、へえ、そうなんだ」

 ゾンビが可愛いかどうかの話はよく分からないが、花咲さんは僕よりもZWをやり込んでいるようだ。

 じゃあどのキャラが一番好きで、どのシリーズが一番お気に入りなのだろう。得意の武器は何か。いつから始めたのか。どうしよう、話したいことがいっぱいで興奮が止まらない。

 何から話すべきかと迷っていると、花咲さんが手を口元に当ててクスクスと笑い始めた。

「うわぁこれすごい、運命だよ! ゾンビが引き合わせてくれた運命なんだよ!」

「え、そんな運命はちょっと嫌かもだけど……というか運命はちょっと言い過ぎだって」

 ゾンビはともかく、運命とまで言ってしまうと、まるで花咲さんが僕と結ばれるみたいじゃないか。いや、しかし彼女は天然だ。きっと無意識にそんな発言をしているだけだ。

 ああ、でも花咲さんがそう思ってくれてたらいいなって期待してしまう自分がいる。

「言い過ぎじゃないよ! すごいよ! そうだ、じゃあわたしのツインクラーアカウントと繋がろうよ!」

 花咲さんは弾んだ調子でそう言ってスクールバッグからスマホを取り出した。花やハートが描かれたスマホケースに覆われ、例の“ウォーカー君”が付けてある。

 そうか、僕が目の前にしているのはアカネの可能性が高い女の子なのだ。元より断る理由なんて無かったが、ここで繋がっておけばアカネである証拠が見つかるかもしれない。

「うん、もちろんいいよ!」

 僕は二つ持っているアカウントの内どっちでフォローするか少し迷ったが、花咲さんはリアルの友人たちに趣味のことがバレたくないだろうし、裏アカの方でフォローすることにした。

 彼女からアカウントIDを聞いて打ち込むと、出てきたアイコンを見せて確認する。

「このアカウントだね?」

 アカウント名は“ココ”。アイコンはZWにも登場するゾンビ化したウサギだ。

「ん、ココ……?」

 ココという名前にはどこか見覚えがある気がした。

「うん、そうだよ。何か気になることでもあったかな?」

「あ、いや何でもないよ」

 きっと何かの気のせいだ。そう自分に言い聞かせて忘れることにした。

「そう? じゃあフォローボタンを押しちゃお~」

「オッケー……あっ」

 言う通りにフォローボタンを押して気が付いた。

 フォロワー数は1。つまり僕が最初の一人目だ。

 花咲さんがはにかむ。

「うふふ、天野くんはわたしの記念すべき初めての人だよ」

 不覚にもドキッとしてしまった。

 違うと分かっていても別の意味に聞こえてしまう。落ち着け僕!

 深呼吸をしている僕に、花咲さんがスマホ画面を見せてきた。それは自分のアカウントページのフォロー欄のようだが、僕のアカウントだけが表示されている。

「もちろんフォローの方もね」

「えっと、ありがとう、花咲さん」

「こちらこそ」

 花咲さんの初めてのフォロワーになれたことは、何か特別な存在になれたような気がして嬉しかった。今日ほどツインクラーとZWをやっていてよかったと思った日はない。趣味やツインクラーで花咲さんと繋がれたのだから。

「ところでこの名前何て読むの? うる……うるしほし?」

「うるぼしだよ」

「へえ、カッコいい名前だね!」

「そこはあまり触れないでくださいお願いしますっ」

 中二病全開の名前なので恥ずかしくて仕方がない。

 僕は誤魔化すようにして本題に戻す。

「そういえば、ツインクラーの機能を教えるって話だったね。ちょうどツインクラー開いてるし、このまま教えるよ」

「そうだった! よろしくお願いします、天野先生っ!」

 花咲さんは改まったように頭を下げて、えへへと笑った。

 それから僕は、花咲さんが分からないツインクラーの使い方について説明した。

 基本的な投稿の仕方や拡散の仕方、DMの送り方や細かな機能など。

「……お、おう、なるほど。ほーほーつまり、いいねはDMして拡散がフォローするんだね……うむうむ」

 花咲さんはくるくると目を回しながらうわ言のようにそう言った。

 だめだ、一度にたくさんのことを教え過ぎたせいで彼女の理解力のキャパシティを超えてしまったようである。続きは明日以降にするのがいいかもしれない。

「今日はこの辺にして、そろそろ帰る? 結構遅くなってきたし」

 僕がスマホのロック画面に表示された時計を向けながらそう言った。

 時刻は午後八時になろうとしている。

 すると、時計を見た花咲さんは目を丸くして驚いた。

「ほわっ、だいぶ経っちゃってたねっ!? 早く帰らないとお母さんに怒られちゃう!」

「じゃあ急いで帰ろう。途中まで送っていくよ」

 僕たちは会計を済ませて外に出る。外はすっかり暗くなっていた。

 花咲さんは確か電車通学だったはずだから、駅まで送ることになるだろう。

 僕らは二人、閑静な住宅街を歩いた。

「ごめんね、わたしの都合で振り回しちゃって……」

 隣を歩く花咲さんが、僅かにこちらへ顔を向けて申し訳なさそうに眉を曇らせていた。

「いいっていいって。楽しかったし、それにZW仲間ができたから」

「えへへ~。天野くん、ありがとうね」

 花咲さんは弾んだ声でそう言い、空を見上げた。街明かりのせいで星一つ見えない黒い空だが、何か特別な星でも見つけたかのようにうきうきとした目で語り出す。

「わたしね、今すごく嬉しいの。ゾンビゲームが好きなんて言ったらみんなにどんな反応されるのか怖くてなかなか言い出せなくて、でもいっしょにゲームをしたりそのお話をしたりするお友達が欲しかったんだ」

 花咲さんは屈託のない笑顔をこちらに向けた。

「だからね、わたし、天野くんに相談できて本当に良かったなって」

 今の花咲さんの顔は、今まで見てきたどんな彼女の笑顔よりも輝いて見えた。そんな彼女の表情に僕は釘付けになってしまう。

 そんなこと言われたら嬉しいに決まっている。しかし、改まってそう言われるとどうにも照れ臭かった。

 花咲さんは前方突き当たりに跨線橋らしきものを捉えると、踊るようなステップで僕の前に出て振り向いた。

「あ、もう駅近くだから大丈夫だよ。送ってくれてありがとう~」

「う、ううん、でもほんとに大丈夫?」

「だいじょうぶだいじょうぶ~。また明日ね、天野くん」

「うん、また明日」

 花咲さんは回れ右をし、駅へと跳ねるようにして駆けて行った。

 僕はそんな彼女の背中を見送り、米粒くらいにしか見えなくなったところで来た道を戻る。そして考え事をしながら帰路へとついた。

 今日のことで、花咲さんがツインクラー初心者であることが分かった。

 アカネはツインクラーをちゃんと使いこなしているように見受けられるため、花咲さんがアカネである可能性はほぼ無くなったと言ってもいいかもしれない。

 しかし、やはり花咲さんの雰囲気はどこかアカネに似ているような気がする。それに僕の前でツインクラー初心者を演じている線も捨てきれない。って、それこそあの花咲さんには考えづらいことなんだけど。

 そんな考え事をしつつ家に帰り、夕食や風呂を済ませてから自室に戻ると、スマホに一件通知が来ていた。

 どうやらツインクラーのDMのようである。送り主は“ココ”と表示されていた。

「お、さっそく送ってきたんだ」

 DMについてはさっき教えたばかりだ。覚えたての機能を使ってみたくなったのかもしれない。

 僕はベッドに寝転がり、スマホでツインクラーのDMを開く。


ココ 《や》


「や?」

 花咲さんからのメッセージはたった一文字。まるでダイイングメッセージだ。

“や”って何だろう。何かの略語だろうか。うーん分からない。

 今にも、や、の意味を検索しようとしたところで、追加のメッセージが送られてくる。


ココ 《ごめんね。途中で送っちゃった~》


 なんだそういうことか。僕もよく文章の途中でメッセージを送ってしまうことがある。一文字でやらかすのは初めて見たけど。


ココ 《やっほー、天野くん!》

   《今日お礼を言いそびれちゃったからちゃんと言わなきゃって思って!》

   《ツインクラーについて色々教えてくれてありがとう~。それでね、もしよかったらなんだけど、これからも分からないこととか教えて欲しいなって》

漆星 《もちろん任せて! 僕もそう言ってもらえてすごく嬉しいよ!》

ココ 《やた! 本当にありがとうね、天野くん!》


 花咲さんに必要とされるのは嬉しい。これをきっかけにもっと仲良くなっていけたらいいな。

 うきうきとした気分で返事を送ろうとしたが、花咲さんからのメッセージが続いた。


ココ 《あ、それとね。今週末、わたしの家に来ませんか?(≧◇≦)》


「花咲さんの……家!?」

 いきなりのお呼ばれ!? 確かにさらに仲良くなれたらとは思ったけど段階ぶっ飛ばしすぎでしょ!

 いいの? 行っちゃってもいいの!? あとでドッキリ大成功って言われない?

 ああどうしよう手汗でスマホがうまく操作できない。胸の鼓動がうるさいほど高まっている。

「お、落ち着け僕……っ!」

 自らに言い聞かせるようにそう言った僕のもとにさらにDMが届いた。


ココ 《いっしょにゲームしたいなって》


「あ……やっぱそうだよね……期待して損した」

 けれども確かに、今日はツインクラーについて教えてばかりで、ZWについては話し足りなかった。きっと彼女もそう思っていっしょにゲームをしようと言っているのだろう。

 もちろん断る理由はない。それに、これはチャンスかもしれない。花咲さんがアカネであるか、最後の見極めをするのだ。

 学校では林檎がいるからなかなか花咲さんと二人きりになることがない。花咲さんとちゃんと話をするにはこれしかない。


漆星 《もちろんいいよ。ZWやるの?》

ココ 《うん! シリーズ全部あるから、好きなのをいっしょにやろ!》

   《あでも、よかったらオンラインの方もいっしょにやろうよ~?》

漆星 《いいね! やり方とか色々教えてよ》

ココ 《もちろんもちろん! って言っても、ほとんど操作は同じなんだけどね》


 そのようにして、僕と花咲さんは週末の土曜日にいっしょに遊ぶことになった。

 ゾンビ狩りなんて、男女が行うドキドキイベントからは程遠い。けれど僕は土曜日が待ち遠しくて仕方なかったのだった。

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