第8話
あれは昨年の11月頃、生徒会役員になったばかりの時。
つまりは、春風さんがまだ加入していない現在の生徒会が発足した時のことである。
僕は毎日林檎と喧嘩ばかりしているせいで、生徒会の中で浮いた存在になってしまっていた。このままではみんなの迷惑になるだけだし、辞めてしまおうかと悩んでいたほどに。
そんなある時の放課後、僕は花咲さんにアインで呼び出された。
花咲『今日は生徒会がないみたいなんだ(*^_^*) それで、ね。ちょっとお話ししたいことがあるからいつも通りに生徒会室に来てくれると嬉しいんだけど、だいじょうぶかな?』
最初は告白ではないかと期待した。
なにせ、この文面を見ればどう考えてもそうである。
しかし、当時は花咲さんとあまり話したことがなかったし、そんな心当たりもまるでなかった。そういえば彼女は林檎の親友らしいし、いつも林檎と喧嘩ばかりしている僕に文句の一つでも言おうとしているのかもしれない。ならば行かないでおこうかと思った。
けれども万が一告白だったら、花咲さんを傷付けることになるし、なんかもったいない気もする……。まあ、何にしても行ってみないことには分からない。
放課後、そんなことを考えながら言われた通り生徒会室へ赴くと、部屋の隅の給湯スペースでお茶を淹れている花咲さんが屈託のない笑顔で出迎えてくれた。
「あ、今日は早かったんだね。いつも時間ギリギリに来てるから今日ももうちょっと遅いのかと思ったよ。とにかく座って待ってて」
てっきり、眉を吊り上げた花咲さんが待ち構えていると覚悟していたものだから拍子抜けだった。
ひとまず僕がいつもの席に座ると、花咲さんはほうじ茶の入った湯呑みを出してくれた。
そして花咲さんがにこにこしながら僕の隣の席に座り、椅子をズズッと寄せてきた。まるで恋人がお喋りをする時のような近さだ。
一体何が目的なんだ!?と、これには僕も動揺。けれども、それを悟られないように平静を装って訊ねた。
「それで、はな、話って?」
「あ、うん。どうしても天野くんと話したいことがあってね」
告白か文句か、いよいよそれがはっきりする。どちらが来てもいいように僕は身構えた。
花咲さんが真剣な面持ちで僕に問う。
「天野くんって、どんなお茶が好きなの?」
「……へ?」
僕は訳が分からなかった。予想した二つのどちらにも、掠りすらしない話だったのだ。
それでも花咲さんはお構いなしで続けた。
「いつも天野くん美味しそうにお茶飲んでくれないから、実は細かな好みがあるのかなって思って。天野くんのお茶の好みを教えて欲しいなって」
え、そんなこと?と唖然とすると同時に、申し訳ない気持ちが湧いてきた。僕がお茶の味を楽しめなかったのはたぶん、いつも林檎といがみ合っていたせいだ。花咲さんには悪いことをしたかもしれない。
僕はそれ以前に、もっと根本的なことがあると気付いた。
「というか、それならアインで聞けばよかったんじゃない?」
「あ……」
花咲さんは恥ずかしそうにもじもじとした。
「わたし、実はあまりスマホが得意じゃなくて。文字打つのもやっとなんだぁ」
「でも今日の呼び出しのメッセージだって花咲さん送れたじゃん?」
「あれはお友達に打ってもらったの」
「その友達絶対に変な誤解してるよ!」
「変な誤解?」
花咲さんはきょとんと首を傾げた。僕に送られてきたのは明らかに告白をする前の乙女の文章だったのだが、純粋過ぎてどういうことか分かっていないのかもしれない。
まったく、話してみればとんだ天然のおかしな子だ、と思った。
ツッコミを入れたら喉が渇いたので、何気なくさっき花咲さんに淹れてもらったほうじ茶を飲んでみる。
「あ、美味しい」
茶葉の香ばしさが鼻を抜け、ほどよい熱が流れ込んできて落ち着いた気分になった。これまで飲んできたものと味も香りも同じなのに、何か違う不思議な力を秘めている感じだった。まさか、たった一口のほうじ茶でここまで落ち着くなんて。
「よかったぁ。このお茶ね、天野くんのことを想って淹れてみたんだ。その想いが少しは伝わってくれたのかも、えへへ」
花咲さんはそう言ってはにかむ。それは天使のような笑みだった。
「だからね、もし生徒会嫌だなって思ったりしたら、わたしのお茶を飲んで落ち着いてくれたら嬉しいな。心も身体もぽかぽかになってくれたら、わたしも幸せになれるんだぁ」
まさか気付いていたなんて。あまり話すことがなかったのに見てくれていたのか。
そして僕のためだけにわざわざお茶まで淹れてくれた。
そんな子にこんな笑顔でこんなことを言われてしまってはもう辞められない。
こうして僕は生徒会を続けてみようと思い、今も所属し続けている。
辛くなっても嫌になっても彼女がいる──あの、笑顔の天使が。そう思うと頑張れた。
だから僕にとって花咲さんは、憧れとともに恩人のような存在でもあるのである。
そんな花咲さんに今また、話があると呼び出された。
以前のようにお茶の話題? あるいはまさかの告白? それともやっぱり花咲さんがアカネなのだろうか?
僕と花咲さんは完全下校時刻寸前で校門をくぐり、近くの喫茶店へと場所を変えた。
住宅街の中にひっそりと建つ、レトロな造りのこぢんまりとした店。半地下なこともあり隠れ家的わくわく感を覚えた。正面のカウンター席と右奥の方に数個のテーブル席がある。所々にアンティークの小物が置かれ、どこか懐かしい雰囲気だ。
僕らはテーブル席に座った。ここならば落ち着いて話ができそうである。
「ここ、あまり知られてない穴場なの」
花咲さんがそう言うように、僕も今日連れられてくるまでこの店の存在すら知らなかった。ここならば秘密の話をするにはうってつけかもしれない。
僕はコーヒーを、花咲さんはココアを注文し、それぞれ一口ずつ口に含んだところで僕は切り出す。
「そ、それで、話って何?」
「あ、うん」
花咲さんはもう一度ココアに口を付けてから深呼吸をし、僕を見つめる。
「あの、ね……天野くん」
唇を小刻みに震わせ、緊張した面持ちで言う。
え、この反応、ひょっとして告白しようとしてるの!?
ああ、どうしよう、僕まで緊張で頭が真っ白になってきた。こんなことになるなんて思ってもみなかったから、どう答えればいいか分からない。こういう時はまず感謝の意を伝えればいいのかな。よし、ひとまず次に彼女が口を開いたらお礼を言う準備だけしておこう。
そしてついに、花咲さんが言葉を紡ぎ出した。
「天野くんって、SNS廃人なんだよね?」
「ありがとう! ……って、へ?」
予想外の言葉に僕は一瞬固まってしまった。
えっと……この子は今、僕がSNS廃人かって訊いたんだよね? なぜ? どうして? 訳が分からない。
僕が何か聞き間違えたのだろうか。SNS廃人に似た響きの他の単語。そうだ、もしかしたら「好きな人いる?」って聞いたのかも。いや、似ても似つかないって!
困惑する僕に花咲さんが続ける。
「今日林檎ちゃんが言ってたよ。天野くんはSNS廃人だって」
「あ、あーあの発言……」
それは本日の生徒会が終わった後の雑談でのことだ。確かに林檎が僕のことをそう罵倒していた。
「あれは林檎がちょっと誇張して言っただけだよ。僕が廃人を名乗るのはちょっとおこがましいかな」
「だけどSNSに詳しいよね? すごいなぁ」
「まあ一応、SNSなら中学校の頃からやってはいるけど」
「だったらね」
花咲さんが立ちあがり、テーブルに手を突いて身を乗り出してくる。
彼女の可愛らしい顔が文字通り僕の目と鼻の先にまで迫ってきた。
やばい近いっ!? それに花咲さんのほのかな甘い香りがするし!
あまりのことに頭にぐわっと血が上ってくるのを感じる。ドキドキが伝わってしまわないかと不安で仕方ない。
彼女は小ぶりながらもふっくらとした桃色の唇を開いて、大きな声を上げる。
「だったら、わたしに教えて欲しいの!」
「え、何を?」
「ツインクラーについて!」
ツインクラー!? え、もしかして今日呼び出した用事ってそれ? 期待していた心が一気にしぼんでいく。それならわざわざこんなところでこんな話をしなくても学校で良かったんじゃないの。
いや、まずは冷静になれ。そして一から話を聞こう。
僕は一口コーヒーを飲んで、目を合わせずに言う。
「えっと、落ち着いて花咲さん。あと顔近い……」
「あ、ごめんねっ!」
花咲さんは自分が身を乗り出していたことに今気が付いたように頬を赤く染め、椅子に腰を下ろした。そして、恥ずかしそうに目を伏せてココアを口に含む。
「まずは事情を聞いてもいいかな?」
花咲さんは頷いて話し始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます