From 平成
アーモンドゼリー。
From 平成
つまり私たちであるのだが、乱立する高次文明の塊にも慣れたものだ。洗練された街中を闊歩し、改めて眼を見張る。
令和に至り、しばらくが経った。もはや昭和の面影などない。かろうじて平成の雰囲気を残してはいるが、東京は新世界へと変じてしまった。
自動車を運転するニンゲンはいないし、電柱もほとんど見かけない。ロボットならそこらじゅうを往来している。
彼らロボットは、手を振るなどすると挨拶を返してくれるので、ニンゲンから違和感なく愛されるようになってしまった。
……さて、私たちに話を戻そう。
新時代になって最も発達したのは、都市ではなくニンゲン自身である。ナノテクノロジーが急激に進展し、臓器の機械化も可能となった。寿命は二百を軽く超えている。脳に貯蓄された情報も、電子機器を介して記録可能だ。
字義通りのサイボーグ。純生物の人間は、あまり存在しないだろう。
私もそうした機械ニンゲンの一人なのだが、私は比較的に、生物をしている方だ。私は生物が好きなのだ。寿命調整やナノマシン内蔵、知能向上などの基本的な施しは受けたが、それ以外で肉体をいじった記憶はない……いじった、という言葉の意味は取り違えないように。
とはいえ、眼鏡はかけているのだが。
「……ねえ、あそこのパンケーキ、めちゃくちゃ美味しいらしいよ〜!寄ってみない?」
隣で友人のエリーが、楽しそうに微笑む。彼女の金髪が軽やかに踊る。中世貴族のような衣装を纏い、滑らかな曲線を描くその姿は、一片の隙もなく美しい……と、いうのも仕方ない。
エリーは完全なるロボット……アンドロイドなのだ。人工知能は人間の知能を模倣しきり、個性を備えることも可能になった。五感もあれば、感情も持ち合わせている。容器の方も、人間の機構と何ら変わらない。肌は柔らかく、表情も豊かで、自然だ。
つまり、ニンゲンと言って何の変哲もない存在と言えよう。人工知能の発展は素晴らしい。
……それで思い出した。
「そういえば、そろそろシンギュラリティだっけ」
パンケーキが美味いらしいカフェで落ち着きながら、私は尋ねた。
エリーは紅茶を飲んでいたが、一口流し込むと、おもむろにカップを置く。
「そうだけど、シンギュラリティだからってどうということはないでしょう?人間はアンドロイド化、アンドロイドは人間化してる。ただその見分けがつかなくなるだけ」
エリーは手袋を着けた両手の指を顎の前で交差させ、簡単なこと、とでも言うかのように返答した。
私は少し、笑ってしまう。このままでは吹き出してしまいそうなので、必死に
「エリー、ニンゲンみたいなものだもんね〜。むしろ私より人間っぽい。今回もパンケーキに釣られてたし」
アンドロイドがニンゲン以上に人間らしい、という事実は、私にとっては非常に滑稽だった。
言い終えた今になって、堪えていた笑いを吹き出してしまう。紅茶を口に含んでいなくてよかったものだ。
眉を八の字に曲げて、さもニンゲンのようにエリーが文句を言う。
「バカにしてんの〜!?ワタシは人間になりたいからいいの〜。アナタこそ、もっとニンゲンらしく振る舞ってよ。よく勘違いされるじゃない」
たしかにそうだ。私は心理学や脳科学の研究者をしているのだが、ヒトとの関わり合いが薄すぎて「時代遅れのロボットみたい」と言われたこともあった。
「別にそんなの気にしてないよ。学問的発見と、美の追求をしながら、エリーと仲良くできてればいいの〜」
エリーは溜息を吐く。
「ワタシが気にするの……アナタがワタシを作ったくせに、ワタシよりアンドロイドと思われてちゃ、ワタシの立場がないでしょ!」
あら、怒られてしまった。やはり怒っているエリーも可愛い。
……私は心理学や脳科学の研究者であるが、研究のために研究者チームでロボットを作ることがある。
エリーはその中の一人で、最新の子であるのだが、最高傑作かつ可愛すぎるがゆえ、私がこうして個人的に連れ回しているのだ。
私の唯一の趣味と言ってもいいだろう。
……そんなことを思っていると、再びエリーが呆れたように口を開く。
「だいたい、アナタ美の追求とか言って、恋人もいないでしょう。そろそろ四十になるんだから、その顔を活かしてさっさと結婚してよ……」
ふむ、たしかに私は四十にさしかかる年齢である。
寿命調整やアンチエイジング技術のおかげで大学時代と同様の容姿は保っているし、性機能も問題ない。だが、改めて四十歳手前という現実に直面してしまうと、焦燥やら絶望みたような感覚が襲いかかってくるのだった。
「女性に年齢の話をしたり、結婚を強要する時点で、まだまだお子ちゃまアンドロイドだねェ。パイはこんなに綺麗なのにさ〜」
私は、エリーの胸に手を伸ばした。彼女の胸はそこまで大きく作っていないが、肉まんほどの膨らみは確認できるし、形や感触は理想を体現したつもりである。
「ちょ……やめて!こんなところで!」
その胸が理想通りすぎるので、私はこうして、ことあるごとにセクハラしている。セクハラに関する法律は厳しくなったが、私も女だし、何よりエリーは我が子なのだから、問題ないはずだ。
「ここじゃなければいいんだな?帰ってから思う存分揉みしだくかな〜」
そう言って、渋々エリーの胸から手を離した。
だが、そのときである。
雷の落ちたような爆音とともに、地面が大きく揺れた。爆音から察するに、地震というわけでもなさそうだ。
この店のガラスは耐衝撃をしっかり行っているらしく、亀裂は見えても破損はない。それによって、店内はいくぶんか落ち着いているように思えた。
いずれにせよ、危ないことに変わりはないが。
「こっちの方にも来ちゃったか……。どうしてゆっくり休ませてくれないのかね」
私たちは、ギリギリのところで皿の上に乗っていたパンケーキを飲む。律儀に代金を机の上に置いてから、急いで外に向かった。
危ないですよ、という声が背後から聞こえてくる。たしかに、この店の設備は安全だろう。店側の冷静具合を見るに、防空壕か何かも用意しているのかもしれない。
だが、残念ながら、私たちは行かなければならないのだ。
「ワタシたちは、組織の者ですので」
エリーがそう言い放ち、返事を待たずして背後、扉が閉まる。
「『東側』だか『宇宙』からだか、はたまた暴走AIだか分からんが、とりあえずなんとかした方がいいな」
口をモゴモゴさせながら、私は呟く。
こんな状況下で呑気なことだとは思うが、私はまだ飲み込みきれていないパンケーキを咀嚼しながら歩いているのだった。
エリーは少し呆れ気味であるが、しかし双方ともそれなりの緊張感は持っていると言っていい。
周囲を細かく観察し、爆音の発生源が何なのかを思考する。
やがて、少し離れたところに円盤型の大きな乗り物があった。
「はえ〜……とすると、今回は『宇宙』からのおともだちなわけだな」
私は、少し笑いながら結論を述べた。
すでにパンケーキは飲み込んである。
「『東側』と『西側』は最近、休戦傾向にあるから、やっぱり『宇宙』だったようね〜」
エリーもまた、同じ結論に至っていたようだ。
私は腰に装備していた小型の銃を取り出す。対生物用のハンドガンと言えよう。
「奴ら、だいぶ人間に似せてきてるから注意しないとなんだよな〜。ま、東京に『生物的』人間はいないから、問答無用で撃てるけどさ」
現段階では、この銃はニンゲンだけが無効化できる。というのも、埋蔵することが原則として義務付けられているナノマシンでしか分解できない、浸透性の有害物質を射出するからである。
もし「宇宙からの侵略者」であれば、この銃は相当な威力となるだろう。
そして、その予想は的中した。逃げ惑う人間に向けて、何の躊躇もなく弾丸を浴びせれば、倒れる者と倒れない者とで明確に差が出たのだ。
「油断はしないでね」
エリーが注意を促す。さすがに向こうも策略くらいは練ってあるはずだ。
ちょうどそのときである。
彼方向こうから、超高速の熱線が降りかかってきた。さすがに、直撃してはまずいと思われるほど紅を帯びていたので、私とエリーは身を
熱線の流れ込んできた先には、巨大な古典的ロボットが佇んでいた。胴体は球体で、四肢の関節からはジョイントパーツが覗いている。高さはゆうに三メートルを超えそうだ。
「いや〜。デッカいし、昔のロボット像って感じがするな」
私は額に手を当て、日光が眼に入らないよう遮蔽し、その巨像を見ていた。それはこちらに焦点を定め、追撃を始めようとしている。
「エリー、少しアイツの相手してもらっててもいい?アレ使うわ」
「もちろん」
眼鏡を外しながら、私はエリーに要求……というよりほぼ命令みたような形で声をかけた後、物陰になりそうなところを探す。エリーもまた、手袋を脱いで、臨戦態勢に入っていた。そうだ、エリーは手袋を脱ぐと怖い。
彼女が巨像へ、人差し指を向ける。そのまま、刹那のうちに迸る稲妻。ロボットは動きを一時的に停止する。
私の専門は「サヴァン症候群」である。彼らの脳機能を模倣し、常人に適用(特定の部位に電気刺激を加える)すれば、いわゆる超能力を発現させることができる。
その前段階における研究として、エリーは誕生した。人間に対して意向通りの能力を発現させることは未だできていないし、そもそも可能かどうかすら分からないが、アンドロイドに対しては意図的に特定の能力を発現することは可能だとわかった。そこで、エリーに「電気操作」の能力を意図して発現させたのである。
手袋は、絶縁体の機能を持っている。
さて……私も物陰を見つけることができた。そこら辺に敵の宇宙人が残っており、シューティングゲームをしていたので、少し時間がかかってしまった。
エリーはというと、電気で相手の動きを鈍らせながら、少しずつ攻撃を加えている。攻撃もまた電撃によるものだ。電圧なら大幅に変えられる。
だが、それでも相手の動きを完全に止めることはできていない。また、宇宙人側も今だとばかりに出てきて、エリーに銃撃を加えている。銃はレーザーみたようなもので、エリーはその点、耐性を持ってはいるのだが、少しずつ体力がなくなってきたようだ。
さて、ここは私の番だ。私はカバンからスナイパーライフル型の銃を取り出す。装填、設置、待機。私が一撃当てれば、あの巨像は機能を停止するはずである。
そして、集中して数秒。私は引き金を引いた。
まあ、それで当たり前のように命中するわけである。巨像の胸の辺り、おそらく核のあるであろう場所、ド真ん中を。
先ほど、私の研究対象は「サヴァン症候群」であると述べたが、実は私も私自身に実験を施した。サヴァン症候群が生じるはずの部位に、死なない程度の強烈な電気を与えたのだ。
良い結果が出ると分かればすぐに自分自身で試してみる、というのは科学者の性だと思うが、実際に私の身体には変化が起こった。
眼が非常に良くなったのだ。軽く5km先すら見える視力。それだけでなく、銃弾すらカメほどの速度で見えてしまう動体視力に、眼と体の協応動作までも、飛躍的に向上した。
ゆえに、それからは適性の高いであろう銃を扱うようになり、今に至る。これまでに、狙いを外した記憶はない。
ちなみに言っておくが、着けていた眼鏡は、眼の機能を抑制するための装置である。
……巨像は大きな音を立ててエリーの前に崩れた。エリーが確認するまでもなく、再起不能になっているのがわかる。
さて、残るは雑魚の宇宙人だけである。せっかくなので、この二百メートルほど離れた距離からハンドガンで撃つことにした。さきほども使っていた銃であるが、これは一キロメートルほどの距離からでも当てることができる優れた近未来銃なのだ。
エリーに近づくゴミ共を、モグラ叩きの感覚で撃ち抜いてゆく。
捕虜にするため、一定数はわざと瀕死状態で生かしておく。
「さて、こんなところかな」
全ての処理が終わったであろうところで、エリーに話しかける。
「さすがにやりすぎじゃない?コレ……」
エリーが恐怖したような顔で問う。
「しょうがない。今の地球の状態は、地球全体で協力して、コイツら謎の生命体を圧倒するって方向性だ。向こうからの宣戦布告もなければ、会話も通じない。だとしたら、捕虜にするか殺すかしなければ、危険極まりない」
可哀想などとは言っていられない……。
さて、読者の皆さんは、こんなクソゲーがあってたまるかと思うかもしれない。まあ、たしかに今回はクソゲーだったと言えるだろう。
しかし、この戦争はこれに終始するものではないのだ。世界、もしくは銀河系さえ巻き込む戦争の、一端の一端でしかない。日本でさえ矮小なのである。
…………時代は変じたが、令和は未だ続いている。改めて振り返ると、平成では想像もできない光景だと、心底思う──。
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