第33話 初めてのレイド

 本日のダンジョン探索は、クラン《物見遊山》のメンバーにカレンを加えてのレイド。


 そのパーティ分けは――


 第1班が、クリスタ、ラシャン、エリーゼ。


 第2班が、アレンと相棒の精霊獣リル、リエル、レト、カイト。


 第3班が、カレンのみ。


 何故なぜこんな分け方になったのか?


 それは、全員が、第1階層からすべてのボス部屋を攻略していくため。


 現在、各々おのおのの攻略状況は――


 エリーゼが、今回、初ダンジョン。


 カレンは、第1と第2階層が攻略済み、第3階層のボス部屋は未攻略。


 アレン、リエル、レトは順当に攻略していて、現在到達している第7階層のボス部屋は未攻略。


 クリスタは、第5階層から参加して、同じく第7階層のボス部屋未攻略。


 ラシャンは、第6階層から参加して第7階層のボス部屋は未攻略だが、以前は攻略済みの仲間とパーティを組んでいたため、第22階層から第34階層まで攻略済み、現在の最高到達階層である第35階層のボス部屋未攻略。


 現役復帰したカイトは、カレンの先輩――冒険者養成学校の卒業生で、第1~5階層と、第12~32階層まで攻略済み。


 そんな訳で、第1階層のボス部屋を攻略している者、していない者、という分け方で、第3階層からカレンが、第1班に加わる予定。


 一般的な冒険者達は、いちいち地上に戻って賢者の塔へ向かう時間と労力をしむがゆえにそんな事はしないが、クラン《物見遊山》の場合は、アレンとリルが【空間転位】を使う事ができるため、たいした手間ではない。


「ここが、ダンジョンの入口……~ッ!」


 最近は、面倒をけるために【空間転位】で直接内部へ移動していたが、今日は初めてのメンバーがいるので、彼女のために正規のルートでダンジョンへ。


 屋根を6本の柱でささえたシンプルな、それでいて荘厳な建築物。


 その中央にぽっかりと開いている綺麗に舗装された円形の大穴。


 そこにかっている1本の橋。


 橋の上の中央、大穴の中心に存在する大きな転移門ゲート


 大迷宮都市ラビュリントス生まれでもそれらを始めて見るエリーゼは、興味がきない様子でひとみきらめかせ、怖気おじけづく事なく歓声を上げて墜落死防止の仕掛けがある大穴に飛び込み、それでトラウマをかかえているクリスタは盛大に顔をしかめた。


 そして、一行は、ダンジョン前の大広間でいとなまれている無数の店の間を抜けて、第1階層へ。


 その階段を下り切った所で、エリーゼは初期形態の〔超魔導重甲冑【雷電】テティル〕に搭乗し、カレンを仰天させた。




 エリーゼは、今日が初ダンジョンで、余程の事がない限り、今後も共に潜る事になる。


 そこで、アレンは、自分が、着実に到達階層を更新して行き最下層に到達した時には、このダンジョンに通っていない道はない、と言えるぐらい探索しくすつもりだという事を話し、エリーゼもそうしたいなら第1階層からやり直しても良いと伝えてから、どうしたいかたずねた。


 しかし、エリーゼの望みは、あくまで『みんなと一緒に冒険する』事であって、特にそういうこだわりはないらしい。


 ならば、とアレン達はボス部屋を目指す事にしたのだが、ボス部屋は、上下へ階層を移動する際に必ず通らなければならない場所であり、未攻略者のみがボス部屋に足を踏み入れると、自動的に下へ続く階段の前の扉がまり、通路側の扉も一度閉まってしまうと、ボスを撃破するか冒険者が死亡またはパーティが全滅するまで開かない。


 要するに、未攻略者の挑戦中は、ボス部屋を通過する事ができない。


 それゆえに、ボス攻略は、特にあさい階層では、他の冒険者達の通行量が少ない時間帯に行なうのがマナー。


 なので、今の時間は、まだ転送屋を利用せず自分の足で下へ向かう冒険者達の姿があるので、少し回り道をして適当に時間を潰す事に。


 そして、歩き始めてから程なくして、


「――――~っ!?」


 アレン、レト、それにカレン――索敵能力に優れた三人は、すぐ接近してくるモンスターの存在を察知した。


 素知らぬ顔をしている二人とは対照的に、カレンは、身構えてそれを仲間にしらせようとした――のだが、声を発する直前、肩を、ぽんっ、と叩かれて、ピクッ、と身体を震わせ、咄嗟とっさに振り向くと、アレンが口の前に人差し指を立てている。


 カレンは、困惑しつつもうなずいて、ふと気付いた。クリスタやラシャンがニヤニヤしている事に。


 そんな二人の視線を辿たどると、先行する二人、並んで歩く〔超魔導重甲冑【雷電】〕と全身甲冑〔魔法騎士の鎧〕の背中に向けられていて……


「え? ――いやぁあああああああぁッ!?」


 〔超魔導重甲冑カタフラクト〕には霊力を探知し、モンスターの魔性や瘴気をびた霊力――通称『魔力』を赤い光点で、人の霊力を青い光点で表示するレーダー機能が備わっている。


 それゆえに、モンスターの存在には気付いていたようだが、曲がり角の向こう側から飛び出してきたデカい蜘蛛くもを見た瞬間、虫が苦手なエリーゼは悲鳴を上げ――反射的に、2メートルを超える〔超魔導重甲冑【雷電】〕の手ににぎられていると余計に小さく見える〔電撃の小杖タクト〕を突き出し、初級攻性魔術【電撃の矢エレキトリック・アロー】をぶっ放した。


 〔超魔導重甲冑〕の機能で自動的に増幅された雷速の矢がモンスターに直撃。パァーンッ、と派手な破裂音を響かせて跡形もなく消し飛んだ。


「はぁ~っ、びっくりした」


 ほっ、と一息ついて胸をで下ろすエリーゼ。


 その一方で、


けは、私達の勝ちね」

「今後、整備は無料タダだからねっ!」

「いやちょっと待て。モンスターって言ったらゴブリンだろ」


 勝ちほこった笑みを浮かべるラシャンとクリスタに対して、渋面で抗議するカイト。


「えぇ~と、これはいったいどういう……?」


 カレンが問うと、アレンは苦笑しつつ、父親カイトが、心優しい愛娘エリーゼは例えダンジョンによって複製さつくられた存在であっても生き物モンスターを殺す事ができないのでは、と危惧きぐしていた事、それを知ったラシャン達が心配し過ぎだと一笑に付した事、それがきっかけで言い争いになった挙句あげく、二人が過保護かほごぎる父親に賭けを持ちかけて…………そんな今に至るまでの経緯を説明した。


 そうしている間にも、モンスターは人の事情になど構わず接近してきて――


「次がきたぞ」


 アレンがそう教えると、


「お先にっ!」


 ラシャンが、言い争いを中断してモンスターのほうへ。


 そして、巨大なこぶしまで含めれば跳び箱の一段目ほどもある魔導機巧を搭載した左右一対の甲拳ガントレット――〔巨殴拳マグナストライク〕を両手に装備している【魔闘士】は、左手左足を前に出したボクシングで言うところのオーソドックススタイルのかまえをとり、


「――ふッ!」


 飛び掛かってきた大きなねずみに対して、新たに取得した技術スキル牽制打ジャブ】を発動。


 拳を繰り出す速さと引き戻す速さは、ほぼ等速。元々の身体能力の高さもあって、肩から先が一瞬消えたように見える程の速度で繰り出された左の〔巨殴拳〕は、ボッ、と空気をえぐり抜いてモンスターに直撃クリーンヒット。ズパァンッ、と快音が響き渡り、モンスターは微塵みじんに消し飛んだ。


「何これ……~ッ!? 初級スキルの威力じゃない……ッ!?」


 想像をはるかに超える最高の手応えに背筋をゾクゾク震わせつつ、思わず浮かんだ笑みを引きつらせるラシャン。


 効率的な技能の取得法にのっとって、スキルがなくても見様見真似みようみまねでできるから、と見向きもしなかった【牽制打】。アレンの考えを聞いてどうするかだいぶなやんでいたが、取得したのは間違いではなかったと確信を得る事ができたようだ。


 その後も、単体で次々あらわれるモンスターを、まだ何の技能も取得していないエリーゼがいる第1班と、短槍サイズに柄を伸ばした〔霊槍・蒼月〕をるカレンや、早く実戦のかんを取り戻すためだなんだと言いながら、その実、愛娘に格好かっこういい姿を見せたいカイトが、順番に倒していく。


「付き合わせちゃって、申し訳ない」


 第3階層へ進出しているカレンは、早くさきへ進みたいのではないか?


 あっさりモンスターを仕留めるその手並みを見てそう考え、アレンがあやまると、兎耳尻尾の小柄な武芸者は、いいえ、と首を横に振り、


みなさんの意識の高さに驚いています」

「意識の高さ?」


 カレンは、はい、と頷くと、武芸者の眼差しをクラン《物見遊山》のメンバー達に向け、


「ただモンスターを倒すのではなく、技をみがこう、術の精度を高めよう……そういう目的をもって戦っているのだという事が伝わってきます」


 そう言ってから一転、眉尻まゆじりを下げた悄然しょうぜんとした表情で、


「私が知っている冒険者達とは違います。彼らにとって、『強くなる』とは、『モンスターを倒して紋章に霊力をめてより強力なスキルを取得する』事であって、みずからをきたえ上げる事でも、技をぎ澄ます事でもない。だから、戦闘も、スキルを使うか、身体能力に任せて武器を叩きつけるだけで……」


 おそらく、自分の話している内容が、ここにはいない誰かの陰口以外の何ものでもないとでも思ったのだろう。途中で言葉をみ込み、頭を横に振って気持ちを切り替えて、


「不満などありません。不謹慎かもしれませんが、とても楽しいですっ!」


 そう言ってい笑みを浮かべ、


「不謹慎なもんか。〝好きこそものの上手なれ〟。何だって楽しんだ者勝ちだ」


 にっ、と笑うアレンに言葉に、はいっ、と元気に頷いた。




 〔超魔導重甲冑カタフラクト〕がある上、第35階層に到達している冒険者までいるため、1班は、何の問題もなく第1と第2階層のボス部屋を攻略し、第3階層にいたった段階で休憩をはさむ事にして、全員で【空間転位】し、賢者の塔へ。


 地下1階の円卓の間で、一度パーティを解散してから新たに登録し、1班にカレンが加わった。


 そして、ダンジョンへ戻る前に、エリーゼは、カイトと一緒に塔の受付カウンターへ。職員に指示された2階の個室に入り、ここまでの冒険で紋章に溜まっていた霊力を消費しつかって【技術スキル】を取得した。


 初級職【魔法使い】のエリーゼが取得したのは、初級魔術の【電撃波スタンボルト】【魔法の矢】【電撃の矢】の三つ。


 それを聞いたアレンは、ぷっ、と吹き出し、教えてくれたエリーゼに謝ってから、


「ちょっと思い出しちゃって」


 思わず笑ってしまった理由を説明する。


「子供のころ、よく師匠達の冒険譚ぼうけんたんを聞かせてもらってたんだけど、ある日、話の中に【電撃波スタンボルト】って魔術が出てきた途端、師匠が、メチャクチャ嫌そうに顔をしかめたんだ。それで、どうしたの? って訊いたら、若い頃、モンスターの特殊攻撃や魔法で、眠らされたり、頭が朦朧もうろうとしたり、攻撃を受けて気絶した時、気付けだ、って言って散々撃ち込まれたから、もうその術の名称なまえを聞くのも嫌だ、って。――で、たぶん、やった張本人だと思うんだけど、素知らぬ顔をする俺の魔法の先生と、それをにらむ師匠の顔がもう可笑おかしくって……~っ!」


 アレンが思い出し笑いで目に涙を浮かべる一方で、


「そういう使い方する魔法じゃねぇだろ」


 師匠のほうに感情移入したらしく、そう言ってまゆをひそめるカイト。


 ちなみに、【電撃波】とは、超高圧の弱電流で、接触している、または、半径約3メートルの扇型の範囲に存在する対象を無力化する初級魔術。【魔法の矢】同様、適性属性に関係なく取得する事ができ、主に護身用の魔術として知られているが、痴漢撃退の他に、拷問にも使用される。


「へぇ~っ、賞金首を生け捕りにするのに便利だとは聞いてたけど、そんな使い方もあるのね」


 取得しているのか、それとも、取得しても良いと思っているのか、ラシャンが意味深な微笑みを浮かべながら言うと、カイトは盛大に顔をしかめてエリーゼや仲間達の笑みをまねいた。


「そう言えば、お父さんも何かスキルを取得してたよね?」


 親離れしようとしている愛娘にまだ『パパ』と呼んでもらいたいカイトは、若干渋い表情を作りつつも頷いて、アレンの話を聞き、今日のラシャンや、ついこの間まで大剣けんを握った事もなかったリエルの立ち回りを見て、思うところがあり、不要だと思って無視していた初級スキル――【斬撃スラッシュ】、【受け崩しパリィ】、【翻身ターン】を取得した事をかした。


きたなおすいい機会だと思ってな」


 職種ジョブの【騎士】は、国家の守護を担う騎士団や爵位とは何の関係もなく、その特徴は、盾を扱う技術スキルを取得できるという事。


 そして、この【騎士】系統のジョブは、大きく二つのタイプに分ける事ができる。


 それは、利き手に、剣を持つ攻撃型か、盾を持つ防御型か。


 器用なカイトは、状況によって左右を持ち替え、攻める時は利き手に剣を、後衛を護る時には利き手に盾を装備していた。


 しかし、愛娘とダンジョンに潜るため現役復帰するにあたり、無限流刀殺法・免許アレン戦闘妖精レトのような規格外の前衛がいる事もあって、利き手である右手に盾を、左手に剣を装備する防御型一本でいく事を決め、上級職への昇格クラスチェンジを目指す事に。


「じゃあ、そろそろ探索に戻ろうか」


 アレンの声に、一同がそろって頷いた。




 クラン《物見遊山》の第1パーティ――クリスタ、ラシャン、エリーゼ、カレンは、あっさり第3、第4階層のボス部屋を攻略し、そのまま第5階層のボス部屋へ。


「本当に良いのか?」


 実は卒業生であり、先輩にあたるカイトの確認に、はい、とまよいなく頷くカレン。


 冒険者養成学校では、第5階層のボス部屋攻略が卒業試験になっている。それゆえに、本来なら許されない事なのだが……


「学校は、単独ソロでの挑戦を認めていないので、パーティを抜けた私には、受験資格がないんです」


 では卒業できないのかというと、そうでもないらしい。


「冒険者養成学校とは、冒険者として生きて行くために必要な知識と技術を身に付けさせるための場所。その二つが身に付いている者を、本人の意思を無視してまで留年させたりはしません」


 だから大丈夫ですっ! と自信満々に言うカレン。


 当人がそう言うなら、やめる理由はない。


 既に第5階層のボス部屋攻略済みのクリスタがパーティから抜けて、エリーゼ、ラシャン、カレン、三人での挑戦となるが、ここまでの戦いぶりを見ている上、人数が少なくなれば出現するモンスターの数も減る。


 当人達がやると言うなら、とめる理由はない。


「モンスターが出現すると同時に思いっきりやって良い。その後は、ラシャンとカレンに任せておけば問題ないから」

〔はいっ!〕

「言う事は…………特にないかな」

「へぇ~、信頼してくれてるんだ」

「武運をいのる」

「ありがとうございますッ! 行って参りますッ!」


 アレンだけではなく、他の仲間達からの声援も受けて、三人はボス部屋へ。


 第6階層へ続く階段がある奥のとびらが、重々しい音を響かせて閉じた。これをはばすべはない。


 だが、一種の裏技で、第5階層の迷宮へ続くほう、アレン達がいるほうは、閉まる前に扉を思いっきり押さえておく事で、開けっ放しにしておく事ができる。


 そして、そこから観戦していたのだが…………結果から言ってしまうと、完勝だった。


 まだ取得したて故に【技術スキル】依存だが、エリーゼが放った魔術は、『動く儀式場』という別名でも知られる〔超魔導重甲冑カタフラクト〕によって増幅され、更に、支援用人造精霊テクノサーヴァントテティルの補正を受け、初級魔術とは思えない威力の数十本もの【電撃の矢】、そのことごとくが正確に雑魚ざこゴブリン共とライダーが乗っていた大猪を撃ち抜き、瞬く間にそれらを撃破。


 あとに残ったのは、ゴブリンのキング、ジェネラル、チャンピオン。


 チャンピオンと対峙したのは、ラシャン。


 ここまで構えを左右交替スイッチしての【牽制打ジャブ】しか使ってこなかったラシャンが、醜悪な笑みを浮かべ凌辱する気満々よくぼうまるだしで襲い掛かって来るチャンピオンの攻撃をあぶなげなく回避しつつタイミングをはかり…………満を持して繰り出したのは、こちらもあらたに取得した【本命打ストレート】。その威力は、まさに一撃必殺。直撃した頭部は跡形もなく消し飛んだ。


 ジェネラルとキングをまかされたのは、カレン。


 柄を3メートル程にばした〔霊槍・蒼月〕をたずさえる無辺流槍殺法の使い手は、重心の操法〝生玉イクタマ〟と、それを維持したままの移動法である〝足玉タルタマ〟によって、初動をさとらせず、すべるように、玉が転がるように移動する。


 先に対峙したジェネラルは、戦意をみなぎらせていた――が、ふと喉笛のどぶえを槍の穂先に打ちかれている事に気付き、それに動揺している間に心臓を穿うがたれ、何もできずに灰と化した。


 キングは、その緩急自在の動きで距離感をくるわされ、武器を振り回すもかする事すらなく、ジェネラル同様、急所を的確に打ちかれて崩れ落ちた。


 今日は卒業試験ではない。だが、冒険者養成学校の生徒にとっては一つの区切りになるから、とゆずられて、宝箱ガチャの鍵を回すカレン。


 こうして第5階層ボス部屋をあっさり攻略した一行は、第6階層へ進む前に昼食休憩をはさむ事にした。




 ギルドがある浮遊市街の外縁部、人気ひとけがなく見晴らしのいい場所で、リエルとレトが作り、エリーゼもお手伝いしたお弁当を美味おいししくいただいた後、アレン達は、また賢者の塔へ。


 それは、パーティを解散して再編成するため。


 今度は、第6階層ボス部屋攻略済みのラシャンがけて、代わりに未攻略のカイトがくわわり、エリーゼ、カレンと三人で第1パーティを、そして、アレン、リエル、レト、クリスタ、ラシャンで第2パーティを組んだ。


 当初の予定では、第5階層へとつながる階段の前から探索を開始するつもりだったのだが……


「みゅぅ――~っ!」


 精霊獣カーバンクルのリルの宝石のような額の角がきらめいた直後、【空間転位】したアレン達の姿は、動く腐乱死体ゾンビひしめく第6階層、そのボス部屋の前に出現した。


 それは、《物見遊山》の女性メンバーから強い要望があったからであり、カイトとカレンはすでに【感知】を――ゾンビの躰のどこかに存在する魔石の位置を特定する技術を会得していて、〔超魔導甲冑【雷電】〕に搭乗しているエリーゼは、自動的に支援用人造精霊テティルがその位置を表示してしまい修行にならないため、不快感や嫌悪感を堪えて第6階層を移動する理由がなかったから。


「ゾンビ共が集まってくる前に早くッ!」

「速攻で終わらせてッ! 速攻ッ!」


 ラシャンとクリスタにかされて、第1パーティがボス部屋へ。


 そして、出現した動く死体リビングデッド動く腐乱死体ゾンビの群れは、カレンと、愛娘とパーティを組んでひそかにやる気をみなぎらせていたカイトが手を出すまでもなく、エリーゼが放った過剰に威力が増幅された【電撃の矢】の雨によって一掃された。


 自分達は何もしていないからと譲られて、宝箱ガチャの鍵を回すエリーゼ。


 こうしてアレン達は、ギルドに報告しているクラン《物見遊山》の公式到達階層である第7階層に辿たどり着いた。




 ここまでは、第1階層をのぞき、ほぼ最短ルートで進んできたが、第7階層はまだ探索が終わっていないため、未踏破のルートを進む。


 この階層に出現するのもアンデットだが、ゾンビとは違って、完全に肉が落ち切った白骨死体――動く骸骨スケルトンは大丈夫らしい。下級の兵士を彷彿ほうふつとさせる安っぽいかぶとよろい、剣、槍、手斧、弓などで武装し、必ず7体前後の団体で襲い掛かってくるモンスター共を、嫌な顔をする事なく撃破していく。


 アレンやレト、〔超魔導甲冑【雷電】テティル〕など、索敵に優れた者がいるためモンスターの奇襲を受ける事はなく、常に先手を取る事ができる。


 先陣を切るのは、クリスタとエリーゼ。


 クリスタは、カートリッジを温存して〔力晶銃〕は使わず、【加熱の矢ヒートアロー】と【冷却の矢フリーズアロー】は、物理ダメージが低く血肉を備えた生物に対してこそ効果を発揮するので使用を控え、より速く、より正確にと意識して【魔法の矢マナボルト】で攻撃し、


〔まず、【電撃の矢エレキトリック・アロー】を会得マスターすることにしましたっ!〕


 そう宣言したエリーゼは、今日、繰り返し使う中でもう術理を理解してしまったらしく、【技術スキル】に頼らず自分で行使し、弓や槍など攻撃範囲が広いスケルトンをねらって、魔石が収まっている頭部に命中させていく。


 残りの前衛型スケルトンを倒すのは、他のメンバーの仕事。


 戦うとなれば全力、だが、争いを好まない戦闘妖精ヴァナディースのレトは、ご主人様アレンに寄りうようにひかえて手を出さず、積極的に向かって行くのは、ラシャン、カイト、リエルの三人で、カレンは少し遠慮しがち。


 そんな前衛メンバーは、一斉にかかるのではなく、ローテーションを組んで一人ずつ、動きが遅いスケルトンを相手に多対一の練習を積み重ねていく。


 その戦いぶりは、大きく二つのタイプに分けられ、絶えず移動して一対一を繰り返し、頭部の魔石だけを的確に狙って仕留めるのは、ラシャンとカレン。


 躍動やくどうするラシャンは、するどく素早いステップワークで、〝先の先〟や〝後の先〟を取ったり、武器を繰り出した攻撃後のすきいて【牽制打】を叩き込み、カレンは、モンスター共の間を滑るようにすり抜けながら、まるで、やられ役がどう倒されるか決まっている殺陣たてであるかのように、無駄のない立ち回りで、短槍サイズの〔霊槍・蒼月〕を繰り出して正確に打ち貫いていく。


 その一方で、カイトとリエルは、位置取りに気を付けつつ数体をまとめて薙ぎ払い、少ない手数でスケルトン共をバラバラにしてから、転がっている頭蓋骨を踏み潰したり、武器を振り下ろして魔石を破壊するとどめをさす


 豪快なカイトは、横に振り抜くバスタードソードの【斬撃】や、大盾のふちで殴りつける【盾打撃シールドバッシュ】で広い範囲を薙ぎ払い、その範囲からはずれた残りの個体の頭部を【斬撃】で叩き斬り、あるいは突進して大盾の面を叩き付ける【盾突撃シールドチャージ】でダンジョンの壁に激突させてそのまま押し込み圧壊させ、華麗かつ大胆なリエルは、ダンスのようなステップで攻撃をかわしつつ群れの中へ飛び込み、莫大な水を〔水操の短杖〕の能力であやつり圧縮して剣身を形作った水の大剣、その剣身の長さをたくみに伸縮させる事で全体を攻撃範囲にとらえ、疾風のように速く怒涛どとうごとく重い一撃で薙ぎ倒す。


 そんな仲間達の戦闘を見ていて、アレンは、ふと思った。


「『剣みたいな盾』か、『盾みたいな剣』があれば良いのにな」

「はぁ? 何だって?」


 モンスターを倒した後の移動中、自分の番を終えて交代し、さやの機能を有する大盾にバスタードソードを納めて後ろに下がっていたカイトは、となりにいるアレンのそんなつぶやきを耳にして、思わず聞き返した。


「カイトは昔、前衛りの遊撃として、前に出る時は、右手に剣、左手に大盾、後衛をまもる時は、右手に大盾、左手に剣を装備していたって言ってただろ?」

「あぁ」

「で、今後は、後衛寄りの遊撃として、装備を『右手に大盾、左手に剣』に固定して、上級職【守護騎士ガーディアン】への昇格を目指す事にした」

「そうだ」

「でも、今は、前に出て攻撃してる。――それを見てて思ったんだ。剣と大盾、片手でその両方を装備できないなら、剣と盾を兼ねる武器を一つずつ左右の手に装備すれば良いんじゃないか、って」

「ガキの発想だな」と呆れたように言ってから「……要するに、作れ、って言うのか? 俺に、その『剣と盾を兼ねる武器』を」


 そう質問されたアレンは、束の間きょとんとしてから、


「あぁ~、いや、ふと思っただけで他意はなかったんだけど…………そうだよ、カイトは作れるんだよな。――じゃあ作れば良い。カイトの、攻撃力、防御力、どちらの手でも剣と盾をあつかえる器用さを最大限発揮できる武器を」


 そのあと、今のスタイルが悪いって訳じゃないんだけどな、と付け加えたが、カイトはもう聞いていなかった。


「俺の攻撃力、防御力、器用さを最大限発揮できる、俺だけの武器、か……」


 考え込み、自分の世界に没入してしまうカイト。


 約1名、戦闘どころではなくなってしまったものの、問題はない。


 他のメンバーでモンスター共を蹴散らし、エリーゼが、おいていっちゃうよっ、と声をかけて、生返事を繰り返す父親カイトうながしつつ迷宮を進む。


 途中、アレンは、仲間達から相談されたなら、アドバイスしたり、手本を見せたりしながら、《物見遊山》のメンバー全員が、おさないエリーゼまで【技術スキル】に頼らずみずからの力で戦おうとしている事に驚いていたカレンに、以前ラシャン達にした、【技術】は必殺技ではなくお手本だと考えている、というむねの話をして感動の面持ちで瞳をキラキラさせながら激しく同意されたりしつつ歩を進め…………第7階層の全ルートを制覇し、ボス部屋の前に辿たどり着いた。




 さいわいな事に、冒険者達の帰還ラッシュが始まるまで、まだしばし猶予ゆうよがある。


「さて、どうしようか?」


 訊くまでもない事と思いつつ、アレンが意見を求めると、満場一致で今からボス部屋を攻略する事に。


 ただ、アレンは、せっかくのレイドなのだから全員でのぞむものと思っていたのだが、二つのパーティが別々に入る事になった。


 それは、上層のボス部屋に複数のパーティが同時に入るのは危険だから。


 何故なら、ダンジョンは、さきへ進むほど広くなっており、各階層フロアだけでなくボス部屋も広くなる。そして、ボス部屋に出現するモンスターは、入る冒険者の数に比例して、上層だと、数がえ、中層以降では、同時に5体以上現れる事はなく、その大きさと力がす。


 つまり、上層のボス部屋に大人数で踏み込むと、狭い部屋に大量のモンスターが出現する。そうなれば、前衛は行動を制限され、後衛は味方の巻きえを恐れて魔術で支援できない、などと言う事になりかねない。


 我に返ったカイトやカレンいわく、それゆえに、上層では一度に1パーティ(最大6名)まで、というのが冒険者の間では常識であり、養成学校でも教えられる、との事。


 ならば、是非ぜひもない。


 二つのパーティは別々に挑戦する事にして、まずは第2パーティ――アレン、リエル、レト、クリスタ、ラシャンの5名でいどみ、入口の扉を開けっ放しの状態にして、第1パーティのカイト、エリーゼ、カレンが見学する事に。


 第2パーティがボス部屋の中ほどまで進むと、奥の扉が閉じ、床に無数の魔法陣が出現して――そこから姿を現したのは、ボロボロの全身甲冑、剣、盾を装備した『スケルトン・ナイト』2体と、スケルトン12体。


 ナイト率いる2個スケルトン分隊とアレン率いるクラン《物見遊山》の戦いは、クリスタがばら撒いた【魔法の矢】によって火蓋ひぶたが切られ、レトとラシャンが残りの骸骨兵士達を鎧袖一触がいしゅういっしょくに粉砕し、リエルが、上段から振り下ろした水の大剣の一撃でスケルトン・ナイトの頭頂から股間までを一刀両断にして仕留め、アレンの出番はないまま幕を閉じた。


 続く、スケルトン・ナイト1体、スケルトン8体と、レイド第1パーティの戦いもほぼ同様。エリーゼが火蓋を切り、〔超魔導重甲冑【雷電】〕によって過剰に増幅された【電撃の矢】がスケルトンを一掃いっそうし、カレンが、その範囲外にいたナイトを一撃で――柄を3メートル程に伸ばした〔霊槍・蒼月〕の石突付近を両手で持って右肩にかつぐように持ち、まるで大剣のような豪快な振り下ろしで兜ごと頭蓋骨とその中の魔石を叩き割って仕留め、カイトの出番はないまま幕を閉じた。




 第8階層へ進出したところで本日の探索は終了。


 やはり、今日が初ダンジョンであるエリーゼのために、【空間転位】ではなく、今下りてきた階段を戻り、歩いて上を目指し、転移門から地上へ。


 そして、一行は、カイトおすすめの穴場――食堂[森の丸太小屋ログハウス]へ。


 カレンを拠点ホームの家にまねく事も考えたのだが、相談した結果、ここは冒険者らしく、店で探索の成功と生還をいわう事にした。


 店主である初老の男性とその息子夫婦がいとなむ[森の丸太小屋]は、種類が豊富な自慢の料理と厳選された酒類を提供する少々値段が張るおたかい店で、外観は街並みに溶け込んでいて食堂だという事がわかづらく、店内は木の質感を生かした落ち着きのある空間になっている。


 店に入ると、仲間達は隣り合う二つのテーブルに分かれて席に着き、アレンは、注文を任せ、留守番のサテラを迎えに【空間転位】で拠点へ。


 自分は冒険に参加していないから、と遠慮していたが、ひとりで寂しく食事をさせたくない、一緒がいい、とクラン・マスターの強権を発動し、苦笑するサテラを連れ出した。


 たいていの冒険者は『安くて早くて美味い』を好むが、この店は、手の込んだ品を提供するため料理が出てくるまでしばしの時を要する。


 その間、先に運ばれてきた飲み物で乾杯し、サテラにカレンを紹介したり、今日の冒険や戦闘を振り返ったりして過ごし…………まずにおいで美味しく、次に色とりどりで目にも楽しい大皿料理が次々運ばれてくると、サテラとリエルが小皿に取り分けてくれたものを配り、みなに行き渡ってからそろっていいただき、誰もがその美味しさと料理人プロの腕前を絶賛した。


 精霊獣は食事を必要としないのだが、食べられないという訳ではなく、店主のご厚意で頂いた、人肌ひとはだに温められたミルクと鶏肉とりにくほぐし身を平らげて大満足のリル。それは皆も同じで、お腹をさすりながら食後には紅茶やコーヒーを頂き…………落ち着いたところで、メインイベント――獲得品おたからの分配。


 《物見遊山》のメンバーは、そうじて得た物にあまり興味を示さないため、基本的に、アイテム類は、全てカイトに預けて【鑑定】してもらってあとで報告を受け、金銭は、等分に振り分けた上でアレンとサテラが銀行のように管理して必要な時に受け取れるようになっているため、ほとんど行わない。


 だが、今日はカレンがいる。


 そんな訳で、アレンが【異空間収納】で回収したものをテーブルの上に並べ、それぞれの意見を訊きつつ分配し――


「こ、こんなにいただけません……~ッ!」


 カレンが、自分の前に積まれた小粒の魔石や古代金貨の山、その上に乗っている数個の大きな宝石と一つのネックレスを見て悲鳴を上げた。


 それに対して、アレンを始めとした《物見遊山》メンバーはそろってきょとんとし、


「なぁ、カレン。そうやってまとめて目の前に積まれたら多く見えるだろうけど、今日、カレンは、第3階層から第7階層まで、五つのボス部屋を攻略したんだぞ?」

「それは…………確かにそうですけど……」

宝箱ガチャでアイテムもいくつか出たけど、欲しい物はないんだろ? で、《物見遊山うち》には優秀な【錬金術師】がいて、タダ同然の砕けたクズ魔石を集めて高価な〔魔晶石〕にしてもらえる。だから、アイテム類とカレンが倒したアンデッドの魔石は俺達がもらうことにして、今回の探索でのもうけを山分けにすると、そうなるんだ」


 アレンは、そう説明し、自分の取り分が少ないと言うなら増やしても良いが多過ぎるという事はない、というむねを付け加えた。


 それを聞いて、一応は納得した様子のカレン。


 腰の後ろのかばんに収まる量ではないので、アレンが収納用異空間から取り出した布袋を差し出すと、カレンは、感謝を述べて受け取り、取り分をその中にしまった――が、今度は、それだけの大金を持ち歩かなければならない事、またそれを自分で保管しなければならないのだという事に思い至り、不安を覚えたらしい。ため息をつくと同時に兎耳が弱々しくれてしまった。


 そして、そんなカレンの様子を見て、


「カレンは、養成学校を卒業したら《物見遊山うち》に加入すはいるんでしょ?」


 既に決まっている事を確認するような口調で訊くラシャン。


 唐突な発言に、当人を含む一同が、え? と声をそろえると、


「違うの? そうなら、アレン君にあずけておくのが一番安全で安心よ、って言おうと思ったんだけど……」


 カレンは寝耳に水の話に戸惑っておろおろし、《物見遊山》メンバーは、物問たげな視線をマスターアレンに向ける。


「試しに一緒に冒険してみて、カレンがそれを望み、みんなが反対しなければ、クランに入ってもらっても良い、とは思ってたよ」


 そんなアレンの告白に対して、


「良いんじゃねぇか?」


 そう声を上げたのはカイトで、


「アレンが問題ないと判断したなら大丈夫だろ」


 それは、クラン《物見遊山》の総意。その証拠に、皆が頷いている。


 アレンは、ありがたく思いつつ頷き返してから、降って湧いた話に狼狽うろたえているカレンに向かって、


「まぁ、そう言う訳だから、考えてみてよ。返事は急がなくて良いから」

「え? あっ、その…………はい、分かりました」

「じゃあ、どうする?」

「えぇッ!? い、今、急がなくて良いって……~ッ!?」

「いや、返事じゃなくて、大金を抱えてるのが不安ならいま必要ない分を預かろうか、って話」

「あ、あぁ~……、そっちですか……」


 ほっ、と胸をで下ろすカレン。


 結局、カレンは、記念にもらう事にしたネックレスと魔石、生活費として十分な額を別にして、養成学校の生徒には分不相応な大金をアレンに預ける事に。


 そして、この時、アレンとエリーゼを除く《物見遊山》メンバーは、自覚しているか無自覚かはさだかでないが、既に心は決まっているようだと察し、彼女がクランに加入する事を確信した。そうでなければ大金を預けたりしないだろう。


 ――何はともあれ。


 その後、明日も一緒にダンジョンを探索しよもぐろうと約束してカレンと別れ、アレン達も【空間転位】で拠点に帰還したのだが……


 その日、クラン《物見遊山》の一行が入口からダンジョンに潜っていく姿を目撃した者は多く、〝攻勢防壁〟の現役復帰や〔超魔導重甲冑【雷電】〕の所有者はその娘、〝鉄拳鋼女〟の新装備、そして、そこにラビュリントス最大のクラン《アカデミア》が運営する冒険者養成学校の生徒が同行していた…………などなど、様々なうわさが当人達の知らぬところで広まり、想わぬ形で影響をおよぼしていた。

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